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双極世界の黒い瞳の魔王様  作者: 井平カイ
第一章【異世界に飛んだ男】
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いきなり奴隷生活

 大志は暗闇の中を漂う。そこは宇宙のようなところ。星の代わりに、ぼやけた光の粒が幾つも大志の周囲に浮かんでいた。


『……ここ、どこだよ』


 マイクのエコーを最大にしたように、やけに声が反響している。周囲を見渡すが、やはり漆黒の空間と光の粒しか見えない。


『もしかして、ここってあの世ってやつなのか?』


 大志は自分が最後に見た光景を思い出し、そう呟く。巨大な落雷に巻き込まれたのまでは覚えている。それが意味することは、自分は死んだということだろう。雷の直撃を受けたのを考えれば、生きてるはずがなかった。


『……ハハハ……しょうもない人生だったな……』


 自分の人生を振り返り、大志は渇いた笑いをしてしまった。思えば滅茶苦茶な人生だった。家族からゴミ扱いされ、挙句全てを失い、そして死ぬ。何も残らない。誰も悲しまない。そんな気がしていた。


『もし生まれ変わるなら……自由に過ごせるところがいいな。あそこは、(しがらみ)が多すぎた……』


 そんなことを願う大志。しかしそれは叶わないだろう。輪廻転生なんてものは信じてはいないし、そもそも万が一生まれ変わるとしても一切のことを覚えていないだろう。そう思うと大志の顔には、皮肉の笑いが起こっていた。


 その時、周囲に浮かんでいた光の粒が雷を放ち始める。


『な、なんだ!?』


 雷は隣にある別の雷と次々と融合していき、やがて宙に浮かぶ大志を囲み始めた。それは圧巻の光景だった。雷の筒の中に入り込み、バチバチと雷の壁に囲まれる。その壁の光景は、どこか神々しく、どこか安堵感があった。もちろん、その壁に触れることがあれば一溜りもないだろう。だが、不思議と大志の中には恐怖のようなものはなかった。

 やがて雷の壁は大志に近付き始める。そして、間もなく大志に触れる。




 ◆  ◆  ◆




「うおおおお!!??」

 

 飛び起きた大志は、自分の周囲を確かめる。先ほどまでの漆黒の空間ではない。大志が寝ていたのは草原の上。何度もキョロキョロと見渡し、雷の壁がないか確かめていた。


「………なんだよ、夢かよ……脅かすなよ」


 大志はとりあえず胸を撫で下ろす。一度呼吸を整えた後、改めて周囲を見渡してみた。


「………ここ、どこ?」


 その景色に見覚えはない。どこまでも広い草原。奥の方には森があり、その中には村のようなものがある。遠くに見える山々は霞みがかり、その更に奥には何やら見慣れない“モノ”があった。


「……あれ、何?」


 その更に奥にあるもの……それは、巨大な白い壁だった。山より高く、空に浮かぶ雲を突き抜けている。いったいどれほど高いのか想像も出来ない。山同様に霞みがかってはいたが、白いものであることが分かる。それは仕切り板のように横一直線に並び、視界に映らない長さまで永遠と続いていた。上はどこまで伸びているか分からない。横はどこまで続いているか分からない。それは今まで見たことがないような光景だった。

 

「………」

 

 大志はただただ立ち尽くした。その光景が見える場所。少なくとも、そこは日本ではないことが分かった。


(外国か? でも、いつの間に?)


 外国だとしても、いつの間に移動したのか分からない。服装を見れば、Gパンに黒いタートルネックのトレーナーという簡単ないつもの服装。つまり、実家に向かった時と同じ格好。


(だいたい、どうやって移動したんだよ。雷受けて失神してる間に、俺が目を覚まさないように注意しながら、海路だか空路だか分からないが運んだってことか? んなアホな……)


 それよりも、根本的にあの大きな壁はニュースですら見たことがない。もしあんな壁があれば、世界中で一面トップになっていることだろうし、ニュースを見ている大志も知っていることだろう。あれだけのものが誰にも気づかれることなく存在しうるか……当然、答えは否である。


「……とりあえず、あの村に行ってみるか……」


 色々と納得できないことが多い。それでも、今考えても分かることはないだろう。あの村に行き、話をしてみればすぐに分かる。英語なら欧米、中国語なら中国。もちろん、大志は日本語以外には話せない。だが、分からずとも言葉からある程度予想は可能だと考えた。


(俺……帰れるかな……)


 歩く大志は、ぼんやりとそんなことを考えていた。だが、すぐに頭の中にあの光景が甦る。両親、兄に罵倒された光景。それを思い出すと、それまでとは違う考えが頭を過る。


(……ま、帰れないならそれでもいっか)


 大志は、トボトボと歩いて行った。




 ◆  ◆  ◆




 村に着いた大志は、その光景に衝撃を受けた。


「……これは……」


 その村は、壊滅していた。建物は焼き払われ、所々まだ煙が燻っている。そしてその村の中心には、一台の巨大な荷馬車があった。馬車と言っても、それを引く動物は馬のようで違う生物。額に大きな角が生え、体も大志が知る馬よりもさらに大きい。更に荷台に積まれているのは巨大な(おり)であり、中にはたくさんの人が乗っていた。


(何だありゃ? あれじゃまるで奴隷じゃねえか……)


 檻の中に収監される人々。その姿は、決して面白い光景ではなかった。人が檻に入れられているのを初めて見た大志。檻に入ると言えば、日本では何かしらの罪を犯した者だという常識がある。しかしその人たちはどうだろう。男だけではなく、女性、老人、子供までいる。全員が俯き、絶望に染まるような表情をしていた。



「――おいお前!」


 馬車を見つめていた大志は、後ろから声を掛けられる。振り返ると、そこには灰色の鎧を着た男性が立っていた。外見から、兵士であることが分かった。


「……お、俺?」


「お前以外に誰がいる。そんなところで何をしているんだ?」


 その兵士は、どこか高圧的な言葉尻だった。それは大志にも伝わり、彼は少しだけムッとなる。


「別に……ただ立っていただけだよ」


「立っていた? こんなところでか?」


 兵士は疑いの眼差しをしていた。そこで、大志はとあることに気付く。


(……あれ? 会話出来てる?)


 そう、大志はその兵士と会話をしていた。となれば、相手は日本語を話していることになる。だが、彼の姿は到底日本人には見えない。鎧の姿はもちろんのこと、彼の瞳は青かった。その顔も、どこか欧米人のようにも見える。


「……まあいい。おいお前、ちょっと“目”を見せろ」


「目?」


 大志の戸惑いを他所に、兵士は大志の顔を覗きこみ始めた。大志の視界には、目をマジマジと見つめる兵士の顔が映る。


「………ん? 瞳が黒い? 何かの病気か?」


 兵士は困惑したような表情をしていた。大志は日本人であり、瞳が黒いことは当然である。だが、その兵士はそれが理解出来ないようだった。それから察するに、ここはやはり日本ではない。だが、外国だとしても言葉が通じることが不思議であり、そもそも瞳が黒い理由を病気とは言わないだろう。まるで黒い瞳なんて存在しないと言わんばかりの兵士の言葉は、大志自身も戸惑っていた。

 しばらく大志の目を見た兵士は、首を傾げながらも諦めたように大志に言う。


「……まあいい。蒼目(あおめ)ではないし、お前も“魔界人”なのだろう」


「マカイジン? 何それ?」


(マカイジンって……もしかして、“魔界人”か? よく漫画とかゲームで見るあれか?)


 大志は少しだけ笑ってしまった。大の大人が何を真顔で言ってるのだろうと。だが、その通りである。兵士は、ごく普通に、しかも至って真面目にその言葉を口にした。そこに恥ずかしさも演技もない。まるで当然であるかのように、その中二臭い言葉を言ったのである。

 冗談とは思えない。嘘を言ってるようにも見えない。だとしたら、この兵士が言ってる言葉の意味は何だろうか。大志は、それを考えていた。


「少々話をし過ぎたな……ほら! 早く馬車に乗れ!!」


「は? 何で俺が?」


「ごちゃごちゃ言うな! さっさと乗れ!! ――さもなくば……!!」


 兵士は腰に携えた両刃の剣を抜く。それは銀色の鈍い光を反射させ、刃は大志に向けられた。


「……それ、おもちゃ?」


「おもちゃ……だと?」


 それを聞いた兵士は顔を歪めた。そしてそのまま手に持つ剣を一度横に振る。


「――――ッ!?」


 剣は大志の右頬を掠める。頬には痛みが走り、何か熱い液体がそこから頬を伝い始めた。大志はそれを手で拭い、その手を見る。その手には、赤い液体が付着していた。


「これ……血じゃねえかあああ!!!」


 頬から流れていたのは血。それが意味することはただ一つ。……つまり、兵士が持つ剣は、本物の刃だということ。


「まだ、“おもちゃ”などとぬかすか?」


「………!!」


 大志は首を大きく何度も横に振った。彼に向けられたものは、紛れもなく本物の剣。それが今、自分に向けられている。大志は、それまで感じたこともないような恐怖に囚われていた。故に大志は、素直に兵士の言うことに従うしか出来なかった。


 刃を突き付けられ、大志は渋々馬車の荷台に積まれた檻に乗り込む。大志が入るなり、太い鉄の棒でできた扉は閉められ、外から鍵のようなものがかけられた。

 大志は檻の中にいた人物達を見渡す。その人達もまた座り込んだまま大志を見つめていた。そこで大志は気付く。彼らの瞳は兵士と違い、紅い瞳だった。彼は、そこでようやく兵士が目を確認した理由を知る。兵士は目の色を確認していたのだ。兵士の話から考えるに、魔界人と呼ばれる人種は、皆が紅目をしているのだろう。


 立つ大志を乗せた荷馬車は、揺れながら走り始めた。その振動で大志は尻餅をついた。檻に入り込む風は冷たかった。檻に収監され、ただ運ばれる大志。自分が何をしたというのだろうか。何もしていないはず。ただこの地に知らない間にいて、村を訪れただけ。瞳が黒いという理由で剣で脅され檻に入れられる。その姿は、周りから見れば奴隷のように見えることだろう。


(……最悪だ……)


 大志はその場で膝を抱え顔を静めた。無理もない話だろう。知らない土地に来たかと思えば、いきなりそのまま奴隷生活に突入。日本では家族にだけゴミと呼ばれていたが、彼は正真正銘“ゴミ”になった気分だった。


「………はあ」


 気が付けば、彼は大きく溜め息を吐いた。吐くしか出来なかった。情けない話だが、大志の手足は僅かに震えていた。刃物を向けられたことなんてあるわけもないし、それで傷を負ったことなどニュースでしか見たことがない。彼が感じた恐怖は、想像を絶していた。


 その時、血が流れる彼の右頬に、一枚の布が優しく撫でる様に当てられた。


「………?」


 大志はゆっくりと顔を上げ、右を見る。そこには、片手にハンカチのような布を持ち、大志が顔を上げたことに驚いたような表情をする少女がいた。

 歳は、大志よりも僅かに若いようだ。当然ながら、彼女も紅い瞳をしていた。髪は長く、黒色で艶があった。その顔は整い、世間一般的に美少女と呼ばれる分類に入るだろう。事実、大志は少しの間固まってしまった。ここまで綺麗な顔をした女性と、近くに座る経験などなかったからだ。

 呆ける大志に向け、少女は優しく微笑みを送った。


「……大丈夫ですか?」


 とても澄んだ声だった。声が直接脳に響くような、心地よい声だった。


「……あの……」


 そこで大志は我に返る。少女は戸惑うような表情をしていた。慌てて大志も声を出した。


「あ、ああ! 悪い! ちょっとぼーっとしてて……。その……血を拭ってくれたのか?」


「ええ……ご迷惑でしたか?」


 少女は困った顔で微笑む。それを見た大志は、再び慌てて声を出した。


「ま、まさか! ちょっとびっくりしただけだから……」


 それを聞いた少女は、少し安堵の息を漏らした。しかしすぐに少女は、申し訳なさそうに呟いた。


「――ごめんなさい。今は、これくらいしか出来なくて……」


「いや、十分だよ。ありがとうな。……ええと……」


 大志は言葉に詰まった。お礼を言ってみたものの、少女の名前なんて知るはずもなく、どう呼べばいいか分からなかった。そんな大志の表情を見た少女は、すぐにその心情を察した。


「? 私の名前ですか?」


「あ、そうそう。ええと、先に名乗っておこうかな。――俺は大志。須藤大志だ」


 大志の名前を聞いた少女は、にっこりと優しく微笑む。そして、温かい視線をしたまま、大志に名を告げた。



「私は………私は、ステラ。ステラと申します。――初めまして、大志さん」



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