Blood
こちらは表現を規制させていただいております。
一部の文章を削除、または改訂しております。
【ノクターンノベルズ】の「Candle in the Dark 【darkness】」に完全な形で掲載しておりますので、そちらをご覧ください。
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深夜。私は自室で髪を梳かしていた。
肩に触れるくらいにしか伸ばしていない髪でも、一応は女児だし。床に就く前にはこうして梳かす。
湯浴みを終え、ネグリジェに着替え、髪を梳かす。それで私の一日は終わるのだ。
髪を梳かす時間は、一日を整理する時間でもある。
今夜のことは忘れられそうにない
鏡には蝋燭の灯りに頬を照らされている自分が映る。鏡に映る私は疲弊して見えた。
ノエルに託された鍵が、まさか棺に入っている女性に繋がっているとは。その女性が、今は壁を数枚隔てた先にいるのだ。このような衝撃的な日を、そうそう忘れられるものではない。
聖堂を出た後、リズをこの城まで連れてきた。捨て犬を拾ってきたことはあるが、人間を連れ帰ったことはない。聖堂の外で私を待っていた馬車の御者も、城の執事もメイドも驚いていた。
皆に彼女の名を告げ、しばらくこの城で暮らすことになると伝えた。急な事態であろうとも、動揺して視線を泳がせた者は一人もおらず、すぐにリズを歓迎した。バルヒェット城に勤める者達は優秀である。
問題はお父さんとお母さんが容認してくれるかだ。この城に一人増えるくらい問題はないのだが。出生不明の人間が城にいることを快く思わないかもしれない。
エドワードに頼んで役所に手を回してもらい、出生証明証を偽造してもらおうか。などと、顎に手を当てて今後のことを思案していた時だった。
隣に立っていたリズが重い疲労を表情に宿し、ついにはふらつきだしたのだ。
長い間、棺に入れられていたのだ。体調も万全ではないだろうから、ここまでの道のりだけでも疲弊してしまったのかもしれない。医者を呼ぼうか、と聞くと、当人は何か食べれば問題ないと言う。
そうして遅めの夕食をリズと一緒にとったのだが、彼女はカップ一杯の紅茶と、一欠けらのチョコレートを口に入れただけだった。食事はこれで足りると言った彼女は、休める部屋を所望した。
今、リズは廊下の奥の部屋で休んでいる。
これが今日の出来事。一通り髪を梳き終え、ブラシを鏡台に置いて深呼吸した。肺から空気が抜けると同時、両肩に疲労が圧し掛かる。色々なことが起こりすぎて、精神が疲弊しているらしい。私だって相当に疲れているのだ。
体ごとベッドに倒れこむ。ひんやりとした羽毛布団が頬にあたるのが心地よい。両肩に乗っていた疲労は、首筋を張って目元までやってきた。目を閉じればすぐにでも眠れそうだ。髪を梳き終えたら、一度リズの様子を見に行こうと思っていたのに。このまま眠ってはいけない、そう考えながらも私は眠りかけていた。
それからどれほどの時間がたったのか。部屋のどこかが軋む音が聞こえて目を覚ました。
「寝ちゃってた」
はっきりとしない意識のまま体を起こすと、蝋燭の火が付いたままだった。暗闇の中で揺れる火を見て、リズの様子を見に行こうとしていたことを思い出した。
鏡台まで歩いて燭台を手にした時、ふと鏡に目が行った。
よく見れば、鏡には私以外の女性の顔が映っていた。
リズが真後ろに立っている。
私は息をのんだ。背筋に寒気を感じ、慌てて振り返る。
ドアに鍵はかけていたはず、いったいどのようにして入ったというのか。
リズは心ここにあらずといった様子でぼぅっとしている。私の威嚇めいた視線も意に介さず、お腹の前で握りしめている両手を見ていた。
「リズ、いつ来たの?」
声をかけると、リズはゆっくりと私を見た。
「思い出せたことがあるんです、私。私は――」
リズは熱のこもった声で言いつつ、こちらに迫ってくる。
明らかに様子がおかしい。違う、地下室で会った――先刻までのリズではない!
後ろ手に鏡台の引き出しの奥に隠してある、フリントロック式の小型銃を取ろうとした。
しかし、私は一瞬見惚れてしまった。夜闇に浮き立つ麗しい姿。憂慮に潤んだ瞳に映る、蝋燭の光に。
リズは私に覆いかぶさるようにして抱きついてきた。いつの間にか私の両手は腰の後ろで組み合わされ、リズの片手にがっちりと掴まれている。
「なにすんのっ、離してっ――!」
抵抗を試みたが、掴まれた手首は全く動かせない。見るからに非力そうな細腕の、どこにこんな力があるというのか。鋼鉄の錠で繋がれているようで、無理に動かすと手首の筋が引き千切れるような激痛が走った。
激甚ゆえに抵抗する気力を奪われた時、お互いの前髪が重なるほどにリズの顔がぐいっと近づいてきた。
リズの瞳には、どこか強い意志めいた、青白い炎が浮かんでいた。
恐ろしくなり、口をつぐんでしまった。
私が抵抗しないとわかると、リズは少し微笑んで見えた。
「綺麗な、顔」
リズの白い指先が、そっと私の唇をなぞった。同じようにそっと、髪も撫でた。指は髪から頬へと降りていき、顎へと到達する。首筋が露わになるよう、顎先を斜めに持ち上げられた。
「私は人間ではない。愛しい人の血を飲む怪物なのです」
そう告げた桜色の唇が、首筋まで下りていった次の瞬間。
「痛いっ! あぁ!」
ザキュッ、と。首を二本の鋭利な針で突かれるような痛みを感じた。
痛みに思わず体を竦ませると、後ろ手に捕まれている手首に体重がかかる。慌てて太腿に力を入れて踏みとどまった。それで手首の痛みは治まったが、首筋の痛みは未だ続いている。
「いたっ、痛い! 離して!」
嫌がる声は完全に黙殺された。
ただ、ちゅぴ、ちゅぴ、と。首からは湖畔の水面が揺れるような音が聞こえるのみだった。
得体のしれない女性に自分の血を吸われているという恐怖と痛み。
閉じた瞼の裏で火花が散る。指先が微かに震えているのが分かる。
「あぁ、はぁあ」
みっともない悲鳴を上げてしまったことに気づき、慌てて奥歯を噛んで声を殺した。
辺り構わず悲鳴を上げるなんてあってはならない。私はそんな人間じゃない。
「お願い、やめて・・・・・・やめないとっ」
手は塞がれていても足がある。頭だって動く。いくらでも抵抗はできるのだ。
そう思った時、リズは腕の拘束を解いた。
そうして両腕で私を抱きしめ、夢の中でしてくれたように、頭を撫でてくれた。
「可愛い人。あなたの血は、舌がとろけるよう」
その手つきが、あまりにも優しすぎた。
無理矢理に抱きしめればたちまち壊れてしまう花を扱うように。
慈愛のこもった掌が、丁寧に頭を、髪を、肩を、撫でていく。決して壊さぬようにゆっくりと。
頬を両手で包まれた。首元から顔を上げたリズは微笑む。
「温かいです、とても」
そう言われ、抱き寄せられる。
私の首筋にかかった髪に潜り込むようにして顔をうずめる。
首にあたる、リズの柔らかな頬は熱を帯びていることがわかった。
柔らかいのは頬だけではない。胸も、腕も全てがふっくらとしていて、抱きしめられていると落ち着いた。リズの体の柔らかさに、途方に暮れた。こんなふうにされたら、突き放せなくなってしまう。
胸が重なったことでリズの心音が伝わってきた。肉の壁を隔てて重なる心音はピタリと合っていた。だからこそ、リズの考えていることが少しわかる気がした。
肩や背中を撫でる手は、愛おしいものを包み込もうとしているように感じた。傷つけてしまった分だけ、優しくしてくれている。
リズの胸を少しだけ押すと、肩に乗っていた顔がすっと離れた。
そして目が合った。
私の瞳の色はチェリーレッド。赤い目は燃える火のようだ、と父に言われたことがある。
一方のリズはマリンブルーだ。
向き合う、赤と青の瞳。
ふいに垂れた黒髪の奥で光る紺碧の瞳がハッとした。そして私から身を引いた。
血を吸い、抱きしめる。そうした欲求を満たしたはずの彼女は、どういうわけか青白い顔をしていた。
「リズ?」
何か述べようとした口から、細長い吐息が漏れる。それは叫びにならない声であった。
年上で、頭一つ分背が高い女性は項垂れる。
「ごめんなさい」
肺腑から絞り出された声だった。
次の瞬間、蝋燭の火が消えて部屋が闇に沈んだ。
それと同時に、目の前にあったはずの体温までもが消えたように思えた。呼びかけても返事はなく、室内に光を戻してみると、そこには誰もいなかった。
扉にはきちんと鍵がかかっているし、部屋の中も乱れていない。彼女は一切の痕跡を残さず、煙のように消えたのだ。
蝋燭の火を手にリズの部屋へ行ってみたが、中から鍵がかかっている。
中を確かめようと、鍵を管理する執事の元へ向かおうとしたが。踏み出しかけた足を止め、立ち尽くした。
今はその時ではない。
リズは自らを血を吸う怪物、と言った。
血を吸う怪物と聞いて、すぐに浮かぶものは一つだ。
ならば、夜の力を味方につける類いの魔法を使うのではないだろうか。今それで暴れられたら対処できない。まもなく夜は明けるはず。朝になるまで待って、エドワードと一緒に部屋を確認すべきだ。
培った思考が、そう告げた。
幽鬼のような足取りで自室へと戻り、ベッドへ腰を下ろした。
そっと首筋に指で触れると、二つの穴が空いていることがわかる。
あれは、夢ではなかった。首に痕が残されているし、それに――
あんなことをされ、体が酷く疼いていた。
「こんな時なのに、なんてこと」
抑えきれないほどの欲望が突き上げてくる。
「救えない。本当に私は」
私には奇癖がある。
体を弄ばれて、穢される。そのような苦痛を感じると、限りない快美の情が浮かんでくるのだ。
穢される具合が酷ければ酷いほどに心地が良かった。その後にもたらされる快感が増すのである。
気づいたのは、ノエルが死んでからしばらく経った頃だった。
様々な思いが胸中に渦巻いていた時、ストリートチルドレンの襲撃に遭ったことがある。道を歩く時は常に精神を研ぎ澄ませていたが、この時ばかりは油断していた。後頭部に一撃を受け、あれよと言う間に路地裏へ連れ込まれた。
ナイフを頬に当てられ、騒いだら顔に切り傷をつけると脅された。
薄汚れたボロ布を口に詰め込まれ、四方から殴られた。わき腹に重い一撃を受けて蹲ると、彼らはズボンから革のベルトを引き抜いた。少年たちはこれまでの鬱憤をはらすように、それを何度も振り下ろした。痛みに悲鳴も上げた。呻き声と共に、涙や鼻水が零れ落ちて、ボロボロになった。
しかし、それとは別に湧き上がってくる感情がある。
私は、自らが穢されると覚悟した時、同時に快感も覚えていたのだ。
もっと穢して、私を堕として。
そんなふうにこい願う、もう一人の自分もいたのである。
なんと惨めで、あさましい女なのだろう。
自身を軽蔑し、奇癖を封じ込めようとした。事件があってからは身辺警護が鬱陶しいくらいに増して、今日にいたるまで穢されるようなことはなかったのに。
リズの牙が、封じ込めていた性癖を再び蘇らせてしまった。
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※こちらは表現不適切ということでしたので割愛させていただきます。【ノクターンノベルズ】に完全な形で投稿しております
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「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・最低」
それは自分に向けた言葉。
くたくたになった私は、そのままベッドに張り付くようにして意識を失った。
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こうしてコゼット・バルヒェットとエリザヴェートの物語が始まるのでございます。
この夜がすべての始まり。邂逅により運命の歯車はかみ合い、音を立てて動き出しました。
彼女たちは首都オーゼルで何をしたのか、ゆっくりと語ることにいたしましょう。
生きている限り、成長を続けている限り、綺麗ではいられません。そんな少女たちを書きたい。
あぁ、私よ、どうか暴走しませんように。




