とある寂れた村の娘たちは謳う
ロールスの街から北上を続けると、「北の最果て」と呼ばれる辺境へとたどり着く。
そこは雪と氷に閉ざされた極寒の地である。不死者を統べるヴァンパイアの王がいると噂され、時折、思い出したように現れる古城には数多くの不死者が住まうと言う。誰かが取り締まり決めたわけではない。けれど、よほど特殊な事情がない限りは立ち入りを許されない場所だった。
下手に人間が立ち入り、もし、不死者を統べるヴァンパイアの王の怒りを買えばどうなるのか。想像する。この北方の地の中でも、辺境に近づくほど、恐ろしいことにしかならないと、結論に至るのは難しくない。
だからなのか、不死者を専門に狩り続けるヴァンパイアハンターですら、辺境の奥へと侵入することはないのだ。
それはもちろん、俺も例外ではない。ヴァンパイアハンターとして俺を教育してくれた師匠からも厳しく言い聞かされていたし、何より、辺境の奥へと侵入することを本能的にだが俺は避けている。
俺の身体に流れる血が警告するから。進んでしまえば、もう後戻りできない、と。
いま俺とルキアシエルは、辺境にほど近い村を訪れている。
ギルドから引き受けた今回の依頼を遂行するためだった。依頼内容はいつもと同じく不死者絡みで、村にある共同墓地を調査し、そこにグールがいれば討伐すると言う仕事だ。
「こう数が多いと、倒してもキリがないっ」
辺境に近いと言うことが関係しているのか、いつもに比べて、今回はグールの数が多い。
ルキアシエルは苛立ちと厭きれを含んだ声を上げながらも、身体に仕込んだ投擲用の刃だけのナイフを飛ばし、効率よくグールを倒していく。
投擲用の刃だけのナイフには、ルキアシエルが組み込んだ術式が施されており、不死者相手にかなりの効果を発揮していた。
「...............終わったか......」
「みたい、だね」
俺よりも多くのグールを倒し、動いているはずなのに、ルキアシエルはまだ余裕がありそうだった。天使だと言うのに、やはりルキアシエルは戦い慣れしている。
村の共同墓地にいたグールを、すべて殲滅し終える頃には朝日が昇り始めていた。
ルキアシエルは青白い炎でグールたちの亡骸を燃やし、自分と俺に浄化の祝福を手早くかける。
そうして、依頼完了の報告をするため、俺とルキアシエルは村長の家を訪ねた。
村長の家を訪ねると、そこには朝食を用意しているアーニャの姿があった。彼女は村長の娘で若く、少女から大人になるぐらいの年齢で、あまり村の外へは出たことがないと言う。だからなのか、この村の外から訪れた俺やルキアシエルに興味を持ち、子供のような好奇心あふれる目で見てくる。
アーニャの目からは、「自分の知らない外の話を聞きたい」との。心の声が幻聴のように聞こえてくるのだ。
「あのっ」
村長への報告を終えると、やはりと言うべきか、アーニャが声をかけてくる。
「よかったら、朝食を済ませていきませんか?」
ギルドの依頼を引き受けていると、極稀にだが、このような食事の誘いはあるのだ。人付き合いが苦手な俺は、なるべく断るようにしている。今回も断ろうと口を開きかけ、そして――
「ダヴィード」
タイミングよく、ルキアシエルの言葉に遮られた。
「せっかくだから、ご馳走になろう」
「...............分かった......」
どうやら俺に拒否権はないらしい。
ルキアシエルの言葉に喜ぶアーニャと、自分の娘の言動に少しばかり申し訳なさそうにする村長。アーニャに促されるままに席に着いて、早速、用意された朝食を口に運ぼうとするルキアシエルに、俺はため息を吐きそうになった。
美味しいと料理に舌鼓を打つルキアシエルへ向け、アーニャは嬉しそうに話しかけている。アーニャからしてみれば、ルキアシエルは自分よりも年上の気さくな姉に見えるのだろうか。俺にはよく分からない。
ただ一つ言えることがあるとすれば、この後、アーニャから聞いた噂話が切欠で俺たちはやつの配下と遭遇することになる。
***
村長の家で朝食をご馳走になった後、俺たちはロールスの街には戻らず、村から北北東の奥地にある別の村へと移動していた。
アーニャから聞いた話によると、その村は辺境に入った場所にあり、あまり他の村とも交流がなく寂れているらしい。ほんの少し前まではアーニャたちの村とも交流があったらしいのだが、ある時を境に一切の交流がなくなったと言う。
交流がなくなる直前、その村では定期的に年頃の娘たちを、不死者の生贄に差し出しているとの噂があったとのことだった。
朝食の席では「あくまでも噂の域をでない」とのことで、アーニャを咎める村長だったが、俺が不死者絡みの話であれば聞きたいと改まって申し出ると、食後のお茶と一緒に「世間話としてなら」と教えてくれた。
時を遡ること半年。北北東の村から一組みの若い男女が助けを求め、自分たちの村へと逃げてきたとのこと。男女は恋人同士とのことで、将来は結婚を考えていたが、村の掟で「彼女を生贄にしなければならなくなった」と。悩んだ末に村から逃げることにしたと、男性の方が教えてくれたのだと言う。
村には村の掟があるため、その男女が逃げる手伝いをすることや、ましてや匿うことなどはできなかった、と。後悔の念が混ざった目で、何処か遠くを見るように俺とルキアシエルに告げた。
結局のところ、その男女がどうなったかと言うと、追いかけてきた北北東の村人たちに連れ戻されたとのこと。
それから北北東の村とは連絡が途絶え、いまに至るとのことだった。
俺はことの真相を確かめるため、ルキアシエルを連れて北北東の村へと向かう。ルキアシエルに何の相談もなく、俺の独断で決めてしまったことだが、彼女は俺の意思を尊重してくれた。
そうして俺とルキアシエルは、現在、北北東の村へと続く森の中にいる。
まるで何かを守るように、あるいは何かから隠れるように、森は深い霧に閉ざされていた。視界は霧のせいで悪く、ほとんど周りの様子は分からない。
「................この霧のせいで、冷えるな......」
「うん。いまは実体化しているから、気温差の変化は少し厳しいかな」
「そう、なのか?」
「そうだよ。まあ、人間に比べれば、そこまででもないから気にしないで」
「................分かった。何かあったら教えてくれ......」
「何か、ね」
ルキアシエルとはぐれないようにするため、俺はいつもより多くの言葉を彼女と交わしながら、先へ、先へと進んでいく。
相変わらず、森は霧に閉ざされ、視界も悪いままだ。足元も悪い。
ぞくり
不意に、俺は不死者の気配を感じた。それも上級不死者のだ。続いて聞こえてきたのは、幼い、まだあどけない幼女の嗤い声。
「ようこそ、ヴァンピールの結界へ」
そこだけ霧が晴れるように、幼女の姿をした不死者が現れる。
耳よりも高い位置に結った髪は金糸。サファイアよりも濃紺の瞳には、不死者が持つ特有の光を宿す。貴族の幼い姫君が着るようなドレス姿で、その幼女の不死者は大切そうにヌイグルミを抱え、子供らしい微笑を浮かべて立っていた。
「ヴァンピールはね、お友達が欲しいの。だから」
刀を抜いたのは、反射的だった。がきんっ、と、刃物がぶつかる音がして。
「お兄ちゃんがお友達になってくれる?」
それから幼女の姿をした不死者に襲われたのだと、やっと気付く。
ヴァンピールと言うのは、恐らく、この不死者の固有名詞だろう。言動は見た目通りに幼いが、攻撃力は間違いなく上級不死者のものだった。
「へー......強いね、お兄ちゃん。でも......」
俺と距離を取って、ヴァンピールは言う。
「まだまだヴァンピールよりは弱いかな。
お兄ちゃんとお友達になりたいけど、今日はね、ヴァンピールたちの王様から伝言を頼まれてるの」
「.....................」
『古城にて待つ。時がくれば、迎えをやろう』
ヴァンピールから告げられた言葉を理解するよりも早く、彼女の姿は霧に溶けるようにして消えてしまった。
彼女が消える直前、聞こえた風切り音。
ルキアシエルが投擲用の刃だけのナイフを放ったのだと理解するまでに、時間がかかった。
先程まで森を覆っていたはずの霧は嘘のように晴れ、俺とルキアシエルの前には辺境の村へと続く道がある。
目的地は、もう目の前だった。
***
辺境の地にあったはずの村は、不死者によって既に滅ぼされていた。生存者がいないかと、不死者に繋がる手掛かりがないかだけは一応確認する。
俺が確認した限り、この村から人間がいなくなって半年は経っているだろう。
人間の気配が全くしない村を警戒しながら、俺はルキアシエルと村中を見る。誰もいない。生者も、死者も、不死者ですら。この村からは消えてしまっていた。
生存者もいなければ、不死者に繋がる手掛かりもない。もうこの村に残っているのは、かつて人々が暮らしていた形跡だけだった。
***
これがダヴィードを誘い出すための罠だと、ルキアシエルは途中から気付いていた。
気付いていたが、ダヴィードには言えない。ルキアシエルにとって事実を告げることは何でもなかったし、自分が逆の立場だとしたら、事実を言われないことの方がよほど嫌だと思う。
けれど、いまのダヴィードに事実を告げない方がよいと判断した。
ヴァンピールが告げた「王様からの伝言」のこともあって、いまのダヴィードは冷静ではない。ルキアシエルがダヴィードを自分の《勇者》にしてから、もう一週間以上が経過していた。
その間。いまここに至るまで、ダヴィードとの信頼関係は順調に構築できている。
私がいま優先すべきことの順位を考えると、まだダヴィードに事実は告げられない。
せめて、ダヴィードが抱えている秘密を自分から打ち明けてくれるまでは、と。ルキアシエルは考える。
でなければ、天上界の掟や規則を完全に破って行動している意味もなくなってしまう。
地上に降りる時点で、「天使の《勇者》に選ばれる素質がある」人間についての情報は分かるようになっている。
だから、ダヴィードの複雑な生い立ちを私は知っているのだ。
私だけではない。この地上に降りた他の天使たちも、それぞれの《勇者》が抱える事情を当然のように知っている。私たちは知っていて《勇者》を選び、何も知らない振りをして、それぞれの《勇者》と信頼関係を築く。
地上を救う。その大義名分の礎になっているものは、あまりにも酷過ぎる。
「吐き気がする」
ダヴィードに気付かれないよう細心の注意を払いながら、私は呟いた。
ロールスの街に向け、不死者に滅ぼされたであろう辺境の村をダヴィードが出発したのは、夕暮れで空が黄昏に変わる頃。ダヴィードの後を追って、私もまた帰路に着く。