Drip
驚異の執筆速度で申し訳ない、ほぼ一年ぶりの投稿です。
エタることはありません! 待っていてくださった方も、初めての方もお楽しみいただければ幸いです!
両親の不仲により、バルヒェット家に第二子が生まれることはなかった。
現状のままいけば、いずれはコゼットが財産の相続人となる。
女は嫁ぐことが習いである。家名と財産を持たされ、結婚相手の元へ送られる。結婚適齢期は、まだ少女と呼ばれる年頃である。
そのため十を過ぎた年齢になると、大半の少女達は結婚について学ばされる。
夜の作法についても、十分な指導がなされていた。肉体的な部分もそうであるが、結婚前に純潔を失うことがどれほどの枷になるか、という世間的な部分までも。もちろんコゼットも例に漏れない。
・・・・・・・・・・・・・
リズをベッドに残したまま、一人で部屋を飛び出した。
私の体に触れてきたくせに、望みを叶えてくれないことが腹立たしい。血を提供しているのだから、願いを聞いてくれてもいいのに。
私は女として生まれ持った、純潔という花を毟り取りたい。単に毟るのではなく、できるだけ惨めなやり方を望む。それは、とても意味がなく、かつ残酷なやり方。自分でやるのでは駄目だ。他人の手で、雑草を毟るようにして奪ってほしい。
そうして自分自身を堕とすことで、生を実感したい。黒く黒く、染まりたい。
言いようのない、激しい感情が胸に溜まる。それは決壊を起こすまで、じりじりと感情を澱ませる。
夜も更けたが、神経が昂ったままでは眠れそうもない。
熱いお湯を頭から浴びて、気持ちを落ち着けたかった。皆が寝静まる古城をかけて、バスルームへと向かった。
ベッドでのことを終えた直後のため、体はほんのりと湿っている。それが気味悪く思え、纏っていた衣服を脱ぎ散らかしながら歩いた。
バスルームへたどり着くと、ちょうどメイドがお湯を抜こうとしているところだった。夜更けに現れた私を見て驚いていたが、湯を使いたいと頼むとすぐに準備してくれた。
そうだ、こんなふうにいつだって。バルヒェット家の娘である私が頼めば、願いは叶えられるはずなのに。
メイドが沸かしてくれた湯に浸かりながら、依然として収まらない胸のモヤモヤを持て余す。
「痛みと惨めさ、それで楽になれるのに」
前髪から垂れた水滴がぴちょん、と音を立てて浴槽の湯に落ちる。波紋が広がっていき、私の胸の辺りで揺れて消えた。水面には蝋燭の光に照らし出された顔が映っていた。私の顔は愁いを帯びていた。
あれ?
水面に映っているのって、私の顔だけではないような――
「コゼットちゃん」
「きゃあああああああああああああ!!」
耳元で囁かれて文字通りとび上がった。体に染み込んだ軍隊式のファイティングポーズで振り返ると、驚きに目を見開くリズがいた。
「すみません、驚かせて・・・・・・しまいましたか? あの、胸を隠された方が」
「ああ、あんたいつの間に! どうやって! 裸で、バスタブに!」
「落ち着いて、ください、コゼットちゃん。目が、ぐるぐるしていますよ」
驚いたことに、先ほどまで私はリズの太ももの上に座っていたのだ。互いにタオル一枚も身に着けず、生まれたままの姿で肌を重ねていたというわけだ。
いつの間に入ってきたのだろう。いくら考えことをしていたからといって、誰かがバスタブに入って来るまで気づかぬほど鈍感ではない。
魔法だ!
初めて血を吸われた日もそうだったように、私に気づかれぬよう忍び寄る魔法を使ったに違いない。
「すみません・・・・・・入れてくれないのではないかと、思って、つい・・・・・・本当に、すみません」
すまなそうに低頭するリズを見ていたら、ようやく興奮が冷めてきた。
「次やったら、ぶつわよ」
「はい、覚えておきます」
「まったく」
なんなの。いくら魔法が使えるからって、こんなに軽々しく。そりゃ、血の提供には同意したし、体を重ねることだって。でも、あれはリズを求めたんじゃなくて、私自身の・・・・・・
考えるほど、迷子になる気がして屈んで肩までお湯に浸かった。リズも私を真似るように、膝を抱えて座りなおした。
「コゼットちゃん。さっき言ってたことって――」
「なんのこと?」
「痛みと惨めさ、と言っていたことです」
考えるよりも先に手が動いていた。
水面を叩いて、リズの顔に水滴を浴びせる。
何も聞くな、言うな。
唇を結びつつ、目に力を込めて、そう訴えた。そこまでの距離を許したわけではない。
私が示したのは、強い拒絶だった。
気圧されたリズは黙り、それ以上なにも言わなかった。
しばらくの間、互いに口を利かず湯に浸かっていた。
リズの輪郭を水滴がつたっていき、水面に落ちて跳ねた。
しょんぼりとしているリズを見て、どこかいたたまれない気持ちになる。傷つけたいわけじゃなかった。ただ、やすやすと人の心に踏み込んでほしくなかっただけ。
気まずい空気が浴室を満たしていた。
「今日は、二回もお風呂に入ってしまいましたね」
唐突にリズがそう呟いた。
「なに、それ」
「・・・・・・はい?」
聞きたいことから背を向け、話題を変えたのだ。
どうして? 聞きたいことがあるなら聞けばいいのに。拒絶されても、それでも強引に聞き出せばいいんだ。その力を持ってるくせに。
自分でもよくわからない。理不尽な感情を孕んでいることに、私自身が驚いている。
心に踏み込もうとしたリズに腹を立てる気持ちと、話を聞いてほしいという願望がないまぜになっていた。
「・・・・・・なんで」
「はい?」
「なんで、最後までしてくれなかったの?」
思いもよらぬ言葉が口をついた。
破瓜を覚悟したのに、踏みにじられた。無意識に言葉に出てしまうほど、私はショックを受けていたらしい。
「・・・・・・言った通りです」
「え」
「先ほどのことは、私が望む形ではないのです。あの時、コゼットちゃんは私を求めていたわけではない。痛みを求めていただけです」
「それがなんだっていうの。私が望んでいるんだから、別にいいでしょ」
「・・・・・・コゼットちゃんは、人を好きになったことはありますか?」
「それ・・・・・・なにかと関係あるの?」
「あります。人を好きになると、優しくされたい・・・・・・そう願う一方で、優しくしてあげたい、という感情も生まれるのです。あの場でコゼットちゃんの要求を満たすことは・・・・・・優しくする、わけではありませんでした」
「・・・・・・あんた、私が好きなわけ?」
その時、私たち二人の目が合った。
あまりにも真っ直ぐに合いすぎて、反らすタイミングが掴めなくなった。青い瞳に吸い込まれそう、そう思った時、急にリズは唇を結んで顔を反らしてしまった。表情は黒髪に隠れてしまったが、浮き出た耳が赤く染まっていた。
何よ、何か言ってよ。あんな瞳で見てきて、私の体に触れたくせに。
「わかんない。あんたが何を言っているのか」
「いずれ・・・・・・理解していただけると、嬉しいです」
くだらない。
色のない唇の端を吊り上げ、笑ってやった。そんなものを理解する必要はない。私に必要なのは、ただ純然たる生きるための――
「・・・・・・ところでコゼットちゃん」
リズが、話を切った。
「なによ」
「まだ伺っておりませんでした。あなたはどうして魔法を使いたいのですか? 差し支えなければ教えていただきたいのですが」
新しい話題を持ち出したのは、気まずい雰囲気に耐えられなかったから?
違う。
あのまま続けていたら、私は嫌なことを言っていたに違いない。最低な人間に。
きっとリズはそれを止めてくれたんだ。そんな気がした。
「・・・・・・言わないといけないの?」
「できれば。魔法の強さは心に起因しますし。私としても理由を知っておきたい・・・・・・共感できれば私たちの繋がりは強固となります・・・・・・血を提供いただいているコゼットちゃんに共感できれば、私の魔力も上がることでしょう」
「そういえば」
「はい?」
「私、何も話していなかったわね。自分のこと」
「はい・・・・・・その、私自身は・・・・・・自分のことを話せていないのに。虫が良いかもしれませんが」
「そんなことない」
まずは歩み寄ろう。
それが私の出した結論。リズを叱っても、私のほうが自己嫌悪に陥ったりするのならそうするべきだと思った。
リズの手を取って、バスタブを出た。
そうして私の部屋で、全てを話した。ノエルのことや、現れた影のこと。
リズは一言も口を挟まず、静かに話を聞いていた。時折、顔を伏せたり、何か考えている風であったけど、それ以外はじっと私の目を見ていた。




