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とある預言者の歩み  作者: N
咎人の夢
16/35

とある魔術師は天使と出会う

ぱちぱち、と。火が爆ぜる音。黄昏の時間は終わりを告げ、夜闇に空は包まれる。

いくら魔物除けの術式が組み込まれた結界とは言っても、夜の森で、アークは一人野営をすることに少なからず抵抗があった。

けれど、それは杞憂に終わる。

偶然にも昔馴染みであるダヴィードと、その天使であるルキアシエルに出会えたからだ。


「熱いから、気を付けて」

「ありがとう」


ルキアシエルからホットワインの入ったカップを手渡され、アークは身体を温める。ダヴィードが活動拠点としている北方ほどではないが、南東の森だって夜になれば、それなりに冷え込むのだ。


「はい、ダヴィードも」


焚火から程近い木に背を預けたまま、ダヴィードはカップを受け取ると、ゆっくりとホットワインに口を付ける。数年ぶりに会ったダヴィードは相変わらず、口数が少なくて、あまり昔と変わらないように見えた。

そのダヴィードが自分と同じく、天使の《勇者》に選ばれ、行動を共にしていることには驚いたけれど。


「さて、と」


ルキアシエルは自分もホットワインに口を付けると、夜空を見上げ、アークの天使に向かって言う。


「そろそろ姿を現したらどうなの?

 ラハティエル」


風が木々を揺らし、ふわり、と。舞った。


***


その日もアークはいつもと同じように、魔術塔にある自分の研究室で、師匠から勝手に引き継いだ魔術理論の研究をしていた。師匠が残していった魔術理論が何か、どのような効果があるのか、まだ魔術師として未熟な自分には正直よく分からない。

よく分からないが、この魔術理論を目にした時、アークは「自分が完成させなければ」と思ったことだけは、いまでも明確に憶えている。

だから、その日もアークは師匠の残した魔術理論を完成させようと、術式を組み立て、そこに必要な分の魔力を流した。いつもと同じように。いつもと同じように必要な分の魔力を間違えずに流し込む。

アークは寸分違わず、自分の魔力を流し込んだだけだった。

なのに、その日はいつもと違う結果が生じる。最初は失敗によるものだと思い込んだが、直ぐに、これは失敗や成功の類ではないと気付く。


「アーク・ジオ・ハーツですね」


ひらひらと部屋中に舞う、白い羽根。


「僕は、神が地上へと遣わした天使の一人。

 ラハティエルと申します」


淡い金糸の髪に、伏し目がちなアイスブルーの瞳は、まるでお伽話や伝承に出てくる天使そのものだった。

そして、その本人も天使を名乗っている。

年の離れた兄が考えた大掛かりな悪戯だろうか、それとも師匠が亡くなる前に仕込んだ魔術だろうか。どちらの可能性も考え、どちらの可能性も瞬時に否定した。さすがにここまでのことは、どちらもしないだろう、と。


「アーク・ジオ・ハーツ、僕は、君を《勇者》として選びました。

 この地上は現在混沌へと向かっており、いずれ時がくれば崩壊します。天上界側としては、この事態を見過ごせず、僕を含む四人の天使が遣わされました。地上に住まう人間たちの中から天使の《勇者》としての素質がある者を選び......」


自称天使があれこれと、俺には理解したくない何かを一方的に話しているが、これはどう言う状況なのだろうか。

自分は師匠の残した魔術理論の実験をしていて、理論に基づいて術式を構築したが失敗した。ここまではいつもと同じで間違いない。となれば、今日は間違えて「何か」を召喚してしまったと言うことか。だとしたら、この自称天使をあるべき場所へと戻さないと。

アークは自分が書いたメモを見つつ、昨日と今日とで違う点を洗い出し、今日から組み込んだ新しい術式を別紙へと書き出す。


「......と言うわけです。

 アーク・ジオ・ハーツ、君は、僕の《勇者》になって地上を救ってください」


救ってくださいと言われても、アークは、この自称天使の話を途中から聞いていなかった。


「えー......と、それって他の人じゃダメなの?」

「いいですか?

 アーク・ジオ・ハーツ、先ず、天使の《勇者》には素質がないとなれません」

「うん、それは分かった」

「次に天使と、その《勇者》との相性があります」


それからラハティエルの話は小一時間ぐらい続いたと思う。

彼の話が終わる頃には、俺はこの天使の《勇者》になってもよいと思え、悩んだ末に承諾することにした。

兄と一緒に師匠に拾われて、この魔術塔のある孤島に訪れてから、俺は外界を知らない。

いまの内に少しぐらい、外の世界を見てみたいとの気持ちもあった。こんな機会がなければ、きっと、俺は一生外出しようとしなかっただろう。

旅に必要そうなものをまとめ、アークはラハティエルと魔術塔を後にする。


自分がいない間、いつ兄が帰ってきても構わないように、書き置きを残して。


***


魔術塔のある孤島から、ロロアの港町までは、グリフォンに乗って移動する。これも師匠が残した遺産で、特殊な術式を組み込んだ魔導具でいくつかの魔獣を使役できるようになっていた。

空路から本土を目指し、ロロアの港町付近で降りる。

ロロアの港町は活気にあふれていて、ギルドに所属しているであろう魔術師や剣士も多く、大通りは賑わっていた。俺は足りない物資を買い足し、そのまま森へと入る。南東で最も大きなギルドがあるファリスの街まで行くためだった。


「なあ、ラハティエル」


森の中に入ってから、しばらくして、俺はラハティエルに向かって話しかける。


「呼びましたか?」

「ああ、ちょっとラハティエルに聞きたいことがあって」

「分かりました。何でしょう?」


ラハティエルは思念体のまま、俺の傍に降り、横に並ぶと笑顔で頷く。

魔術塔のある孤島を出る前に聞いた話では、天使は基本的に、地上で活動する時は思念体のままで《勇者》にしか見えないとのことで。純粋な心を持つ者には極稀に見えたりするらしいが、そのほとんどは赤子だと言う。


「いやさ、ラハティエルは、その実体化とかはできないのか?」

「実体化ですか?」

「うん、実体化。いまは思念体だろ」

「はい、天上界の掟や規則に則り、地上にいる時はなるべく思念体でいます」

「なるべくってことは、実体化もできるのかなって」

「もちろんです。実体化もできますが、僕たち天使が地上で実体化をすることは稀です」


例えば、敬遠な信者に神の御言葉を伝える時などは、実体化をするとのこと。

ラハティエルの話を聞く限りでは、どうも天上界は掟や規則が多く、しかも厳しいらしい。そのため、地上に遣わされる天使への制約も数え切れないほどあるとのこと。


「うー......ん、そうすると、天使は地上に干渉すること自体が問題になる。この認識でいればいいのか?」

「そうです。僕たちは神の意志で地上に遣わされますが、できることは、あくまでも助言や助力程度のもの。しかも、その助力ですら、厳しい制約がかけられています」

「具体的には?」

「そうですね。分かりやすいように《勇者》への助力を例に出すと、戦闘においての間接的な援護は認められていますが、直接的な手助けは認められていません」

「天使が魔物を倒すことはできないってことで、解釈していいのか?」

「はい、その通りです。天使が直接魔物を倒すことは、地上への干渉行為ですから、原則として禁じられています。他にも......」


この後も俺がラハティエルとの会話で分かったことは、天使はとにかく地上での行動に制限が設けられ過ぎるほどあると言うことだった。

個人的に気になったので、天上界ではどうなのかも聞いて見たが、やっぱり基本的に掟や規則が多い。あれはダメ、これはダメ、それもダメ。もしかしたら地上でも聖都や教会は同じぐらい規則が厳しいのかも知れないが、俺には到底ついていけない世界である。


「ラハティエルはすごいな」


アークは素直に、自分が思ったことを口にした。

この日は天使の祝福のお陰か、魔物に遭遇することなく、夜まで順調に森を進むことができた。


***


そして、夜。森の中で俺はダヴィードと数年ぶりに再開する。

ダヴィードの隣には、ラハティエルと同じく天使であるルキアシエルがおり、アークの天使を名指しで呼ぶ。

風が木々を揺らし、ふわり、と。舞う。


「ラティ、姿を現しなさい」


ルキアシエルの声に応じて、ラハティエルが空から姿を現す。淡い金糸の髪に、伏し目がちなアイスブルーの瞳は神々しく、やはりお伽話や伝承に出てくる天使そのものだった。


「お久しぶりです」

「ええ、久しぶり」


人間たちが持つ天使像を崩さないラハティエルに対して、何処となくだが夜闇の魔王を連想させるルキアシエルは、酷く冷たい。


「単刀直入に訊くけど」


酷く冷たいけれど、それでも何処か温かみのある声で彼女は訊く。


「そのこをラティの《勇者》として選んだ理由は?」

「アークには天使の《勇者》としての素質がありましたから」


しん、と。静寂が降りる。その中で焚火の爆ぜる音がするけれど、そこに現実味はない。

それがまるで模範解答を告げるだけのラハティエルの声と重なって、何故だか俺は目眩と吐気、息苦しさを感じた。


「ルキアこそ、何故、彼を《勇者》に選ばれたのですか?」

「ダヴィードだからよ。それ以上でも、それ以下でもない」

「ルキアは相変わらず感情的ですね」

「あら、ラティこそ変わらないどころか、成長がないのね。教科書通りの模範的な回答でつまらない」


ルキアシエルの言葉に、ラハティエルの感情が人間のように揺れ動く。

俺は安堵する。ラハティエルが感情を見せたことに、安堵し、俺はやっと落ち着きを取り戻す。

いつの間にか喉は渇き、手にしたままのホットワインへと口を付ける。


「僕はルキアと違って、ちゃんと成長してます」

「本当に?」

「本当です。ルキアこそ......」


思念体ではなく、実体化をしたルキアシエル。実体化をせず、思念体のままのラハティエル。

どちらが正しいかなんて、アークには分からない。

けれど、ルキアシエルの入れてくれたホットワインは温かく、美味しかった。いまのアークにはそれだけで充分安心する。

まるで人間のように喧嘩をするラハティエルとルキアシエルを見ていると、以外と天使も人間に近しいと思え、いままで自分の中で張り詰めていた緊張の糸が切れるのが分かった。

ラハティエルと会って、天使の《勇者》になってからアークは初めて笑う。


これがアークと、そして天使たちとの出会い。

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