a middle part ‐ 1 .
窓ガラスに映る街灯かりが、次々に後ろに流され、消えていく。
青いインプレッサの後部座席でしばらく無言だったアタシは、ふと、運転手に呼びかけた。
「……なぁ、蒼葵」
「何かな、禾楓ちゃん?」
ああっやっぱしとぼけてやがるっ。
ってゆーか、いくら義理とは言え、妹をちゃん付けすんなと何度言ったら……
まあそれを言ったら、アタシも義理の兄を呼び捨てにしてるんだけど。
「お願いだから、アタシのケータイにかかってきた電話に勝手に出て、それが女の子だったからってナンパするそのクセ! いい加減にやめろっ!」
「禾楓ちゃぁん。あたしぃ、ナンパなんてされてないよぉ? 蒼葵さんはただぁ、今夜のことを電話で教えてくれただけだってばぁ」
助手席でフルートのケースを膝に置いた少女が、運転手に食ってかかるアタシに横槍を入れてきた。
肩に届くほどの長さでさりげなくレイヤーが入った、淡い茶混じりの髪。
卵形な小顔。チャームポイントである、くりっとした瞳。
琴沙はアタシの親友にして同級生、そして吹奏楽部仲間でもある。
「あのな琴沙。それはお前が鈍感なだけだ」
「えぇ〜? そんなことないよぉ」
「そんなことあるんだよ」
「むぅ〜」
――あのあと。
琴沙に問い掛けようとしたところを「おーい二人ともー。いい加減閉めるぞー」と部長に遮られ、慌ててティンパニを片付けて音楽室を出た。
そして帰り道で改めて琴沙に訊いたら――
「昨日ねぇ、禾楓ちゃんのケータイに電話したら蒼葵さんが出てぇ、たくさんしてくれたお話の中でぇ、教えてくれたのぉ」
……それを聞いたアタシは絶句した。
ほんっとにもう……。琴沙じゃないけど。
また、幸せがひとつ逃げて行っちゃったじゃないぃっ! アタシの溜め息返してぇっ!
――って言いたい。言わないけど。
で、さらにそのあと。
知ってしまったのだったら仕方ないか。このまま琴沙にも付き合ってもらおうと思い、オフホワイトのブレザー姿から私服に着替えて夕飯を済ませ、桂星駅で待合わせるように、約束した。
そうして、今に至る。
「――まあまあ二人とも。こんなところで、ケンカはよくないよ?」
「あ。はぁーい」
「…………」
正直、「どの口がそんな事を言うんだ?」と言いたかった。
だけどそれを言ってしまうと、今すぐに車から放り出されて今日の約束が果たせなくなる危険がある。
だからアタシはとりあえず、黙っていた。どのみち、琴沙はいつか誘うつもりだったのだし。
それにしても……。
蒼葵はアタシはもちろん琴沙よりも背が高くて、黒髪なんかさらっさらで清潔感があって、顔立ちもけっこうな美青年で通ってるのに。
そしてこの軽薄さがなければ、いくらでもモテるのに。なに考えてるのかさっぱり掴めない。
おかげでアタシは……
――っと。そんなことはさておき。
この三人が、一体どこに向かっているのかと言うと。
「わぁ。ずいぶんと山の中にぃ、行くんだねぇ」
「ああ。まあね」
窓の外に街の明かりがまったく見えなくなったあたりで、それを興味深く見ていた琴沙に、蒼葵がさらっと答える。
車は、桂星市の街並みからだいぶ外れ、一車線ギリギリの山林道を奥へ奥へと進んでいた。
やがて。
「お。見えてきたな」
「え? どこどこぉ?」
前方に、小さな一軒家が見えてきた。
このような山奥には何の変哲もない、丸太造りの家。まぁ早い話が、ログハウスよ。
「わぁすごぉい。あたしこんなのはじめて見たよぉ」
感動の声をあげる琴沙。
無理もない。
いくらこの街が田舎でも、こういうのを目の当たりにできる機会というのは、そうそうあるものじゃないから。
でも本当に驚くのは、車を降りてからなのだ。