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Candle in the Dark 【lightness】  作者: WAKA
Dark Seeker
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Twilight and Circumstances

「コゼットって名前――」


「私のお母さんは、ティルトっていう西側の国の出身だから」


「そうなの? ノエルのママもその国の出身」


「それで名前がノエル、ね」


「そうなの。ノエルなんてまさにティルトの代表的な名前でしょ。コゼットって名前もさ、ティルト人に多いもんね。だから、もしかしたらって思ってたんだ~」


 様々な人種が混じり合う巨大都市オーゼルで、同国の出身者と巡り合える。それだけで精神的に図太いパイプで繋がるものだった。


 オーゼルは何百万人もの人間の欲望が渦巻いている。それ故、誰もが幸せになるなどあり得ない。誰かの欲が満たされれば、誰かが割を食う。騙しや脅し、蔑みから身を守るため、オーゼルに住む人々は血筋や出身国などの繋がりを求め、結束していくのだ。この町に住んでいる以上、もちろん私もノエルも、そういった精神を持っている。


 加えて親が有名人で大金持ち、そうした家の子であるが故の苦悩。共感する点が多かった私たちの距離はすぐに縮まった。ゆっくりとひそやかに育まれる友情もあれば、すぐに一歩踏み込んでいける友情もある。気が付けば私は警戒を緩め、生まれた国と育った国のこと、好きな食べ物や遊びのことをとりとめなく話していた。ノエルと話すのは不快ではなかった。彼女の持つ柔らかな雰囲気がそうさせているのかもしれない。


 ふと視線を落とすと、夕日に照らされた私たちの影が長く伸びていて、隣同士寄り添っているように見えた。これだけ見れば長く連れ添った友人同士のようだった。


「コゼットとは仲良くなれそう。ううん、仲良くなりたいな」

 

 突然の言葉だった。


「仲良く?」


「だって、同じ立場の友達が欲しかったんだもん。コゼットはノエルに取り入ろうとしないでしょ? ノエルだってコゼットの家になんて興味ないよ。そういうのなしで、話ができたら嬉しいな」


「そう・・・・・・いいかもね」


 笑っている彼女の横顔を見ていると、私も自然と微笑んでいることに気づいた。気が付いたノエルがこちらを見る。


「今日はいい出会いがあったな~。なんだか魔法みたい。ねえ、コゼットは魔法を信じる?」


「魔法なんて、そういう非科学的な物は信じない」


「えー、子供のくせに浪漫がないなー」


「子供とか大人とか関係ないでしょ。興味がないだけ」


「妖精さんとか幽霊の話は? 信じない?」


「おとぎ話は好きだけど、現実にいるかどうかと聞かれれば。まあ、信じないかな」


「でもさコゼット――」


「ん?」


「一度くらい魔法が使えたらって思ったことないかな?」


 その時、夕暮れの気配を滲ませた空の下、ノエルの両目が一瞬光った気がした。暗闇の中で猫の目が光るような光景であった。


「じゃあノエルはあっちの道に馬車が待っているから。ごきげんよう、そして今日はありがとうコゼット。また明日ね」



・・・・・・・・・・


 ノエルは去っていきました。

 帰りの馬車の中でも、コゼットは夕日に照らされたノエルのことばかり考えていました。もしかしたら初めて本当の友達ができるかもしれない。そんな高揚で胸はいっぱいです。


「おかえりなさいませ、コゼット様」


「うん、ご苦労様」


 古城に戻ったコゼットは、重苦しい扉を守衛が開けてくれるのを待ちます。重厚な扉が開かれると、するりと中に入ります。


「おかえりなさいませ」


 二階まで吹き抜けになっている大広間には、出迎えの執事やメイド達が揃っていました。


「はい、ただいま」


 貴族の中には執事達を小間使いと見下し、必要以上の会話をしない者もおりますが、コゼットはその辺りが寛容でした。


「コゼット様、お荷物を」


「ありがとう」


 メイドに鞄を預けて自室へと向かいますが、この広い古城では部屋へ戻るだけでも一苦労です。かなりの広さと歴史を持つ古城ですが、優秀な者達の日々の手入れにより今でもその荘厳は失われておりません。

 磨き上げられた純白の大理石は、銀色の燭台で灯る蝋燭の火を映し出すほど。左右には長く続く廊下が伸びており、正面には幅の広い階段があります。過去とたがわぬ美しさを維持しておりますが、多くの時間が流れたこの古城は、どこか妖しい空気で満たされておりました。


 応接間の脇を通り過ぎたところでご当主のバルヒェット様――コゼットのお父上と会いました。お父上は「おかえり、きちんと勉強してきたか?今後もしっかりと学びなさい」と、一方的に話してすぐに消えてしまいました。コゼットは何も答えない代わりに、足音を少しだけ大きくして進みました。吹き抜けの部屋も多く、天井も高いため、大理石の床を歩くと踵の音が城全体に響き渡るようです。


「やあコゼット、おかえり」


「ただいま、エドワード」


 低い声の老人とコゼットは挨拶を交わします。


 老人はエドワードと言って、コゼットのお父上と共に戦場を駆けた元軍人です。彼は戦場で右足を失い、今は杖が手放せない体になりました。帰国後の職捜しに難儀していた所を当主であるバルヒェット様に拾われたのです。古城の警備担当として、軍隊式の警護術や建物の護衛術を警備の者達に伝授しておりました。


「トーマスと会わなかったのか?」


「お父さんと? 大広間で会ったよ」


「何か話をしたか」


「挨拶だけね」


「まったく。お前たち家族はどうも会話が足りんように思える。大きなお世話かもしれんがね、もう少し話をしたらどうだ。今日のことでも天気のことでもなんでもいい」


「今日はアカデミーに転入生が来たの。体の特徴は五つ。全部記憶してる。それから帰り道では路地裏でスラムの男の子を一人叩きのめした」


「俺に伝えてどうする、まったく。だが日々の鍛錬怠っておらんようだな。探偵術、戦術共にお前は呑み込みが早い優秀な弟子だ」


 エドワードは老齢でしたが、声の力は失われておりません。白い頭髪を軍人のように短く刈り込み、服の下の肉体は従軍時代と変わらず強靭であります。従軍時代は大尉であり、未だその威厳ある風格を持つこの人物が、コゼットに軍隊式の術を教え込んでいたのでした。

自衛の術は知っておいて損はない、とご当主様は思われ、娘に指導するよう頼んだのです。


「いずれは銃の使い方も教えてやらねばな」


 エドワードは針のように尖った銀色の顎髭を撫でながら言いました。


「うん。楽しみにしてる。じゃあね」


 コゼットはエドワードが好きでした。彼の教えは厳しいですが、苦労して身に着けた術は必ず役に立ちますし、両親よりは優しく接してくれます。

階段に敷かれた、赤い絨毯を踏みしめたところでお母上とすれ違いました。しかし、お互いに目も合わせません。


 ノエルの家はどうなのでしょう。今頃、彼女は温かい家庭に戻り、両親やペットの犬などに囲まれて、幸せな顔をしているのでしょうか。


「友達、か」


不思議とノエルのことが頭から離れません。夜ベッドに入って目を閉じた時も、まだノエルを思っていました。


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