主人公、登場
「俺様はシリウスだ!得意科目は剣術と格闘術!勉強は苦手というか、さっぱりわからん!趣味は筋トレだ。以上!」
赤い短髪のツンツン頭が喋る。
身長はかなり高く、ユーリと同じくらいか?俺は小さい方だから正直羨ましい。
今、俺たちは学園の特別棟にある教室でホームルームをしていた。特進クラスだけあって教室の備品やらは去年と比べられないくらい豪華だし、食堂のメニュー全品割引は助かる。
まぁ、それだけ求められる成績やら成果は大きいけどな。……来年は一般クラスに落ちるだろうな俺。
次々とクラスメイト達が自己紹介をしていく。どいつもこいつもゲームで見たことある連中ばっかりで恐れ多い。原作介入とかするもんじゃないな。緊張で胃が痛くなりそう。
俺、ユーリ、サテラは自己紹介を既に済ませてある。
ユーリはいつも通り自信満々に、サテラは初めての教室で緊張気味だったけど逆にそれが微笑ましくて好印象だった。俺? 場を和ませようとして盛大にスベりましたけどなにか?
そんなことはどうでもいいんだけど、どうやら俺は落第回避に専念し過ぎて大きな見落としてをしていた。
それが今自己紹介をしている奴だ。
「オレはヤマト。家名はない。今年からの転入することになった。将来の夢はこの世界で一番の勇者になることだ。みんな、よろしく!」
黒髪で笑顔が眩しい好青年。我らがお馴染み『フェアリーロザリオ』の主人公様でございます。
わー、すっかり忘れてた。一番の要注意人物がご登場だ。
プレイヤーの写し身だけあって顔立ちとか日本人っぽい。名前は自分で変更もできるんだが、どうやら主人公様は最初に設定してあるデフォルトの名前のようだ。
特進クラスへの転入だから凄い奴かと思いきや、実はこの主人公、単なるラッキーボーイである。
普通の家庭に生まれて特に不自由なく暮らしていたところ、この大陸で信仰されてる女神教の預言で伝説の勇者の生まれ変わりだと判明。いずれくるであろう厄災に備えて学園で力を鍛える〜とかなんとか。
はい、テンプレ頂きました。○○の生まれ変わりとか転生とかお約束だよね。俺が言えた義理じゃないけど。
ゲームは彼が学園に転入するところから始まる。つまり、今日この日こそが原作ゲームのスタートというわけです。
本来の予定では主人公の登場前にユーリとサテラをくっつけたかったんだけど、まさか半年もサテラを探すのにかかるとは思わなかったんだよなぁ。バイトとか執筆に時間取られたし。
だがまぁ、まだ焦るほどではない。ゲームが始まったのならあとは俺が主人公をサテラやユーリに近づけないようにすればいいのだ。
ゲームとは違い、やり直しが効かない今世。慎重に行動していこうじゃないか。なるべく関わらないように。
「君がこのクラスで一番強いんだってね。オレ、剣を習い始めたばかりだから、よかったか剣術の基本的なこととか、教えてくれないか?」
関わらないようにしようと思った数分後にこれですよ!おい、主人公!
ホームルーム終了後、新学期が始まったばかりで本格的な授業より委員や選択授業の説明とかで自由時間みたいになってる。
周りもお喋りやクラス内での新しい友達作りを始めている中、例の主人公様が話しかけてきた。俺じゃなくて隣にいるユーリにね。
「君は転入生のヤマトくんだね。誰に聞いたかは知らないが、僕は自分のことを一番強いだなんて思っていないよ。あくまで試験としての結果だと思っている。それに、生憎と僕は自分のことで手一杯でね、教えを乞うなら他を当たってくれ。……赤髪の彼、シリウスが練習相手を探しているという話を聞いたことがある。彼も僕と同じくらいの実力者だ。一度、彼に話してみてくれ」
へっ。流石ユーリ。自分は謙遜しつつ話を断り、さらっと主人公にピッタリな相手を勧めてる辺りお人好しだな。
俺は関わり少ないけど、シリウスは戦闘だけならユーリに匹敵、上回るからね。他はダメダメな脳筋だけど。
ゲームだとシリウスと修行すれば剣術の経験値が多くもらえたんだっけ? ユーリと修行は序盤じゃ効率が悪いからな。
「いいや、オレは君に教えてもらいたいんだ」
ところがどっこい、この主人公は食い下がってきた。
「どうして僕に拘るんだい? 僕は特別他人に教えるのが得意なわけじゃないし、君と会うのも今日が初めてなわけだが?」
「だって君、侯爵家の、貴族の子供なんだろ? 教会の人にも言われたんだ。学園を卒業した後のことを考えれば貴族の者と交友を深めた方がいいって。もちろん君にだって利点がある。教会公認の勇者といれば将来の印象とか、侯爵家にもプラスに働くと思うんだ」
ん? このセリフ、もとい選択肢をゲームでも聞いたことあったけど、これって一番ダメなやつじゃ……
「そうか。君は僕が貴族だからと近づいたのか。それじゃあ、修行については完全にお断りだ。僕は実家なんて関係ない自分の力だけで騎士になってみせる。それと教会という後ろ盾はあまり使わない方がいい。権力を振りかざすのは自分の能力だけで上を目指す人たちに失礼だ」
ほら〜、ユーリくんちょいオコだよ。目が冷たくなってる。
貴族と平民っていう身分の違いは認めるけど、ユーリは平民だからって馬鹿にはしないし、貴族だからって贔屓はしない。均等に人を見る性格だ。
奢る奢らないも、お金があまり無い平民からしてもらうくらいなら必要ないっていうし、どうしても何かお返ししたいなら行動とかお金じゃない別の物で返して欲しいタイプだ。
俺の場合だったら書いてる小説とかでね。
「そ、そうか。忠告ありがとう。じゃあ、他の人に頼んでみるよ。……ユーリ・オリオンだったね。オレはいつか君より強くなってみせるよ」
そう言って主人公はユーリから勧められたシリウスの方に歩いて行った。
まぁ、あれだけ鋭い眼光に睨まれたらビビるよな。
「アッシュ。どうやら僕は彼が苦手かもしれない」
「だろうな。まぁ、ついこの間までただの一般人だったのが勇者の生まれ変わりとか言われて慌ててるだけかもしんないぞ」
「そうかもしれないな。……少し強く言いすぎたか?」
「気にしなくていいさ。これくらいでへこたれてたら勇者失格さ」
「ふっ。まるで本物の勇者がなんたるかを知っているかのような言い方だね」
そりゃあ、ゲームで何回も勇者してましたし? 創作家としては色々な英雄とか勇者とかを調べましたし。
「君が勇者だったら僕は惜しまずに協力したんだけどね?」
「無理無理。ペンより重たい物なんて振り回せないよ俺。剣術の授業を選択してるのも小説を書く上での資料とか体験みたいなものだし」
「それもそうだ。僕から一本も奪えていないしね」
「ユーリから一本とかシリウス並みに鍛えなきゃ無理だろ。あいつ、筋肉が痙攣して身動き取れなくなるまで筋トレするらしいし」
視界の先ではトレーニング相手を見つけて嬉しいのか、シリウスと主人公が握手していた。
経験値が増えるってことはそれなりな代償あるけど、大丈夫だよな。頑張れよ勇者。
翌日、杖をつきながら体を引きずって登校してくる勇者見習いの姿があった。