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5 大切なものをみつけた

ことん。と静かに座っていた。小さなお弁当を持って。


 夏盛り。長い髪がつらつらとそよ風に揺れていた。


 カラン……カランカラン。


 近くの自販機で、キンキンに冷えたサイダーを片手に僕は近づいて行く。


 たしかあの時は昼時だったけな。近くの定食屋に行く最中だった。


 だがあんな美しい人の前を素通りすることは出来ない。顔が見えなくて、静かな肩だけでも引き寄せられたんだ。


 そしてそこが、新しい人生の出会いだったのかもしれない……。後に僕へ大切な事を教えてくれた人。



「ここ。いいですか?」


「はい、どうぞ」



 彼女はすんなりと返事をして笑顔を見せる。


 その笑顔はなんとも言えない眩しさで、全力で光る太陽よりも大きかった。太陽がより一層、彼女を照らし続けたのかもしれないな。


 20歳前後。そのころは僕とほぼ同じ年齢だった。


 今思えば本当にだらしがなかった。何も考えずに日々を流して行って、見えた先にはなにもなかったんだ。


「お仕事、なにされているんですか?」


 いきなりこんな質問をしてしまった。今でも深く覚えている。


 しかし彼女はまた笑って見せた。


「いきなりですね。あそこの際立ったビルの社員ですよ」


 そっとその方向に指をさした。


「まさか……同じ所じゃないですか!」



 めっぽう驚いた。この町は比較的小さいものの商業で溢れているから、同じところで仕事していたなんて思ってもみなかった。


 線路を挟んで今二人は何もない草原だけがただ広がる場所で、小さな噴水とぽつんと定食屋が建っているのみのド田舎だったんだけど、逆側。つまり線路を挟んで向こう側の景色は異様だった……。


 再開発が突如始まり巨大ビルの嵐。


 そう、この頃からだった。今の世界が完成するためのピースが生まれたのは。



「あっ、そうなんですね!気づかなかった……」


 彼女の驚きの声が聞こえた。耳にさらっと透き通っていくように入って来る。



 僕たちが働いているのは、あの大きな建物。再開発よりも前に建てられた一応新ビル。曲線をなびやかに描いてガラスを基調とした近未来ビル。


 30階もあったんだ。


 変に思わない?会社の窓から、線路を超えた向こうを見回すと小さな噴水とぽつんと一軒家。まるで別世界だ……。



 時空の狭間に生きているかのように思えた。



 もうすこし奥を覗くと、とびっきり快晴の日になると。


 あの天国岩が見える。50mもの高さだからこの新ビルともいい勝負をする。といってもこっちの方が少し……いやだいぶ高いか。


 霧がかかっているときは、ぎりぎり見えるか見えないかって感じ。


 ほんとのほんとに幸運ならば岩のもっと先に海が見える。


 そしてその先には小さな家がぽつぽつ……。


 海から向こうは詳しくわからない。どうなっているのかが。


 目には見えていても遠すぎて、行ってみたいという興味よりもしんどさが勝ってしまった。随分と疲れていたんだよな。今となったら行ってみたくてたまらないのに……。


 話を戻す。


 今度は彼女から話を切り出してくれた。


「お仕事、大変ですね……。今が1番楽しい時期で、本当にこの仕事でいいのかと何回も考えていたりもします……」




 正直、はっとした。


 いきなり自分の核心をつかれたような気がして、心の奥にあった何かを掴まれた。


 自分自身も今1番、それを考えなければいけなかったのかもしれない。


 僕は少し考えた。そして小さく喋った。


「……。そうですね。そうかもしれません。僕も今気づきました。もっと自分の後悔しない生き方を選ぶということを……」


 僕の中で、何かが解けた。

 ひゅるりひゅるりと糸が解けていく。


 今まで抱えていた、名もない重りはもうどこかへ消えてすっかり軽くなった。



 ……そんな気がした。



 僕は彼女の魅力にどんどん引き寄せられ、ふと思うともう13:00


 また会えることを信じて、2人はまたそれぞれの仕事に戻っていったのだった。

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