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双極世界の黒い瞳の魔王様  作者: 井平カイ
第一章【異世界に飛んだ男】
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紅く染まる街

 大志達を乗せた荷馬車は、街の大通りを走る。四角い建物が立ち並び、人の往来も多い。この街は境界の絶壁から一番近くにあることもあり、たくさんの人が興味本意で絶壁を見に来る。もちろん、絶壁に近付くことは許されない。一番近くの街から見上げ、自己満足に耽る。

 そんな街の道行く人は、檻に収監された大志達に蒼い瞳を向けていた。


(これじゃ、まるで晒し者じゃねえか……)


 晒し者……大志の頭に浮かんだ言葉だが、まさにその通りだろう。大衆の視線は痛く、檻の中の魔界人は全員目を伏せ周りを見ないようにしていた。

 そんな大衆の視線を見た大志は、心がざわついていた。蔑んだ目、下卑な笑み……その表情には、覚えがあった。


「………」


「……どうしましたか?」


 大志の鋭い視線に気付いたステラは、どこか不安を感じ大志に声をかけた。


「いや、別に……」


「そうですか? 何か、怖い顔になっていましたけど……」


「………」


 大志は、自分ではあまり表情に出したつもりはなかった。それでもステラに何かを感じ取られたことを悟った大志は、苦笑いをする。彼からすれば、どこか心を読まれたかのような気分だった。


「………あの目、俺、嫌いだな……」


「目……ですか?」


「ああ。他人を見下して、自分の価値を高めようとしてやがる。……どこの世界も、同じなんだな」


「え?」


「……なんでもない。――それはそうと、この馬車はどこまで行くんだ?」


 荷馬車は街の中を進み続けていた。大志の中での想像では、奴隷と言えば強制労働だとか、鉱山のようなところで働かされるイメージがあった。だが、この街にそれらしい場所はない。


「………」


 大志の問いに、ステラは口を塞ぐ。彼女は、この後の自分がどういう扱いを受けるのか分かっていた。しかし、それは大志には知られたくなかった。彼女からすれば、目の前の黒い瞳の少年は、どこまで純粋だった。この世界のことを何も知らず、どこまでも深く暗い部分を知ることなく生きてきたことが十二分に分かった。


「……大志さん」


「ん?」


「あなたとは、ほんの少ししか話すことが出来ませんでした。……ですが、私にとっては、それはとても楽しい時間でした」


「あ、ああ……そりゃよかったけど……」


「それに、大志さんの言葉は私の心を救ってくれました。私の憂いは、誰にも理解されることはありませんでした。この世界の歪みを、誰も気付こうとしていませんでした。

 ……ですが、あなたは……あなただけは、それを悲しいと言ってくれました。それが、私には何よりも嬉しかった……嬉しかったんです」


「……ステラ?」 


 ステラの様子は、それまでと違っていた。表情は笑顔だった。だが、大志にはどこか儚く見えた。目を伏せ、力のない笑みを浮かべるステラ。言葉じりも優しいままだが、どこか寂しそうに聞こえる。


 ――その時、荷馬車は振動と共に停止した。

 手綱を握っていた兵士はすぐに馬から降りて後方に回る。そして手際よく鍵を開け、鉄格子の冷たい門を開けた。


「ほら! さっさと降りろ!」


 門が開くなり、兵士は乱暴に声を上げる。そしてイラつくような表情で手を振り、降りることを促すジェスチャーをした。


(着いたのか?)


 檻の中の人々が馬車から降りるのと同時に、大志もまた久々の大地に足をつけた。そして全員が降りた後、兵士の一人がそれぞれの魔界人を分け始めた。


「お前はあっち。お前はそこ……それと、お前は……」


 兵士が指示した場所には、蒼い目をニヤつかせた男たちがいた。そしてその前に立つ魔界人は、ただただ体を震えさせる。その光景を見た大志は、何かに気付く。それは見たことがない光景。だが、それでも嫌に心臓が高鳴っていた。その事実を確認するため、大志は引き取られる魔界人を見ながらステラに話しかけた。


「……ステラ……これってもしかして……」


「……取引です」


「と、取引?」


「ああやって、魔界人達を連れて行くんです。そして、それぞれに労働をさせる……地獄のような、労働を……」


「それって……人身売買じゃねえか!!」


「そういう言い方の方が合ってると思います。……大志さん、私も、ここまでのようです」


「ス、ステラ?」


 大志は尋常ではない不安に駆られた。彼の手は、無意識にステラに伸びる。だが、その手が届くことはなかった。


「――そこの女!! お前はあの方のところだ!!」


 兵士の言葉で、ステラは歩き始めた。その先には、小太りの中年男性がニタニタ笑って立っていた。服装を見れば、周囲の天界人よりも豪華な装いだった。天界の中でも、富豪と呼ばれる部類に入るのだろう。

 その男性の元に歩いて行くステラを見た大志の心は、最大限にざわついた。心臓が高鳴る。嫌な汗が流れる。大志は、ステラの顔に目を凝らす。彼女の目は、目の前に迫る絶望に必死に耐える様に伏せられていた。


「―――ッ!! ステラ!!!」


 そんな少女を見た大志は、気が付けば走り出していた。それは彼にとっても無意識のレベルだった。この後のステラの生活……それを想像しただけで、いても立ってもいられなくなっていた。


「―――ッ!! 貴様!! どこへ行く!!」


 手綱を握っていた兵士が、大志の行動に逸早く感付き声を上げた。そして大志の左手を掴む。


「――離しやがれ!!!」


 手を掴まれた大志は、咄嗟に振り向き際に兵士の顔を思い切り殴り付ける。


「おぐっ――!?」


 鉄兜の隙間に入り込んだ大志の拳は、兵士の顔を歪め体を吹き飛ばす。


「―――ッ!? 大志さん!?」


 大志の行動にようやく気付いたステラは振り返り、目を疑った。周囲を天界人の兵士で囲まれたこの状況で、その兵士に手を出すことなど自殺行為に等しい。にも関わらず、目の前の少年は“それ”をした。自分の、名前を叫びながら。

 自分に手を伸ばす大志の姿を見たステラは、胸が熱くなるのを感じた。もちろん、それはただの無謀な行動にしか過ぎない。その先のことなど何も考えていない、感情に身を任せた実に無計画な行動。

 ……それでも、ステラの感情は高ぶる。彼は、どこまでもこの世界の常識に染まっていない。自らの危険を顧みず、ほんの僅かしか接していない自分の元に駆け寄って来る。彼女自身も、その行動に応えたくなった。


「―――大志さん!!」


 ステラは自分の手を掴む兵士を振り切り、大志の元に駆け始めた。


「―――ッ!? き、貴様まで――!!」


 兵士の怒りに満ちた声がステラの耳に届く。それでも彼女は振り返らない。黒髪を靡かせ、紅い瞳を潤ませ、彼女はただひたすらに大志の元に走り込んだ。


「ステラ!!」


 大志も一段と手をステラに伸ばす。彼の手は、間もなくステラに触れる。



「―――ッ!!」


 その時、ステラは何かに気付き目を大きく見開いた。そして彼女は、手を伸ばす大志の腕を掴み、自らの後方に引っ張り込む。


「―――ッ!?」


 大志は驚き、体の勢いを止めながらステラの方を振り向いた。その視界の先には、両手を広げ大志を庇うように立つステラと……その奥で、剣を振り上げる兵士がいた。


「――――」


 大志の全身に、瞬時に鳥肌が立つ。声を出すことが出来ない。表情は凍る。その大志の目の前で、兵士は剣を振り降ろした。


「――――ッ」


 その瞬間、目の前の少女から鮮血が飛び散った。ステラは苦悶の表情を浮かべながら、膝から崩れ落ちる。


「ステラアアアアアア!!!」


 大志は走り出し、倒れようとするステラの体を抱きかかえた。そして彼女の体を見る。彼女のか細い体からは、次々と瞳の色を写したかのような液体が流れ出ていた。


「そんな……そんな……!!」


 大志は取り乱していた。助けようとしたはずの少女が、目の前で剣を斬り入れられる。それは、彼の平常心を奪うのに十分すぎる光景だった。

 ステラが斬られるや、周囲にいた魔界人達も一斉に散り散りに逃げ始めた。 


「……う、うわああああああ!!」


「きゃああああああ!!」


 彼らは死の恐怖に囚われた。諦めたはずの生活。諦めたはずの自由。それでも、簡単に死ぬことはないと自分に言い聞かせていた彼ら。だが、目の前で同族の少女が斬られ、命の炎が消えようとしている。それを目に写した瞬間に、心の奥に押し込めたはずの恐怖が一気に噴き出した。


「―――」


 天界人の兵士は、その光景を前に眉間に皺を寄せた。彼らの今回の魔界人狩りにおける最大の獲物は、紛れもなくステラだった。その天界人から見ても分かるほどの美しい容姿は、必ず高値で買い取り手が付く。そう皮算用をしていた。

 にも関わらず、彼女は剣で斬られた。傷の深さから助かることもないだろう。そのことが、兵士の堪忍袋を簡単に切れさせる要因となった。


「―――逃げる者は片っ端から斬り捨てろ!!」


 その声を受け、他の兵士も剣を抜く。そして、逃げ惑う魔界人を次々と斬り始めた。男はもちろんのこと、女、子供まで手にかける天界人。その姿は、まるで悪魔のようだった。

 街の中は騒然とする。目の前で魔界人の公開処刑とも言える凶行が始まったからだ。だが、その様子を誰も止めようとはしない。中には笑い声を上げながら見る人物までいた。


 剣が風を切る音……血が噴き出す音……悲鳴……絶叫……断末魔……耳を塞ぎたくなるような音が、まるでオーケストラのように混じり合う。

 その光景を、大志は震えながら見ていた。目を見開き、口を少し開けたまま。口からは震えから来るカチカチという歯がぶつかる音が響く。


(これは……俺のせいなのか? 俺がこうさせたのか?)


 目の前で繰り広げられる惨劇。そして、自分の腕に倒れる血に染まった少女。……その発端となったのは自分の浅はかな行動。その事実は罪悪感となり、容赦なく大志に襲い掛かっていた。


 大志は、ただただ血に染まる街を茫然と見つめていた。


 

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