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とある預言者の歩み  作者: N
咎人の夢
18/35

とある天使と勇者伝承

エルフの隠れ里。そこは通常であれば、人間が立ち入ることなどできはしない。

どれぐらい昔のことなのかは分からないが、ずっと、いまよりもずっと、気が遠くなるぐらいの大昔にあった話だ。人間による他種族の迫害。あらゆるヒエラルキーのトップを人間とし、他種族に関しては、人間がランキングをしていくと言う。まあ、何とも酷いものである。

その中でも俺が醜悪だと思ったのは、他種族を奴隷として扱うことだった。

魔術塔にあった文献を読み、俺が受け取った印象としては奴隷と言うより、人体実験ではないかと思う。生態系を調べるためと称しての解剖から始まり、最後は遺伝子を人工配合することで新しい、別の種族を作ろうとした結果。悲劇は起こるべくして、起きる。

俺が目にした文献には悲劇の具体的な内容は残されていなかったが、かなり大規模な、天災クラスの混乱が起きたとだけ記載されていた。

いまから約千年前。当時。俺には何があったのかまでは分からないけれど、ある程度のとこまでなら想像はできる。

混乱により他種族の減少と、文明の逆行現象が起きたのだ。

これにより人間も衰退の一途をたどる。それまであったヒエラルキーは意味を失くし、他種族は人間たちから解放されるが、当然のことながら遺恨は残った。絶滅を免れた他種族は団結し、それぞれの集落を独自に形成する。

その一つがエルフの隠れ里なのだ。人間とは違い、エルフは長寿である。基本的には数百年の時を生き、純潔と混血では、成長速度や命の長さが異なると聞く。

だからこそ、千年の時を経ても、かつての遺恨は根強く残っている。エルフの隠れ里内に、人間が立ち入れないようにする程度には。

いま俺は天使の《勇者》として、エルフの隠れ里に案内され、長老の家へと招かれていた。

目の前にはいかにも「長老です」と言わんばかりのエルフの老人がいる。長老の背後には、若く、戦士として鍛えられた兵士が立つ。天使とその《勇者》と言うことで、俺たちは、一応歓迎されているようだった。


「この度はエルフの隠れ里に招待いただき、恐れ入ります。

 私は地上に遣わされた天使の一人でルキアシエルと申します。まだ天使としては若輩者であり、軍人でもあるが故、失礼なところがあるかも知れませんが、どうかその寛大な御心でお許しくださいませ」


言って、ルキアシエルは長老だけでなく、その場にいるエルフたちへと頭を下げる。

俺はルキアシエルと出会って間もないが、こうして彼女が儀礼的な挨拶を口にして、立ち振舞ったことに驚く。ラハティエルとのやり取りを見た後でなければ、ここまでの衝撃を受けることもなかったのかも知れない。

ダヴィードが動じないところを見ると、もしかしたら、ルキアシエルは相手や必要性に応じて態度を使い分けているのだろう。


「ほう......。これは丁寧な挨拶をしていただき、こちらこそ恐れ入る。

 ルキアシエル様とおっしゃったかな。私は、この集落の長を任せられている者で、エスラスイムと申す。まさか私が生きている内に、天使様とその《勇者》に出会うことができるとは思わなんだ。

 こちらこそ、リザが失礼を働いたようで、申し訳ない」

「いえ、この地では何やら物騒な事件が起きている、と。少しばかり伺いましたので、気にしてはおりません」

「そう言ってくださると、私共も安心いたしますじゃ」


エスラスイムの言葉に、リザを含めて、その場にいたエルフ全員の緊張が解ける。エルフは神への信仰心が深いとのことなので、間違いがあったとは言え、天使に弓矢を向けてしまったことは彼らの中では大問題なのだろう。

ここでルキアシエルの許しがなければ、恐らく、リザは後で何かしらの御咎めを受けるのかも知れない。


「今回は天使様のお許しがあったため、リザへの咎めはなしとする」

「はい、ありがとうございます。ルキアシエル様」


お礼と共に、リザは頭を下げる。

エスラスイムとの会談は和やかに進み、アークが「エルフの隠れ里に残された千年前の《勇者》と天使伝承を聞きたい」と願い出ると、ルキアシエルも興味があったのか「聞きたい」と言ってくれ、そのお陰で話を聞けることになった。


そうしてエルフの長老であるエスラスイムの口から、「エルフの隠れ里に残された千年前の《勇者》と天使伝承」が紡がれる。


千年前。この世界は混乱が渦巻いていた。

混乱が具体的にどんなことだったのかは、文献でも口伝でも残されていないため、誰も分からない。だが、混乱の原因は「悪魔」だとされている。悪魔は竜の姿をしており、一説では、巨大な蛇が竜に見えたのだろう、とも。

その蛇は人々に魔竜と呼ばれ、自らを「レヴィアタン」と名乗った。

レヴィアタンにより、それまであったこの世界の文明は一度破壊され、残されたモノを基盤にして存続させたのがいまの世界だと言う。

世界は混乱したが、神は地上へと一人の天使を遣わした。その天使は三人の《勇者》を選ぶと、彼らの助力を得て、世界を救い、この世界に平穏をもたらす。

三人の内、一人は剣士。彼は「剣鬼」の二つ名を持ち、その剣で先陣を切り、仲間を守る盾でもあった。ほんの少しだけ赤を混ぜた黒髪と目は、倒した悪魔の血で染まったからだと伝えられている。

三人の内、一人は魔術師。彼女は「魔女」の二つ名を持ち、あらゆる知識を駆使し、魔術の構築式を組み立てたと言う。現代に存在する魔術はすべて彼女が作ったのではないかと称されるほど、だ。

三人の内、一人は司祭。敬虔な神の使徒でもある彼は「癒し手」の二つ名を持ち、身体や心のあらゆる傷を癒し、世界を救った後も聖都復興などで尽力したとのこと。そのため、唯一、彼の名は現代でも知られている。


「これがエルフの隠れ里に残された《勇者》と、その天使伝承じゃよ」


ゆっくりとした口調で語られる伝承は、エスラスイムのその言葉で終わりを告げた。

伝承の大筋は一般的に知られている内容と変わらないが、悪魔や、当時の《勇者》たちの詳しい話を知れたことは大きい。

《勇者》と天使伝承については、アークも魔術塔に残された文献や資料を調べたり、師匠に聞いたりしたことがあったが、いままで一般的な内容しか分からなかったのだ。

それにしても、と。アークは思う。エスラスイムが語った《勇者》と天使伝承に登場する、魔術師に、アークは何故だか既知感を覚える。もう少し詳しく聞かないと分からない上に、確証はないが、何となく自分の師匠に似ているのだ。


「あの、エスラスイムさん。

 千年前の《勇者》のことなんですけど、もう少し詳しいことは聞けませんか?」

「それは俺も聞きたい」


ダヴィードも千年前の《勇者》のことが気になるのか、アークの言葉に同調して口を開く。


「このエルフの隠れ里に残された《勇者》と天使伝承は、これですべてじゃ。

 千年前の《勇者》について詳しい話をしたい気持ちはあるが、私たちにも、分からないことは話せぬ」


対して、エスラスイムは申し訳なさそうに、その首を横に振った。


「そう......です、か」

「すまんな。さて、千年前の《勇者》と天使伝承についてじゃが、ルキアシエル様やラハティエル様は何かご存じですか?」

「いえ、僕には......」


エスラスイムと同じく、ラハティエルは首を横に振って応える。ルキアシエルからも同じ反応が返ってくるかと思っていた俺は、彼女の次の言葉に驚く。


「私は少しなら知っている。これは天上界でも一時有名な話だったから」

「.....................」

「千年前。この地上を救うために遣わされた天使は、ラファエルさまよ」


さすがに《勇者》の方は知らないけど、と。ルキアシエルは告げる。

ラファエルと言えば、確か、癒しと風を司る大天使だったはず。千年前。この世界を救うために遣わされた天使は、かなりの大物らしく、それだけ当時の混乱は深刻な状況だったのだろう。


「いくら有名な話だったとして、ルキアは何故、そのようなことを知っているのですか?」

「ミカエルさまから聞いたの。」

「.....................」

「私が士官学校を卒業したら、どうせ自分の隊に入るのだから、いまの内から色々と情報を集める癖をつけるようにって」

「.....................」


ルキアシエルの説明に、一先ず、ラハティエルは納得したみたいで。ここがエルフの隠れ里であり、エスラスイムを筆頭として大勢のエルフがいることもあってか、ラハティエルはそれ以上は何も言わなかった。


***


千年前。この地上を救うために天上界から遣わされた天使が、四大天使の一人であるラファエルさまだと僕は知らなかった。いや、正しくは「知ろうとしなかった」と言った方が適切である。

その頃。まだ僕たちは士官学校に通っていて、いくらルキアシエルの後継人が四大天使の一人であるミカエルさまだとしてもだ。当時は有名な話だったのだろう。だとしたら、僕も同じ情報を知ることができたはず。

アークやエルフたちの手前、この場では黙ったが、僕は当時の自分に対して腹を立てていた。

ルキアシエルのように、何故、もっと情報を集めなかったのかと。

ぐるぐると立ち止まって回る思考に、僕は苛立ちつつ、自分の感情を外へともらさないようにするだけでいっぱいだった。

だから、このタイミングでエルフの長老であるエスラスイムが話題を変えたことにも、理不尽な苛立ちを感じる。ラハティエルは自分の感情を制御するのが下手なのだ。優秀な兄が行方不明になるまで、周りから比較され続けたせいもあり、他者より劣等感を感じやすいのだろう。

士官学校を卒業してからは上官であるウリエルさまのお陰でよくなってはいたが、根本的な問題としては解決できていない。

解決できていないから、自分の感情を制御できないと、ラハティエルは思い込む。


「皆様もリザから少しばかし聞いて、概要はご存じじゃろうが、ここ最近頻発して起きている事件のことじゃ」

「エルフも含めて、人間が行方不明になっている話ですか」


ラハティエルが思い込んでいる間にも、彼を置き去りにして、周りは話を進めていく。


「数ヶ月前ぐらいじゃろうか。エルフの森にある周辺の村から、突然、人々の行方が分からなくなる事件が多発しておってな」

「行方不明。本人の意思による失踪ではなくて?」

「そうじゃ。ある日を境に忽然と姿を消し、誰も戻らない」

「...............不死者絡みによる事件と似ている、な......」

「分かるだけでも数十人は行方不明じゃよ。エルフはこの件に関しては自衛をしているが、対処し切れずにおるよ。人間たちは魔物の仕業だと考え、ギルドへと依頼を出したようじゃ」

「えっと、やっぱりエルフはギルドに依頼はしないの?」

「ギルドは人間たちのものじゃからな。依頼はせんよ」

「そっか、だったらさ......」


ほんの少しの間を置いて、アークは何かを決意したように言う。


「俺が《勇者》として、この事件を解決するよ。もし、魔物の仕業だったら、放っておけないし」

「本当ですか?」

「ああ、いいよな。ラハティエル」


事後になってしまったが、アークは僕に訊く。

まだ僕は自分の感情を制御できず、ぐるぐると別のことを思考していたが、アークの声に意識を外へと向ける。

アークの顔は少しだけ不安そうで、それに僕は「いまやるべきこと」を思い出す。


「ええ、もちろんです」


僕はできるだけ力強く、頷いた。


***


ダヴィードは清浄な空気に包まれたエルフの森の神殿で、長老のエスラスイムから聞いた「千年前の《勇者》と天使伝承」を思い出していた。

夜空に月はない。星の光だけが輝き、夜空を彩る中、ダヴィードは思う。

千年前に地上を救った《勇者》の一人である剣士を、何故だか、俺は知っているのではないかと感じたからだった。また、剣士ほどではないが、魔術師の方も知っているような気がする。

俺はかつての《勇者》たちと、何処かで出会ったことがあるような気がして、心当たりを考えた。

かつての《勇者》たちが存在したのは、いまから千年前の話である。彼らは人間なのだから、常識的に考えれば、もう存命してはいないだろう。彼らとは同じ《勇者》だから、知っているような気がするのだ、と。ダヴィードは自分を納得させるため、そう結論を出した。


ざわり


こんなにも俺の血が騒ぐのは、導き出した結論が間違っているからなのか。それとも目の前に夜闇をまとった天使が――ルキアシエルがいるからなのだろうか。どちらが正解かは、いまの俺には関係ない。

ルキアシエルとは、この南東の森へと転移した後、口論になってから。ずっと気不味いままで、何となくだが、俺は彼女を避けていた。


「ダヴィード」


そのルキアシエルが、いま俺の目の前にいる。



「隣り、いい?」

「.....................」


何を話せばよいのか分からない俺の隣りに、彼女は座り、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「こないだは、やり過ぎた。ごめんなさい。

 いまのダヴィードの実力では、イザークに勝てない。この事実は受け止めてもらわなきゃいけないけど、殴らなくてもよかったし、その前にもっとダヴィードと言葉を交わすべきだった。

 エルフの長老への挨拶をする時にも言ったけど、私はね、やっぱり軍人なのよ」

「天使なのに、か?」

「天使だから、よ。

 分かりやすく言うと天上界はね、一つの、世界規模の大きな軍隊だと思ってくれた方がよいかな。厳しい掟や規則があり、それに多くの天使たちは疑問を持つことすらなく、当然のように順守している。

 私はちょっと特殊でね。天上界の中でも最下層にあるスラム街で、ミカエルさまに拾われたの。ミカエルさまは、いまでは私の上官なんだけど......。

 これがまたちょっと色々あって、問題ばかり起こしていて、そんな問題ばかり起こるミカエルさまの隊に私はずっといる。ミカエルさまに拾われた日から、ずっと、ずっと長い年月を過ごしているからなのかな。それともミカエルさまの隊で、界層の境、ぎりぎりの場所で悪魔たちと戦い続けているせいなのか。

 人間たちが想像するような他の天使たちとは、私の言動や思考はズレてるの」


ラハティエルと比べれると、確かに、ルキアシエルの言動や思考は「天使として」のものではないのだろう。ルキアシエルはまるで人間のように振舞うが、ラハティエルは人間がそのまま想像した天使のように振舞っている。

二人の差は個性で済むようなレベルではなく、もっと、根本的な部分から違うのだと。ダヴィードは納得した。


「それで、か。ルキアが天使らしくないのは」

「それで、よ。私が天使らしくないのは」


ふわり、と。ルキアシエルは実体化したままで羽根を広げる。


「あとはこの黒曜石の瞳も、それと同じ色をした髪も、天上界でも忌避されているから。

 天使らしくない要素の一つね」


ルキアシエルの羽根は白く、それだけが唯一、彼女は「天使らしい」と言うのだろう。


「俺は......」

「うん」

「ルキアが天使らしくなくても構わない」


天使らしくはないけれど、彼女が「天使」であることは変わらない。


「こないだは、俺も、冷静じゃなかった。

 ルキアが止めてくれなければ、きっと俺は、あの場でイザークに負けて。闇の血を暴走させられていただろうな」


俺が人間であるように。


「俺の方こそ、すまない。ルキアを傷付けた」


謝罪の言葉は、俺が思ったよりも素直に口を吐いた。この手でイザークを倒すことばかりに捉われ、感情を暴走させ、ルキアシエルを傷付け、それが気不味くて彼女を遠ざけようと離れる。

けれど、ルキアシエルは俺を自分の《勇者》として扱い、俺を「俺として」接してくれるから。それが心地よくて離れられそうもない。


「これからもよろしく頼む」

「こちらこそ」


言って、ルキアシエルは微笑う。

夜空に月はない。星の光だけが輝き、夜空を彩る中、夜闇をまとった天使は、その白き翼を羽ばたかせる。

そうして夜明けの星が空に見える頃。俺たちは清浄な空気に包まれたエルフの森の神殿を後にした。

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