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a first part.

 とっぷりと陽が暮れた、冬休みの音楽室。

 アタシたちは、あと数日に迫った市の冬季定期演奏会に向けて、合奏練習をしていた。


「よーし、今日の練習はここまで。もう暗いから、各自気を付けて帰れよ」

 顧問がそう言って、副部長の号令のあと、指揮をとっていた部長が楽譜を片付け始めたのを合図に。

 総勢四十名の演奏会メンバーが一斉に楽器を片付け始めた。

 アタシもピアノから席を立ち、ティンパニを舞台の壇上から楽器庫へ運ぼうとした……その時。

「かーえーでーちゃんっ」

「いったっ!」

 アタシの髪が、突然後ろから引っ張られた。

 犯人はわかっている。文句を言おうとして振り返ると――

「かーえーろっ」

「やっぱり……」

 アタシより一段低い位置にいながらも、アタシの顔とほぼ同じ高さに。

 予想通りの、小悪魔の笑顔があった。

「……琴沙ことさ。お前はどーしてそういつもいつも、アタシの髪を引っ張んだよっ!」

「えぇー? だからそれはぁ、禾楓かえでちゃんのポニーテールがいけないんだよぉ? そんなお侍さんみたいに高いとこにあるからぁ……」

 アタシの問いに。小悪魔はフルート片手に舌っ足らずなのぉんびりとした口調で、お馴染みの言い訳をしてきた。

 それを入学当初からもう耳にタコが出来るほど聞いているアタシは、彼女に先んじて言ってやった。

「あーはいはい。アタシの髪の結い上げ方が侍みたいだから、アタシより長身のお前には掴みやすいってんだろ?」

「うんっ♪」

 ……無邪気に笑ってくれちゃってもう……。

 いっつも思うけど……このコ、ほんとにアタシと同級生?

 それだけならまだしも、琴沙の方がアタシより何ヶ月か生まれが早いというのだから、人は全く見かけによらない。

 アタシは深く肩を落として、溜め息をついた。

 嗚呼、これでまたひとつ、幸せが逃げて行ったな……。

「でもだからって引っ張んなって、いっつも言ってるだろ?」

「うー」

「うー、じゃないっ!」

 まったく……。

 一六〇センチに満たないアタシより七センチも背が高くて、姿かたちはトシ相応かそれ以上なのに。

 その幼い顔と同じくらいの精神年齢が明らかな言動は、ギャップがあるなんてもんじゃないぞ、ほんと。

 ま、それでもこの学校の男子のほとんどは、「あのミスマッチがイイっ」とか、「そのギャップがたまらんっ」とか、中には「ことさたん萌え〜」とか言って、 組織票を組んでまでこのコを『桂星かつらほし高校 校内可愛いコ ランキング』の上位に持ち上げてるらしいけど。

 ギャップがあり過ぎるにも程が無いか?


「で? 今日は何の用だ? お買い物? お散歩? それともお勉強?」

「うー。そんな言い方しないでぇ。あたしお子様じゃないもんっ」

 からかい半分で言うアタシに、琴沙は頬を膨らませながら抗議してくる。

 うー、とか、もんっ、って言うその言動が、お子様そのものなんだけどね……。

「あーはいはい。禁句だったな、ごめんごめん」

「心がこもってなーいっ!」

 と、壇上で楽器の片付けそっち退けに、けっこう騒がしくやっているのにもかかわらず。

 ちらり周りを見ると、アタシたちの他に三十八人いるメンバーの、先輩や同級生はもちろん後輩たちまで。 誰一人として、この間に割って入ってくる事は無く、皆何事も無いかのようにあれこれと雑談を交わしながら楽器を片付けて、次々に退室していく。

 …………。

 まあ、もう日常茶飯事だからな。この反応は当然か……。

 などと、アタシがこの世の無情に浸っていると。

「かぁ、えぇ、でぇ、ちゃぁ、んっ!」

「いった! いたたたっ。痛いってのにっ!」

 琴沙がまた、アタシのポニーテールを、今度はリズミカルに引っ張ってきた。

「あたしの話ぃ、ちゃんと聴いてぇっ!」

「うくっ……」

 顎の下に両手でグーを組んで、くりっとしたその瞳を潤ませながら、琴沙がアタシに迫る。

 端麗な容姿をしたお子様のその様子に、アタシは言葉をつまらせる。

 出たな、リーサルウェポンが……。

 これぞ、琴沙が小悪魔たる理由の一つ。ことさたんの秘密兵器、必殺うるるん落とし。

 まあ、早い話が泣き落としなんだけどね。これには、さすがのアタシも為す術が無い。

「ああわかったわかった、わかったよ。っとにもう……。で、何?」

 アタシが観念した途端、琴沙の表情が華やいだ。

 ……ほんっと、喜怒哀楽の激しいコよね。

「うんッ。あのねあのねぇ? 今日って確かぁ、『約束の日』でしょぉ?」

 頼むから、アタシよりも年上な容姿で両腕をパタパタ振りながら喋るのはやめて欲し――

「――え?」

「だーかーらぁ。今日は『約束の日』、なんでしょう?」

 …………えぇっと。

 「だーかーらぁ」の部分を、人差し指でゆったりと、指揮棒のように空を切りながら言う琴沙。

 その指のタクトを、呆然と見詰めているアタシ。

 確かに今日は、『約束の日』だ。

 でも。


 何で琴沙が、それを知ってんだっ!?

  


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