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双極世界の黒い瞳の魔王様  作者: 井平カイ
第二章【世界の形】
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砦の夜

 静かな森の中のとある拠点。周囲は一面木々の葉の色に染められ、その隙間からは黄色の陽光が差し込んでいる。周辺に町や村はない。人里離れた辺境とも言える場所。穏やかな空気が漂うその場所に、白いその建物はあった。

 そしてその建物のドアを開ける一団がいた。周囲を見渡しながら、警戒するように中に入る。


「……今日も何とかなったな」


 建物に入るなり、フィアは少し顔を綻ばせながら戦線のメンバーに声をかける。


「楽勝だったな!! あの兵士達の顔見たか!?」


「ああ見た見た!! 傑作だったよな!!」


 テスタとレスタは笑いながら話す。大志は未だにこの二人の会話に慣れない。二人の声は実にそっくりであり、まるで機械のように交互に同じ口調で話す。その仕草の一つ一つも極めて似ている。それもそうであろう。この二人は双子である。同じ人間が二人いるとも言えるほど、テスタとレスタの言動は統一されている。


「テスタ、レスタ……相変わらずあなた達が同時に喋ると頭が痛くなるわ……何とかならないの?」


「「そんなこと言ってもなぁ」」


「だから同時に話さないでよ……まったく……」


 二人の会話に頭を痛めるのはミール。彼女はフィアの古くからの友人である。フィアが魔界人解放戦線を立ち上げた際、彼女に誘われて入隊した。戦線の参謀のような位置にいて、時折フィアが相談することもある。

 

「あんまり気を抜くな。うまく行ってる時こそ油断は出やすい。その油断は、重要な場面で必ず痛手になって現れるもんだ」


 周囲の和やかな雰囲気を引き締める様にフィアがやや厳しめに声を掛けた。それでも暖かな空気は流れる。自分たちの手で魔界人を解放出来たことの喜びを、思う存分感じていた。

 ……だが、その中で一人だけ浮かない顔をする人物がいた。黒髪に黒瞳の少年――大志である。


「………」


「……大志? どうかしたか?」


 逸早く大志の表情に気付いたフィアは、少し顔を覗きながら問いかけた。その言葉でようやく大志は、自分が一人周りと違う表情をしていることに気付いた。そして周囲を見渡しながら、言い訳を並べてみた。


「い、いや……今回は合成生物がいてさ……天界人の軍が用意してたんだよ」


「合成生物が!?」


 テスタとレスタは声を揃えて驚愕の声を出す。大志からするとそれだけ声を上げられるとは思っておらず、少し早目に二人の方に視線を送った。


「あ、ああ……」


 フィアは顎に手をあてがい、考え込むように地面を見つめた。


「……そう、か……合成生物が……。天界の奴らも本腰を入れてアタシらに対抗してきたのかもな……」


「そうなのか?」


 大志にはフィアの言うことがいまいち理解出来なかった。合成生物のことはフィアから聞いていたので知っていたが、その詳細についてまでは知らなかったからだ。困惑する大志を見たミールは、補足するかのように横から話し始める。


「……そうよ。本来合成生物は、大きな戦場で投入されるものなのよ。人員不足を補う目的で造られた“対決戦用生物”……それが、合成生物(キメラ)。そんなものがあんな辺境に配備されているってことは、それなりに大きな意味があるわ」


「でも、アイツらろくに使えてなかったぞ? 兵士の過半数は合成生物にやられていたし……」


「だとしたらもっと大きな意味を持つわ。おそらく、その合成生物は調整が終わってないモノだったのよ。――にも関わらず、それを一線に投入してきた……つまり、敵は私達のことを軽視しなくなり始めたことを意味するのよ」


「そう、か……」


「……確かに、最近アタシらは特に上手く立ち回れてる。これまで以上に囚われた魔界人をたくさん解放してきた。――それを、そこらの石ころのように見逃してくれるはずもないってことだろ」


 そう話をまとめると、フィアは大きく手を鳴らす。それは重くなり始めた空気を払拭させるための合図だった。


「とにかく、おそらく今後はこれまで以上に敵の警戒も強くなるだろう。そして、敵の戦力も大きくなる。それでもアタシらは止まらない。――気合を入れな!!」


 その言葉に返事などはいらなかった。面々は強い決意を込めた視線をフィアに送りながら力強く頷く。それを見たフィアもまた、力強く頷いた。


「……ところで大志」


「ん? なんだよフィア」


「アンタのところに合成生物が出たんだろ?」


「ああ」


「それ、どうしたんだ?」


「どうしたって……ぶっ飛ばしたけど……」


「………」


 フィアを始め、全員が呆れるような表情を浮かべる。当然大志にはその顔の意味が分からない。フィア達の顔を交互に見て、自分が妙なことを口走ったのか、はたまた倒してはいけない相手だったのかと思考を巡らせていた。


「……ぶっ飛ばしたって……相変わらず無茶苦茶だな……」


「どういう意味だよ……」


「あのねぇ……」


 首を横に振りながら、ミールは再び説明を始めた。


「さっきも言ったけど、合成生物ってのは、“対決戦用生物”なのよ? その戦闘能力は段違いに高くて、並の人間なら太刀打ち出来ないのよ。現に、敵の兵士は大半がやられたんでしょ?」


「まあな」


「それを“ぶっ飛ばした”なんて……よくもまあ簡単に言えるわね……」


 ミールの言葉に合わせ、大志以外の全員が失笑を浮かべる。何だかばつが悪く感じた大志もまた、苦笑いを浮かべた。




 ◆  ◆  ◆




 その日の夜は、祝賀会が行われた。前線は毎回上手く行くと祝賀会が催される。フィア曰く、『いつ何があるか分からないから、成功した時こそ全力で祝うべき』とのことだが、本当の理由は単にフィアが酒を飲む口実として言っているだけということは、全員が知っていた。

 大志はワイワイと騒がしい砦から抜け出し、一人外へと出る。ふと夜空を見上げる。その日は雲が出ていなかった。煌びやかな星々と、鮮やかな青い月が夜空を彩り、見た者を引き込むかのような不思議な魅力を出していた。


「――お疲れ様でした」


 突然大志の後ろから声がかかる。ゆっくりと振り返った先にいたのは、ステラだった。

 彼女の姿を見た大志はフッと笑みを浮かべ、再び空を見上げる。


「……見てみろよステラ。今日も夜空が綺麗だぞ」

 

 ステラもまた優しい微笑みを浮かべ、大志の隣まで歩き、雄大な夜空を見上げた。


「ええ……本当に綺麗ですね……」


 ステラは、砦に残っていた。あの日、大志が戦線に誘われた日、大志はステラをなんとか魔界に帰そうとした。しかしステラは頑なにそれを拒み、こうして大志達の帰りを砦で待つようになっていた。


「………」


「………」


 心地よい沈黙が二人を包み込む。言葉など出るはずもない。見上げれば、まるで偉大な絵画のような光景が広がっているのだから―――

 そんな景色を見ていた大志は、ふと訊ねたい衝動に駆られた。


「……なあステラ」


「はい、なんですか?」


「俺……あの日から少しは変わったか?」


「大志さん……がですか?」


「ああ……あの日、殺さず殺されない為に強くなると誓った日から、俺は前に進めてんのかなって。――そう浮かんだんだよ」


「………」


 突然の大志の問いに、少しだけステラは言葉を選んだ。しかしすぐに表情を柔らかいものに変える。


「……大志さんは、どう思うんですか?」


「………」


 今度は大志が言葉を選ぶ。深く考えることはない。今頭に浮かぶものを、パズルのように繋ぎ合わせていた。


「……今日さ、天界の兵士が合成生物を用意してたんだよ」


「合成生物を?」


「ああ。合成生物についてはフィア達から聞いたよ。“対決戦用生物”だとか。襲ってきたから仕方なく倒したんだけど……。みんなは呆れてたよ」


「そうでしょうね」


 ステラはクスリと笑う。彼女の脳裏には、その時の困ったような表情の大志がすぐに浮かんでいた。きっと、周囲をキョロキョロと見渡していたのだろう―――


「……でもな、俺思ったんだよ。俺達がこうして活動してなければ、あの生物の材料に使われた生き物は、普通に暮らせてたんだよなって……そう考えたら……何だかな……」


「………」


 大志が気にかけていたのは、まさにそれだった。合成生物とは、異なる生物を合成し生成する。つまりは、その材料となるのは野生の生き物である。

 妙なことを気にするものだ―――大志は、自分のことでありながら、そう感じていた。


「……おそらくその合成生物は、元々生成されていたものだったと思いますよ。兵士達は、それを連れてきただけのこと。大志さんが気にすることではないですよ。――それに、大志さんは魔界の人々を助けてくれています。魔界の人々の未来を取り戻してくれてるんです。それは誇れることだと私は思います」


「誇れること……か……」


「仮に誰かが大志さんを責めたとしても、大志さんが助けた魔界の人々はきっとそれを否定するでしょう。……少なくとも、私は絶対に大志さんを責めたりしません。だって大志さんは、こんなにも色々なことを気にかけているじゃないですか。その想いは、とても純粋で、とても暖かいものなんです。それを持ってる大志さんを、責めれるはずがないじゃないですか」


 何だかとても恥ずかしくなった大志は、ポリポリと頬を数回指でかいた。そして誤魔化すかのように、少しだけ声を大きくした。


「俺はそんな大そうな人間じゃないよ。ただの“ウジウジくん”だ」


「ウジウジくん?」


「そう、ウジウジくん」


「何ですか、それ」


 思わずステラは笑ってしまった。それにつられ、大志もまた笑う。鮮やかな夜空には、二人の笑い声が響き渡っていた。


「……さて、砦に戻ろうか。そろそろフィアが探し始める頃だろうし」


「そうですね。このままだと、またフィアさんに怒られますしね」


「げぇ……それは勘弁だな……」


 ステラはもう一度クスクスと笑う。そして二人は砦へと足を向けた。歩きながら、視線を向けることなく、大志は口を開いた。


「……ありがとう、ステラ」


「……いいえ。私は何もしてませんよ」


「それでも……ありがとう」


「……はい」


 ステラはそれ以上何も言わなかった。何も言わず、ただ歩く二人。夜空を見上げていた時よりも、少しだけ二人の距離は近くなっていた。



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