暴走の光柱
それからどれだけ経っただろうか。大志の周りにいたはずの魔界人は、ほとんどが石畳の地面に倒れていた。いずれも背中には切り傷がある。その様子から、逃げる途中で後ろから斬り付けられたことを物語っていた。
「………」
大志は、腕の中で徐々に息が小さくなるステラを抱いたまま俯いていた。その大志の周囲には、剣を持つ兵士が囲む。
「……大人しくしておけば殺されなかったものを……」
兵士の一人が、大志の背中にそんな言葉をかける。その言葉は大志に届くことはない。今の彼は、抜け殻のようになっていた。
「……お前のせいで、商品が台無しだ。落とし前……付けてもらうぞ?」
そして背後に立つ兵士がゆっくりと剣を振り上げる。そこに情けも容赦もない。ただ銀色の刃を、大志に斬り入れるために振り上げていた。
「………」
それでも大志が動くことはない。動けない。軋む心の自制だけで精一杯だった。
「………じゃあな」
そんな大志に向け、兵士が剣を振り降ろす。
「――待ちやがれえええ!!!」
その時、突然勇ましい声が街の中に響き渡った。その声に、兵士の剣は大志の頭上で止まる。その場にいた兵士たちは、キョロキョロと周囲を見渡していた。そして兵士の一人が、声の主に気付く。
「―――ッ!! あそこだ!!」
兵士が指をさす場所は、近くの建物の屋上。その縁に片足を乗せ、腕を組む人影がいた。紅の長髪は後方で一つ結びされ、風に靡く。口にはタバコを咥え、白い息が風に流される。眉を顰め、険しい表情をしていた。その視線は紅。紅い瞳を兵士達に向けていた。
「………女?」
兵士の一人がその人物を見て呟く。そう、その人物は、女性だった。勇ましく凛々しい姿をしているが、その実顔と体格を見ればすぐに女性と分かる。大志よりも年上だろう。大人の顔つき、大人の体。彼女の腰には、似つかわしくない剣が携えられていた。
その赤毛の女性は、街の中を見渡した。そこには、たくさんの同族の変わり果てた姿。それを見た女性は歯ぎしりをする。だが、視線の先にいる大志に気付く。彼は、まだ生きていた。
それを見た女性は、更に声を上げた。
「――アタシらは、“魔界人解放戦線”!! その魔界人達をこちらに渡せ!!」
その言葉と共に、女性の背後から男性二名と少女一名が現れる。後方を振り返ることなく、赤毛の女性は腰の剣を抜く。
「テスタ!! レスタ!! ミール!! ――行くぞ!!」
声と共に、女性は建物から飛び降りる。それに続き、テスタ、レスタ、ミールも続く。そして滑空をしながら、女性は右手に力を込めた。
「挨拶代わりだ!! 受け取りな!!」
その刹那、女性の右手から炎が放たれる。紅く燃え上がる塊は、一直線に兵士集団の中心へと飛ぶ。
「―――ッ!! 魔法だ!! 散開しろ!!」
兵士の一人が叫ぶ。その声に反応した兵士たちは散り散りに跳び出した。そして炎の塊は地に触れる。その瞬間、炎は巨大な渦となり、上空高くに火柱を上げた。
「うわああああ!!」
巻き込まれた数人の兵士が吹き飛ぶ。その最中、戦線の四人は降り立ち、兵士達に駆けだした。
「――舐めるなあああ!!」
兵士達もまた、四人に駆けだした。街の中心で衝突する二つの勢力。十数人の兵士に比べ、片方はたった四人。それでも力押しされない。四人という数的不利を物ともせず、戦線のメンバーは兵士と戦い続けた。
……片や、大志はまだ座り込んでいた。その彼の頭の中では、未だにステラが斬られた光景がフラッシュバックしていた。
(俺のせいでステラは……あの人達は……)
そればかりが大志の頭を支配する。目の前では、戦線と兵士達がぶつかる。その周囲には、倒れたまま動かない人々。
「……お前らが……やったのか……」
大志は、自分の中にある憤りを八つ当たりのようにぶつけ始めた。そのまま俯いていた顔を上げ、殺意に満ちた視線を兵士達に送った。
「何もかも……お前らが……!!」
その時、周囲に異変が起こり始めた。
「……ん?」
戦場と化した街をかける赤毛の女性は、いち早くの異変に感付く。立ち止まり周囲を見渡せば、小さな光の筋がいくつも見えた。
「……これは……雷?」
それは電気の筋。バチバチと音を出し、何かから発せられていた。その発信源に目をやる女性。それは、中心で立ち尽くす少年から生まれていた。
「あいつが……放ってるのか?」
目を凝らしてみれば、少年の周囲を朧の光が包み込んでいた。空間は捻じれ、奥の景色が歪んで見える。禍々しいその姿を見た女性は、顔を凍らせ叫び声を上げる。
「――――ッ!! テスタ!! レスタ!! ミール!! 今すぐ集まれ!!」
「―――ッ!?」
その女性の声を聞いた三人は、すぐさま女性の周囲に駆け寄って来た。
「“フィア”、どうしたんだ?」
「マナの暴走が起こる! すぐに防御結界を張るぞ!!」
「――――ッ!? マジかよ!!」
三人は大志の姿を見るや、すぐに地面に陣を張り始めた。
「生き残った魔界人は!?」
「……いなかったよ!!」
「そうか……」
フィアは表情を曇らせた。彼女は、助けられなかったことに胸を痛めていた。だが、今は感傷に浸るときではないと、声を出す。
「最大出力!! 奴の魔法は……おそらく……!!」
フィア達の周辺に、青い透明のドーム型の膜が現れる。そして中にいる全員が、大志の方を正対する。
「………なんだ?」
フィア達を取り囲む兵士達も、その異変に気付いた。背後から、電気が走る音が響く。振り返る兵士たちは、瞬時に恐怖を覚えた。
「お前ら……お前ら……!!」
眉間に深い皺を寄せた大志が、鋭い目つきで兵士達を見ていた。だが、兵士が恐怖した理由は、他にあった。
「……ま、まさか!! 雷魔法!?」
「そ、そんな……“魔王”は……“魔王”は、勇者様が討伐したはず……!!」
たじろぐ兵士達。その兵士達に向け、大志は咆哮を飛ばした。
「――消エテ、ナクナレエエエエエエエエ!!!!」
その声と同時に、大志から眩い光が放たれる。それは轟音と共に光の柱を形成し、天を貫く。やがて光の柱は拡散し、町全体を包み込んだ。建物は吹き飛び、人々は消える。その光が通り抜けた後に残るのは、何かの残骸だけだった。その爆風は街の周囲の木々さえも薙ぎ倒す。
やがて、光は収束した。光の跡には、何もない。一面は更地になり、ブロックの破片が無残に転がる。木々も円状に吹き飛び、まるで竜巻が集中的に巻き起こったかのような惨状だった。
「―――ぷはー!!」
その中で、瓦礫を押しのけて地面から起き上がった人影があった。フィア達四人である。四人は、周囲を見渡してみた。
「……これは……」
周囲の様子は一変していた。建物が立ち並んでいた光景、人々の往来……その全てが、一瞬のうちに消えていた。その様子を見ながら、テスタは声を絞り出す。
「………今の、雷魔法……だったよな」
「……間違いないね。アタシらが助かったのは、奇跡に近いかもな……」
彼らに光が迫った時、作った結界は僅かな時間で破壊された。だが、そこへたまたま崩れた建物が楯になるように彼らの前に落下し、直撃を受けずに済んでいた。
「あれが雷なら……アイツは……」
四人はある一点に視線を送る。そこには、横たわる少女に覆い被さるように意識を失った大志がいた。四人は、彼の元に歩み寄った。
「………まさか、こいつが魔王?」
「……いや、違うだろう。魔王なら、マナを暴走させることはないだろうし。……つまりは、別の雷使いということになるな」
「マジかよ……何でそんな奴がこんなところに?」
「さあね。……でも、このままほっとくわけにもいかないな」
四人の見つめる先で、大志は眠る。何も知ることなく。横たわるステラを守るように、ただ静まっていた。
◆ ◆ ◆
その建物の窓から外の様子を眺める人物は、遠くに見える光の柱を凝視していた。そんな彼に、後ろにいた人物は声をかける。
「……あれは……」
「ああ。雷の魔法……だろうね」
「まさか、魔王が復活したのか?」
顔を険しくさせる後方の男に、壁に寄り掛かる女性が声をかける。
「それはないんじゃないの? だって、魔王なら私達が……」
「そう。確かに倒したはずだ。だとするなら、あれは全く別の者の光……」
「魔王以外に、雷の使い手が? ……笑えない話だな」
三人のいる部屋には、重い空気が漂う。その空気を払拭するように、窓際の男性は振り返り、二人に声をかけた。
「……いずれにしても、敵なら再び相対することになるだろうね。だとしても、僕らは負けるわけにはいかない。“天帝”の名の元に……世界を、守るために……ね」
彼は、フッと笑みを零した。そして再び窓の外に目をやる。徐々に収束されていく光を見ながら、誰にも聞かれることのない呟きを、一人零した。
「………魔王、か………」