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双極世界の黒い瞳の魔王様  作者: 井平カイ
第二章【世界の形】
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シュバリエ

「――さて、次の作戦を説明する」


 宴会の翌日、中央の大部屋には全員の姿があった。その部屋の中にあるテーブルを全員が取り囲み、フィアは地図を広げていた。そしてフィアは、緊張感のある声で作戦の説明を始めようとしていたのだが―――


「……ん? どうしたんだお前達。ずいぶん顔色が悪いが……」


「……そりゃそうだろ……」


 呆れた顔で大志は面々に目をやる。ステラ以外の残りの三人は目の下にクマを浮かべ、顔を青ざめさせていた。そして部屋を包むのは、とても濃い酒の匂い……完全に二日酔いのようだ。


「朝方まで飲んでたんだから、当然全員ぐでんぐでんだろ。……特に昨日のフィアは酷かったしな」


「そんなに酷かったか?」


「覚えてないのかよ……床にぶっ倒れたテスタの口に酒瓶突っ込んだり、逃げようとしたレスタを羽交い絞めして頭から酒をかけたり、冷静に見ていたミールにしつこく酒を勧めて結果無限に飲ませたり……あれは地獄だったぞ」


「それにしても大志とステラは大丈夫なようだが……」


「俺とステラはちょっと外に出てたからな。何とか難を逃れたんだよ……」


 昨晩、大志とステラが砦に戻った時、部屋は惨劇が広がっていた。床に倒れ全く動かないテスタ、レスタ。ソファーに寝転がり、頭に水に濡らした布を当てながら呻き声を出すミール。そして、そんな面々を知りもせず机に伏せてイビキをかくフィア……しかし大志達も面々の介抱を朝まですることになったため、結局は寝不足となっていた。


「今日さっそくもう一戦するなら、少しは手加減して飲めよ」


「酒に手加減などない」


(コイツ断言しやがった……!!)


「それよりも、話を戻すぞ」


 話を流そうとするフィアに、それ以上誰も反論しなかった。しても無駄……そう感じたことは言うまでもないだろう。


「――今回の目標はここから北にある村だ。そこには魔界人が約八人囚われている。現在は兵士達の休息のためにその村に留まっているが、明朝には出発するようだ」


「そうか……って、毎回不思議なんだが、どうやってそんな話を入手出来たんだ?」


「決まってる。夜中に下見に行ってるだけだ」


(たった一人で……)


 それこそフィアがリーダーたる所以かもしれない。皆が寝静まっている間に、一人情報を集めている。それは今回に限ったことではない。いつもいつの間にかふらりと出て行き、情報を集めている。おそらく睡眠時間などろくにないだろう。だからこそ、戦線のメンバーはフィアを慕っていた。それは、大志も同じであった。


「今回の敵勢力は以前よりも大きい。そして、今回は“シュバリエ”もいるようだ」


「シュバリエが……」


 室内は俄かにざわついた。全員が表情を一段と険しくさせる。ただ一人、大志を除いて……


「……シュバリエ?」


「ああ……大志にはまだ説明してなかったな。――ミール、頼む」


「ええ。――シュバリエは、天界の軍勢で特に優れた兵士に与えられる称号なのよ。まあ普通は、その兵士のことを“シュバリエ”って言うんだけど。その戦闘能力はとても高いわ。言うなれば、精鋭の中の精鋭。普通なら、到底太刀打ちなんて出来ない」


「へえ……」


「前回の合成生物といい今回のシュバリエといい……フィアの言う通り、かなり俺達を警戒してるようだな」


「そうだなテスタ。今回は今まで以上にキツイかもしれないな……」


「………」


 全員が言葉を飲む。止めようと言い出す者はいない。だが、今回の作戦の難しさを考えると、どうしても言葉に詰まっていた。


「……そこで、今回も大志に動いてもらう」


「俺?」


「そうだ。今回、敵の勢力は大きい。村の周囲もくまなく警戒されている。おそらく、前回のように潜入ってのは難しいだろう。――よって、まずは大志が先行して村を強襲する。お前なら魔法で空からの襲撃が可能だろう」


「……なるほど、大志を囮として使うのね。でも、流石にその軍勢相手にたった一人ってのは厳しいんじゃないの?」


「確かに、“普通なら”到底無理な話だろうな。――大志、どうだ?」


 フィア達は大志に視線を向けた。表情は険しいが、特にフィアは何かを期待するかのような視線を送っていた。大志はその視線に、頬を緩めて返す。


「……よく分からんが、つまり俺が初っ端から暴れ回ればいいんだろ? ――任せろ」


 それを聞いたフィアは、少しだけ表情を綻ばせ、安堵の表情を浮かべた。


「……そうか。いつもお前にばかりキツイ役割を押し付けて悪いな」


「いいんだよ。俺は作戦とか難しいことは分かんねえし。そうやって暴れる場所を指示してくれた方が助かる」


「そう言ってくれるとありがたいな。――次にアタシ達の行動だ。大志が暴れてる間、速やかに村へと侵入する。そして魔界人を解放し、そのまま村を出る」


「ちょっと待てよフィア。もしその時、敵のシュバリエが大志じゃなくて俺達の方に来たらどうするんだ?」


「そうなったら俺達ヤバいよな……」


「その辺は大丈夫だと思うわ。大志の暴れっぷりは知ってるでしょ? そんな危険人物、シュバリエが放置するはずがないわ」


「俺は無差別兵器か何かか?」


「似たようなものよ。でも、それだけあなたのことはある程度信頼してるのよ」


「ある程度かよ」


「大志、ミールなりの褒め言葉だ。とにかく、お前は頼りにしてるからな」


 少しだけ大志は照れ臭くなった。前の世界では決して言われなかったこと。頼りにしてる――その言葉は何だか嬉しくて、少しだけ体を強張らせた。


「――決行は今日の宵だ。油断するなよ」



 ◆  ◆  ◆




 夕暮れ時の砦は、慌ただしく音を立てていた。間もなく夜に変わる。それはつまり、奇襲の時間が迫っていることを意味する。フィア達は装備を整え、様々な道具の準備に追われていた。一方大志は、特に何もすることはない。彼は武器を持たない。使い慣れていない武具は、返って邪魔になるだけ。そうフィアに教えられたからだ。砦の中の忙しさから、何だか居づらくなった彼は、静かに外へと出た。

 風は涼しい。空は茜色。少しばかり雲が出始めており、夜には月と星の光を遮断するだろう。まさに、奇襲にはもってこいの天候とも言える。


「――大志さん」


 後ろから声が聞こえた。無論、誰かは分かっている。大志はゆっくりと振り返り、優しい表情を見せた。


「ああ、ステラか……」


 その時大志は気付いた。ステラは、どこか不安気な表情を浮かべていた。作戦前だからということもあるだろうが、それだけではないように思える。


「……ステラ、どうかしたか?」


 そう聞かれたステラだったが、言葉に詰まっていた。言うべきか言わざるべきか……そんな葛藤が、彼女の中にあった。しかし言わずにはいられない。彼女は、ゆっくりと口を開いた。


「……大志さん、今日の作戦、十分に気を付けてください」


 短い言葉だった。頭に浮かぶたくさんの言葉から、何とか絞り出したかのような言葉だった。その真意が、大志に十分に伝わることは難しかった。


「……何かあるのか?」


 ステラはゆっくりと首を縦に振る。


「……今回の村には、シュバリエがいるんですよね?」


「ああ。フィアの話じゃそうらしいな」


「シュバリエは、おそらく大志さんが想像するよりずっと強力です。以前フィアさんが話した天界が魔界に攻め込んだ時のこと、覚えていますか?」


「――ああ、確か魔王とか名乗る奴が撃退した時のことか?」


「はい。その時、天界軍の主力だったのは三人の勇者ですが、多大な被害をもたらしたのはシュバリエの軍勢なんです」


「シュバリエも攻め込んでいたのか……まあそりゃそうだろうな。精鋭の中の精鋭なんて言われるくらいだし、そんだけ大きな戦場に行かないはずがないしな……」


「その時のシュバリエの数はおよそ五十名。戦場の規模の大きさから考えると決して多い数ではありません。――しかし、それだけの数でしたが、魔王は大変な苦戦を強いられました」


「魔王が?」


「はい。それだけシュバリエが強力だったということです。今回は一人だけのようですが……かなりの強者だと考えてください。油断すると、大志さんでも危ないです……」


「………」


 いつものステラらしからぬ言葉だった。その表情にも柔らかさはない。どこまでも真剣で、気の緩みのない表情をしていた。

 もちろん大志にもその真剣さは十二分に伝わっていた。だからこそ、彼は敢えて笑う。


「ああ。分かってるよ。でも、俺はいつも通りするだけだ。いつも通り魔界人を解放して、いつも通りここに戻って来る。――だから安心して待っててくれよ」


 大志の表情と言葉は、ステラの中に覆われていた何かを少しだけ弱らせた。


「はい……!」


 いつもよりも大きな声の返事。それはステラ自身が自分に言い聞かせるためのもの。彼なら大丈夫。いつも通り帰って来る。そう、自分に言い聞かせていた。

 片や大志は静かに闘志を燃やす。ステラがこれだけ警告することは、これまで一度もなかった。つまり、それほどの相手が待っているということ。握る拳に力が入る。一度だけ村の方角に視線を送る。その先の何かを睨み付けた大志は、ステラと共に砦へと入って行った。



 ◆  ◆  ◆



 辺りが闇夜に沈んだ村では、所々に焚火がされていた。木造の民家が立ち並ぶ村は、あまり大きくはない。村人の姿はない。戦線の襲撃に備え、皆別の場所に避難をしていた。その村を取り囲むのは甲冑の兵士達。当然、彼らの目は青い。その村の中心には、荷台に積まれた檻。その中には、八人の魔界人の姿があった。


「……さて、今日も襲ってくるのやら……」


 兵士の一人呟く。それに隣の兵士が視線を向けた。


「可能性は高いと思うぞ。何しろ、最近“奴ら”は頭に乗ってる。どっかの隊では合成生物まで持ち出したそうだ。……ま、調整不足で逆に襲われたらしいがな」


「それは笑えるな。警備のための合成生物に襲われたなど、笑い話にしかならん。……だが、今回は俺達の方が分がいいだろう。何しろ、天下のシュバリエ卿が同行してるからな」


「確かにそうだな。……しかし、噂の“黒瞳の雷帝”はかなりの手練れなんだろ? 何でもさっき話した合成生物をあっさりと葬ったらしいぞ?」


「何言ってるんだ。合成生物ならシュバリエ卿でも討伐出来る。……不謹慎かもしれんが、シュバリエ卿の戦いをこの目で見れるのは運がいいかもしれん」


「同感だ。しかも、相手はあの雷帝と来たもんだ。観戦券を売り出したい気分だな」


「しかし、黒瞳の雷帝ってのは、どんな奴なんだろうな……」


「さあな……きっと、凄まじく屈強な人物なんだろう……」


「いやぁ……そうでもないぞ?」


「「―――ッ!!??」」


 兵士達の後ろで、突然声が響いた。慌てて振り返る兵士達の目の前には、黒い瞳の少年――大志が立っていた。


「噂をすれば何とやらってな。……俺がそうだよ」


 そう軽い口調で話した大志は、挨拶代わりとばかりに雷撃を走らせた。


「ぐああああああ!!!」


 兵士達は吹き飛び、暗闇に包まれていた周辺は明るく照らされる。そして稲光が収まった時、村にいた兵士達は一斉に声を上げた。


「―――て、敵襲!!! 敵襲だ!!!」


 その声を受け、兵士達は武器を構えみるみる大志を取り囲み始めた。それを見渡した大志は、ニヤッと笑い構えを取る。


「……さぁて、暴れるとするか……!!」


 握る拳には、バチバチと雷が走る。そして彼の黒い瞳の奥には、炎のような闘志が宿っていた。



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