Light that comes through the leaves
私たちは城を出て、幅の狭い旧道を進んだ。
旧道の両脇には木々がずらりとひしめいており、枝からは蛇の外皮のような枯れ葉が絶え間なく落ちてきた。朝露に湿った枯れ葉の絨毯を踏みしめ、森の奥へと進んでいく。小さな川にかけられた跳ね橋を渡ってから、おおよそ人の気配というものを感じなくなったので、この場所で魔法の話を聞くことにした。
「土、風・・・・・・夜の鳥、家・・・・・・滞在、歩み・・・・・・キイチゴ、灰狼・・・・・・」
そして今、リズは私を抱き寄せ、耳元でいくつかの言葉をささやき続けている。
これは言霊のまじない。魔法使いが、新たな魔法使いを指名する際に行う口伝である。
この口伝を経て、素質あるものは強力な魔法使いになることができるという。
いつか、私が魔法を誰かに託す時にも同じ言葉を述べなければならない。一字一句聞き逃さないよう、意識を集中させた。
「今宵の星、瞬くとき。涙の風、汝を包むであろう」
頬に軽く口づけをして、リズは私から離れた。
「終わりました」
「不思議な感じね」
「ただの言葉ですが。そういったものを、感じているのなら・・・・・・うまく伝わったのでしょう」
「うまく言えないけど。リズの言葉がね、いい香りがしたというか。あ、香りって、言葉なんだけどね。でも、そんな感じがしたの」
「はい。誉め言葉として、受け取っておきます」
「口伝はさっきの言葉と、キスをして終わりなのね」
「いえ、キスはついでです。私がしたかったものですから」
悪びれもなくのたまった。
「・・・・・・余計なことしたら怒るわよ」
凄みをきかせて言ったつもりだが、リズは身を固くするでもなくにこにこと微笑んでいた。
まあ、こんなふうに悪戯をしてくるのだから、先ほどの険悪な空気は払拭されたとみて良いだろう。
「では、改めて。魔法のことをお話しておきます・・・・・・知っていることがあるかもしれませんが、とりあえず一通りのお話をします」
「ええ。私も本からの知識しかないから。もう一度ざっくりと説明してもらえると助かる」
「では」
コホン、と一握おいて話し出す。
「魔法は大きく分けて二つの力から成ります・・・・・・。一つ目は、大気中に存在する”マナ”を操作すること。二つ目は体内魔力を用いる”オド”。本日は、基本であるマナについてお話をします」
「”マナ”ね。本にも書いてあったけど、詳しいことはさっぱりよ」
「多くの魔法使い達が行っていることですが、書物には一部の情報しか残さないのです・・・・・・口で伝えることが主で、書物は副次的なものになりますね」
「どうしてよ、本に書いてある方が便利なのに」
「魔法という技術が知れ渡ることを防いでいるのです・・・・・・魔法使い達は、同類を多く生み出したくはないのですよ・・・・・・理由は後程、お話しします」
「そうね。魔法使い達の事情は後回し。まずはマナについて基本的なところを教えて」
「承知しました。マナは至る所に存在しています・・・・・・うまく操ることができれば、あらゆる現象を起こすことが可能となります・・・・・・ここにも多くのマナがあります。魔法を使うには・・・・・・差し支えないほどに」
「多く、か――気になるわね。マナはいたる所に存在してるって言ったけど、少ない場所っていうのはあるの?」
「局地的には、ありますね」
「例えばどんな場所?」
「いえ、ほとんどの場所には存在します・・・・・・ただ、マナを独り占めする、魔法使いもいるものですから・・・・・・そういった、テリトリー。いわゆる”結界”内では、マナは不足します」
「結界か。縄張り意識の強い魔法使いがいる場所、ってことね」
「はい」
リズが一瞬だけ、叱られることを恐れる子供のような目を向けた。それでピンときてしまう。
「まさか。うちの城に結界作ってないでしょうね」
「け、決して自分本位のためでは・・・・・・コゼットちゃんを守るためです・・・・・・嘘は言っていません」
図星を突かれたらしく、オロオロしだした。
一体、何から私を守るというのか。言いたくはないが、あの城で一番危ないのはヴァンパイアであるリズである。
色々と言いたいことはあるが、いちいち取り合っていたら話が進まないので黙っておくことにした。
「とりあえず最後まで魔法の話をして。隠さないで、全部よ。いい?」
「わかりました・・・・・・ではマナの話の続きを。大抵の場合、マナは光る粒子として大気中に存在しています・・・・・・魔法を扱うには、まずこの粒子を見ることが大前提です。例えば、そうですね。私の手のひらに何か見えますか?」
リズが右掌を空に向ける。
白くて細い指の隙間から、チカチカと光る粒が零れ落ちているのが見えた。焚火をした時に、舞い散る火の粉に似ていた。
「何か、落ちてる?」
「正解です・・・・・・コゼットちゃんは才能がありますね。これが見えるまでに、十年かける人もいますが」
リズが手を下すと、粒子もまた霧散して消えてしまった。
「見ることができるならば干渉できる、ということで、次の段階へと進みます。まずはこの粒子を操作することから、魔法の訓練は始まります」
「その光を操ればいいの?」
「はい。粒子を一点に集める、思い通りの方向へ流す、象る・・・・・・このような操作ができれば、初期段階は完了と言って良いでしょう」
「マナを支配する、ってことね」
「はい。マナを操作・・・・・・つまり、支配できれば、事象を引き起こすことが可能となるのです」
「こう?」
マナと呼ばれる光る粒子を、右手に集まるよう念じる。そして、イメージしたものを象る。とりあえず、手っ取り早く浮かんできた枯れ葉で良いだろう。
「コ、コゼットちゃん」
今や私の掌の上では、枯れ葉に象られた光の粒子が暴れている。風に巻き上げられた葉が舞い上がるように。
「すごいですね。こんなにも簡単に」
「もともと、少しくらいなら魔法は使えたから」
掌を閉じると、光も消えていった。
「でも、マナが光の粒子とか、目に見えるとかは知らなかった。リズがさっき聞かせてくれた言葉。あれの後に見えるようになったの」
「あの、他には?」
「ほか? 魔法のこと?」
「はい。コゼットちゃんは、どのくらいまで魔法が使えるのでしょうか・・・・・・」
「そうね。独学だから、大したことはできないけど」
「マナを従え、支配するためには・・・・・・詠唱や、魔方陣があります。このあたりはご存じでしょうか?」
「一通りは。けど、もう一度説明してくれると助かる。認識に誤りがあるかもしれないし」
ノエルの本にも詠唱や魔方陣の記述はあった。何度も読んだことだが、魔法使いが目の前にいるのだ。再度、聞いておくのもいいだろう。
「詠唱と魔方陣は――」
リズは丁寧に話してくれた。
術者がどのような魔法を使いたいのかをマナに伝えるため、詠唱や魔方陣は存在するとのこと。マナを木の葉に象る程度のお遊びなら思考するのみで可能。だが、複雑な魔法であればあるほど、マナには具体的な内容を伝えなければならない。
「どちらか、使うことは可能でしょうか?」
「魔方陣はやったことない。でも、詠唱なら」
「見せてください」
「いいわよ。リズを見つけるまでの四年間、遊んでいたわけじゃない。そうね、ちょっと風を起こすくらい」
腕まくりして、両手を前に突き出す。瞳を閉じて意識を集中させる。
「天空の風、舞い降りて颯と化せ」
そう呟いた途端、背後で沸き起こった突風がわき腹を勢いよくすり抜けていった。纏っていたドレスも、前髪も、一様に舞い上がる。
私が生み出したのは、風が立つなどという生易しいものではない。それは盤石をも覆すほどの爆風であった。驚きのあまり、思わず目を閉じてしまった。
はためいていたスカートがふんわりと下りてきて、周囲に静寂が戻った。恐る恐る目を開けてみると、そこには信じられない光景が広がっている。
風が吹き抜けた後は、巨大な獣が這いずり回った後のようだった。大地は深く抉れ、葉を攫われた巨木は丸裸。軸を歪められて、今にも倒木となりそうなくらいに傾く有様である。
驚きのあまり、その場にへたり込んでしまった。風は止んだが、体を脈打つ血が熱く滾っている。鳥の声もない森の中で、鼓動の音だけが響いていた。
「見事な風の魔法ですね。こちらに関しては、相当な訓練を積んだのでしょうね」
確かに相当な訓練を積んだ。独学にしてはなかなかに形になったと自負もしている。
だが、思い知ったかとでもいうように胸を張る気にはなれない。
「リズ」
青ざめている私を見て、リズが首をかしげる。
何か問題があったのか、とでも言いたそうだ。
問題はあった。大問題だ。
私が唱えたのは、言ってしまえば一陣の風を起こすだけのもの。その威力は木枯らしを起こす程度が限界だった。このような規模の風が起こせるなど、思っていなかった。
「なに、これ。私」
指先が震える。
「こんな力。ねえリズ、私に何をしたの?」
「なに、と言われましても」
「今までこんな風を起こせたことない。どうして急にこんな」
「威力が増した・・・・・・ということに驚愕されているのでしょうか」
「そ、そうよ。今まで私が使ってた風の魔法は、ちょっと風が強く吹く程度だったの」
「ふむふむ」
顎に指をあて、いたって冷静に分析している。
顔を赤くして興奮している自分が子供に思えて、ぐっと感情を鎮めた。
「・・・・・・口伝、であると思います」
「口伝? さっきの?」
「あの言葉は鍵なのです。重厚な扉の奥で眠る輝きを、解き放つ言葉です・・・・・・鍵――つまり口伝は、授かる魔法使いとの愛称にも大きく影響を受けるもの。コゼットちゃんが威力のある魔法を出せた、ということは、私との相性の良さもまた、証明されたと言えるでしょう」
リズは微笑んで手を差し出す。
その手を取り、スカートについた枯れ葉を払いながら立ち上がる。自然な動作で腰に手を回してくれたので、立ち上がるのが楽だった。相手を思いやる、温もりのある手。両親からも、エドワードからも、向けられたことはない。そうしたものに慣れていなくて、胸の奥がむず痒くなり、頬も熱くなる。
「リズは?」
「はい、私ですか?」
「ええ。リズの魔法も見たい。私と同じように風を起こして見せてよ」
話を逸らすために言うと、リズは快く頷く。
「風、ですね。わかりました。いきます・・・・・・天空の風、舞い降りて颯と化せ」
瞬間、空気がうねった。私が放った魔法よりも遥かに強力な風が、野生馬の如く駆け抜けていったのである。風でなびいた髪が頬を打ち、瞳や口元にまとわりつく。両手で顔を抑えてしまうほどの突風。術者の背後にいてなお、この威力である。風がいかに周囲を嬲っていったのか、目を開けずとも想像がついた。
「私のと、ものが違う」
向こう数メートル先までの木々の枝葉は剥ぎとられ、等しく同じ方向へ傾いている。深く抉られた地面の痕跡は、巨大な獣の爪跡のように見えた。
「コゼットちゃんも、慣れてしまえばこのくらいの威力は出せます」
これほどの事象を眉一つ動かさずに引き起こせる。息の乱れもなく冷静で、目は硬質なダイヤのように鋭いまま。それは扱いに長けた熟練者の様であることを、私は知っている。体術や銃の扱い方を教えてくれる、エドワードと同じ感じがした。このヴァンパイアは魔法使いとしては本物だ。
「世界を形作る元素。火に水、土、風を生み出すには詠唱が必要です・・・・・・魔法使いの言霊の力に、マナが反応してくれる。そして、応用です。まずは詠唱で生み出した魔法を”留める”・・・・・・天空の風、舞い降りて颯と化せ」
詠唱と共に突風が生まれたが、それはやんわりと開かれたリズの手の内に留まった。
吹き荒れるべくして生まれた風は、掌の上で無理矢理といった具合に押し留められている。檻に捕らわれた野生の四足獣の如く、出口を求めて荒れ狂っている。
風の抵抗により、絹糸のような髪は巻き上げられ、服も激しくはためいているものの、彼女は氷のような視線を崩さなかった。目を開けているだけでも辛そうなのに、淑女らしく背を伸ばして耐えている。
「留めるの次は”象る“です。先ほどコゼットちゃんはマナの粒子を木の葉に象りましたね――それと同じように、この風を変化させます。例えば獣のように」
リズが手を上げ、指を大きく広げると、留まっていた風は解放されて空高く昇っていく。広範囲に吹き荒れるだけだった風が、空へ上るときは一条の矢の如く鋭く、加えて獣のような咆哮を残して去った。
否。獣のようではなく、風は巨大な狼へと形を変えて空を駆け上がったのだ。
驚きのあまり、目をこすってもう一度見たものの、後には爽やかな秋の空があるのみで、どこを探せども痕跡は見当たらなかった。
「ここまでできるのであれば、一人前と思っても差し支えないでしょう」
自らの魔法で乱れた髪を、手櫛で整えながらリズは言う。
私はじっと風が去っていった空を見ていた。今回は上空へと放たれたが、あのような風をぶつけられたらただでは済まないだろう。あの巨大な風の狼が、今にもこちら目がけて急降下してくる様を想像し悪寒が走った。
袖をクイクイと引っ張られ、ハッとした。
「次です」
リズは小さな声で言った。
「世界を象る元素を生み出すのが詠唱。それをも凌ぐ現象を起こすのが魔方陣です・・・・・・マナを光る粒子として目視するこができ、それを思いのままに操作して象ることができるのなら、空中に魔方陣を描くことができる道理です」
リズはするすると指を滑らせると、青く輝く魔法陣が出現した。
頬の辺りをゆっくりと風が滑っていった。それに誘われるようにして見てみると、先刻は裸で揺れていた枝に葉が戻っている。暴風に押されて傾いていた木々も全て元の姿勢に戻っており、抉れた地面の痕跡も消えていた。
ガザガサと葉音が聞こえたので見てみると、ちょうどリズの起こした風で傾いた木々が元通りになっていくのが見えた。木々はそれぞれが競い合うようにして、元の形に戻ろうと躍起になっているように見えた。
「この魔方陣の特性は、時間の逆行です。風が吹き抜けた箇所だけ、数分前の景色に戻しております」
呆けて見ている私に、リズは言う。彼女が魔方陣を消した時、目の前の景色は私たちがこの場所へ訪れた時のままになっていた。今や魔法の痕跡は一つもないのだ。
少し長い話になります。そう告げたリズは語りだした。
「詠唱による魔法を超越したものを生み出したい。この考えがすべての始まりでしょう・・・・・・魔法使いとは、魔道の探求者とも言えます。詠唱による魔法を超えるものを生み出すことはできるのか。自分の想像したもの、或いは願望は魔法にできるのか・・・・・・それを研究した者たちが数多く存在したのです。
ずっと昔、ある魔法使いがマナを具現化させ、宙に式を描いたことで、詠唱では起こりえない現象が発動した。それを確認したことがすべての始まりになります。
マナで生み出した式を描くことによって、強力な魔法が使えることはすぐさま知れ渡りました。やがて、式の形を新たに生み出す者や配置を組み替える者、つなぎ合わせる者などが現れ、それは魔方陣へと進化していったのです・・・・・・魔法使いの数だけ欲望や願望がありました。魔法使い達はそれぞれの工房に籠り、日々新たな魔方陣を編み出すことに躍起になっているのです・・・・・・」
「それで、長い歴史の中で生み出された魔方陣は一部の本に残ってるってわけね」
「その通りです。ですが、少しだけ・・・・・・その辺りのお話をしておきましょう。基本的に魔法使いは、自らが編み出した魔方陣を公表したりはしません」
「え、だって本に書いてあったわよ?」
「ふふ、そうですね・・・・・・編み出した魔方陣を公表する者とそうでない者がいるのです。魔方陣とは貴重な研究の成果・・・・・・それを公表するかどうかは各々の采配によるところです」
リズが人差し指で宙をなぞると、即座に二つの魔方陣が現れた。一つは私の自室で出した、傷を癒すもの。もう一つは先ほど時間を戻すことに使われたものだ。
「これらは作り主が公表したので、書物にも残っておりますし、私も真似て使うことができる・・・・・・ただ、私が編み出した魔方陣ではないので、作り主に比べれば威力も格段に劣るでしょう」
ほこりを払うように手を滑らせると、魔方陣は霧のように消えていく。
「魔方陣を生み出すにあたり、分かったこともあります。生まれながらに持つ素質が大きく関係することです・・・・・・ですので、一人が究極までに高めることができ、作成できる魔方陣は一つだけになります。他人が作り出した魔方陣は、真似て使うことはできても、オリジナルには及びません。相性が悪い場合は全く発動することができません」
「それじゃ公表しても意味ないじゃない」
「そうでもないのですよ。こうした魔方陣を生み出した、と公表することで多くの同士から賞賛を得られる・・・・・・魔道を極めんとする人々にとって重要なのは一つでも多くの情報ですから。それによって、魔法を次の段階へと昇華することができるのです。この辺りは科学や医療の世界と似たところがあるかもしれません。魔法使い達の中にも、そのようなコミュニティが存在しています」
「なるほどね、意味が分かったわ。公表を拒む人もそれなりにいるんでしょう? 生まれながらの素質が関係するんでしょ? 神様から配られたカードで工夫して、自分の思い通りの形にするって並大抵のことじゃないわ。時間を費やして作り出した技術は、秘密にしておきたいもの」
「その通りです。独自の魔方陣を作り出し、公表しない者もいる・・・・・・特に、戦いに身を置くことを選んだ者達は、その力を容易には見せないでしょう・・・・・・戦闘に特化した魔法使いと戦闘になり、見たことのない魔方陣が現れた時はまず逃げるべきなのです」
「未知の武器を見たらまずは様子見ってことね。でも心配しないで、私は町を荒らしてる怪物を仕留めたいだけだし。他の魔法使いに喧嘩売ったりしないわよ」
「コゼットちゃん」
リズの目が真剣なものに変わった。
「覚えておいてください。魔法使いになるということは、他の魔法使いと敵対するということです・・・・・・コゼットちゃんの意思に関係なく、魔法使いと争いになる可能性は高いのです」
「ちょっと待ってよ、どうしてそんなことになるわけ」
納得がいかなかった。私の知らない世界で独自の文化を発展させてきた者同士が、なぜその叡知を用いて争わなければならないのか。
「人は火を生み出す術を得ました・・・・・・その結果はどうなりましたか? ある場所では人々の生活を助け、ある場所では争いの道具に使われているでしょう。同じことが、魔法使い達の間でも起きているだけです」
どこか思いつめたようなリズの声と、もっともな話。私は何も言えなくなってしまった。
「しかし、ですね、コゼットちゃんは私が守りますので、なにも心配はいりません」
守られるのは性に合わない。自分の身を守るためエドワードと日々訓練を積んでいるのだ。
「あ、そう」
少しムスっとして答えたが、リズは鈴のような声を出して言う。
「そういったつれないところも、コゼットちゃんの魅力であると思います」
「うるさいわね。私は自分の身は自分で守るの。そのためには、リズ。魔法のことは全て教えてもらうわよ。魔方陣についても全部」
「残念ですが、それは無理です――私にも知りえない魔法が」
「は?」
衝撃を受けた。
やや性格に難があるとは思ったが、魔法の知識に関しては信頼が生まれ始めていたのに。
「リズでもわからないことあるの?」
「もちろんです・・・・・・すべての魔方陣を知るということはすべての魔法使いを知るということ。さすがに把握しきれません・・・・・・それに、私は長い間、棺で眠っておりました。私の知らない新たな魔方陣が生み出されていることは間違いないでしょう」
「そっか、今の時代の魔法使いのことまでは知らないか」
「まずはコゼットちゃんです。あなたがどのような魔方陣を作るのか、わかりませんし、とても楽しみです。さて・・・・・・と、ここまでで、ひと段落でしょうか」
「ええ、すごく助かったわ」
今まで私が集めた書物には、魔法の種類や使い方が記されているのみで、そもそも魔法とは何であるかが抜けていた。何が分からないのかもわからず、途方に暮れていたものだ。何事も本質を理解していなければ、真の力を引き出すことは不可能なのだ。
例えば、ライフルの扱いを知らぬものに手渡しても、それは鈍器として扱われるだけ。
私は弾丸が放たれることは知っていたが、なぜそのような事象が起こるかまでは理解していなかった。
魔法を構成するものがマナであり、それの扱い方が知れただけでも大きい。これまで、点として存在していた知識に線が通い、全てが繋がっていくような感覚に体が震える。
「リズのおかげで少し前進できた気がする」
「コゼットちゃんの役に立てれば、私も嬉しいです」
「ねえリズ、私にも何かあるのかな。自分に合う魔法」
「安心してください。必ずあります。生まれ持ったものや、過去の経験から導き出されることが多いです。じっくりと、考えるといいと思います」
顎に手を当てて真剣に考えてみるが、生まれもったものなど地位とお金くらいしか浮かばない。まあその辺りはいずれ見極めていくことにしよう。
「リズみたいに魔法を使う、というか。練度を上げるにはどんな練習をすればいいのかしら」
「そうですね・・・・・・魔法使い達はまず、マナの”視覚化”と”操作“を極めます。いずれも、コゼットちゃんはクリアしています。その先となると・・・・・・今できる詠唱魔法に慣れることではないでしょうか。最初は私も、こんな練習をしておりました」
リズは胸の前で掌を合わせる。ゆっくりと掌を離して空間を作ると、そこに次々と変化が生まれた。いきなり炎が浮かび上がったと思うと、次には水へと変わり、さらにそれは氷へと変化して、砕けて風が舞う。次々変わっていく様は、カレイドスコープを覗いているようだった。
「このように、次々と変えることが難しいのです。最初はイメージした順番通りに、炎、水、氷と続け、慣れてきたら、順序を入れ替えてみるのも良いでしょう。またここにはない、土や光、影なども加えてかまいません」
「簡単に言うけど、いきなりこんなことできるかしら」
「さすがに、いきなりは無理だと思います。時間をかけてゆっくりと――」
「あれ、リズ」
「はい?」
「詠唱してないけど。考えただけで魔法を使えてるってこと?」
「いいえ、早読みという技です。聞こえないでしょう?」
頷くことしかできなかった。
リズの詠唱は全く聞こえなかったからだ。唇を読もうとしても、ほとんど動かしているようには見えなかった。
「いきなりそんな荒業出さないでよ。きちんと教えて」
「ふふ、魔法使いになればこんなことも得意になるのです。さて、このマナを変化させる練習。手始めに、いかがですか? 詠唱はお教えしますので」
「やってみる。ありがとう」
鼓動が早まって頬が火照る。
何をすればより良い魔法を習得できるのかという道筋が明確だ。あとは本人の努力次第というわけだ。心に“やる気”という活力が満ちて、武者震いがする。
「二つ目の魔法である”オド”については――また今度にしましょう。一度にたくさんの知識を入れすぎても、よくないものです」
「うーん、一度全部聞いておきたかったけど。まあいいわ、試したいこともできたし」
「ああ、そういえばコゼットちゃん」
掌の空間に自然現象を起こす魔法を行使しようとした時、リズが声をかけてきた。
「全部話を聞いておきたい、で思い出しました・・・・・・町に現れるという怪物ですが、少し確認しておきたいことがあります。今夜、私と一緒に町へ行ってもらえませんか?」




