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とある預言者の歩み  作者: N
間話
14/35

とある叡智の魔女はもういない

叡智の魔女。それは称号であり、私を戒める楔だった。

私がいつから叡智の魔女と呼ばれ始めたのかは、もう記憶にない。どうでもよいことだったからなのか、それとも忘れてしまってもよいことだったからなのか、自分でも分からないようにして記憶から消した。

人間の持つ記憶を消すのは、得意だったから。

だから、いつの間にか自分の持つ「いらない」記憶を消すことも癖になっていた。


それをあの二人が知ったら、どう思うだろうか。


この地上で自分よりも信頼できて、大切で、大好きだった彼らのこと。彼らと一緒にこの世界を冒険した日々はもう戻らないけれど、その記憶だけは、私は自分の意思で消したくないと思う。

いまとなっては、私に残された唯一の宝物だった。

世界から隔離されたように、だけど、その世界をすべて見渡せるように建設された魔術塔。これは私に残された最後の砦なのだろう。

魔術塔がある孤島では、私が困らないためだけに、自給自足の生活ができるようにした。

また、研究に没頭できるように結界を張り巡らせ、孤島ごと魔術塔を外の世界から隔離し、私は自分の殻へと引きこもる。

どれぐらい自分の殻へと引きこもり、外の世界から隔離された空間にいたのか。もう自分でも分からなくなった頃。私は唐突に外出しなければと、何故だか、本当に何故だか分からないが考えた。

久々に触れる外の空気。市井の賑わい。

訪れたのは小さな港町だったけれど、私には充分過ぎるほどの世界との接触だった。そうして極稀にだが、私は、唐突に外出するようになる。切欠なんてない。もしかしたら研究が進まず、未だに何の成果も上げられていないから、そこから逃げ出したかっただけなのかも、と。

いまの私なら思うだろう。

だけど、当時の私には、そんなことを考える余裕すらなくて。

研究に没頭して息詰まれば、気まぐれに外出し、ストレスを発散する。そうやって自分を誤魔化しながら、長い時間を過ごすことに慣れていく。その時間の中でも出会いと別れがあった。


私を「叡智の魔女」と知っても、変わらず、接してくれたジークフリード。

彼はギルドに所属するヴァンパイアハンターで、不死者が数多くいる北方の地にほとんどいたが、私と知り合ってからは、たまに魔術塔のある孤島まで遊びにくるのだ。私が知りたい情報と、たくさんの土産話を持って。

そして弟子を取り、最期はグールになって、彼は死んだ。


ジークフリードがまだ生きていた頃。ちょうど彼が弟子を取ったと同時期に、私は人間の男児を二人も拾う。年齢は十歳にも満たず、その両手にはまだ産まれて間もない赤子を抱えた少年の目には、絶望しかなかった。両親に捨てられたのだろうか。肌寒い、雨が降りしきる森の中で、泣き叫ぶ赤子の声がする。

泣き叫ぶ赤子をあやそうともせず、少年は、絶望に染まった目をしたまま。


死にたい、と。その心が叫んでいるようだった。


「ねえ」


そこにはかつての自分がいた。とっくの昔に消したはずの記憶の断片が蘇り、気がつけば、私は少年へと声をかける。

私が少年へとかけた言葉は、かつて、私を拾った師匠がかけた最初の言葉と同じだった。


「死にたいの?」


少年へと問いかけてから、私は気付く。

口調は軽いが、本気の声。彼が本当に終わりを望むのなら、私は叶えてあげるつもりでいたのだ。自分の師匠と同じように。

まだ雨は降り止みそうにもなくて、赤子は泣いていて、


「なら、私が終わらせてあげよっか」


けれど、


「俺は、生きてみたい。この世界で」


彼の目はもう絶望に染まっていなかった。

私は雨空を見上げる。まだ当分は止む気配はないが、いつかは晴れるだろう、と。


「頼れそうな人間や場所、行く宛ては?」

「ない、な」

「そう。じゃあ、私のところへいらっしゃい」


言って、私は微笑う。


「あなたたち二人ぐらいなら面倒を見て上げられるから」


少年の目が大きく開かれ、その瞳に私が映る。変化の魔術で本来の年齢よりも若い私の姿。もしかしたら、いつか、私は彼らの障害になるかも知れない。だけど、いまは自分と同じ才能を持つ少年たちに、救いの手を差し伸べたい。


それが私の最大の過ちで最後になる咎だとしても。

この時を何度も繰り返せたとしても、きっと私は、同じ選択をし続けるだろう。


エルフの里の近くから、私はかつて自分を閉じ込めた――魔術塔に目を向ける。


「叡智の魔女はもういない」


私は自分に言い聞かせるように呟くと、夜の森へと姿を消した。

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