悪役令嬢かもしれない。
連載のシリアスモードに疲れて、息抜きで書きました。
軽い気持ちで読んでいただけると嬉しいです。
前世でやっていた、乙女ゲームの世界へ転生。
そんな小説は読んだ事があったけど。
こんなのは、ありなんでしょうか?
「ジークリッテ・タルート! お前に最終通告だ!」
悪役令嬢に転生とか、流行りに乗ってるねぇ、とか言わないで欲しい。
流行りは、悪役令嬢に転生して、悪役令嬢にならないよう努力する話の筈。
でも、私には、そんな時間は与えられていない。
「――何か言う事はないのか?」
ヒロインが選んだのは、王道で、一番人気な俺様王子様のようだ。
その俺様王子様が、私の婚約者――今は元・婚約者だ。
そして、私は悪役令嬢として、断罪の場に引き出されている。周囲を他の攻略対象者に囲まれて。
突然思い出した記憶だけれど、私はここが何処だか、すぐにわかった。
あのやりこんでいだ乙女ゲームのエンディング。
記憶通りなら、悪役令嬢である私は引っ立てられいき、ヒロインと結ばれた相手がキスをして、祝福の光で溢れる筈の、美しい教会の中だ。
本来なら、悪役令嬢である私は、ここで喚きながら、ヒロインを罵る場面だったが、ゲームとは違い、ヒロインの姿はない。そして、私は別にヒロインを罵るつもりもない。
「構いません。婚約破棄をお願いいたします。色々とご迷惑をおかけしました」
「残念だがもう決めた……って、え? 婚約破棄をして良いのか!?」
私が婚約破棄を受け入れるとは思っていなかったらしく、俺様王子様は顔面崩壊させて驚いている。
周囲で嫉妬と憎悪を混じらせていた攻略対象者達も、驚いた様子だ。
まぁ、俺様とはいえ王子様の婚約者の肩書きは、魅力的に見えるだろうから、当然かもしれない。
けど、悪役令嬢としての記憶が目覚めなくても、私は婚約破棄を受け入れるつもりだった。何だったら、叩きつけていたかもしれない。
何かヒロインが微妙に気に食わなくて、色々――小学生の悪戯レベル――はしていたけど、私は別に俺様王子様にそこまで執着してた訳じゃない。
見た目は悪くないけど、そこまでだ。
他の攻略対象者達も、あんまり私の好みではなかった。前世でも、この生でも。
「えぇ、正直、貴方は私の好みでは――」
「待って! ジークリッテは悪くないの! あたしが、リオネルを好きになってしまったから……」
バッサリと切り捨てようとしたら、邪魔が入った。うん、日頃の行いが悪かったのかもしれない。
悲劇のヒロインよろしく駆け込んできたのは、ややこしいけど、ヒロインだった。
「シャーリー! ここに来ては駄目だと……」
俺様王子様を始め、攻略対象者が口々にヒロインを諌めていく。
あれ? この流れ、何か見覚えがある?
これって、もしかして――攻略対象者達の好意を、全員一定まで上げる事によって起きる、逆ハーレムエンド?
だとしたら、私は激昂して、隠し持ったナイフでヒロインに斬りかからないといけないんだけど、面倒臭い。
だって、そうでしょ? 前世の記憶があろうがなかろうが、私は私だった訳で、元々のゲームの悪役令嬢から外れてしまってる。
――ん? 何か、ヒロインが私を睨んでる。
好かれるような事はしてないから、仕方ないけど、ヒロインは善良で無垢な天然少女。争い事は良くないわ。皆で仲良くしましょう。と、自分を取り合う男達に、素で言うような子だった筈。
しかも、今は私を、友達なの! と言いにきてくれたんじゃ……?
えー? 何でだろ。
「あの、私は帰っても良いですか」
「え!? どうして、ですか!? なにか、あたしに言いたい事は?」
まさか、被害者からの謝罪要求ですか? だったら、
「申し訳ありませんでした! どうぞ、俺様王子様とお幸せに」
ふふふ、日本人の謝罪の心。土下座を食らうがいい。
「ど、土下座?」
おぉ、ヒロインがわかって……あれ? この乙女ゲームの世界は、中世ファンタジー。土下座なんて文化、無かった。
私の周りの、家族や使用人、それと――彼は知っているけど。私が、たまにするから。
つまり、王道な俺様王子様を選んだヒロインは、王道な転生者だったようだ。
「いえ、あの、その……」
ヒロインは、攻略対象者達に奇異な目で見られ、オドオドと言い訳を探している。
私はヒロインが土下座って叫んだから、地球の記憶あるんですかって感じだけど、向こうからしたら、私が前世の記憶持ちかの確定は無理だろう。
ただ私がちょっとエキセントリックなだけかもしれないし。自覚はある。
とりあえず、私はヒロインの逆ハーレムを邪魔しないので、放置してもらえると嬉しい。
「もう絶対に貴女方には関わりません。遠くから幸せとご健勝をお祈りしております」
土下座したまま、さらにしっかりと言い重ねておく。後で絡まれたくないから。
「あ、ありがとうございます?」
チラリと窺い見ると、ヒロインが、攻略対象者達を虜にした清楚な顔に、困惑を貼りつけて、疑問系な感謝を口にしている。
ちなみに、私は悪役令嬢なので、つり目の美人顔だ。何もしてないのに、企んでると言われてしまう。理不尽過ぎる。
「いえ。それでは失礼しても構いませんか?」
ここで初めて表情を動かし、少しだけ微笑んで見せた私は、固まっている俺様王子様へお伺いをたてる。
「あ、あぁ、すまなかった。俺はジークリッテを勘違いしていたようだ」
「構いません。別に貴方にどう思われようが――まっっったく、興味がなかったもので」
満面の笑顔で力強く言い切った私に、鷹揚な言葉を上から目線で吐いていた癖に、ピシリと固まった俺様王子様。打たれ弱いなぁ。
「なんで、隠しキャラ、来ないのよ……っ」
攻略対象者達に囲まれながら、ブツブツと呟いている、ちょっと気持ち悪いヒロイン。
そんなヒロインに、気付く事なく、鼻の下を伸ばして慰めている、ある意味幸せそうな攻略対象者達。
カオス過ぎる――って、隠しキャラ? そう言えばいたかも。
この乙女ゲームの中で、一番のイケメン。内面も含めて。両方とも一番人気な俺様王子様の比じゃない良物件な方が。
そっか、ヒロインは逆ハーレム狙いじゃなくて、隠しキャラ狙いだったのか、と妙に納得する。
通りで睨まれる訳だ。
隠しキャラは、逆ハーレムエンドを迎えてから、さらに私がヒロインに襲いかからないと出て来ない。
いや勿論、ゲームにはちゃんと出てるキャラなんだけど、この流れを踏まないと、攻略出来ないタイプの隠しキャラだ。
「ん?」
ゲームの記憶を拾い上げていた私は、今更ながら、とんでもない事に気付く。だとしたら、ヒロインの視線は勘違いじゃなくて、打倒……違った、妥当かもしれないかもしれない。
認めるのが、ちょっと嫌で濁してみた。
「おい、誰の事だよ、シャーリー! お前は、俺が好きなんだよな?」
地が出ちゃった俺様王子様が、ヒロインの肩を掴んで揺らして女々しくしてるのを横目に、私は出口へ向かって歩き出す。
「ジークリッテ、何処行くんだ?」
呼び止めて来たのは、爽やか騎士。キラキラとしたエフェクトの幻覚が見える。
「お……王子様の許可をいただいたので、帰ります」
「そっかぁ。で、俺と付き合わ……」
「ないです」
サラッとしたナンパを、サラッと流して、私は出口へ向かう。
「俺って、結構一途だよ?」
「つい先程まで、あちらの彼女に鼻の下を伸ばしていらっしゃいましたが?」
おぅ……厚顔無恥を絵に描いたようなお誘いに、思わず突っ込んでしまう。
「だから、好きになったら、一途だって。シャーリーの事は、顔が好みだっただけだし」
ケラケラと笑いながら、楽しそうに爽やか騎士がついてくる。
悔しいが、多分全力疾走しても、持久力で負けてしまうから、まずは立ち止まり――。
「立ち直れないくらいの精神的打撃か、または口に出せない所への物理的打撃。どちらにしますか?」
「え? ナニをなさる気で?」
「まぁ、予想通りでは?」
手をワキワキさせて、私は爽やか騎士を見つめると、可愛い子ぶって小首を傾げて見せる。
途端に、青くなりかけていた爽やか騎士の顔が、今度は赤く染まる。リトマス紙みたいだ。
変なスイッチが入ったのか、明らかに興奮した様子の爽やか騎士が、私へと詰め寄ってくる。
「……すり潰されたいか?」
その爽やか騎士の頭をガシリと鷲掴みにして、低く囁くのは、いつの間にか入り口から入ってきていた美丈夫。背の高い爽やか騎士より、さらに拳二つ分は背が高い。
「ナニを?」
「ナニだな」
「私、そんな事をした手で触られたくありません」
私が、ぷいっ、とそっぽを向くと、慌てた様子で爽やか騎士から手を離した美丈夫は、汚くないぞ、とアピールしている。
「ユアン陛下!?」
俺様王子様が、俺様を何処かに忘れて叫んでいるが、この可愛らしい年上の美丈夫は、別にこの国の王ではない。
この国の王は、俺様王子様を溺愛している、平和好きの穏やかな親バカ王だ。私の茶飲み友達でもあり、婚約破棄の事は、相談していた。
親バカ王は、残念がったが、茶飲み友達としての仲は変わらないと約束したら、許してくれたので、私が婚約破棄しようが、俺様王子様にされようがどちらでも良かった。
話は逸れたが、つまりはこの美丈夫は、我が国の王ではなく――。
「隣の国の王様だったんですね」
復活したヒロインが、甘えた声で話しかけてくるのが、聞こえる。口振りからすると初対面ではなさそうだが、話しかけられた美丈夫は興味がなさそうで、私は少しだけ意地悪く笑ってしまう。
ヒロインの心の声が聞けたら、今現在きっと、こう叫んでると思うし。
『隠しキャラ来たーー!!』
でも、残念。さっき、私を睨むのは妥当だと――言わなかったけど、思っていたでしょう。と聞こえる筈もないが、内心でヒロインに語りかけてから、美丈夫を仰ぎ見る。
「ユアン様。迎えに来てくださったんですか?」
「ああ。話はついたんだろう? 私の方も、王との話はついた」
「はい、これで私は――」
ヒロインの刺すような視線を感じながら、私は――ユアン様へと、真っ直ぐ手を伸ばす。
「頭の天辺から、足の先まで、余す事なく、私の物だな。ジークリッテ?」
「勿論です。隅から隅までピカピカに磨きましたから」
美しい肉食獣の睦言に、私は悪戯っぽく笑って答え、抱き上げる逞しい腕へと身を預ける。
「……早速、頂こうと思うんだが? 今まで、ずっとお預けだったからな」
「婚約中の身でしたからね」
匂いを嗅ぐように首元に埋まる頭を、私はうふふと笑って甘やかすように掻き回す。
「部屋まで運んでくださいますか?」
「ああ、愛しいジークリッテ」
周囲の事なんか、まっっったく、気にする事なく、馬鹿ップルと化した私とユアン様は、教会を後にしようとするが、何を思ったかユアン様の足が止まる。
「ユアン様?」
「虫除けだ」
意味がわからない。
そう思っていると、ユアン様との距離がゼロになり――後は、まぁ、すごかったデス。テクニシャン? 比べる相手もいないけど。
濃厚なキスで腰砕けになってしまった私は、若干思考を蕩けさせながら、ユアン様の腕に身を預けて運ばれていく。
ヒロインのお目当てを、先にいただいてしまっていた訳だから、私はやっぱり――。
「悪役令嬢だったんですね」
クスリと笑って囁いた私の戯れ言は、再び落ちてきたユアン様の唇に吸い込まれていった。
で、乙女ゲームのエンディングみたいに、綺麗な感じで終わらせられれば良かったけれど……。
次の日から、婚約破棄した元婚約者を筆頭に、攻略対象者達に追い回され、私は自分はやっぱり悪役なんだと、実感する事になった。
タイトル被ってたりしたら、教えてください。
本当に、緩い気持ちで読んでいただけたら嬉しいです。