生誕
「ステラ、本当なのか?」
大志は、黙り込むステラの背中を見つめる。彼女は振り返ることなく、沈んだ表情だけを大志に向けた。
「……すみません、大志さん。隠すつもりはなかったのですが……」
「……いや、何となく、只者じゃない気がしてたしな。さすがに魔王とは思わなかったから驚いたけど……」
大志は優しい笑みを浮かべた。
なぜここまで魔界、天界の情勢に詳しいのか――魔界の主要人物と面識があるのか――なるほど、魔王であったのならそれも仕方ない。むしろ、納得してしまう。
彼の表情を見たステラは、少しだけ安堵の息を吐く。
「――しかし、本当に驚いたね……」
二人の会話に割って入るように、リヒトは声を漏らす。ステラは紅い瞳をリヒトに向ける。
「まさかこんなところで、キミに再会するとはね……。何より、キミがこんなところに来るなんて思いもしなかったよ。……それで、どういうつもりだい?」
勇者達は武器に手をかけながら、鋭い視線をステラに向け続けていた。
「そう警戒しなくても大丈夫ですよ。――私はもう、魔法が使えないので……」
「……どういうことだ?」
「そのままの意味です。あなた達と戦った時、私は力の全てを使いました。マナの集束を極限まで高め、私の体は限界を超えたんです。
……そして私の体は、それ以降マナを集めることを拒否しています」
「……マナが集めない体だからこそ、魔法を使うことが出来ない……なるほどな。――だが、それをどうやって証明する? いつ使えるようになるかも分からないうえ、本当に使えないとも限らないだろう」
グレンは威圧するように口を開いた。
「……それについては、証明しようがありません。しかし、それが真実です」
「信用ならんな……」
睨み付けるグレンの隣で、リヒトは口を開く。
「……そもそも、今更何をしにきたんだい? 仮に本当に力を失ったとしたら、こんなところに出て来るなんて自殺行為じゃないか」
「一度、あなた達と会ってみたかったんです。あの時はお互い、魔法や剣を向け合うことしか出来ませんでしたし」
「そりゃ、敵だったしね」
「……そうですね。だからこそ、敵や味方という関係ではない時に、会ってみたかったんです」
「……それで? 何を語るんだい?」
ステラは、少し俯いた。頭の中にある想いを、パズルのように組み立てる。
「あの時、あなた方は、自らの正義のために魔界に進攻しました。魔界の人を敵と呼び、天界の人を味方と呼び、多くの犠牲を出しました。
でも私は、何が敵で何が味方なのか分かりませんでした。天界人と魔界人……違うのは瞳の色と、巨大な壁の仕切りに隔てられた住まう土地……それだけのために、戦い合うことの意味が分かりませんでした」
「……」
「――ですが、私は魔界を守るために戦いました。そして、私もまた多くの兵を葬りました。それは紛れもない事実です」
「……だからどうした。詫びでも入れて、全てを終わらせるつもりか?」
「いいえ。そういうわけではありません。私が犯した罪は、謝罪程度で消えることではありません。……そして、それはあなた方も同じです」
そしてステラは、目に力を込めて勇者達を見渡した。
「あのような悲劇は、もう二度と繰り返してはいけません。――ですから私は、みなさんに和平を申し入れに来たんです」
「……和平、だと?」
その言葉に、勇者達は肩の力を抜いた。
「一時的とはいえ、私は魔界の王を名乗りました。その私なら、和平のテーブルに座ることも出来ると思います。
――天帝と会わせてください。私が、直に話します」
「……」
その場が、静まり返った。
勇者達はただ彼女の姿を見る。ステラは、力強い目のままそこに立っていた。凛々しく、聡明に。魔法が使えなくても、今の彼女には確かな威厳のようなものが垣間見えていた。
大志はその光景を静観する。……いや正確には、ステラから目が離せなくなっていた。弱々しく、静かな女性……そんなイメージを、彼女に対し持っていた。しかし目の前の彼女は、紛うことなく魔界の王として話していた。その姿が、とても神秘的に思えていた。
「――何を言いだすかと思えば……」
ふと、グレンは皮肉交じりに言葉を漏らす。
「雷帝、魔王……お前達は本当に甘い。そのようなものが出来る状況ではないのが、なぜ分からん。既に、賽は投げられているんだぞ」
「確かに甘い考えかも分かりません。ですが、少しでも可能性があるならば……」
「――可能性は、あるの?」
アリシアはグレンに続く。
「魔王、アンタが本当にそんなつもりだとしても、“他の者”はどうなの? とても、そんなものを受け入れるとは思えないけど」
「……確かに、説得には時間がかかるかもしれません。ですが――」
「説得? 面白いね。ホント、面白い冗談だね。何の力もないアンタの言葉なんて、素直に聞くとは思えないけど……」
「そ、それは……」
たじろぐステラ。そんな彼女に、リヒトは語り掛けた。
「……魔王、キミの申し出は素晴らしいとは思うよ。和平が成立すれば、確かにこれ以上の血は流れないだろう。
――でもね、それはもう無理なんだよ。僕らは魔界を攻めた。魔界も、このまま黙ってるとは思えない。キミが説得している間に、別勢力が天界を攻めたらどうする? 計らずとも、キミは僕らを騙したことになるんだよ?
悪いが、僕らはそんな危険な賭けを飲むわけにはいかない。天界を守護する者として、敵である魔界人のキミの言葉を全て信用することは出来ない」
「……」
ステラは表情を伏せた。自らの中にある思いが、彼らに伝わらなかったことを知る。唯一心の中にあった希望。それが、スルスルと手から抜け落ちていく感触を感じていた。
――ふと、俯く彼女の耳に、ジリジリと足を床に這わせる音が聞こえた。目の前に視線を送ると、三人の勇者は近付き始めていた。
「……!」
「……悪いけど、あなたは危険なのよ。一方的になるとしても、ここで消えてもらうわ」
「悪く思うなよ、魔王。これも、天界のためだ。少しでも天界の脅威になる可能性のある者は、消す」
「……ということだ、魔王。だが、キミの命にかけて誓う。僕らが魔界を攻め終えた後、必ずこの世界をいいものにする。必ず――」
三人の勇者は、更に距離を詰めはじめる。そして、それぞれの武器の柄を、更に強く握り締めた――
――その時だった。突如、轟音と共に勇者達の横を極大の光が通り抜けた。光は壁に衝突し、巨大な風穴を開ける。そのまま光は空へと走り、雲を散らしながら光の筋を描いた。
「―――ッ!!」
勇者達は一様にその場に固まる。
光が放たれたのは、ステラの後方……ステラもまた、その方向を振り返る。そこには、掌を前にかざす大志の姿があった。
「……勝手に話を進めてんじゃねえよ、勇者」
「……大志、どういうつもりだい?」
「もうお前らにはうんざりなんだよ。甘いだのおとぎ話だの、好き勝手言いやがって。言いたいなら正直に言えよ。“魔界が気に入らないからぶっ潰したい”ってな」
「……誰も、そんなことは言ってないけど?」
「言ってるようなもんじゃねえか。綺麗事並べてはいるが、とどのつまりそういうことだろ」
「……」
「俺には、お前らの覚悟だとか信念だとかは分からない。――だけどな、お前らは勇者じゃねえのか? 俺が知ってる勇者ってのは、もっとカッコよくて、世界全部を救おうとする奴なんだよ。世界の中の片隅だけを守ろうとする奴なんて、勇者じゃねえんだよ。
なんでもっと大きなものを見ない。お前らは、そんな小さい奴なのか?」
「……詭弁だな。俺らとてたかが一人の人間。守れるものなど、限られている」
「だからその天井を自分で狭くしてんじゃねえよ。言い訳とか御託とかばかり並べて、結局お前らは魔界なんてどうでもいいんだろ。天界さえ良ければそれでいい……そんな勇者、こっちから願い下げだ」
「キミが願うかどうかは、私達には関係ないのよね。だったらキミはどうするのって話なだけ」
「決まってるだろ。この世界はな、歪んでるんだよ。誰かがそれを正さなくちゃいけないんだよ。
……でも、それをすべき勇者がこのザマだ。それならいっそのこと、俺が正す。出来るかどうか分からないけど、端から諦めてるお前らなんかに頼むよりマシだ」
「キミに、それが出来るのか? どうやって?」
「――俺、魔王になるから」
その一言に、ステラは瞬時に顔を青ざめさせた。
「た、大志さん!?」
一方の勇者達は、呆気にとられていた。目の前の黒い瞳の男は、何を言ってるのだろうか――そう言いたげな表情で大志を見つめる。
そしてやがて、リヒトが皮肉交じりにクスクスと笑い始めた。
「……へえ……キミが? 面白くもない冗談だね」
「冗談なんかじゃねえよ。俺が勇者がこれなら、もう魔王しか残ってねえじゃねえか。だから俺がそれになるんだよ。
――もう一回言うぞ。俺は魔王になる。そして世界を変える。今の世界の形を、俺がぶち壊す」
「……」
室内は、水を打ったように静寂に包まれる。その中にいる人々は、ただ大志に視線を送る。集まる視線の中、大志は力強く前を見ていた。
彼の黒の瞳はただ揺れることはない。何かを見定めるように、何かを刻み込むように、ただ前だけを見据えていた。




