第6始 事故、事件
――――十手先を見ろ。
きょとんとしている様子を見る限り、気付いてはいないようで、大分安心した。まさに今、天国なのに地獄の状況なのだが、やはり人間は矛盾なくしては生きられないというのは本当のようだ。いや、この場面だと少し違うのかもしれないが。それは良いとして、どうやって会話をしようか、そこが一番の問題なのだ。例えば、隣が鉢節、またはそれ以外の男子だった場合、俺は普通に会話していただろう。鉢節と黄豆は、聞こえてくる限り、そこそこ会話が弾んでいるようで、特にヤバい状況でもないと言える。そもそも鉢節は誰とでも会話できるやつだ。故に問題ない。ただ、ずっと言っているように、俺がどうするか、という話なのだ。お願いだからなんか案が思いつかないだろうか。
………一か八か、やってみるしかないか。練りに練った俺が考えた話題を。
「聖格ちゃん。」
「んー?何ー?」
「聖格ちゃんって、何で俺の事が好きなんだ?」
「んー、何となく。」
何となく?つまりは雰囲気で好きになったということか?そんなに俺が雰囲気でいい印象を受けるような人間でもないように思えるのだが。
「そうなんだ。俺は、顔と性格。」
「嬉しいなぁ!」
あれ?これは良い雰囲気というやつなのではないのか?
「とっくん。どうだ、そっちの方は。」
鉢節が背もたれの上からのぞき込み、状況を聞いてくる。この場合、どう答えるのが良いのだろうか。たった今、どう返せばいいのか思いつかない。今まで意識してこなかったが、大分コミュ障だったらしい。
「おう。大丈夫だ。」
「そうか。」
それだけを言って、また黄豆との会話にもどった。というか、大丈夫という返し自体がよくない気がしてきた。
こうなったらもう、趣味とかでつなぐしかないか?
「そうだ、聖格ちゃんの趣味は?俺はまあ、読書かなぁ……。」
「私も読書好きだよ。」
以外にも好反応の話題の上に、丁度趣味もあったようで、いい感じに会話が弾み、暫く小説の事だけで会話を続けた。
『ガガガ……ザーッ…』
「!?」
その雑音はバス内の複数のスピーカーから聞こえる。
『あー、あー、あー、』
次は、低い声でマイクテストが始まる。運転手の方を見ると、マイクの電源をつけたり消したり、プラグを抜いたりと、誰もマイクを使っている様子などなかった。
『あー、よし。』
「なんなの?この声…」
聖格ちゃんは、怖いと、直観的に思ったのか(思ったのは俺も同じだが)、さりげなく俺の手を握ってきた。嬉しいというのと反面に、怖いというのが少し勝っている。
『修学旅行中のバスでの会話を楽しんでいる愚かな皆様―――、皆様には今から死んでいただきます。』
「は?」
唐突に、死というワードが入ってくるということはつまりはそういうことだ。前の殺人鬼のように、また事件に巻き込まれたということだ。
「は、ハンドルが勝手に…!!」
次に、運転手がこの世の終わりかのような声で叫び、ハンドルを思いきり握っている。
「何をやっているんだ!!左に回すな!!」
前にいる奴が、叫ぶ。それに伴い、バスは左を向き、そのまま河川敷へ。横転し、回転し、そして――――。
「とっくん……」
ただ、それだけが微かに俺の鼓膜を響かせた。そして、暗転する。
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それから、何分、何時間が経っただろうか。意識はあるのだが、辺りは真っ暗闇。一切の身動きができず、今は多分、仰向けだろうか。感覚が一切ない。出来る事と言えば、真っ暗闇をただ見ている事と、この状況と、他の者の安否について考える事くらいだ。まず、真っ暗闇を見渡していても当然何もなく、つまりは意味がなく、残るは考える事だけ。いくら考えたところで、もう俺は死んでいるのかもしれない。まあ、考えることに越したことはないのだが。まず、状況整理をしておかなくてはならない。
まず、バスに乗っていて、謎の男(声を変えた女の可能性もある)の声がスピーカーから聞こえ、運転手がハンドルを乗っ取られ(?)、事故ってそのまま暗転、そして今、この暗転状態。
整理したところで、現在は全く謎を解く事が出来ない。全て明瞭に不明な事実なのだから。鉢節も、聖格ちゃんも、黄豆も、学年全員、無事かさえも分からない。そして今どこなのだろうか?次々と色々な疑問が生まれてくる。異能力者が事前に察知するか、事故から他の者を守る事も出来たのか?とも思ったのだが、生憎、この学年には知っている限り、風見虎魚の『地獄耳』、白蓮泣望の『雷おこし』、靭着剣服の『復讐夜襲』の3人、靭着の能力はまだちゃんと分かったわけではないが、どれも使えそうにない。唯一、白蓮は雷でバスを止められそうといえば止められそうだが、多分、全員無傷で安全に止めるには大分精密な技術が必要になるのではないだろうか。そういうわけで、3人ともこの事故(この場合、事件の可能性の方が圧倒的に高いともいえるが、現時点では何とも言えない)では特に何も関与できなかった可能性が高い。そして、今の話ではあまり関係ないが、この時点で少なくともこのクラスに、今回の件を防ぐ異能、または技術を持った者はいなかったということだ。という点で言えば、他のクラスは防いだ者がいたのだろうか。もしかしたら靭着がどうにかして止めたのかもしれないし、他にも異能力者はいたのかもしれない。そもそも、異能力者が大分珍しいものなのだから、そこまでいると考えるのもどうかとは思うが。
もう考えることもないか。とりあえず、何を考えるか考えるとしよう。しばらく考えて、特に考えることもないという考えに落ち着いたので、何か進展を望んで目を瞑るとしようか。
光が見える。僅かに、遠くに。
真っ暗闇を見続けていたせいで、その光が異常なほどに眩しい。ただ、徐々にこちらに近づいていくのが分かる。その内、光の内に人影が見える。あくまでも唯の人影というべく他ない。つまりは完全なるシルエットだということだ。
「異能力、そう異能力。君に異能力はあるかい?いや、無い。異能力がないというのは君が、いや、俺が一番わかっている。違うかい?」
知るか。とにかく何者だ。
「誰だ?」
「おっと、それは君自身が最も分かっていた事のはずなのに。」
最も分かっていた事?何故に過去形?
「どういう事だ?」
「僕の事は僕よりも、君の方がよく知っていたという事さ。でも、今は誰も知らない。僕さえも僕の事を知らないんだ。」
「何を、言っているんだ?」
「僕にばかり聞かないでさ。僕からの質問も答えてよ。僕は誰。どうして君は僕の所へ来たの?」
「二つとも分かんねーよ。すくなくとも、二つ目の質問に関しては俺の意思で来たんじゃねーよ。」
暫く不思議で恐ろしい事が起こったせいで、今の状況が恐怖と感じないのが、今一番の恐怖だ。しょうがない。進展を望むべく俺はこいつとの会話を続けることにした。
「いいや、違う。ここへ来たのは君の意思だ。間違いなく、ね。」
「どうしてそんな事が言い切れる。」
「君から直接、聞いたからだ。3年後の今日に君に会うって。」
「3年後?」
つまりは3年前に俺がそう言ったという事になるのだが、12歳(?)辺りに、そんな台詞を吐いた覚えはない。もちろん、一生の内にも。
「そう、3年後。君は笑顔でそう行った。だから今、僕と君が会っているんだ。」
「なら、その事について詳しく教えろ!!全然お前の言いたいことが分からねーんだよ!!」
「ああ、そうか。そこからなんだね。これは3年前。いや、この話をちゃんと語るには4年前の――――。」
そこで声が途切れた。そのまま、暗転状態が解ける。
そして、一筋の風を感じた。目を開く。
「お、目が覚めたか。」
鉢節の声だ。耳元で聞こえた。そして今の状況を見るに、鉢節におぶられていて、十人くらいでどこかを目指して歩いているらしい。この場にいる者は、鉢節、聖格ちゃん、黄豆、風見、そして行美難破、薩摩神舎、折刃違絵、藁谷草好、角振尾突、そして俺の計10人。全員同じクラスというのも、何か今回の件を握る鍵の一つに成り得るのだろうか。