国の壊し方
クラク王国にて。
その国の王、ハサードは、王としてあるべき場所――玉座にて、とある作戦を考えていた。
国の滅ぼし方。その方法を。
「むう……」
国王は――飽きていた。自分の国に。自分の国の民に。
そして――この、『国王』という称号に。
誰かがこの環境を壊してくれること、その誰かを待ち続けて、今ここに座っている。
常人からすれば、これは異常に見える事柄だが、しかし、この国王はこれでも正常である。
ただ――真性のドMなだけで……。
いつから狂ってしまったか分からない国王の持つ国に――一人。
――強大な力を持った、一太刀で国を滅ぼす者の到来が、国王の望んだ未来が、すぐそこに、来ていた。
「今回は――ここにしようかな……?」
両手に剣を携えた『鬼』は――愉快に、歪に、顔を歪めた。
「ふう……」
クロエはそんなため息を漏らして――クラク王国への到着という目的を達成したことに、安堵した。
旅の基本として、宿を探す。
流石に中々に大きな国だったので、宿屋はいくらか見つかった。ので、一番安く、そして、よさげな部屋がある場所を、今日の寝場所とすることにした。
買い物などをすることもなく、すぐに部屋に籠り、まずは背中にかかっていた二本の剣を机に丁寧に降ろす。剣士として、剣を己よりも大切に扱うことは基礎中の基礎だろう。
「――――――――」
声にならない声を小さく出し、ベットへとダイブする。
この場所ともすぐにお別れしなければならない。旅人である所以、とでもいうのだろう。何とも心が痛いことだ。
しかも、一度訪れた国には訪れられないときたものだ。全く、生きずらい世の中だ。
さて、することもないので、クロエはとりあえず――ベットに意識を沈めた。
国王は――しわを一層深めた。
だが、それを――悪い知らせとは思わなかった。
「なるほど……周りの国で『国壊し』が行われていると……」
「ハッ!」
「それで? どうしろと?」
「どうしろって……――この国の警備を強化するなど、未然に被害を防ぐ術は様々なのでは……!?」
「それをしてどうなる?」
「ッ!? 国王! あなたは――この国のことをどう思ってらっしゃるのですか!?」
「どう思っていようが――一太刀で国を破壊する者に、我が国の警備を強化したところで、それは防げるものなのか? ――敵わない。それどころか、警備を強化することで、相手の勘に触って、それこそ国の破壊が早まるだけなのでは?」
「――ッ!」
傭兵長は、返す言葉がない。
その通り過ぎる。一太刀で国を破壊する者に――敵うはずがない。
「……失礼、致します……!」
傭兵長は、国王に対する――そして、自分の非力さへの怒りを携えて部屋を退出した。
「ようやく来たか……」
国王は――笑っていた。本来は笑ってはいけないはずなのに。すぐ近くに破壊の鬼がいるかもしれない。それを考えるだけで、体中が震えるのが分かった。
「もしかしたら」
――もう、この国に、いるのかもしれない。
そんな恐ろしい考察をして、――国崩壊の一日前を、締めくくった。
――朝を迎え。
クロエは朝日を浴びながら起きる。
「ん――っ」
大きく伸びをして、ベットから降りる。
朝食をとり、着替え、その他諸々を終え。
背中に剣を担ぎ。
クロエは――始める。
「んじゃ、始めましょうか」
まず、準備運動も兼て。
――宿を片手一振りで――破壊した。
「何だ!?」
さっき聞こえた音は確かに。
建物の壊れる音だ。
でも、何が? そんなことが朝っぱらから。
まさか。いや、本当に?
「『鬼』が、来たというのか……?」
そう呟く国王の顔は――笑っていた。
次々と破壊されていく建物。それが視界に入るたび――それが快感になる。
そして――玉座で、我が首を取りに来るであろう客人を――待った。
「全く……」
この辺の建物は脆い。柱に一撃だけですぐに崩れてしまう。
あんなに整っていた街並みはどこへやら、もうすでに瓦礫だらけになってしまった。
移動がめんどくさく感じたクロエはまたも――片手を振りかざした。
瓦礫が、飛んでいく。まるで生きているかのように道が開ける。
「これで少しは移動が……」
後ろから、複数人の足音――傭兵団か……?
大人数の、中小団体規模の足音を感じ取ったクロエは、片方の剣を右手に持ち――傭兵団を待った。
――ここで逃げては、面白くない。
「できるだけ、楽しませてくださいね……」
誰もいない中、そう呟いて、やってきた傭兵団に、言った。
「こんにちは。僕が、犯人です」
傭兵軍の警戒が高まる。当たり前と言えば、当たり前だろう。のらりくらりとしているこんな少年が、巷で騒がれる――『鬼』なのだから。
「それじゃ、どうします? ご飯? お風呂? それとも……」
――殺し合い?
瞬間、クロエは姿を消し――否、消えるほどの俊足で。
――先頭にいる、傭兵長の首を、打ち取った。
血の流れるそれを、笑顔で掴んでいる――さながら『鬼』。
顔を地で濡らし、それに狂喜しているように、クロエは、笑い、嗤った。
「さあ次は、誰が首をくれるんですか?」
笑顔で、努めて笑顔で。
傭兵団に向かって言った。
そして。
剣を、振るった。
傭兵長を切ってしまったので、今度は二列目の輩の身体に、縦一字の切り込みを入れた。
血が同じく噴き出す。心臓の近くだが、極めて表面なので、楽に死のうとも死ねないようにしたクロエはやはり――笑っていた。
「さあ~早く」
楽しそうに。無邪気な子供のように。
邪気を孕ませて。
「――――?」
傭兵団の一人が、疑問符を浮かべた。それに傭兵団全体が反応した。
瞬間。
全員の身体が――木っ端みじんとなった。
「戦い中によそ見だなんて――なんて怠惰な。基礎中の基礎でしょうに……」
当たり前のことができていない。どんな非常事態でも、基礎は守り通すものなはずなのに。
少し失望してから、振り返り。
城を一瞥し、両手に剣を携えて。
その剣を――振るった。
城は大きな音を立て、そして綺麗に二つに割れ、そのまま上半分は滑り落ちていった。
これにて、この国は――破壊された。
最後に、手間だが。
クロエはとある場所に向かった。
「やっと見つけた」
年老いて、ほこりをかぶったおじさん――国王に向かって、クロエは開口一番そう言った。
「お前が――私の国を……」
「そう言うもんじゃありませんよ。嬉しいんでしょ?」
クロエにはこの老人が、喜んでいる風にしか見えなかった。だから。
「今、あなたを殺すのは、やめておきましょう。――あなたはまた、国を建ててください。僕は、それを壊しに行くので」
「…………」
国王は、唖然とした様子だった。
殺されることを前提にしていたのに、国を壊されて、それで自分も終わるはずだったのに。
そうすると、国王は失望で体に力が入らなくなった。
「もう、ダメだ……」
その様子に――また笑い。
「それでは」
『鬼』は、その場を後にした。