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a latter part.

「――この三人でるのは、初めてだな」

「腕がなるなぁ」

「オレは演奏するの自体、久しぶりだよ。鈍ってなきゃいいけどな」

「よく言う。日頃からヘッドフォンを付けたエレキヴァイオリンで音を外に洩らさないように練習してるのを、アタシが知らないとでも思ったか?」

「あれ、バレてた?」

「当たり前だ」

「禾楓ちゃんはぁ、一日毎の水道光熱費をチェックしてるんだもんねぇ」

「まあな。家計を預かる身としては、当然だ」

「消費電気量のメーター見ただけでそこまでわかるんだ……もしかして北電でバイトしてた?」

「ばか」


 勝手知ったる何とやら。

 アタシたちは、主のいないログハウスのテラスの灯りを点し、そんな雑談を交わしながらセッティングを終えた。

 新月の夜。

 星月夜の下でのセッションの、セッティングを。


「――じゃぁ、演ろうかぁ」

「そだな。でも、なにを演る?」

「えぇっとぉ……」

 琴沙がのぉんびりと振り上げた声のタクトに、アタシは根本的な質問を投げかけた。

 指のタクトを口元に当て、思案顔の琴沙。ちゃんとそこまで考えて発言しなさいよね、まったくもう。

 でもアタシの質問を予想していたのか、蒼葵はひとり楽しそうに笑ってこう言った。

「【π(パイ)の音楽】なんてどうかな?」

「あ、それいいかも」

「その曲はちょうど、冬の定期演奏会で演るんだよねぇ」

「ああ」

「え、そうなんだ? じゃあ、決まりだな」

 ――πの音楽。

 それは、円周率πの永遠に続く数字をそれぞれ、音階のドから高音のレに置き換えて作られた曲。

 音楽家の歴史ではなく、数学者の歴史が手に入れた、最高のメロディ。

 ま、普通の高校生がこの曲を知っていることはまず無いと思うけど。

 近年、それをオーケストラ用に編曲した人がいる。

 その編曲者は誰あろう、なんと、この蒼葵のお父さんとアタシの母さんなのだ。

 アタシはそれほどでもないんだけど、蒼葵はこの編曲版をもの凄く気に入っていて、暇さえあれば、エレキヴァイオリンで弾いてる。

「でも、楽譜(スコア)は持って来てないぞ?」

「それなら心配ない」

「「?」」

 口元に笑みを浮かべてそう言って、再び車のトランクに戻る蒼葵。

「楽譜なら――ここにある」

「…………」

  呆れた。

  まさか、用意しているとは……。あ、譜面台まで。

「……用意してきたのか」

「そうじゃないよ。いつも持ち歩いてるだけさ。――はい、琴沙ちゃん」

「ありがとぉ。でも、ほんとにぃ?」

「ああっ、琴沙ちゃんまで俺を疑うのかっ?」

「ま、日頃の行いのせいだな」

「あぅ……」

 ……楽しいなあ、こういうの。

 唐突に始まった、軽口の応酬。それにピリオドを打ったのは、琴沙だった。

「まあまあ二人ともぉ、お話はぁ、楽器でしようぅ? ねッ」

「……ああ」

「そうだね」

 楽器で話す。

 ほんと、琴沙らしい表現だ。そして――

「じゃあ、やろぉ♪」

 琴沙が再びのぉんびりと振り上げた、声のタクトを合図に。

 他に誰もいない星月夜のもと、冬の星空だけを観客にした、三重奏のセッションが始まった。


 その夜奏でた、リズムや旋律やハーモニーが、それこそ、自分たちの楽器でほかの二人や星たちと話し合っているような。

 そんな、不可思議だけどとても素敵なひとときだったのを。


 三人とも、今でもはっきりと憶えている。

      

 あとがきに代えて


禾楓:「……どうしてこういう公の場に晒すかなお前は」

稀杏:「いいじゃないか。お前たちの淡い青春の一ページをみんなにも知ってもらいたいし。 お前の蒼葵に対する想いも、そこそこよく出てるし(笑)」

禾楓:「それが迷惑だって言ってるんだよ!……ったく。――まあいい。ところで、約束は憶えてるだろうな。蒼葵にだけは、絶対に読ませるなよ?」

稀杏:「ああ、約束だからな。まあ… 読ませない努力はする」

禾楓:「絶 対 に 読 ま せ る な よ ?」

稀杏:「…………御意」


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