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憑依なんてさせません

作者: きしと

 (う…熱い…。苦しい…何かが無理やり入ってくる感覚がする…)


 とある村のとある家の中で金の髪をした少年は魘されていた。

 

 体に何か異物が入ってくるような感覚…そして自身を蝕む病魔。少年はその二つに必死で耐えていた。


 『もうちょっと、もうちょっと…あれ意外と反発するな…』


 何処からか謎の声が聞こえる気がする。その人物は何か焦っているようだ。男は自身の心が折れることをその声が望んでいるように感じた。だが、負けるわけにはいかない。意思を強くもて、諦めたらそこで全てが終わってしまう気がする。


 男はそう思いながら必死に何かに抵抗する。その抵抗が功を制したのか何かが体から少し飛び出した気がした。


 『え、あれ?ちょっとこれはまずい…戻して戻して…戻らない!?あ~あ。ま、いっか』


 それと共に声は遠ざかっていった。そして体調が少しずつ戻っていく。先ほどまでとは違い安らかな気持ちで眠りについた。


☆☆☆


 「なんじゃこりゃ~!?」


 突然の大声に男は目を覚ます。


 (うるさいな…一応病人だから気を使って欲しいのだが…)


 そう言いつつ起き上がった男は何かいつもとは違う違和感を感じた。そしてその正体へと手を伸ばす。


 「うへぇ!?さ、さわるなよ!!」

 「なんだこれは!?」


 そう彼の体から飛び出すように半透明の物体が言葉を離しながら暴れていたのだ。


 「なにこれスタ○ド!?どうなってんのこれ!?」

 「お前…何者だ!?」


 何を言っているか明確な意思を持っているらしい物体に話しかける。とにかく状況が分からない何かを知って良そうなこの物体に聞くしかない。…しかしよく見ると物体というより人の上半身のようだ…


 「え、俺は青山春樹、ハルキでいいよ。それよりこれどういう状況?」


 突然話しかけられた物体は礼儀正しくそう答えた。それに対し男は礼儀として名を返す。


 「ハルキか、俺はルークだ」

 「ああ、こりゃどうも御親切に…じゃないよ!?なにこれ俺、転生するはずだよね、なんでこんな中途半端な透明人間になってんの」


 礼儀正しく折れるハルキ。そして何かよくわからないことを聞いてきた。転生その概念は知っているがこの状況との話が繋がらない。


 「転生?何の話だ?」

 「えーと、それはですね…ええっと…まあ、あっちで色々ありまして…ルークさん?あなた弱ってたり、何か体に入ってくる感覚とかありませんでした?」

 「確かに弱っていたし、そんな感覚があったな…だが意思を強く持ったらよくなったぞ?」


 ルークがそう言うとハルキは頭を抱え悶え始めた。


 「それだよ~!!あんたががんばっちゃったから俺の憑依転生がこんな中途半端な形になっちゃたんだ!!どうすんの下半身しか融合してないよ?つーか、俺どうなってんの?」


 ルークの体の上で暴れるハルキ、うっとうしくなったルークはハルキの半透明の体を叩いた。


 「落ち着け馬鹿者!!」

 「いって!な、なぐったね!?おやじにもぶたれたことないのに!!つーかさっきも触られたけど。殴られるのかこれ?透明なのに!?」

 

 いきなり動きの止まったハルキは何かを考えるように手を顎にあてぶつぶつとつぶやき始めた。


 「透明だが完全な霊体じゃない?物質にアクセスできるのか…とりあえず試してみるか」


 そういってハルキは手じかな場所にあった木の棒を手に取り持ち上げた。


 「うお~!!持てる持てる、…それなら!!」


 ハルキはルークの体に手を当て思いっきり押し出す。


 「ふぐぅう」

 「何をやっているハルキ!?押されて痛いぞ!」

 「もうチョイ待って、今、ルークの体から抜けられないか試してるから!!」

 「ふぐぅうううぐうううっぅ」


 数分ほど格闘していたハルキだが、突然動きを止めた。


 「…どうだ?」

 「だめだこれ、完全にくっ付いちゃってる抜け出すのは無理そうだ」


 落胆した様にハルキが話す。だがむしろ落胆したいのはこちらの方だ。


 「…理由はわからんが俺は巻き込まれただけだ…そう、認識していいんだな?」

 「うぇえ!?いや、だって本来ならもう終わってるはずだし。俺になるはずだから巻き込まれるとか…」


 煮え切らない態度のハルキの体を掴み絞り上げる。


 「痛い痛い伸びちゃうっていうか伸びてる~!!」

 「どういうことか原因を話せ!!!」


 ハルキの体を伸ばしながらルークが質問すると観念したのかハルキはぶつぶつと原因を離し始めた。


 「…実は…」


☆☆☆


 「いや~ごめんごめん。まさか地球で事故起こしちゃうとは思わなくてさ~。いやほんとにごめんね~」


 白い部屋でハルキは一人の男の謝罪を受けていた。名前はジョナサン。宇宙人らしい。今、ハルキはジョナサンが起こした事故で死亡し、魂だけの状態で引っ張りあげられてこの場にいるようだった。


 「ごめんごめんってごめんで済んだら警察はいらないんだよ!!どうすんの!?まだ俺16!!そんな軽い謝り方じゃ納得できないっての!!土下座しろ!土下座を!!」

 「ごめんなさい~」


 あっさりと土下座をするジョナサン。だがハルキの怒りは収まらない。


 「だめだ!出るとこ出てやる上司を出せ!!」


 するとジョナサンは泡を食ったように青い顔になり、必死にそれを止める。


 「まって!?ちょっと待って!!地球は接触禁止命令が出てるの!そこで事故を起こした何て知られたら僕辺境に飛ばされちゃうの!!こうやってここに呼び出したのだって君の魂がダークマターに帰ってそこから君の情報が上司に読み取られないようにするためだし。君にもメリットがある話なんだよ!ホラ、よくあるじゃんチート転生もの。それ、やってみない?」

 「はあ、チート転生!?」


 その言葉にハルキの勢いが一瞬止まる。ジョナサンはここだと畳み掛けるように話した。


 「興味持ってくれた!?実はね地球のような自然発生型の文化がある惑星は将来の友となる可能性があるから開発は禁止で接触も文化の健やかな発展のために行えないだけど。僕たちの祖先が意図的に人類や文化をばら撒いた惑星はある程度自由な裁量が認められているんだ。この地球の近くにあるとある惑星は千年前の僕たちの祖先が遺伝子改造によって生み出した亜人や魔物、そして放置した人間が作り出した中世ぐらいの文明を持つ場所になっている。現地調査員として似たような惑星からその惑星に一部の特異顕現…チートを与えて派遣する制度もあるんだ!!これを利用してこっそり君をそこに送ろう!!体がないから魂のみを送って誰かに定着させることになるけど…なに心配はいらない。ちゃんと若くて丈夫で強い体だけど病気か何かで倒れる人を選ぶから!!ちゃんと病気も直した状態で転生させてあげるから!!君が別の惑星の魂になればダークマターに帰っても上司には判別できなくなるし…ね?お願い!!どうせ助からない命を救うんだから人助けだよね!?」

 「転生かぁ…ま、人助けなら仕方ないよね?」


 ハルキがそう自己弁論しながらにやける。彼は重度のネット小説読者だった。ジョナサンはそれに気づきニヤリと笑う。


 「魔力チート、身体能力チート、特殊なスキル、驚きと新鮮味がなくならないようにトラブル発生能力やヒロイン誘引能力とかも付けるからさ!」

 「大盤振る舞いじゃん。…仕方ないな…それで手を打つよ」

 「それじゃ、さっそく送るねー!!」


 ジョナサンがそう言うとハルキは意識を失った…


☆☆☆


 「…で、この状態か」

 「すいません」


 ハルキが頭を下げる。ルークは先ほどの話を聞いた少し怒りがわいてきた。


 「いくら人に言われたことだからとはいえ、人の体を乗っ取ろうとするなんてな」

 「いや、それは人助け…」

 「他人の尊厳を奪う人助けなどあるか!」

 「…マジですんません。おいしい話にのって調子に乗ってしまいました。おとなしく上司にちくるべきでした…ジョナサンの奴雑な仕事しやがって…信じた俺がバカだった…」


 はあ、ルークは大きくため息を付いた。怒りはあるが、ハルキもジョナサンに騙された被害者の一人だ。何を言っても始まらない。起ってしまったことは障害ないのだ。


 ルークは外出の準備をしながらポツリと言葉を漏らす。


 「しかし、そうなるとこのまま暮らすしかないな…」

 「まじかよ…、女ならともかく男とくっ付きながらの新しい人生なんて…」


 これからの日常生活を想像したのかハルキの顔が絶望に染まる。ルークはそれを見て同じように絶望に染まった顔をした。四六時中くっ付いているなんてプライバシーの欠片もない。日常生活を送る以上お互い、嫌な部分も見るだろう。それが恋人ならまだしもついさっき合ったばかりの見ず知らずの男だなんて…迷惑この上ない。


 「ちくしょう…せっかくチートもらったって言うのに…肉体がなければハーレムなんて…そ、そうだチート!!おい、ルーク、ステータスオープンって言ってくれ」


 何かに気付いたようにハルキがはやし立てる。ルークはよくわからないがとりあえず言われた通りにすることにした。


 「ステータスオープン」

 「…どうだ?」

 「何か数値が見えるな」

 「ステータス値か!スキルはスキルは見えてる?」

 「スキルなんてものは見当たらないが?」

 「な、なんだって!?まさか…ステータスオープン!!」

 「なんだ!?文字が増えたぞ!?」

 「ははは、まさかチートも半分なんて…個別で半分、二人同時に使ってやっとチートかよ…」

 「つまりどういうことだ?」

 「俺たちはどうしようもない半端もんだってことだよ!!」


 それだけ言って不機嫌になったハルキはルークの頭の上でふて寝を始めた。ルークは邪魔だなっと思ったが言ったところでどうしようも無い。

 しかたなくルークは家の外に出ようとする。数日寝込んだだけあって体がなまってしまっている。少し運動しようと考えていた。だがそれを慌てたハルキが止めた。


 「ちょ、ちょまって。この家から出る気!?」

 「そうだが?」

 「今の現状思い出してよ。キミ、体から俺をはやしているんだよ?この状況他のやつに見られたらなにされるかわかったもんじゃない。ルークが死んだら俺も死ぬかもしれないんだから迂闊なマネはやめてくれ!!」

 「まあなんとかなるだろう」

 「え~!!!少しは考えてよ~!!」


 ハルキの制止もむなしくルークは家を出てしまう。家の外には中世ヨーロッパの村のような街並みと人々がいた、その中の何人かには獣的な特徴がある人物がいる。思わずハルキは声を出す。


 「おお、ファンタジー…」


 感動するハルキの横から声がかけられる。そちらへとルークが視線を向けるとそこには猫耳の少女が立っていた。


 「あ、ルークにぃ、体調良くなったんだ」

 「アリスか、まあ少しはな、体を動かさないと気分が悪いからこうやって出てきたわけだ」

 「またそんなこと言って~ちゃんと安静にしてなきゃだめだよ?」

 「わかってるって」

 「また、そうやって聞き流して~!!」


 会話が続いていく中ハルキは疑問に思った。


 「あれ、俺ってもしかして見えてない?」


 アリスの目の前で手を振ったり、耳元で叫んだりして確認するハルキ、しかしアリスに反応はなかった。相手をつねろうとして…その体を通り抜ける。


 「こりゃ、完全に見えてないし、聞こえてない、しかもルーク以外の生物は触れることすらできないのか…まてよ?てことは…」


 そう言ってハルキは自身の体を伸ばす。ある程度の面積の内なら自由に伸縮できることは先ほど伸ばされた時に理解している。ハルキは地面に近づくようにして動きアリスをしたから見上げる。


 「つまり…スカートの中除き放題…」


 ぶつぶつつぶやきながら動いていたハルキはそう言った瞬間動きが止まった。そして器用に鼻血を出しながら驚きの声をあげる


 「は!!!????は、履いてない!!!!!!!!」


 その言葉にルークの目線がハルキへと移る。


 「ば、ばかな…このようなことが?だが文明レベルは低い…まさかそ、そんなことが…つまりここで出会う女性すべては…なんて桃源郷のような世界…ぐばあぁぁ!!」


 ハルキの腹を思いっきり踏みつけるルーク。そして何度も何度も踏みつけ続けた。


 「ありがとうございます!ありがとうございます!」

 「ルークにぃ、何やってるの?」


 衝撃の体験をして狂ったハルキを無視してアリスの質問に答える。


 「ちょっとした運動と害獣駆除だ」

 「ふ~ん。変なの~」


 アリスはそれだけ言うと去っていった。仕事が残っているらしい。それを見計らってルークはハルキに話しかける


 「お前、何をしているんだ」

 「ひ、ルークさん、ちょ、ちょっとした気の迷いですよ…」

 「…」

 「無言はやめて。そのさげすむ目も、俺毎日その目で見られたらやっていけない」

 「…」

 「人の風上にも置けない行動だった…と言うことが分かってるんだろうな?」

 「俺、もう人じゃ…ご、ごめんなさい!!だからその拳を上げるのはやめて!!」

 「次やったら…どんな方法を使ってでもお前を消すからな?」

 「はい!もうしません!!」


 はあ、とまたため息を付いてルークは歩き出す。


 「お、ルーク元気になったんだな?」

 「ルークこれ持って行けよ!!」

 「ルークにぃまた遊ぼうぜ!!」


 多くの村びとから話しかけられるルークをルークの中から飛び出すように浮かぶハルキが見ていう。


 「随分慕われてるんだね」

 「村は家族だ。皆で助け合っている。だからこそ俺はここを離れないし、まだくたばるわけにはいかない」

 「え~チーレムの旅なしなの~」

 「黙ってろ、俺の人生は俺の自由だ」


 ハルキの無神経な発言にルークは怒りを覚えて言葉を放つ。それを聞いたハルキはくらい笑みを浮かべて笑う。


 「はは、いいな~自分の人生か…俺の人生はもう終わっちゃったよ~そうさロスタイムさ口出しして悪かったね」

 「…」


 無言となる二人、だがルークが森に入った時点でハルキが声を掛けてきた。


 「森の中にいくの?そう言えばなかなか質のよさそうな剣を帯刀してるね」

 「これは両親から受け継いだものだ。両親はこの村付きの冒険者をしていた。今、この村には冒険者は居ないから代わりに俺が魔物を狩っているんだ」

 「聞いてたけど魔物とか居るんだ~危なくない?」


 ハルキが心配したように声を掛ける。それにルークは答える。


 「強力な魔物が出れば、冒険者ギルドに調査と討伐を頼むことになる…まあ、弱いのなら何とかなるから大丈夫だな。強力な魔物なんてここ百年聞いたこともないらしいし」


 そう言いながら歩く、ルークがその歩みを止めた。ハルキが不思議がって話しかけようとする。


 「おいルークどうした」

 「っし!」


 言葉を制し静寂を促すルーク。覗き込む先には金の大きなライオンのような動物がいた。


 「なあ、あれがなんだって…」

 「戻るぞ」


 そう言ってルークはかけていく。


 「魔獣ライオル…討伐ランクAの強力な…魔物だ」


☆☆☆


 村長に知らせたルーク。村長は事態を重く見て。森への進入禁止指令を出した。それと同時に冒険者に調査と討伐を依頼する。


 「あ~あ、何もすることがないな」


 素振りをするルークを見ながらハルキは愚痴る。最初は新鮮味のあったファンタジーももう慣れてしまった。


 「暇ならお前も体を鍛えたらどうだ?」

 「いや、俺が鍛えても多分意味ないでしょ」


 今日は冒険者がやってくる日だ、ルークは案内役を頼まれているため体の調子を整えている。布で体をふきながらルークは呟いた。


 「しかし、なんでライオルのような強力な魔物が突然。数日前には影も形も無かったはずなのだが…」

 「…あ」


 その言葉に何かに気付いたように言葉を漏らすハルキ。自然とルークの視線がそこに向いた。


 「もしかしたら俺のせいかも?」


 ハルキは思い出していた。ジョナサンが言っていたことを、そして同時にルークも思い出す。


 『「魔力チート、身体能力チート、特殊なスキル、驚きと新鮮味がなくならないようにトラブル発生能力やヒロイン誘引能力とかも付けるからさ!」』


 「…トラブル発生能力…か…」

 「悪気があったわけじゃないんだ!俺もこんなことになるなんて!!」


 狼狽えたように言うハルキ。ルークは短く言葉で答えた。


 「分かっている…。それに心配はいらないだろう。もう冒険者が来たようだ」


 やってきた青年風の冒険者に目を向けるルーク。その後二人で森の奥へと進んでいった…


☆☆☆


 「なんだあのライオルは!?聞いてないぞ!!」


 冒険者の男が思わずと言った形で小声で驚きの声をあげる。森の中、今、ルークと冒険者の男は二人で以前の地点からライオルを観察していた。


 「何が…ですか?」

 「大きさだよ!大きさ!!っち。こんな田舎の奴に言ってもわからねぇ~か。あれは通常サイズの二倍くらいの大きさがある。もうあそこまで言ったら別物だ!!」


 そう言って冒険者の男は森から離れていく。そのまま村を抜け外へ出ようとしていた。その段階でルークが話しかけた。


 「どこに行くんですか?討伐は!?」

 「知るか!!そんなのお前らが勝手にやってればいいだろう!!」

 「そんな!?コイツ何言ってるんだルーク!?コイツはアイツを倒すために呼ばれたんだろう!!」


 ハルキの言葉を聞きながらルークは男に声を掛ける。


 「あなたがいなければ村は!」

 「悪いな坊主。俺ら冒険者だって商売でやってるんだ。こんなちんけな村を守るための対価が命じゃ割にあわねー。だから降りさせてもらうぜ?」

 「そんな勝手が冒険者ギルドでは許されるんですか?」

 「さあ、どうだろうな。だが気づかせなければいいんだ。なにライオルなら都心部に行けばいくらでも小さいのが居る。そいつらを狩ってここで狩ったと言えばいい。そうすれば依頼は成立。あとはギルドから金を貰えばいいだけだ」


 「あんたな…!!」


 怒りにまかせてハルキが男を殴るがそれはすり抜けてしまう。男は準備を整えると最後に捨て台詞を吐いた。


 「お前もさっさと逃げたほうが良いぜ?どうせもうこの村は終わりだ。無駄死になんて笑えない。賢い奴が世の中、得するんだよ」

 「…」


 男が去っていた姿を無言で見つめていたルークは家に戻りに歩き始めた。


 「ル、ルーク?どうするつもりなんだ」

 「どうするもこうするもない。ライオルを倒しに行くんだ」


 武器等を点検し、ありとあらゆる道具を用意するルーク。ハルキはその行動に焦って反論する。


 「な、何言ってるんだよ!!本職の冒険者ですら適わないって逃げ出すんだぞ!?ルークじゃ無駄死にするだけじゃないか!!」

 「…だからってこのまま何もせずにこの村から逃げ出せっていうのか?」

 「そ、それは…確かに村に人たちは良い人たちだ。アリスちゃんもかわいいし…だけどそれとこれとは話は別だろう?自分の命より大切なものなんかないだろう!!俺は一回死んだからわかる。次はジョナサンが居るかわからない。死んだらそこで何もかも終わりなんだぞ!?」


 ルークはそれでも歩みを止めず、準備を全て完了させドアへと手を掛ける。


 「…この事態を作り出したのは俺達だ。なら責任を取らなくちゃいけないだろう?」


 その返答にハルキは一瞬、詰まりながらも反論をしようとする


 「で、でも!せめて新たな冒険者を待つとか!」

 「もうかなりの日にちが立っている。いつ来るかわからない状況で待っていることはできない…それに」

 「それに?」

 「例え俺の責任で起ったことでなくても俺の対処は変わらない。両親は倒れるまでこの村を守り続けた。そして村の人たちは俺によくしてくれた。人の本質は人に尽くすことだ。自分勝手に生きることは楽だし楽しいだろう。でもきっと満足はできない。…そもそも俺が犠牲になると決まったわけじゃない。やれることがあるならやるだけだ」


 そう言ってルークは森を掛けていく。


 「…巻き込んで悪いな」

 「たく!勝手にしろ」


☆☆☆


 森の奥深くでライオルを発見する。ルークは愛用の剣を構えた。奇襲で手傷を負わせられれば一気に状況を有利にできる。


 息を殺すように近づき、飛び掛かるように切り付ける。その瞬間、ライオルの顔がこちらに向いた。


 「気づいていたのか!!」

 「っく…!」


 爪による攻撃を剣で防ぐ、だが体格の差によって大きく吹き飛ばされる。


 「まだだ…!」

 「くるよ!!」


 ライオルによる突進の一撃を体を逸らし躱すルーク。そして通りざまに切りつける。


 「まるで傷を与えられていない!?」


 ライオルの毛が固く剣を受け付けないのだ。ここでルークは急所以外の攻撃は通じないと理解した。


 「ならば…」


 多少リスクを侵してでも決めてを作る。正面からライオルに対するルークは剣を突の姿勢で構える。


 「はぁあああ!!」


 飛び掛かってくるライオルに対し、剣を突き出すがライオルはネコ科特有の身のこなしの良さを利用して躱す。そしてその爪がルークを狙い襲い掛かってきた。


 「しま…!」

 「やらせるか~!!」


 その瞬間、ライオルが吹き飛んだ。手を前に突き出したハルキは声をあげる。その瞬間炎球がライオルへと辺りライオルが吹き飛ばされる。


 「どうだやってやったぜ。チートは半分になったけど半分は使えるんだ!物理がダメでも魔法なら!」

 「すまない助かったハルキ!!」


 態勢を立て直すルーク。その目の前でライオルは立ち上がったその姿を見てハルキが絶句する。


 「…そんな…あの炎球を喰らってほとんどダメージを負ってない!?」

 「あの毛は魔法防御能力もあるのか…」


 再びライオルが突撃してくる。


 「来るぞ!!」

 「わかってる!!」


 ハルキが魔法で牽制し、ルークが剣で傷を負わせる。頑丈で大きなダメージは与えられないものの少しずつ敵に傷をつけていく。それを見てハルキは喜色の声をあげた。


 「いけるぞ!」

 「…はぁ、はぁ…」


 だがハルキは気づかなかった無尽蔵ともいえる魔物の体力に合わせて戦うルークが消耗しているということを。

 そして、一瞬の隙を突かれライオルに吹き飛ばされる。


 「…がぁ!」

 「な!ルーク!!」


 木に撃ち当てられたルークはポツリポツリと呟く。


 「はは、大見得切ったのに情けないな…」

 「おい、大丈夫か!?くそ!来るな!俺が時間を稼いでいる間に速く…」


 だがルークは疲れ切って動き出せないのかそのまま語り続ける。ライオルはハルキの魔法をよけながら一歩一歩近づいて来ていた。


 「…ハルキ。今、チートは半分になっているんだよな?」

 「そうだよ!?それがどうしたんだよ!今関係ないだろ!!」

 「諦めたらそこで全てが終わる…だけどそれで何かを手に入れられるならそこから始まるんじゃないか?」

 「何を言って…!?」

 「倒せとは言わない。守れとは言わない。好きにしていい。だけどできれば少しだけでも守ってほしい」

 「おい…」


 ハルキがルークの考えに気付き声を掛けるより速く、ルークは動いた。


 「俺は…全てを守るために!!全てを諦める!!」


 その言葉と同時に二人は意識を失った。


☆☆☆


 「くっそ…おいルーク!!」


 意識を直ぐに取り戻したハルキはそう叫ぶ。だがルークからの返答はない。それだけではない。自身の声が変わっていた。


 「腕が足が…体がある!?…そういうことかよ!!他人の尊厳を奪う人助けなどないんじゃなかったのかよ…!!」


 そう言いながらハルキは立ち上がる。体には力が満ちていた。ルークという不純物が消えたことで本来のチートの能力が現れたのだ。


 「グぅううう!!」

 「さっきよりもでかく感じる…これがルークが見ていた世界か、魔物の威圧か!」


 ハルキの手は気付けば震えていた。当たり前だ魔物と戦うのは初めて。覚悟など出てきているわけない


 「だけど…守るために諦めた人が居たんだ。なら俺は守るために諦めるわけにはいかない!!」


 そして手に魔力を集中させる。


 「燃え散れ!!」


 先ほどよりも遥かに大きい炎球が当たり、ライオルに明確なダメージを与える。


 「いける!!」


 だが、ライオルは炎に包まれながらこちらに突進を仕掛けてきた。


 「ここだ!!」


 ハルキは全力で切り付けるが…それはライオルに回避された。


 勢いを付け過ぎたハルキは地面に転がる。そしてライオルが放つ爪の風圧を受け吹き飛ばされる


 「うわぁ!」


 転がるハルキ、そのハルキ目掛けてライオルは連撃を繰り返す。


 「まずい…壁を魔法で…!」


 短期間で発生させた不十分な壁は容易く破られまた爪で弾き飛ばされる。チートで強化された強靭な肉体が痛みで悲鳴を上げる。


 「う…勝てない…圧倒的に技量が足りない…」


 こんなことなら自分も鍛錬をしておけば良かった。ハルキはそう思う。そして同時にある考えがハルキの頭を過った。


 「このままじゃ殺される…もう逃げるしか…」


 だが、その時に浮かんだのは短い間過ごした村とルークの顔だった。


 「…でも、知っている人が聞きにさらされることが分かっていてそしてそれを防げる力があって何もしないなんて地球人らしくないよな…」


 再び立ち上がるハルキ。そしてふと言葉を漏らす。


 「チートを貰ったのがルークだったらもう終わっていたのに…どうしてここに居るのは俺なんだ…」


 無力感にさいなまれるハルキ。だがその時、一つのアイデアが頭を過った。


 「いや、待てよ。ルークは抵抗を止めることで俺に主導権を渡した。融合してるんだ。ルークは体の中で眠ってるんじゃないか?もし、そうなら…俺が主導権を明け渡せばルークを戻せる…!!」


 それは分の悪い賭けだった。自身の主導権がなくなればチート事態がなくなるかも知れない。そして一度主導権を渡せばハルキという存在が消えてしまうかもしれない。何もない空っぽの肉体だけが残されるかもしれない。だが…


 「どうせ俺はロスタイムだ。それで勝てるなら…戻ってこいルーク!!」


 そしてハルキは意識を失った


☆☆☆


 白い空間の中、ハルキは目を覚ます。


 「ここは…俺は消滅したのか?」

 「任せたのに勝手に消滅されたら困る」


 ハルキは声のした方向をみる、そこにはルークが居た。


 「ルーク!…ってことは精神世界的な場所かここは」

 「そうみたいだな。気付いたらここに居た。一応何が起きていたか見ていたぞ?逃げたって良かったものを」


 呆れ顔でルークがそう言うとハルキはハハハと笑う


 「あんな託され方して逃げられるかよ。それはそうとお前を連れ戻しに来た。やっぱり俺じゃだめみたいだ」

 「だけど俺でも勝てないぞ?」


 ルークがそう返す。だがその返答は分かっていた。そしてもう答えも決まっている。きっとルークも同じ気持ちだと思う。


 「そうだから今度は…」

 「「二人でやる」」

 「だろ?」


 そう言ってルークは手を差し出した。ハルキはそれを握る。


 「わかってんじゃん。思いを同じにするなら…」

 「憑依でもなく」

 「押しのけるのでもなく」

 「「共に戦おう!」」


 光と共に二人はこの空間から飛び出していった。


☆☆☆


 「「さあ、猫やろうここからが本番だぜ!」」


 そう言って彼は目を覚ます。金に染まった髪には黒の色が混じりダークゴールドとなり、その長さも背中辺りまで伸びる。青と黒が混じった瞳をした青年は正当な構えで武器を構えた。


 チート+二人分。圧倒的な力がその男の中を駆け巡る。


 「「いくぞ!!」」


 圧倒的なスピードで突撃してきた男にライオルは驚きを露わにする。だがそれをライオルは爪で防ぐ。


 「これだけパワーアップしても同等なのか!」

 「いや、まだまだだ!!」


 剣に込める力が徐々に強くなっていく。その原因に気付いたのはハルキだった。


 「これは…そうか同調率か!融合してることで力を発揮するから、もっと力を上げるにはお互いの気持ちを合わせる必要があるんだ」

 「それなら問題は無い…」


 爪を押しのけライオルを吹き飛ばす男。


 「守りたい気持ちがある…それだけで十分!そうだろう?」

 「…!!ああ!!」


 「「炎の魔剣!!」」


 二人の思いを載せた剣が赤き輝きを増す。


 「「うぉおおおおお!!」」

 「がぁあああああ!!」


 そしてそれはライオルを貫き切り裂いた…


☆☆☆


 ライオルはそのまま燃え、朽ち果てる。それを見ていた男が声を発する。


 「あーあ。もったいないな良い素材になりそうだったのに…」

 「残しておけば他の魔物が寄ってくる。これで良かったんだ」

 

 そう呟いた瞬間にボンと言う音と共にハルキが男から飛び出し、男の姿はルークに戻った。


 「あ、あれ?戻った!?せっかく融合したのに!!」

 「目的がなくなってまた別個人としてカウントされ始めたんだな」

 「そんな~折角の体がぁ~」


 嘆くハルキ。それを見てルークはくすっと笑いながら立ち上がる。


 「あ、もう戻るの?」

 「ああ、急いで準備して村から離れないといけない」

 「なんで?せっかく守ったのに」

 「いつまでもここに居たんじゃ、またチートの効果で村に迷惑がかかるからな」

 「あ、そっか!ってことは旅に出るわけだね!ね~ね。ちょこっとまた俺に体、明け渡さない?」

 「誰が渡すか。憑依なんてさせません…俺達は相棒だろ?」


 するとハルキはニヤリと笑った。


 「も~仕方ないな。どこまでもついて行きますよ相棒!」


 こうして二人の旅は始まった。彼らのその後を知るものは誰もいない…



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