魔族襲来。そのとき女は
歴史が変わる。
そう、誰の目にも分かる出来事が起きた。
一人の魔族の襲来によって。
建国記念の祭りの最中であった。
国王が民衆たちに祝いの言葉を述べようとしていた。
そのとき、様々なモンスターを引き連れ、その男は現れた。
宙に浮かんだ男は高らかに宣言した。
「ふはははは。人間共覚悟するがよい。魔王様がついに貴様らへの侵略を決意された!感謝するがよい!貴様らが魔王軍の最初の侵略対象になれることを!」
民衆は黙り込んだ。
国王も、騎士も何もいえず、ただそこにいた。
ついにこの時がやってきたのか。
と。
平穏な日々の終わりを告げられた。
絶望が広がっていくかのようであった。
「黙れ!」
一人の声が静寂を切り裂いた。
一人の女であった。
20代も半ばというところであろうか。
肩口で短く切りそろえられた茶色の髪をたなびかせながら、民衆の間をすり抜け、男の前に立った。
「魔王軍、だと?」
「あ、あぁ。そうだ。女よ。命乞いでもしに来たのか?」
いきなり現れた女に勢いを削がれたようであったが、まだ年若い女であることを確認すると調子を戻すとにやにやと悪い笑みを浮かべる。
「……るな」
「ん?」
口の中だけで言った言葉は魔族の男にも聞こえなかったらしい。
多少いぶかしそうに聞き返す。
「ふざけるな、といったんだ。この馬鹿者が!」
「……きっさま!私を愚弄する気か!」
「馬鹿だろう!」
「何だと」
男の殺気だろうか?
なんの力も持たない民衆たちでさえ分かるようなそれは、人々を絶望させた。
そしてなんと無謀なことを言うのかと女を見つめた。
止めるものはいなかった。
いや、動けなかったのだ。
「人間がっ。思い知らせてやろう」
男は高らかに言うと、魔獣たちに命令を出した。
しかしそれは適わなかった。
魔獣たちが従わなかったのだ。
反抗したわけではない。
しかし、動かない。
そんな状況に男は慌てた。
魔族には魔獣を従える術があったのだ。
逆らわれるなど経験したことがなかった。
「どうした?思い知らせるのではなかったのか?」
女はこちらをにらみつけたまま、そういうと、何事かをつぶやく
すると男の影から黒い手が伸びた。
とっさに避けようとするが、それよりも早くその手が男をつかんだ。
男は理解した。
この魔法で魔獣を抑えていたのだ、と。
幾重もの手が男をがんじがらめにし、女の目の前に引き摺り下ろすと、女は男を
殴った。
それは見事に
どこからか出した棍棒で
あまりのことに誰もが目を見開く。
男も含めて。
「お前、魔王軍だといったな?」
「貴様!はなs」
もう一度棍棒で殴る。
振りかぶって振るわれたそれは見るだけで痛い。
魔族さえ涙目にする恐ろしい女。
ゆえに動けない。
魔族を捕らえたその魔法よりも棍棒の方が怖い。
「言 っ た な ?」
「あ、あぁ」
「ありえねぇんだよ!」
「は?」
「は?じゃぁねぇ。あ り え な い は な し だ!っていってんだよ」
このぼけなすがぁという言葉とともに振るわれる棍棒。
視線をそらす民衆。
再び視線を戻せば、女はばしばしと棍棒で軽く手を叩きながら、もう一度「ありえない」という。
何度も言われるその言葉に、男は意味が分からないという顔をしていたが、民衆たちもそれは同じであった。
ありえない、とは?
やれやれと肩をすくめると、棍棒を振り回しながら話し始めた。
「いいか?よーく聞けよ?お前が魔王軍だなんて、他の誰が信じようと私が信じない」
びしりと棍棒を突きつけ、宣言するように言い放つ。
「なぜなら私は魔王様に会ったことがあるからだ」
緊張が走る。
魔王に会い、無事であった人間の話を聞いたことが、どころか魔王に会ったことがある人間の話を聞いたことがなかったからだ。
「私は昔から旅が好きでね。あっちへ行き、こっちへ行きといろいろな地域、国へと行ってきた。そんな私も魔王領には行った事がなくてね。ちょっと行ってみようと思ったわけだ」
「ちょっと?行ってみよう?」
うっかり男はつっこんでしまうが、女はそのまま話を進める。
それが民衆が抱いた疑問と同じだったとしても。
「行ってみれば、中々に過ごしやすくてね。暑すぎず、寒すぎない。生憎と魔族に会うことは適わなかったんだが、住みよい場所だと思ったよ。ふらふらと彷徨っていたんだが、ふと魔王城を見てないことに気がついてね。行ったんだよ」
「魔王城は観光地か!」
ナイスだ魔族。
どれだけの人が思っただろう。
今ここに人間、魔族の壁はなかった。
「魔王城と呼ばれるだけあってきっと様々な人?魔族がいるんだろう。そう思ったよ。」
「楽しそうに言うな!」
わくわくとした表情で語る女。
「でも結果は残念なことに、だーれもいなかった。間違えたかと思ったけど、お城っぽい場所だったし、こんなもんかぁと思って。まぁ、一応魔王様にも会っておくかぁって思って入ったんだ。ごめんくださーいって。そしたらどうなったと思う?」
「会っておくかぁじゃない!ごめんくださいといえば良いものではない!友達の家か!!まぁいい、どうせ陛下とお会いし、命からがら逃げ出したというところだろう?」
ふふんと鼻をならす。
しかし女は首を振る。
「それがねぇ違ったんだよ」
ぽつりと落とされた言葉。
それにごくりとつばを飲む音。
一瞬の緊張。
がっと男の胸倉をつかむと
「歓待されちゃったんだよ!魔王様うっきうきではーいって出てくるから一瞬びっくりしたよ!!ここは魔王城ですか?ってきいたらそうですよって微笑まれるし、観光がてら来たんですよって言ったらわざわざ遠くまで。大変だったでしょう?って魔王城の中に入ること勧められるし、客室案内されてお菓子出してもらっちゃうし、ついついいただいちゃいましたよ!!!普段、他に魔族がいないから、暇つぶしを兼ねてって手作りかよ!びっくりだよ!おいしかったよ!素晴らしいご趣味ですねって微笑んだ私、すごくね?!?!他の魔族は?って聞いたら、寄り付かなくてって悲しそうに言うから、ついつい慰めてしまったわ!」
がくがくと男を揺さぶりつつ、魔王様いい人過ぎるでしょってか、あんなんでいいのかよ。イメージはどこに行った?!と至極全うなことを言い出す。
男は「ま、おう、さ、ま?」と呟いたまま、女にされるがまま。
民衆も国王もぽかんと口をあけたまま、なんともいえない表情をさらしている。
というか、ちゃんと『魔王』のイメージはあったんですね。
それでも魔王城を訪問したんですね。
そんなあなたもどうなんでしょう?
思いはしても口にはしない。
生きていく術である。
「それから、年の節目とか、誕生日とかにお手紙とプレゼント贈ってくださるんだよ。最近益々寒くなってきましたね。ご自愛くださいとか言われるんだよ。どうよ?!どうなのよ?!魔王様礼儀正しすぎるだろ!!いまどき貴族同士だってしないわ!ちょっと手紙で言った欲しいものくれるから、私も送るもの悩むわ!いい人すぎるわ!今年は何がいいと思いますかー?!?!」
体力が切れたのか、息が切れたのか。
女はやっと男を放し、ぜはぜはと呼吸をしている。
そうですね。
時節のお伺いなんて一部貴族同士が腹の探りあいとしてやってるくらいですね。
今年はワインの出来がいいそうですから、ワインなんてどうですかー。
などとは言わない。
今は。
でも後でこっそり教えてあげようか。
そんな考えがよぎる。
はーっと大きく息を吐き呼吸を整えたらしい。
ちなみに男は項垂れたまま「魔王様?魔王様なのでしょうか?私の知っている?」などと錯乱したままだ。
息は整ったようだが、気は治まらなかったようだ。
棍棒を一振りするのとともに肝心なことを言う。
「先日もそろそろ建国祭ですね。楽しんでくださいねってお手紙来たわ!そんな男が攻め入るわけがないだろうが!」
確かに
聞いていた人々はついつい頷いてしまう。
しかし、一方で疑問を持つ。
そんな人柄ならなぜ、討伐軍は返り討ちにされたのだろう?と。
疑問に思うも、誰も問えない。
棍棒が怖いから。
そんな空気を理解して、騎士の一人が勇気を持って尋ねる。
国王に命じられた騎士団長が先輩騎士に命令し、結局新米にお鉢が回ったとか、そんなことはない。
彼が自発的に尋ねたのだ。
嫌々な態度で、若干泣きそうな顔をしていたとしても。
救いを求めるように何度か後ろを振り向いていたとしても。
自発的に勇気を持って行動したのだ!
「あ、あの。すみません。ちょっとお尋ねしたいことが」
何?と首だけで振り向いた女は新米君を見て怒気を弱める。
「あ、の。なぜ討伐軍とかは返り討ちにされたんでしょう?」
女はしっかりと向き直る。
そうして少しは落ち着いた様子で返した。
「え?だって当然でしょ?殺しに来た人をなんで放っておくのよ?あんただって国王殺しに来た人放っておかないでしょ?殺されそうになったら殺すでしょ?何で魔族にその権利がないと思うの?」
さもありなん。
当然の答えであった。
「あれでも極力殺すことは避けてるらしいよ。来る人間が多いとうっかり殺っちゃうらしいけど」
うっかりかい!
つっこみ不在のまま進む話というのはストレスがたまる。
つっこみよ。復活しろ。
「あーあと、イライラしてるからとも言ってたなぁ。魔王城に無断で進入してくる礼儀も知らん奴を追い払うことの何がいけないんだ?って言ってたよ?普通に考えて不法侵入じゃん?」
た し か に
誰もが共感してしまった。
同時に、申し訳なくもなった。
「私はごめんくださいって言ったし、魔王だからって切りかかってこないし、他の魔族みたいに傾倒、心酔してないし久々にまともに話せて嬉しいって泣かれましたが、何か?」
本っ当に申し訳なくなった。
「ってことで、魔王軍侵攻ってありえないんですが」
くるっと向き戻り、そこんとこどう思います?魔族さん?
と視線を向けられた男はうなりだした。
「……族長が魔王様が他人を近づけないのは、我々が弱いからだ。力をお見せしようという話になって」
「で?」
「どうすればいいか?という話になって」
「おう。」
「人間の国潰したらいいという話しになって」
「……何故?といったら進まないからどうぞ先に進んで」
「あぁ。どこにするかという話で、一番近いこの国が選ばれて」
「それから?」
「私が若手の中では魔獣の操りがうまいから適任だといわれて、今日、ここにいる」
「うん、なるほど。魔王様関係ないじゃん。魔王軍とか自称じゃん。魔王様濡れ衣じゃん。冤罪だよ?!」
かわいそうと呟く声がちらほら。
「放すから、その馬鹿どもをどうにかしてきなさい」
そうして開放された男は女に凄まれ、魔獣を従えたまま、去っていった。
目がイっていたが気にしない。
魔族って頑丈なんですね。
がつがつ殴られてたけど、立ってましたもんね。
すごーい。
人々のどうでもよいことを考え、現実から目をそらした。
再びの沈黙。
再び差し出された新米君。
「あ、あのー。さっきの話って本当ですか?」
「うそを言う必要がどこに?」
「ですよねー」
どうしましょう?もっと質問しろ!という会話が視線で成される。
「証明する方法とかあったり……」
「しない。……いや、手紙はあるが、見せても筆跡知らんだろう?」
「そーですねー」
「…………あっ」
「なにか!ありますか!」
新米君は嬉しそうに聞く。
女はにっこりと笑う。
「会いに行けばいい!」
「……そーですね……………」
それは誰が行くんでしょうね?
先輩を見れば頑張れと言われた。目で。
何人巻き込んでやろうか?
そう算段しながら、女を見る。
「あのー。紹介していただけますか?」
「そう、だな。うん。いいぞ」
明るく返事をしてくれた女。
そうして旅立つことが決まった新米君。
この日、確かに歴史は変わった。
魔族が襲来した。
女は立ち上がった。
しかし英雄伝にはならない。
彼女はただの旅人。
好奇心を追求するものだから。
魔族襲来。そのとき女は立ち上がった。けど、ちょっとイメージしてた立ち上がり方じゃなかった。
誤字脱字ございましたら、お知らせください。
私が書くとなぜシリアスがコメディになるのだろう。
シリアス書けない。
他の作家さんの「ふはははは。来てやったぜ」な台詞にインスパイアされて書いたらコメディが出来上がる、今日この頃。
【補足説明】
魔王城に人がいないのは、昔、勇者(笑)がやってきたときに「(危ないから)出て行け」と言われたのを「(邪魔だから)出て行け」だと勘違いしたから。
それ以来、誰も帰ってこないので一人寂しく暮らす魔王様。
なかなか会えない魔王様はアイドル状態で年々傾倒、心酔していく人続出。
話の中に出てきた族長とは魔族にもいろいろあるなかその種族をまとめている人。