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とある預言者の歩み  作者: N
プロローグ
2/35

とある隊の副官はかく語る

いまにも崩れ落ちそうな、廃墟にしか見えない家屋が並ぶ貧民街。

そこに暮らすのは「欠陥品」と揶揄される天使たち。

上の、物語に登場するような美しい姿とはかけ離れたそれらは、身体のどこかに醜い変異を持って生まれてくる。

まるで子供が思いつく限りの生物をごちゃ混ぜにして、新しい種族を作りだそうと試みた結果、然るべく失敗した。天使と呼ぶことが躊躇われる。そんな醜悪な姿をしていた。


神に見放された街と、子供たち。

世界は決して平等ではないと思い知るには、過ぎる事実。


人間たちは知らない。


神に捧げる言葉は無意味だと。


人間たちは知らない。


神が自分の欲望に忠実な、独裁者であることを。

神の幼稚な我がままで世界がどうなったのかも。何も知らないのだ。


だからこそ、それがどれだけ幸せなことか気づきもしない。


身分や階級ごとに処遇の違う天上界で、互いに牽制し合いながら権力争いをする天使たちは現実など見えていない。

維持するのは継ぎ接ぎだらけの歪な理のみ。

彼らは、神の作りあげたプログラム通りにしか動けない《玩具の兵隊》なのだ。

ゆっくりと終わりに向かう箱舟の中で、沈むのを、ただ待つだけ。


戦禍と洪水に呑まれるだけの地上に、救いの手は差し伸べられない。


***


黒曜石の瞳と、それと同じ色をした髪は珍しく、天上界では忌避の対象だった。

かつては神に反逆し、大戦を起こした首謀者。

いまは魔王と呼ばれる四枚羽根の男を連想させる、その色を持った私の部下は、運の悪いことに貧民街で育った女である。

私が見た限りでは、彼女の身体に醜い変異はない。

恐らく、魔王と同じ色を持って生まれたため、親に破棄されたのだろう。可哀想に。

顔の造形だけなら綺麗だと思うし、スタイルだって悪くない。すらりと伸びた手足に、細すぎない、戦士として鍛錬された身体。

この隊に配属されてからは、彼女の実力を調べるために何度か手合わせしたが、下士官だとは思えないほど強い。

それは女嫌いで、完全実力主義の我が暴君が認め、気に入るほどなのだ。

他の隊と比べると問題児や荒くれ者が多いこともあり、また、だからこそ実力さえあれば認められるところもある。


けれど、界層の境。ぎりぎりの場所で悪魔たちと戦わなければならない。

天上界で最も死傷者の多い部隊。仲間だった者を殺さなくてはいけない時すらある。悪魔の強い欲望に触れ、気が狂い、堕落する者だって後を絶たない。


上の組織に属しながら、同胞からは下と同じ扱いを受けることは当たり前だった。


彼女だけではない。我が暴君を初めとする私たちの隊は、天上界から見れば、「欠陥品」と変わらない異端児の集まりなのだ。

実際に私の身体は、殆どが機械仕掛けで動いている。


「カマエルさま」


それに比べれば、黒曜石の瞳と髪色は気にするほどではない。


「どうした?」


いつもの様子と少しだけ、何かが違う黒曜石の瞳で彼女が言う。


「これよりミカエルさまの命で地上へ降ります」

「そうか」


確かに適任だな、と。頷く。

先日の会議で、ある地上で魔王に近い気配を感じたと報告があり、各隊から地上に一名派遣することが決まっている。

ただし、天上界での掟や規則があるため、その人選にも条件が付いた。

条件とは、ある程度の実力と知識、人間たちの持つ天使像を壊さない。地上を救うべく選定された者に共感を示し、言葉を交わすことで理解し合い、彼らと協力体制を作れる。導くことだけをできる存在であること。

最後を除けば、問題なく条件をクリアできるのは、この隊では彼女だけだ。


はっきり言おう。

いまこの隊で地上へ遣わせる人材は、彼女しかいない。


何故ならば、彼女以外が選ばれた場合、私の予想を遥かに超える問題が起こるのは確実である。

普段から天上界の掟や規則を無視して、各隊との衝突を起こしては、反省もせずに平然と繰り返すのだから。

まだ問題は起こすが、想定の範囲内で済む。そして、上の提示した条件に最も近い彼女を選ぶのは、隊の責任者としては当然の判断である。


だが、能天使長である、我が暴君。ミカエルさまは、お気に入りの彼女を地上に遣わすことを迷っていた。


彼の我がままで、だ。


以前に比べれば回復しているとは言え、ミカエルさまの情緒は酷く不安定で、壊れやすい。精神は複雑に歪み。捻じれ。下手に触れれば、音を立てて崩れてしまうほどに脆い。

ミカエルさまは、ご自分の気を許した者たちに依存することで、己を保っているに過ぎないのだ。


「あの、ミカエルさまをお願いします」


それを彼女も分かっている。

理解しているから、私に告げて地上に行くことを選ぶ。


「あと私の部下たちのことも、です。忘れないでくださいね」

「心配するな」


いつものように私は彼女の頭をなでた。戦場ではなく、地上へ送り出すために。

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