endless?
メモ帳が欲しい。僕は母にそう伝え、小さめのものを1冊貰った。
1番上の部分にあたる紙に、今の自分の状況(残っている宿題の量が主)、覚えてる限りの25歳最後の記憶、久しぶりに父と話したこと…などを箇条書きでメモした。
何年かぶりに見た父は___あの時とは違って___血色が良く、生き生きとしていた。他愛もない会話をした後に部屋に戻り、少し泣いた。
過去に、いや、今は12歳なわけだから、未来か?学生に戻りたいな、などと考えたこともあった。いざその立場に置かれると、やはり焦る。
これは確実に夢ではない。この先、…僕はもう25歳には戻れないのか。またやり直すのか。少し嫌だけど、やり直せるなら…そうだな、知識はそのままだから成績は当分いいままだろうな。勉強は問題なさそうだ。…あとは、好きな子に告白するとか。僕は中1の頃、誰が好きだったっけか…。
「陽介!今からお風呂入るから、私が先で陽介が次でいい?」
考えていたことがすべて消し飛ぶ。姉の陽子が隣の部屋で叫んでいる。
「はいよー」
反射的に返事をする。
もうこの状況になり2日は経過しているため、だいぶ慣れてきていた。あれほど辛かったはずの喘息にすら、懐かしさを感じていた。きっと、大人になれば治るということを知っているからこそ余裕が出てきているのだろう。
…今僕は、ある程度の未来ならなんでもわかってしまう。いわゆる神ってやつだ。
少し、ぞくっとした。
***
時間はあっという間に過ぎてゆき、8月に入った。家族が4人揃っている生活、だらだらしていても出てくるご飯、簡単な問題集を、もう新鮮だとは感じなくなっていた。
暇になり、姉の部屋のドアを叩く。
「お姉、ちょっといい?」
「んー、陽介?何よ」
「お姉さー、自分が何歳で結婚するか知りたくない?」
「え、うーん、そりゃ知りたいけど…そもそも結婚できんのかな」
思わず笑ってしまう。姉はずば抜けてはないがそこそこ美人で、未来が変わることがなければもう6年後には結婚しているはずだ。姉は疑うような目でこちらを見ていた。
「何で急にそんなこと言うの?なんか昨日ぐらいから変だよ、お前」
「はは。ちょっとね」
「さてはあれだな。夏休み前にでも…あの、集合写真に写ってた可愛い子誰だっけ…あ、そうだ、ミサちゃんと何かあったんだな。もしかして…告白したんか?私はなんでもわかっちゃうぞ」
「……………あっ?!」
ミサちゃん。みさちゃん。美沙ちゃん。記憶が強く蘇ってくる。同じクラスの、三浦美沙。ポニーテール、華奢な体、僕の、実ることのない、初恋の______
「お!図星?お前中1のくせに…やるじゃん!」
「いやいや…違う!違うから!の、残った宿題やらなきゃ…」
「逃げるなって!なんて言って告白したのか教えてよ」
「違うんだってば!」
勢いよくドアを閉め姉の部屋を後にする。…なんで今まで忘れてたんだろう。三浦美沙のことを。
心臓が痛い。喘息などではない。呼吸が荒くなってくるのを感じる。
___確か三浦美沙は、9月に交通事故で死んだ。その記憶が、鮮明に脳裏に浮かび、喉がひゅう、ひゅうと音を立てた。
僕は中学1年生の時に、三浦に恋をしていた。初恋だった。6月頃だっただろうか___隣の席になった時、瞬きをするたびに大きく振れる長い睫毛や髪を結び直す仕草、その全てを好きになった。
長いようで短い夏休みが終わり、元気な姿を見せた三浦。何日かが過ぎた後に小さなホールでクラス全員に見せた、青白い肌に赤い斑点のコントラストを___
「っあ、あ」
中学生の頃の記憶が、鮮やかに止めどなく蘇ってくる。涙が浮かび、涎が出た。その当時は、あまりの非現実感にただただぼうっとしていたのを覚えている。
…もしかすると、今の僕になら___彼女を救えるのではないだろうか。