ユーリ・オリオンとのエンカウント
これはまだ学園に入学した頃だから一年前の話。
「以上。新入生代表、ユーリ・オリオン」
各国関係者や保護者が集まった学園の入学式。敷地内にある闘技場で行われたそこで、俺は憧れのユーリに出会った。男子にしては長髪の紫髪はキッチリ整えられ、琥珀色の瞳は真っ直ぐ前を見ていた。
手元を見らずに新入生代表挨拶をしていたことから察するにあの長い挨拶を完璧に記憶していたんだろう。それも間やトーンまで。
「やっぱ完璧超人って言われるだけあるよ」
少し大きめの制服に着せられてる俺と同じ十五歳とは思えない。
やっぱり育ちからして違うんだな。
故郷じゃ単細胞な兄貴二人くらいしか歳が近いのがいなかったから自分がまともに思えたけど、原作キャラの中でもトップクラスは違うね。
入学式後、配られたカードにはクラスと教室の場所が書いてあった。
学園は様々な得意分野を持つ生徒や貴族、王族の子供達が集まるが、基本的な授業は全部の科の生徒を混ぜたクラスで行われる。これは学生時代に多種多様な交友関係を結べるようにという方針らしい。
つまり、どんな身分や専門科目が違う生徒ともクラスメイトになれるってわけだ!
二年目以降は学年の成績上位者だけで作られた特進クラスもあるけど、今はどうでもいいや。
それより、推しキャラと同じクラスになれますように!
期待に胸を膨らませて教室に入る。大学の教室みたいなその場所にユーリがいた。
「ッシャー!!」
思わずガッツポーズをして他のクラスメイトから変な目で見られたが構わない。
だって憧れの推しキャラと同じクラスとかファンなら誰しも想像するでしょ? 確率は十分の一だったとはいえ、嬉しい。
あわよくばもう一人の推しであるサテラがいないかも探したが、残念ながら彼女は別のクラスだったようだ。
席順は自由とのことだったので、俺は容赦なくユーリの隣の席を陣取った。
推しキャラに感動して同じクラスにいるだけで幸せなんだけど、将来のユリ×サテを考えるとユーリと交友関係を築かないといけないのでガンガン行きます。(興奮し過ぎて頭おかしい)
「やぁ、俺はアッシュ・ダストン。東の方にある田舎村の三男坊だ。よろしく」
早口になりながら挨拶をすると、ユーリは素っ気なく
、
「オリオン侯爵家の次男ユーリ・オリオン」
と言った。
これが俺とユーリの最初の会話だった。
「なぁなぁ、この問題分かんないから教えてくれない?」
入学式から一ヶ月くらいが経った頃、俺は席が隣なのをいいことにユーリに積極的に絡みに行った。
「君ね、分からない問題があるなら僕じゃなくて先生に聞けばいいじゃないか」
「いやー、あの先生苦手なんだよ。授業スピード早いし。そうなったらクラスで一番頭のいいユーリくんに聞いた方がいいだろ?」
「頭がいいというだけなら他にも教えてくれる人はいるだろ。僕は何かと忙しいんでね」
「隣の席のよしみでそこをなんとか! 昼飯は俺が奢るから!」
「はぁ、頭を上げてくれ。僕は貴族だから平民の君から奢られるほど金には困っていない。だから対価は必要ない。時間が惜しいから少しだけだ」
ユーリ・オリオン情報。基本的に善人で人が良いユーリはグイグイくる押しに弱いのだ。
「サンキュー! で、こっからここまでなんだけどよろしく!」
俺が教科書のページを指差すと、ユーリはその端麗な顔を引きつらせた。
「君、さっきの授業の何を聞いていたんだい」
「聞いててもわからないもんはわからないんだよ」
俺の入学試験の結果は下から数えた方が圧倒的に早いくらいだった。
「君ってやつは……」
こういった感じで俺はユーリに積極的に絡みに行った。
もちろんウザがられたり、近づくだけで露骨に嫌そうな顔もされたけど、押し気味に話しかけたり頼み込んだりすれば断れない性格だったので仲良くなれたと思う。……思いたい。
他の平民出身のクラスメイトからは「よく貴族の、それも怖そうな彼と話せるね」と言われたが、実際のユーリはぶっきらぼうなとこもあったりスカしたキザっぽい振る舞いするけど根はいい子だから大丈夫だ! と伝えておいた。
そもそも、親元を離れて集団生活をしているのだから、身分とか出身とか気にしなくていいんだ。……まぁ、この辺の価値観は現代日本人ならではなんだろうけどな。故郷の村にいた時は身分の高い人が視察で年に一回来るか来ないかだったから接し方とかよくわかんないし。
将来のユリ×サテのためだ。これからもガンガン行ってみよう!
♦︎
ユーリ・オリオン。
侯爵家の次男、それが僕に与えられた役目だ。
兄がいる学園に進学した僕の目的はただ一つ。この場所で修行を積み、勉学に励み、国の騎士団の方々にスカウトされることだ。
目指すのは国王陛下の近衛騎士団。その団長の座のみ。
剣を振るい、民のために戦う騎士に憧れた。実家は兄が継ぐので、僕は父や母にとって他の貴族と繋がるための道具にしか思われていないだろう。兄が望む物は全て与えられたが、僕は自分自身で勝ち取るしかなかった。貴族とはそういう社会に生きている。
夢を叶えるか家に尽くすか。
国では有力貴族として存在しているオリオン家だが、その中身は天災による不作によって領地経営が難しくなっており、爵位を降格される恐れもある。
両親の意見が最もだ。次男だからと遊ばせておく余裕もない。
唯一の救いは、この学園でのチャンスを与えてくれたことだろう。学園に所属している間に騎士団からスカウトをされるほどの価値があるのならお前の自由を認める。それが叶わないなら侯爵家のため、兄のために生きろと。
スカウトされるにはこの学園で一、二を争う実力者にならなくてはならない。その為にも緩い学園生活は捨てて貴族として、騎士になるものとして自分自身を追い詰めなくてはならなかった……はずだった。
「やぁ、俺はアッシュ・ダストン。東の方にある田舎村の三男坊だ。よろしく」
その計画は最初から潰されかけた。
緊張で押し潰されそうだった入学式が終わり、教室で待機していると、短い金髪の死んだ魚のような目をした少年が迷うことなく僕の隣に座り話しかけてきた。
普通、貴族の生徒の周りには同じ階級の生徒や貴族に取り入ろうとする商人の子が近づいてくるはずなのだが、予想外の人物が来た。
平民の、しかも聞いたことないような村の村長の三男坊だという。
得体の知れないその彼に、僕は警戒しながら自己紹介をするのだった。
それから一ヶ月。僕の杞憂は無駄に終わった。
アッシュ・ダストン。彼はよく僕に話しかけきた。ニマニマとする表情で僕から何かを引き出そうとしているかと思った。
だけど違った。彼が僕に求めているのはただ一つ。それは僕が不必要だと切り捨てようとした当たり前の学生としての交友だった。
貴族だからという理由ではなく、僕個人との関係を築きたいとも彼は言った。
事実、彼は他の生徒や教師と違いオリオン様やユーリ様ではなくユーリくんとしか呼ばなかった。
僕自身が甘いこともあり、当初予定していた修行の合間に彼の勉強のサポートをすることにもなってしまった。
「悪いねユーリくん。また時間を取らせちゃって」
「そう思うなら少しは自分で問題を解きたまえ。鍛錬をしなくてはならない僕と違って君には時間があるんじゃないのかい?」
「うーん。実はさ、俺、自分で物語とか詩を書いたり記事を書いたり、そういうのが好きでさ。最近はちょっとした雑誌に掲載されたりしてんだよ」
「ふむ。君は僕の時間を奪いながら自分の趣味を優先しているというわけだね」
「ぐっ、そう言われると何も言えない。……勉強を教えてもらうたびにユーリくんの好きなシュークリームを奢るので許してください」
「前にも言ったが、僕は貴族だ。平民の君から施しは受けない。……でもこれじゃ一方的だから、君の書いたという物語を僕にも読ませてもらおうじゃないか」
「げっ⁉︎ ……ユーリくんって本とか熱心に読むタイプじゃなかったよね」
珍しく彼が慌てている。……これはちょっと愉快かも
しれない。
「あぁ、確かに。だけど、これは勉強を教えてあげた事への対価だ。対等な取引だと思うが、何か不都合でも?」
「いや、友達に自作小説読まれるのが恥ずかしい」
友達。
「なら、今回は我慢しよう。その代わり、君がいつか僕に見せても恥ずかしくない物語が完成したら読ませてくれたまえ」
「はいはい。わかりましたよ」