Nobility
「コゼット、さん」
「だから、そういう呼び方しないでいいって」
「ですが、あなたは私を起こしてくれて」
「そうかもしれないけど、あんたは私に魔法を教えてくれる。あれよ、師匠になってくれるんでしょ? もちつもたれつなんだから、好きに呼んでいいの」
「では、コゼットちゃん」
カチン、ときた。
「・・・・・・次にコゼットちゃんなんて呼んでみなさい。ただじゃおかないわよ」
「しかし、いま、好きに呼んでいいと」
組んだ指をもじもじさせている。遠慮しているようでもあり、拗ねているようでもあった。
カップに注がれた紅茶はふわりと良い香りがして、朝の胃に優しく流れ込む。気分を落ちつけるには、この一杯が欠かせないのだ。現在私たちは上質な茶葉の香りに包まれつつ、話をしているというわけだ。
そうだ、紅茶を飲んで落ち着いたではないか。呼び方など、些細な事に目くじらを立てる必要はない。ティーカップに残っていた飴色の液体を一気に流し込んだ。
「ああもう、いいわ。リズの好きに呼んで」
「はい。では、コゼット、ちゃん。コゼットちゃん」
胸の前で両手を合わせ、満面の笑みを見せるリズ。
「結局、コゼットちゃんなのね。うん、呼び方なんてどうでもいい。決まったのならようやく本題に入れる」
私はツンと唇を尖らせて言った。
「自分がヴァンパイアって言ったわね」
「はい」
微笑んでいたリズが私の言葉にビクリと反応する。
ヴァンパイアに関する話は物語として残っている。空想上の生物と思っていたが、現に血を吸う女性が目の前にいるのだ。確認しなければならないことがある。
「自分の名前と、聖堂の地下にいた理由以外は覚えているんでしょ?」
「はい」
「なら答えられるわよね。私は血を吸われた。このままヴァンパイアになるの?」
「いいえ」
リズは首を振る。
「”もどき”に噛まれればそうなりますが・・・・・・私は"貴族“です。そのようなことにはなりません」
「もどき、と、なんて言った? 貴族?」
「ヴァンパイアの中にも格というものがあります。貴族は上位に位置します」
「リズはその貴族なの。じゃあ貴族様に噛まれたことの実害は?」
「軽度の貧血を起こすことはりますが、それに至るほど血は頂いていません。あとは――首筋に針で刺したような二つの穴が、できてしまうことでしょうか」
「それだけ? 隠していることはない?」
こくりと頷くリズ。
「ありません。誓います」
誓う、か。気心知れた仲ならともかく、出会ってから半日しか経過していない人に言われても。
思わず皮肉るような目を向けると、リズの表情は真剣そのものだった。瞳が強い光を放っている。嘘はついていない、そう思わせる何かがあった。
「それで? これからもリズは私の血を吸うわけ?」
「申し上げにくいのですが」
リズは感情に詰まったような顔をしている。
「いただきたいです。普通の食事でも生きていけますが、魔法を行使するとなるとあなたの血が必要です」
「魔法を使うには、ね。力に関係するのね」
「はい。大事なエネルギー源ですね。なければ力が弱くなります」
「力が弱まるとどうなるの?」
「普通の人と同じになります。魔法の力もぐんと下がります」
「普通の人ねえ。そういえば、日光は大丈夫なの?」
「? ・・・・・・問題ありませんが」
「銀は触ってもいいの?」
「特に何も」
「そう」
私の知るヴァンパイア像とは少し違うらしい。
「とにかく、せっかくあなたを見つけたのだから弱られては困るわ。血は提供する」
「ありがとうございます」
「できれば首筋はやめて。隠すのが面倒だから」
現在、私の首には怪しげな傷を隠すため、チョーカーがつけてある。喉元を締め付けられるので、あまり好みではない。傷が治ればすぐにでも外したかった。
「首筋が一番良いのですが」
名残惜しそうに言うリズにムッとする。
「ヴァンパイアなんて、討伐の対象なの。首の噛み痕なんて目立ちすぎ。それでバレたら面倒でしょ」
「・・・・・・わかりました、他の部分から頂けるのであればそれで・・・・・・それと、コゼットちゃん。お願いがあるのですが」
「血が欲しい以外に?」
「それも含みますが。私はまだ万全ではないようです・・・・・・しばらく体を慣らしたいので、本日だけは自由に行動することを・・・・・・許可していただけないでしょうか」
「体調悪いの?」
「そういうわけでは。少し手足の感覚がおぼつかないのです。それに頭もぼんやりとしてしまう時間があります・・・・・・私の体は、まだ完全に眠りから覚めていないのかもしれません。ですから、今日一日だけ」
「一日でいいの?」
「はい」
「わかった、今日は休養にあてて。明日も気分が悪くなったら言って。無理はしたら駄目よ?」
「・・・・・・はい」
「なによ」
「優しいですね、コゼットちゃん・・・・・・私を気遣ってくれて――先ほどもヴァンパイアは討伐の対象だと言っていたのに、遠ざけようとしない。私のこと、怖くはないのですか?」
瞳を閉じて、問われたことを胸の中で反芻する。この人を怖いと思うか?
「怖くないわ」
私は席を立ち、ネグリジェを脱いで床に放った。
下着姿のままクローゼットまで歩き、そこから特注のドレスを引っ張り出した。これはメイドに手伝わせなくても、一人で着ることができる。
「私が今まで考えていたヴァンパイア像とあまりに違うんだもん。それと何となくね、リズのことわかる気がするから」
「と、言いますと?」
「変なこと言ってたらごめん。私たち夢の中で会わなかった?」
着替えを終えて振り返ると、リズは驚愕を禁じ得ないという顔をしていた。
「夢・・・・・・まさかあなた、なのですか? 木の下で、私の膝に頭を預けていたあなた」
「そう。その夢。夢のことは覚えているのね」
「あぁ、なんてこと。コゼットちゃんが」
「夢の中で会ってたのよ私たち。それもずいぶん昔からね。だからあんたのこと、わかる気がするの。でも不思議ね。お互いに夢のことを覚えているなんて」
「はい。とても・・・・・・コゼットちゃんが棺を開けられたことといい、私たちの出会いは、運命、なのかもしれません」
「かもね」
「きっとそうです」
リズは喜びに満ちた瞳で私を見ていた。
夢の中で繋がっていた、という事実がお気に召したようだ。口元をほころばせ、いささか興奮しているような雰囲気さえある。
夢の中で会えることで、私は救われていた。それを伝えようと思ったけど、また次の機会にしておこう。
「とりあえず、今日はゆっくりして。ここにいてくれてかまわないから」
「はい・・・・・・ありがとうございます」
そっとリズの手を取ると、彼女もまた手を重ねてきた。微笑む姿が美しい。夢で見たままだ。
「魔法のことは明日になったら、お伝えできると思います」
「わかった。頼むわね」
あの黒い影が次に現れるのは、恐らく一月後。出現にも周期があることは突き止めてある。
それまでに私が魔法を習得するか。間に合わなければリズに討ってもらえればいい。まだ焦ることはないだろう。
さて、これからどうしようか。色々と聞きたいこともあるが、今日は休みたいという人に質問攻めをするのはどうかと思う。
ふと見ると、リズがじっとこちらを見ている。こうして日の当たるところで見ると、やはり美しい人だと思う。物腰が淑女らしく柔らかで、話す声もしっとりとしていて、麗しい姿なのにどこか物悲しげで。いくつかの要素が混ざり合い、絶妙に組み立てられている感じがする。女の私でさえ心惹かれてしまう。
「コゼットちゃん」
「ん、なに」
言われてハッとした。
「今日はコゼットちゃんの傍にいたいのですが・・・・・・かまわないでしょうか?」
「は、私? いいけど、疲れてるんじゃないの? ベッドで休んでいたほうが」
「いいえ。傍にいたいのです」




