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とある預言者の歩み  作者: N
咎人の夢
17/35

とあるエルフの森での出会い

突然だが、現在、ルキアシエルは自分の機嫌がすこぶる悪いことを自覚していた。

自覚しているからこそ、自重しなければと思う。これでもルキアシエルは天上軍で最強と恐れられるミカエルの隊に属する遊撃兵である。しかも、ただの遊撃兵ではない。遊撃兵団の隊長なのだ。自分の感情をコントロールするぐらいはできて当然だし、できなくてはならないことだと求められる。

けれど、今回は自分の機嫌が悪いのは致し方ない。

ダヴィードと転移の件で口論になったのは完全な予定調和だったし、アークが旅慣れないことに文句を言うのは筋違いである。旅慣れない上に、戦い慣れない人間を天使の《勇者》として選定し、にも関わらず、その面倒を見ようとしないラハティエルに問題があるのだから。

ラハティエルとの昨夜の会話を思い出し、もう何度目かになるか分からないため息を私は吐いた。


「アークには天使の《勇者》としての素質がありましたから」


確かに、アークには「天使の《勇者》としての素質」がある。そこはルキアシエルも理解できた。分からないのは、ラハティエルが何をどう考えて、アークを自分の《勇者》に選定したのか、その部分だった。

アークは旅慣れていないだけでなく、戦闘経験もないことは、ルキアシエルも知っている。

魔術師としての才能はあるが、近距離はもちろん、遠距離戦を想定しての戦闘すらも難しいと判断したルキアシエルは、そのことを昨晩の時点でラハティエルに告げていた。そして、その上で「これから天使の《勇者》としてアークが活動していくためには、いまの内から彼をある程度は鍛えるべきだ」と提案までしている。

ルキアシエルの提案に対して、ラハティエルは「その必要はない」と一言で切り捨てた。

他人の意見を一言で切り捨てるからには、何か考えがあるのだろうと思い、ラハティエルの考えを訊いては見たが――まさかのノープランである。

どうやらラハティエルは、自分の《勇者》であるアークを鍛えようとは思っていないらしい。

あまりにも無責任な言動に、ルキアシエルはラハティエルと衝突した。

ラハティエルとここまで激しく衝突したのは士官学校の模擬戦の時か、もしくは彼の兄が失踪した時か。そのどちらかが最後だったはず。どちらにしても、ラハティエルが武器すら持たせず、アークを戦場に放り込む気でいる。

かなりの時間、ラハティエルと話をしたが、ルキアシエルの解釈で間違いないようだった。

ここまで自分の価値観と異なると、天上界の掟や規則に関わらず、私はラハティエルそのものが理解できない。理解することを諦め、捨て置くことにした。

アークとラハティエルとは、南東で最も大きなギルドのあるファリスの街で別れる。別れた後は自己責任だ。ルキアシエルには関係ないし、今後、何かあっても知らない。

旅慣れないアークを加え、ダヴィードと私は、ファリスの街を経由して聖都ルルドへと向かう。こちらはダヴィードと話し合った結果、この世界のほぼ中央に位置する聖都ルルドを経由して、北方にあるロールスの街へと戻ることを提案されたからである。

この世界は聖都ルルドを中心にして、北に王国。西に帝国。南に連合諸国があり、いまは何処も戦争をしていないとのことで、貿易もかなり盛んとのこと。

ダヴィードの話を聞く限りでは、まだ地上が崩壊へと向かうための予兆は感じ取れない。

だからこそ、気を付けなければと私は思う。

戦場では敵が大人しく、静かなほど、その後に何が起こるか分からないのだから。


そう、この瞬間。

いま自分たちを隠れて狙っている者のように。


「ひっ、ぁ......」


私は予備動作をせず、唐突に、木々の上に隠れている者へと向けて、投擲用の刃だけのナイフを放つ。

これは警告。だから、ぎりぎり相手にはナイフを当てない。

ナイフは木々の上に隠れていたエルフの少女の頬を撫でるようにして、その背後へと消えた。


***


ロロアの港街と、ファリスの街の間に位置する森の中。そこにエルフの隠れ里は存在する。

だから、エルフの森の近くを人間の旅人が通過することはよくあり、旅人が誤って里へと迷い込まないようにするため、エルフは交代制で番人を置くことにしているのだ。また、ここ最近頻発して起きている事件のせいもあってか、エルフの番人たちは例外なく、普段よりも外へ向けて警戒心を強めている。

この日もエルフの森の番人をしていたリザは、平時よりも神経質になっていた。

そこへ運悪く通りかかっただけの相手に向け、リザは極度の緊張から手にした弓で、判断を誤って矢を放とうとしてしまう。


そう、その瞬間。

自分の頬を撫でるように「何か」が飛来し、リザの背後へと消えた。


「ひっ、ぁ......」


遅れて聞こえたのは、風切り音と、木々に刃物が突き刺さる小刻みのよい音。

予備動作がなかったので分からなかったが、どうやら眼下にいる人間たちの内の誰かが、リザへと向けて攻撃を仕掛けたようだった。


「ちょっ、ルキア。地上に干渉するなとあれほど」

「ラティ、煩いから黙って」


相手は四人。その内の二人は何やら言い争いをしており、話の内容から察すると、リザに攻撃を仕掛けたのは黒曜石の髪と瞳をした女性らしい。淡い金糸の髪とアイスブルーの瞳を持った男性が諫めている。

よく観察してみると四人の内、二人は人間だが、言い争いをしている方の二人は人間ではない。


「え、天使......?」


天使。本物の。どうして、地上に。と、天使相手に武器を向けたことや緊張もあり、リザはパニックに陥る。

そこに再度、投擲用の刃だけのナイフが飛来した。今度はリザのいる木の幹へと刺さる。


「大丈夫ですか?」


ふわり、と。風が舞うように、淡い金糸の髪とアイスブルーの瞳を持った男天使が、リザの目の前に現れて訊く。

その姿はまるでお伽話や伝承に出てくる天使のようだ。

夜闇の魔王を連想させるような、もう一人の女天使との違いにリザは安心する。


「あ、はい。だいじょう、ぶ......です」


言って、リザは無条件で武器を下ろした。


***


木々の上に隠れていたエルフの少女は「リザ」と言うらしい。ルキアシエルが投擲用の刃だけのナイフを二回も放ったこともあって、すっかりと怯えられてしまい、いまリザは私からは距離を取ったところへと座っている。

ラハティエルはリザの隣に座り、彼女が落ち着くように話を聞いているようだった。

リザも容姿を含めて模範的な天使であるラハティエルが気に入ったのか、彼には心を許しているようで、先程までと比べると落ち着いたように見える。


「それで、私たちに武器を向けた理由は?」


私はその場から動かず、リザへと問いかけた。


「ルキアっ」


ラハティエルが私を諫めるような声を上げる。自分では確信的なことは訊かない癖に鬱陶しいと思いながら、私は、ラハティエルを睨む。殺気を込めてやろうかとも考えたが、ここは天上界のミカエルの隊ではないので止めた。

私が本気で殺気を込めれば、ダヴィードは反応して刀を抜くだろうし、アークやリザは怯えるだろう。


「じゃあ、ラティが訊いてよ」

「.....................」

「理由もなしに武器を向けられて、攻撃されそうになったから私は威嚇したの」

「威嚇したって......。ここは戦場ではありません」

「戦場でなくても、武器を向けられて、攻撃されたら死ぬのよ」


ラハティエルだけではなく、アークやリザに向けても私は厳しい声で告げる。

攻撃されて当たり所が悪かったら死ぬ。それは戦場で生きる者にとっては、常識であり、死なないための方法だった。


「あのっ、ごめんなさい。

 私、ずっと怖くて。ここ最近でエルフも人間も行方不明になってて。それで犯人を見つけなきゃって。でも、誰にも相談できな......」


そして同じぐらい、戦場で死なないためには、自分の中にある恐怖を克服しなくてはならない。リザの話はぐちゃぐちゃで、謝罪以外は相手に何を伝えたいのか整理すらできていなかったけれど、それでも何となくだが私には伝わった。

彼女は怖かったのだ。誰かに、そして何かに、殺されるのが。

その中でも恐らくは、自分が何かにゆっくりと変質していく、無意識の恐怖に押しつぶされかけていただけなのだろう。

ぼろぼろと泣き出したリザの背中を、ラハティエルが優しく撫でながら、ルキアシエルのことを射抜くような目で見る。どうやら彼の中では、リザが泣いたのは私のせいらしい。


「あの、先程長老へ遣いの精霊を飛ばしたので。もう少ししたら、皆さんをエルフの隠れ里へと案内できるかと思います」


自分の中にあるモノを吐き出せたからなのか、リザはこの場にいる全員が聞きとれる声で言う。エルフの隠れ里。基本的には同族しか立ち入れず、例外は天使と、その《勇者》のみと聞いたことがある。

エルフの隠れ里と聞き、アークの目が輝くのが分かった。

魔術師で、しかも研究者肌のアークからしてみれば、どのような状況下であれ、エルフの隠れ里に入れるのは喜ばしいことなのだろう。


「そしたら、ここ最近頻発している事件のことを、長老からお話しさせていただきます」

「分かりました。ルキアも、それでいいですか?」

「もちろん」


言って、私は微笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。えっと......」

「私はルキアシエルよ。リザの隣にいるのがラハティエルで、その《勇者》が」

「俺だよ、アーク・ジオ・ハーツ。魔術師なんだ」


私の言葉を引き取って、そのままアークが自己紹介をする。こう言う積極的なところは、是非、ダヴィードにも見習ってもらいたい。


「で、私の《勇者》がダヴィード。そこにいる剣士よ」


ダヴィードは無言でリザを一瞥しただけだった。


「あ、改めまして、私はリザです。その、よろしくお願いします」


リザは座ったまま、ぺこりと頭を下げる。エルフは長寿なので実際の年齢は分からないが、外見はまだ少女の姿をしていた。私が年齢を聞いたら「人間に換算すると十八歳ぐらい」だと快く教えてくれる。

エルフは基本的にこの森の隠れ里に住んでおり、外の世界を知らず、その長い生を終える者も珍しくはないらしい。

隠れ里には「千年前にこの世界を救った天使と、その《勇者》に関する伝承」がまだ残っているとのことで、リザだけでなく、天使伝承に憧れている者は多いとのことだった。


「だから、こうして天使様やその《勇者》にお会いできるなんて思っていなくて。すっごく嬉しいです」

「そうなの?」

「はいっ、ルキアシエル様」

「でもね、リザ。あなたにも天使の《勇者》としての素質はあるのよ」


しん、と。耳が痛くなる程の静寂が降りる。

直後には、私を咎めるラハティエルの声が聞こえるが、無視を決め込む。リザの様子を伺えば「私に、《勇者》の素質が......」と感極まっていた。


「だからね、リザ。私やラティ以外の天使と、もしも出会うようなことがあって、あなたが《勇者》にと望まれたのなら。

 その時はリザがどうしたいのかを、自分で決めなさい」


私の言葉を受け止め、リザは「はい」と嬉しそうに笑う。

エルフの長老のところからタイミングよく戻ってきた精霊の回答により、この後、私たちは隠れ里へと案内されるのだった。

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