シンデレラっぽいもの
「6年前に母様が亡くなって無気力になった父様が翌年に亡くなったと思えば、残ったのは800万リゼの借金とその担保になった土地と屋敷、家財道具たちばかり。当時15歳の私に十数人の使用人を養いつつ、妹を育てて借金を返すなんてできるわけないでしょう。家財道具を売り払って、持っている宝石を売り払って、何とか作り出した少額の退職金を渡して土下座する勢いで頭を下げて辞めてもらったのよ。父の無謀な商法や豪遊を止められなかったって逆に謝られて、その後は細々と面倒を見てくれたりして、一生かかっても返せない恩が出来たわ。苦労ばかり残した両親だけど、彼らの事に関してだけは心の底から感謝するわ。
まだ14歳とはいえ、食堂の給仕位できるでしょう。没落貴族という身分からからかわれることもあるでしょう。けど、事前にしっかりと事情は言ったのよ。働かないと食べられないって、シンディ自身に。世間知らずで迷惑をかけるかもしれないけど、よろしくお願いしますって頭まで下げて雇ってもらったってのに、美貌に寄せられた男どもや同情してくれたおじ様達に嘘八百をぶちまけて私の悪評を広め、顔のいい男にはすり寄って仕事を疎かにする始末。それを知らされた時、私がどう思ったと思うの? 顔から火が出るかと思ったわよ。女将さんから言われて、生まれて初めて土下座したわ。嘘を信じなかったおじ様達は味方してくれたし、女将さんからは同情されて、穴があったら入りたいって心境を理解してしまったわ。一生、理解したくなかった!
仕事を辞めさせて、家の事だけやらせるようにしたら嘘を信じたバカ男達が押しかけてくるし。それに気付いた街の人達がバカ男達の親に連絡してくれたから事なきを得たけど、あのままだったら暴力沙汰になっててもおかしくない勢いだったのよ。親の方はバカ男達をぼこぼこにして謝りに来てくれたし、謝罪として食料とか布とかくれたからそれはありがたかったけど。そんなんだから、外に出さないように手を回しまくったのよ。服もその一環。単純にドレスとか売り払って借金返済に充てたってのがあるけど、それでも、一般市民が着るのと同じようなものよ?! それで不平不満を言われたらたまんないわ!
私だけ仕立てのいい服を着てる? 当然でしょう! 私がしてる仕事がなんだと思ってるの? 裁判所の口頭記述専門の書記よ?! そんなところに、一般的な普段着で行けるわけないでしょう?! 一着だけで済むはずもなく、最低三着作って、最低限の装飾とスカーフとかで短いサイクルで着回していないように見せてたのよ。それにどんだけ神経使うと思ってるの?! それ以外の時間は、食堂の厨房や後片付けの仕事もして、はっきり言って家の事やってる時間なんて欠片もないのよ! だから、協力してくれたっていいでしょう! それなのに、辛い、悲しい、どうして、って泣いてばっかりで掃除も料理も全くできないでしようともしないで出来るようになろうともしないでいる妹を罵倒したくなるのは当然でしょう!
食事が粗末? 一般的に出回っている保存のきくパンと野菜の皮や茎も利用したポタージュが中心だったけど、庶民家庭では普通に出てくる節約料理よ! しかも、野菜の皮をむくこともできない妹に代わって、くたくたに疲れてるのに私が作ってるのよ?! 文句言える立場なの?! 栄養はちゃんととれるように気を使っていたのよ。証拠に私も妹も痩せてはいても健康でしょう。
物置部屋? 自分の部屋に住んでたんじゃない。掃除もまとも出来ないせいでごみ溜めになっていただけでしょう。私がいくら掃除しても掃除しても一週間とたたずに元に戻るから匙を投げたのよ。何か文句あるの? それ以外は全部私が掃除してたのよ?! 自分のことくらい自分でやりなさい! 年齢一桁の子供じゃないんだから!
ようやく土地と屋敷を売れば完済って言う頃に王太子の嫁選びとか言って舞踏会が開かれて、何をどう考えたのか豪華なドレスと宝石を身に着けて出席する始末。確かに没落したとは言えど貴族だもの。出席すること自体は問題ないでしょう。ただ、ドレスと宝石の出どころはどこだったと思うの?! 母様の副葬品を掘り返したのよ! 死者への冒涜、親への不敬、そんな言葉で済まされることではないわ! 外で自分が言っていた言葉を覚えていないの?! 血の繋がらない継母である母様を罵って悲劇のヒロインになる為に悪役にしていたくせに、母様の墓を掘り返して、副葬品でドレスを買ってそれを身に着けて王族主催の舞踏会に出席して、それを見た時の私の気持ちがあんた達に分かるっていうの?! 母様の実家の紋章が刻まれた指輪をして、お祖母様から頂いたルビーの首飾り、お祖父様から頂いた銀の髪飾り、私の父様からプレゼントされたプラチナの耳飾りをして笑顔であんたの手を取って踊ってる妹を見た時、私は初めて殺意を抱いたわ! あの子の母親の装飾品は父様が商売に失敗した時にすでに全部売り払ってあったのよ! 返済の為に私はほんの一部を残して手持ちを全部売ったのよ! あの子は何一つ売ろうとしなかったくせに!
私が舞踏会にいた理由? あんたの嫁になる為だと思ってるの? 頼まれたって御免だわ。私には恋人がいるのよ。借金が無ければ等に結婚していたわ。そのぐらい出すって言ってくれたけど、恋人の両親も問題ないって言ってくれたけど、正式な婚約もしていないのに甘えられるわけないでしょう?! 頑張れば返せない額じゃないわ。だから、返しきるまで待ってもらっていたのよ。全部返して、土地も屋敷も売り払ったら妹と一緒に住まわせてくれる予定だったのよ。妹の縁談もいくつか用意して待ってる、って言ってくれて…! 恋人はそれなりに身分もあるから、舞踏会に出席してたの! 全部の女があんた目当てで出てるとか自信過剰にもほどがあるわ! 妹と一緒で顔しか取り柄が無いくせにっ!
5年よ! 5年かかって頑張って借金を返したのよ! 担保になってた土地と屋敷でやっと残りを完全返済できたのよ! アンタの嫁になったならそれでいいわ! もう二度と関わらないで済むなら、それに越したことはないと思ったのに! 何なの?! いったい私が何をしたっていうの!? 結婚適齢期を過ぎないようにと切り詰めたのが悪かったの?! 私に身売りでもしろとでも言うつもり?! それぐらいして自身を犠牲にして、妹に贅沢させるべきだったとでも?! たかが他人が何様のつもりよっ!
何が意地悪な継姉よ!
何が散財して浪費した継母よ!
何が優しくて賢い父親よ!
何が一途で健気、可哀想な美少女よっ!
ふざけないで! ふざけないでよ! 私がどれだけ苦しんだかも知らないくせにっ!!」
長い長い苦しみに満ちた独白に、広場は沈黙に包まれる。
肩で息をするユリアには同情の眼差しが。
呆然とした王太子には非難と嫌悪の眼差しが。
周囲から向けられている。
町の人々は知っている。
ユリアが血の繋がらない妹であるシンディを必死で守って育てていたこと、朝から晩まで働きづくめであったこと、方々を尋ねまわって借金返済の段取りや土地や屋敷の売買契約を聞き学んでいたことを。
時折の逢瀬を幸せそうな微笑みを交わして楽しんでいた姿も見ているから、町の人達は借金返済を心から喜んだ。
副葬品、の下りで町の人達の間からは怒りの声が上がっていた。
当然だ。
勝手に掘り返したというのは、盗品と同じである。
それを身に着けて王族主催の舞踏会に出席し、それを持って嫁いでいる。
王家への侮辱だろう。
「ちょうど良いタイミングだったみたいだな」
馬蹄の音と共に響いた声は、やや低めの女性の声だった。
見事な黒馬にまたがった白い軍服姿の美女は、王太子と近衛には一瞥も与えずにユリアへ視線を向ける。
「予定より遅いから何かと思えば、愚弟につかまっていたのか」
「気分最悪よ」
「すまんな、バカで」
軽口を叩きあう二人に、ようやく我に返った王太子は声を上げる。
「姉上、どういう…」
「忍びで街に出た際に知り合ってな。何より、ユリアの恋人は私の従兄だ。それでなくても遠からず顔を合わせることになっただろう」
知らなかったのか呆然とした王太子。
美女・第1王女である彼女はそんな王太子を見下して、鼻で笑う。
「従兄が必死で口説き落とした後、ユリアは大公家に嫁ぐために様々な稽古事や勉学に励んでいた。教師達も覚えの早さと器用さに感心していたくらいだ。それを遊び歩いていると判断して悲劇の主人公ぶり、何もしようとしないどこぞのバカ女とは大違いだ」
誰の事をさしているのか、分からないわけではない。
「父上と母上も愚かなことだ。これほどの才女を貶めることを許し、近衛の出陣を許可するなど。まぁ、お前がバカを行ってくれたおかげで、上手くいったが」
「ど、どういうことですかっ?!」
「さぁな。帰ってその節穴で確認しろ」
吐き捨てるように言いながら、王女はユリアに手を差し伸べて馬に乗せてやる。
「私とユリアは先に王宮に行く。…我が民よ。私の愛しき親友への配慮と慈愛、心より感謝する。そなたらに幸い多くあるよう、王族として勤めよう」
王女の言葉に、人々からは歓声が上がる。
颯爽と去っていくのを呆然と見送る王太子が動き出すのは、人々が笑顔で日常に戻った後だった。
※※※
「王太子は廃嫡、国王は事実上引退、王妃は療養という名の軟禁、か。まぁ、それが良いだろうな」
「あの愚弟に次代を任せたら確実に滅ぶからな」
「確かに。それで、王太子妃はどうしたんだ?」
「廃王太子の妻だが、一緒にして子でも生まれると厄介だからな。別の離宮に押し込んでおいた。お局一人をつけておいたから、厳しく指導してくれるだろう」
「また、悲劇ぶるんじゃないか?」
「ぶっても、誰も信じやしない。元より、お前とのことを知っている者ばかりだ。あの女が嫁いできた時から、誰もが冷ややかだったのに、愚弟達は気付かなかった。正真正銘のバカだ」
「全くだな。だが、上手くいきすぎじゃないのか?」
「計画通りだ。あの愚弟がああ動くように誘導したんだから、動いてくれなくては困る。そのせいでユリアには嫌な思いをさせてしまったが」
「気にはしてないみたいだから大丈夫だ。それに、吐き出すいい機会だった。少しはすっきりしたらしい」
「なら良かった」
「これからどうするつもりだ? 新女王陛下」
「急務は婿取りだな。その前に、お前とユリアの結婚式だ。盛大にしてやるから感謝しろ。次代大公閣下」
ユリア…20歳。元は準貴族家系の娘だが、実父亡き後、母が再婚し下級貴族の娘となる。
勤勉で努力家。ハイスペック。
シンディ…19歳。実母亡き後、父に甘やかされて贅沢づくめで生活して来た為、父の死後の生活に我慢が出来ず、納得もできなかった。
悲劇のヒロインぶり、周囲に嘘をばらまいたが結果的に自分の首を絞めることになった。
ヴィクトリア…23歳。第1王女。お忍びで訪れた街でユリアに助けられ、説教されて気に入った。それ以来、友人になり、度々会っている。
両親と弟から男勝りであることを理由に軽く見られていた。
ウィリアム…21歳。王太子。明らかに媚を売る貴族の娘に辟易していて、舞踏会であった可憐なシンディに心を奪われる。
姉により廃位されて以降、女っ気を排除されて離宮に監禁される。
クロード…25歳。次期大公。生母が市民層出身でなければと嘆かれたほどに有能な王弟の一人息子。
身分を気にしていたユリアをストーカー紛いにしつこく迫って口説き落とした執念の人。
※ユリアとクロードが出会ったのは、ユリアが12歳の時で、ヴィクトリアにロリコンと散々からかわれた。
※シンディは、自分より美貌が劣るくせに頭が良く信頼されているユリアが気に入らなかった。
……文中に入れられなかった設定達。
勢いで書いたので、後付け感満載ですみません…。