元バイト先で魔王が働いていた件について
その町の繁華街から少し離れた所の、やや狭めの路地を入って何度か角を曲がると、その店は突然姿を現す。
おでんと一品料理の店「さか田」。知る人ぞ知る、隠れ家的名店だ。
俺は今日、最後にこの店を訪れてから、実に数年ぶりに足を運んだ。
この店の大将は、俺のことを覚えてくれているだろうか。
そんな事を考えつつ、俺はガラガラという音と共に店の入口の引き戸を開け──
「ド阿呆、何べん言ったら分かるんだお前は!! こう言うとき、お客様には"申し訳ありませんでした"って言って頭下げるのが普通だろうがァ!!」
「フハハハハハハハ! 誇り高き魔王であるこの我が、一庶民に頭を下げるなど片腹いぎゃああああああ!!」
「ガラガラガラ、バンッ!」という音を立たせながらすぐに引き戸を閉めた今の俺の気持ち、読者の皆さんならきっとお分かり頂けるだろう。
……なんか、よく通る声の高校生ぐらいの男の子が、大将にアイアンクロー決められてたんですけど……。
てか、一瞬"魔王"って聞こえたような気もする。ま
さかあの子……、所謂"厨二病"ってやつか?
……うん、きっと気のせいだ。気のせい。
大将が、そんな子を雇う訳が無い。
きっと普段の仕事で疲れてるから、俺の脳が幻覚と幻聴を見せたんだ。
そうだ、そうに違いない。
そう自分に言い聞かせて両頬を平手で叩いた俺は、気を取り直してもう一度、ガラガラと入口の引き戸を開けた。
「ぎゃああああああ!!」
「……ん? おお、拓坊! 久し振りじゃねぇか!」
……変わってねぇー……、チキショー……。
◇ ◇ ◇
「……魔界の、魔王様?」
「おう、そうなんだよ」
「フハハ、ようやく信じおったか!」
大将の口から出た意味不明な説明に、俺はとうとう目眩がし始めた。
「私も証言するわ。この人、正真正銘本物の魔王なのよ」
カウンターの隣の席に座っていた美しい女性までもが、そんなことを言い始めた。
何でもこの人たちが言うには、こういうことらしい。
①1年ほど前、大将とこの女性を含む何人かでこの店に集まった際、突如魔界に落ちてしまった。
②その時通りかかったのがこの魔王で、その時大将が持っていた鍋の中に入っていたおでんを食べて、大層気に入った。
③そのお礼に何か1つ願いを叶えようと言われ、この世界へと戻ることに成功した。
④それから数ヵ月後、魔王は更に旨いものが欲しいという衝動で人間界に現れ、道端で浮きまくり発言をしていたところを大将に保護されたんだそうな。
何だよ、魔王っていいやつじゃん!
……じゃ、なくて!!
「……大将、ドッキリとかなら止めてください。てかこんなの、誰だろうと即バレしますよ?」
俺は未だに、その言葉を信じることが出来なかった。
「フム……、ではあれを見せてやろう。大将、我はマカナイの増量を求めるぞ!」
「拓坊の説得に成功したらな」
それだけ言うと、バイトの魔王(仮)は「はあああああああああ……!」と気合いを込める。
そして次の瞬間、信じられない事が起こった。
その青年の身体を"闇"とも形容すべき瘴気が包み込み、そして、それが霧散する。
そこには、先程までの青年とは全くの別物──"魔王"が立っていた。
「……!? …………!!??」
「フハハハハハハハ! どうだ、驚いたか? これが我の戦闘形態だ!」
「本当に……、魔王だったんですね……」
「フハハハハ、そうか驚いたか! ……そうだ、せっかくだから我の最強の必殺技を見せてやろう!」
……え、ちょっと待って。ここで必殺技出すの!? てか、なんで大将もお隣さんも止めないの!?
って、うわあああああなんかギャ○ック砲みたいな構えで掌に黒いエネルギーが集まってってるうぅぅぅぅぅ!?
「"暗黒瘴波"!!」
うわあああああ!!
…………。
……………………。
「何も起こらないじゃないですか……」
「ああ、出ないぞ?」
「いや、"出ないぞ"じゃないでしょ! ちょっと"出るかも"って期待しちゃったじゃないですか!」
「いや、恐らくこの世界の波長が合わんのだ。我自身の体質である変身能力は使えるのだが、魔力を使うスキルや魔法が一切使えんのでな。
魔界に戻る方法が見つかるまで、厄介になっている次第なのだ」
「なんじゃそりゃ……」
それを聞いて、俺は魔王の計画性の無さに呆れ返った。
そしてこの日以降、俺の日常が少しずつ非日常へと巻き込まれていく事になるだなんて、この時は微塵も思っていなかったんだ。
ぱっと思い付きで書いた読切です。
お読みいただき、ありがとうございました。