第1始 殺人鬼の脱獄
マンガハックではホープオアディスペアーという作品を投稿しておりますのでそちらもご覧ください。
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突然こんな事を言うのはなんだが、弱い者が強い者と闘い、負け、そして這い上がる。どん底(過剰な表現だが)に落ちた者が再び元の立ち位置に戻るのには弱い者が強い者になる事より、ずっと難しい。これは、負けた事がある者にのみ分かる視点があるという事だ。
―――同時に、負けた事がない者にのみ分かる視点というのもある。強い者にもプライドはある。絶対に負けたくない。負けたら今まで積み上げてきた努力が唯の徒労となってしまう。そのプライドこそが強い者が負けない為の原動力だ。つまり、言いたいことは、這い上がってきた者が確実に強い者より強いという理論は必ずしも正しいという訳ではないという事だ。
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朝はやはり苦手だ。視界が少しぼやけるし、何よりだるい。そんな中、ジリリリと嫌な音の鳴る目覚まし時計を叩き止め、起き上がる。その音に連鎖し、一階から母さんの声が聞こえる。寝起きなので、ここからだと何を言っているのか分からないが、いつも通り、朝食だろう。いや、確定だ。聞こえるか、聞こえないか分からないが、適当にはーいと返事し、階段を降りていく。
朝はやはりパンだ。ご飯はどうも朝食には向いていないと個人的に思う。食パンにブルーベリーのジャムを塗り、食べる。ご飯の欠点はそれなのだが、パンにも欠点はある。パンというよりは、今回の場合、ジャムがその欠点なのだ。パンにはやはりジャムなのだが、口角につき、ベタベタになるのが嫌いなのだ。顔を洗う時に取れはするのだが、口角についている時の不快感が凄い。とは言っても、好きは好きなので毎朝つけて食べているのだが。
朝食にパンだけは流石に中三には厳しいので、2枚食べた後に、何かあるかと母さんに聞くと、林檎があるというので、待っていると、八等分された物を出されるかと思ったのだが、そのまま来た。まあ、それに関してはそこまで気にしていないので、齧る。登校までにはまだ1時間、登校する時間はいつも8時なので、今は7時という事だ。正確に言うと、この瞬間の時間は7時2分なのだが。
微温湯で顔を洗い、タオルで拭く。やはり、冷水よりも微温湯の方が心地良い。目が覚めるかという意味では冷水の方が良いは良いのだが、テレビでも微温湯が良いんだとか聞いたような気がする(うろ覚えだが)。その後、歯を磨き、制服に着替えた後、適当にテレビでも見ながら残りの時間を過ごす。本当はこのくつろぎの時間は私服で過ごしたいものだが、もし寝落ちしてしまい、母さんが起こし忘れた場合、焦って制服を着るのは避けたい。
暫くニュースを見ていると、突然速報が入った。
《速報です。先ほど、7時25分ごろに連続殺人犯・加元無刹人が影楼刑務所から脱獄しました。》
「……加現和…刹人…ねぇ…」
25分というと、3分前という事になる。ついさっき脱獄したということだ。さらに、ニュースを見る限り、俺が今いるこの町周辺にいるということになるが、まさか自分がこいつに会う事なんてそんな事あるはずないからいつも通り登校しよう。
…とはならない。俺はそう言う事には細心の注意を払う性格だ。いつも通りの時間に登校するのには変わりないが。チャンネルを変えると、他の局でもその連続殺人鬼の事について取り上げている。俺はこの加現和刹人の事について詳しくは知らないので、スマホで加現和刹人について調べる。検索結果の一番上にあるサイトを開き、そいつの過去を見る。
”加現和刹人 1968年9月27日生まれ(今は2018年11月17日だから、丁度50歳)
1998年―2001年まで、合計48人を殺し、2003年に捕まった連続殺人鬼である。殺人方法は人間とは思えない程残忍な方法であり、遺体は毎回目立つ場所に放置されていた。殺人に使っていた武器は異様な形状のナイフで、刃の場所によって使用用途が違うといわれている。
逮捕時、加現和は死刑だといわれていたが、終身刑という判決になった。”
記事を見る限り、どうしようもないほどの狂人だと思われる。そのままスマホの電源を切ろうと思ったが
、残忍な殺人方法について気になり、それについても調べた。そして黒い背景のサイトについた。
”1998年3月14日 被害者竹弔一 首をのこぎり状の物でゆっくりと切られ、絶命。
3月30日 被害者治野被外 四肢を切られ、絶命。”
かなり序盤の方で、手が震えてきた。
(このサイト……加現和本人が作ったサイトだ……!!)
すぐに分かった理由は簡単だ。最初の被害者・竹弔一の死因だ。首をのこぎり状の物でゆっくりと切られ、と書いてあるが、この時点で、”ゆっくりと”の言葉が決定的な証拠だ。
今の日本にそんな技術があるのかは、あまり興味がなかったので知らないが、こうなったら、もう今日、そして明日以降の登校が恐ろしいものへと変わる。
そんな事は露知らず、母さんは鼻歌を歌いながら食器を洗っている。そうだ、母さんも危険にさらされる。
心臓がバクバク鳴り、冷や汗をかいていることに気付く。とりあえず、コップ一杯の水を飲み、タオルで汗を拭く。
気付くと、もう登校する時間だという事に気付き、鞄を持って家をでる。角を一歩一歩曲がる度に、加現和がいないか気になり、後ろを何度も見ていた。暫くすると、登校する他の生徒が見え、ほっと一安心し、呼吸した。
「おーい、とっくん。おはよー。」
後ろから声がする。男の声だ。それも聞き覚えのある。因みにとっくんは俺のあだ名だ。
「よぉ、鉢節。……お前、なに聖各ちゃんの声真似してんだよ…」
「お!!お前、よく一発でわかったな!!…もしかして、お前、聖各ちゃんの事好きなんじゃねえの?」
「……そ、そうだよ!!悪いか!!」
完全に素っ破抜かれ、動揺したが、まあこいつの事なら誰にもちくったりはしないだろう。
こいつ、鉢節裕善は中1からの仲で、一番仲がいい。小学校の友達はほとんど違う中学へと行ってしまったし、小学校で一番仲の良かった奴とはもう疎縁になってしまい、今、中が良いのは大体が中学校からの仲の奴らということだ。
「それよりさ、とっくん。お前、今日のニュース見たか?連続殺人鬼・加現和刹人が脱獄したってやつ。」
早速、その話題になった。だが、こいつ、もとい登校している生徒達の様子を見ている限り、そこまで脅威となっているわけではなさそうだ。
だが、俺はそこまで気を抜いているわけではない。全員、殺人鬼に会う訳ないとそう思っているのだろう。だが甘い。今週、今日、今、会うかもしれないんだ。もしかしたら、この先の角を曲がった所に殺人鬼がいるのかもしれない。学校に潜んでいるのかもしれない。心配しすぎだといわれるかもしれないが、俺は疑う事をやめるつもりはない。
「ああ、見た。お前だろ?」
「俺じゃねえよ!!」
漫才みたいにビシッと手の甲で俺を叩く。適当に笑い流し、話が続く。
「…おい……とっくん………振り向くな…逃げるぞ…」
「は?」
突然青ざめた表情で俺の後ろを見だした。嫌な予感がする。後ろに、奴がいるかもしれない。それに現在、鉢節もこうしている。恐る恐る、後ろを向いてしまった。
「ワッッッ!!!」
「ヒギュアッッ!!!」
「……ギャッハッハッ!!お、お前…ふひひ…なんだその声…ヒャッハッハッハッハ!!!!」
騙された。うっかり変な声を出してしまった。照れ隠しに鉢節の頭をぽかんと一発。
「いててて…照れんなって!!」
「何かイラつくそのノリ」
殺人鬼の恐怖などすっかり忘れ、学校に着いた。鉢節とはクラスが違うので、教室の前で別れた。
そして欠席者を除き、全員が教室に入った後、先生が青ざめた顔で教室に入る。
「えー、皆さん。今回は大変恐ろしい事件がありました。」
と、いうことは殺人鬼の話か。
「ついさっき、倉既裁衝があの殺人鬼・加現和刹人に殺されました。」
は?殺された?……と、言うことは…つまりは、もうこの付近は殺人鬼が棲みついている可能性があるということだ。棲みついていないにしろ、危険だ。帰り際、殺されるかもしれない。今、既にこの教室に向かっているかもしれない。