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とある預言者の歩み  作者: N
天使と勇者の共同戦線
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とある天使と勇者の共同戦線

かつん


硬質な素材でできた床を歩けば、足音が響く。

ヴァンピールに誘われるまま、ルキアシエルと共に俺は、イザークが待ち構える不死者の古城へとたどり着いた。古城の中からは不死者の気配と、そこに混じるかのような弱々しい生者の気配がする。

この古城にいる上級不死者に、何処からか浚われてきたのだろう。

静まり返った廊下に響くのは、ヴァンピールを含めたルキアシエルと俺の足音と、各部屋から微かに聞こえてくる物音。嬌声と、さえずるような声ばかり。まともな神経を持っていたとしたら、恐らく、正気を失うことは容易い。

古城への誘いは、明らかに罠であろうとダヴィードは思っていた。

ステルクが持ってきた情報と言い、ヴァンピールとの遭遇と言い、上手くいき過ぎている。ここは必要以上に警戒し、疑ってかかるべきだろう。


「それでね、お姉ちゃん」


ダヴィードが警戒を強める中で、相変わらず、ルキアシエルの腕に絡みついたままのヴァンピールは愉しそうに説明を続ける。


「この古城には、たくさんの上級不死者がいるんだけど。ヴァンピールとはね、みんな、あんまり遊んでくれないの」


ヴァンピールの話題は、ほとんどが自分を中心としたことばかりで。

俺には経験のないことだが、その話の内容は、ほとんどの子供が自分の両親に聞いてもらえるようなことばかりなのだろう。

たわいのない会話。とてもじゃないが、敵同士がするような内容ではない。


「ヴァンピールと違ってみんな、仲間を増やすのに忙しいんだって。グールは量産できるけど、不死者はそうもいかないし......」

「そうなの?」

「うん。そもそも不死者は素質がなければなれないし、素質があっても、条件が揃わないと作れないんだって」

「.....................」


けれど、ほんの時折だが、こうしてヴァンピールは俺の知らない情報をもらす。

不死者になるためには素質がなければなれないとの事実は噂でも聞いたことがないし、何より、不死者を作り出すための条件など本当にあるのだろうか。


「へー、じゃあ、ヴァンピールみたいな不死者の数は多くないの?」

「うん、そうだよ」

「そうなんだ」

「ヴァンパイアなんて、ハーフでも貴重だもん」


ちらり、と。そう言いながら、ヴァンピールは俺を見る。城内を灯している光は最小限で、それでもその光を取り込んだヴァンピールの瞳は、妖しい輝きを放つ。幼女の目ではない。狡猾に姦計をする者の目だ。

ヴァンピールの性格なのか、道中も含め、彼女はよく話す。

何故だか分からないがルキアシエルには懐いているようで、あれこれと、俺たちが聞いてもいないのに不死者や城内についての説明をしてくれる。いくらヴァンパイアハンターとは言っても、不死者絡みの話の中には俺の知らないことも多く存在した。

イザークに口止めされているらしいこと以外は、ヴァンピールは素直にありのままを話す。


これも罠なのではないかと、俺が疑うほどに。


「着いたよ。この先で、イザークさまが待ってる」


そうこうしている内に、イザークが待つ謁見の間へと俺たちはたどり着いた。


***


想像していた通りの音がして、重厚な扉が開く。


「ヴァンピールのお仕事はここまで。また、ね」


言って、ヴァンピールは城内の何処かへと姿を消した。彼女は現れる時も、消える時も、いつも唐突で心臓に悪い。

イザークの待つ謁見の間へと続く、開かれた扉を目の前にして、ほとんど無意識に俺はルキアシエルの手に触れた。相変わらず、彼女の手は温かく、心が落ち着く。

俺は一度だけ深呼吸をすると、意を決して、イザークの待つ謁見の間へと足を踏み入れた。


「ようこそ、我が城へ」


そこには俺とよく似た面影の――不死者を統べるヴァンパイアの王、イザークが、威厳のあるたたずまいで玉座に着いている。イザークが着いている玉座にしな垂れかかった、女たちの囁くような微笑い声がやけに気持ち悪いと思った。


***


自分とよく似た。ほんの少しだけ赤を混ぜた黒い目と髪は、まるで血に飢えた魔性の獣のようだと思う。

意志の強い目も、かつての自分と本当によく似ている。


「ようこそ、我が城へ」


謁見の間へと足を踏み入れた息子に向かって、玉座に着いたまま声をかければ、まるで親の仇でも見るような鋭い目で睨みつけられた。

息子の隣には招待した覚えのないはずの美しい女天使が、


「ところで、そちらのお嬢さんは招待していないはずだが」


そこにいる。

しかも、あり得ないことに実体化をしたまま、この古城へと訪れるとは。これには流石に我も驚いた。この世界において、少なくとも、天使が地上で実体化をすることはないはず。

天使が地上で実体化をすることは、天上界側の掟や規則に反する行為であり、まともに教育を受けた天使なら実体化はしない。ましてや、地上で実体化をしたまま、敵陣に乗り込んでくるなどないはずだ。


「発言の許可を」

「...............許す......」


なのに、この規格外の天使は、それを何食わぬ顔でしている。


「不死者を統べるヴァンパイアの王、イザークよ。

 お初にお目にかかります。私はこの地上に遣わされし、天使が一人、ルキアシエルと申す者。この度は私の選定した《勇者》と共に、ヴァンパイアの王であるイザークにお目通りに参りました」


息子の前に進み出て、ルキアシエルと名乗った天使はやけに言い慣れた口調で言う。王族への対応も問題なければ、自分よりも力強き者へ対しての恐怖などはないとでも言うように、しっかりとした態度で微笑すら浮かべる。


「...............ほう......」


ただ真っ直ぐ、我を見つめるルキアシエルの瞳は、その髪と同じく黒曜石の色をしていた。


「これはこれは、天使にしては勇ましいお嬢さんだ」


天上界では忌み嫌われる黒曜石の色は、我らが闇の王と同じ光彩だった。それを天使が持てば、どのような扱いを天上界で受けるのかは想像するに容易い。彼女は我と同じく異端なのだろう。

くつくつと、我は嗤った。嗤わずにはいられない。

息子の殺気が、目の前で大きくなるのが分かった。天使の《勇者》になると言うことが、何を意味するのか、どのような事態を招くのかは、まだ息子は分かっていないのだろう。そして恐らく、ルキアシエルもこの段階では話していないはず。

すべての真実を知れば、息子はどうなるだろうか、と。我は想像する。


「それにしても、まさかお前が天使の《勇者》になっているとはな」


壊れて、闇に堕ちるか。


「お前は何も知らないのだな」


それとも、ありもしない希望や救いを求めるか。

自分の息子はどれを最後に選ぶのだろうか、と。考える。ひとしきり嗤うと、我は憐憫を含んだ眼差しで、息子と――その天使を見た。


「いつでも息子のお前を、この城へ迎える準備はできている」


瞬間。玉座の左右に侍っていた女共から悲鳴が上がる。感情のままに闇の血を暴走させた息子が、人間以上の素早さを以って、我に挑みかかってきたらしい。深々と我の腹に刺さった刀を力づくで真横に滑らせ、右側の女の首ごと切り裂く。一瞬にして謁見の間は血の臭いで咽返る。

ごろり、と。床に転がったのは、女の首。

女の首が床へと転がり落ちるよりも早く、息子は、我へと向かって一太刀を振るおうとするが無駄なこと。血の呪縛で以って、愚かな息子の力を身体ごと拘束してしまえばよいのだから。

血の呪縛で拘束する寸前、息子は何かを感じたのか、反射的に我から距離を取る。

よい判断だ。同じ状況下であれば、自分もそうした、と。我は思う。我が想像している以上に、もしかしたら自分の戦闘センスは息子へと引き継がれているのかも知れない。そう考えると、何故だか嬉しさを感じる。それは久方ぶりの人間らしい感情だった。


「まだ己の感情や血の制御はできていないのか」


嬉しさを押さえつつ、息子へと向かって、我はわざと落胆したような声音を出す。

威圧感を与えたまま、玉座を降りて、ゆっくりと息子へと近づこうと歩みを進めた瞬間。空間そのものを切るような鋭い風切り音がして、対不死者用の術式が組み込まれた投擲用の刃だけのナイフが、身体に突き刺さる。

息子に切り裂かれた身体の傷は直ぐに癒えたが、投擲用の刃だけのナイフは身体から引き抜いても傷が残った。この程度の傷であれば、通常、直ぐに完治する。天使の祝福を使った対不死者用の術式が作用しているからなのだろうか。


「天使が地上に直接干渉する、か」


あえて口に出したのは、天使ではなく、息子に聞かせるためだった。


「いまはダヴィードを殺させるわけにはいかないからね」


この目の前の天使は動揺すら見せず、微笑いながら言う。ルキアシエルは薄らと輝く転移陣の中で、我から庇うかのように息子を抱きしめ、術式を発動させる文言を唱える。物理攻撃に転移陣まで、天使が《勇者》のために使用するとは、いくら我とて想像すらできなかった。


「よい天使に恵まれたな」


無意識に呟いていた言葉は、まだ我の中に残っている人間としての部分だったのだろうか。

我には分からない。


***


すべての不死者を統べるヴァンパイアの王、イザーク。

ヴァンピールに誘われるまま、不死者の古城へとたどり着き、イザークとの謁見の間へと通されて彼に出会った瞬間。いまのダヴィードの実力では、イザークには絶対に勝てないと、ルキアシエルには分かってしまった。

だから、この場でルキアシエルが考えなくてはいけないことは、二つだった。

一つは、どうやってこの場を切り抜けるか。もう一つは、どうやってダヴィードに、いまの自分の実力ではイザークに勝てないと気付かせるか。


さて、どうしたものか。


ルキアシエルは考える。ありとあらゆる可能性を考慮して出た結論は、何とも自分らしい、一種の荒治療とも呼べる方法に近かった。イザークを倒すためには、まだ実力不足のダヴィードに、いつものように戦わせて大差で負けてもらうこと。

そして、ダヴィードがイザークの手へと堕ちる前に、ルキアシエルがダヴィードを回収して転移陣で逃げる。

ぎりぎりの作戦だった。


結果として。

ルキアシエルはその作戦を成功させ、転移術式で強制的に、イザークや不死者たちがいる古城を後にする。


ぐるぐると回る視界と、ぐにゃぐにゃと混ざる色彩から、ダヴィードの目を庇うようにして私は彼を抱きしめた。やがて視界も色彩も正常に見えるようになる頃には、何処かの森へと無事に転移する。

ルキアシエルは土地勘がないため、ここが何処だが直ぐには分からない。

ただ、そう遠くない場所に見える魔術塔と、微かな海風の匂い。温暖な気温から北方の辺境地ではないことだけは理解できた。

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