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「陽介!起きてる?今日から学校でしょう、朝ご飯出来てるよ。早く支度しちゃいなさいよ」
「起きてるよ!わかってる!」
ちらりを時計を見る。8月31日の金曜日、午前7時12分を指していた。あれ、僕、中学生の頃は何時に家を出てたっけ…。
急いでダイニングへ行き、イスに座る。置かれた目玉焼きとハムをトーストに乗せ勢いよく食べ始める。これは僕の家で何年も食べられていた、特製___別に普通だけど___ハムエッグトーストだ。夏休み中は適当にジャムを塗ったりインスタントのカレーを食べたりと自由な朝食だったため、このセットはとても懐かしかった。
「うわ…すっげえ懐かしい、何年ぶりだろ、これ」
母の耳には届かなかったようだが、姉が怪しむような目つきでじろりとこちらを見る。
「寝ぼけてんの?」
「…そうかも」
支度を終え、学校へと歩を進める。久しぶりの中学生活に胸が高鳴る。それと同時に、この間の三浦美沙の記憶のせいで気分が重くもあったが。
信号待ちしていると急に視界が暗くなり、「だーれだ!」という声。オーソドックスすぎる登場だ…と考えつつ、必死で誰なのか思い起こそうとする。
「えっと、…っと、拓真」
「はぁ!?お前な〜…マジか」
呆れた顔で正面に回り込む顔に強烈な既視感を覚えた。
「あ、…亮太!いや、さすがに冗談だから」
「嘘っぽ…まあいいや、なあなあ、なんで金曜日に登校させんのかなー、月曜からで良くね?」
「それな」
「…?」
あ、昔は「それな」とか言わなかったっけか…。
喋りながらの登校はあっという間だった。ガララ、と教室のドアを開けると中にはすでに20人ほど揃っており、一斉にこちらを見る。
「陽介、亮太おはよう」
「あ、陽介おはよ〜」
「陽介おはよー!数学の宿題ちゃんとやってきた?頼む、写させてくれ!」
挨拶をされる度にはっとする。中谷、斎藤、山内。誰も彼も懐かしく、久々に聞く声。思わず笑顔で挨拶を返す(ちなみに、宿題を見せる代わりにジュースを奢ってもらうことにした)。その中でも、透き通るような三浦の声がひときわ耳に届いた。
「陽介くん、おはよう」
「三浦、…おはよ」
あの凄惨な姿からは想像もできないほど綺麗で繊細な姿におもわず目をそらした。彼女は少し笑った。
「あ、あのさ」
荷物を机の上に置き、声をかける。三浦は不思議そうな顔をしていた。
「明後日、えっと、…用事ある?…よね」
「明後日…、日曜日?」
三浦が大きな目を見開いた瞬間、近くを通りすがった亮太が叫ぶ。
「おお?!陽介、もしかしてデートのお誘いかぁ?!」
「え、それマジ?」
「嘘ぉ!美沙ちゃん、どうするの?OKするの?」
どやどやと周りに人が集まってくる。三浦は頬を赤く染めている。このままでは大騒ぎになると踏み、亮太に反論する。
「違うよ!お、お前なあ…」
「大丈夫だよ。わかってるって。俺らが応援してるからさ」
焦燥感を感じると共に、ため息が出た。
「朝からごめん。後で少し、話…したい」
「…わかった!」
三浦は小さい前歯を見せ笑った。それが、どうしようもなく可愛く見えた。
***
昼休みになり、1人でぼーっとしていると三浦がこちらへ来、
「今なら大丈夫だよ」
と言ってきた。
はっとして周りを見ると、教室には誰もいない。皆校庭へ遊びに行ったのだろう。確かに活発なクラスだったなと、今更思い出す。
「あ、それで話なんだけど、別に一緒にどっか行きたいとかじゃなくて」
「ふふっ、わかってる」
「なら良かった…それで、話の続きだけどさ…今週の日曜日、家族とどこか行く予定ある?」
「うん、あるよ。なんで知ってるの?陽介くんってやっぱりちょっと変わってるよね。へへ」
「そうかな?」
常に彼女はにこにこしている。それが、今も昔も___いや、今は今だが___本当に眩しく見えていた。
「そうだよ。それでね、私、お父さん、お母さんと、妹と弟との…5人で遊園地に行くの!すっごく楽しみ。月曜日に妹が誕生日だから、じゃあ日曜日みんなで遊ぼう、ってね」
やっぱりか。胸がずきん、と傷んだ。当時の新聞が頭に浮かぶ。
高速道路で大型トラックが逆走。大量の油を積んでいたと見られる。何らかの持病があった可能性があり、警察は運転手の回復を待っている。
正面衝突した軽自動車を運転していた三浦××さん、助手席の三浦美沙さんが即死。後部座席に乗っていた3人も、病院に運ばれたのち死亡が確認された___
「ごほっ」
…こんな時に発作か?今はこんなのでどうこう言ってる場合ではない。
「……そこに、…行かないで欲しいんだ」
「…え?」
彼女の顔から一瞬で笑みが消える。何を言っているかわからないといった表情で明らかな嫌悪感を示した。それが、すごく辛かった。
「頼むから。別の場所___もしくは時間なら…いい。…お願いだから…」
咳が、出る。喉の痛みと肺の苦しさに涙が浮かぶ。
「……陽介くんには、…」
彼女は躊躇い、目を伏せつつも、はっきりと言った。
「関係、ないよね」