闘技大会①
朝を迎えた街は、喧噪に満ちていた。誰もが興奮しながら話し、街のとある場所に集まる。そこは当然、闘技場。闘技場周囲は、特に人が多かった。露店も多数出ており、中には誰が優勝するかの賭けを胴元が呼び掛けていた。
闘技場の前にある立札には、参加者が張り出されていた。大会はトーナメント方式。そのトーナメントを勝ち抜いた一名が、昨年の覇者であるスグルトと戦うといった形であった。
そのトーナメント表には、当然大志の名前もあった。そして、その名前を呆然と見つめる人物がいた。
「……本当に俺の名前があるよ」
「当たり前だ。昨日慌てて登録したけど、どうやら間に合ったようだな」
アルヴァは満ち足りた顔で表を見る。その顔に、ただ苦笑いを浮かべる大志。余計なことを――そう言いたいかのような笑いだった。
「……とりあえず、今日はステラを頼むよ」
「ああ。任せとけ。大志は大会に集中しろ」
「へいへい」
トボトボと歩き始める大志。……と、その時ステラが大志の裾を掴んだ。
「――大志さん……」
彼女の顔は不安の色に染まっていた。もちろん大志の力は十分信じている。だがそれでも、やはりどこか不安を拭いきれずにいた。
それは大志にも伝わる。だからこそ、彼は笑顔を向けた。
「大丈夫だ。大ケガしないようにだけ気をつけるよ」
「……はい」
ステラは、そんな笑顔を見てようやく手を離した。そして大志は、闘技場の中へと入って行った。
◆ ◆ ◆
控室は熱気に包まれていた。石の壁に閉ざされた室内は暗く、ランプの灯りが煌々と揺れていた。風通しが悪いのか、どこかカビ臭い。それでもそこにいる男達は、殺伐とした雰囲気を出している。周囲に視線を送り睨み付ける者、武器の手入れをする者、目を閉じ瞑想する者……それぞれが来たるべき出番を待っていた。
……だが、大志だけは周囲とは違う雰囲気だった。
「ふぁ~ぁ……」
体を伸ばし大欠伸をする。待機時間が長く、このままでは眠りそうになるのを目を擦りなんとか起きていた。遠くからは観客席からであろう大勢の人の歓声が聞こえてくる。どうやら、やはりかなり多くの人が見に来てるようだ。そう思う彼の口からは、自然とため息が出ていた。
(遅いな……どうでもいいから早くしてくれないかね)
そう思いながらも、寝ぼけた視線で周囲に視線を送る。皆が皆、おそらくは今日に向けて様々な訓練を積んだのであろう。それが分かるほど、参加者は鍛え抜かれていた。
その最中、中央にある鉄扉が鈍い音を立てて開かれた。全員が視線を注ぐ中、係員と思しき兵士が中へと入り声を上げる。
「――それでは開始する! まずは1番と2番!!」
「おおう!!」
「やっとか!!」
番号を言われた二人の男は、気合十分といった様子で立ち上がり、そのまま部屋を出て行った。そして室内は、一段と切り詰めた空気が広がる。遠くから聞こえる歓声は、更に大きくなった。おそらく、試合が始まったのであろう。その歓声は、さらなる緊張を煽る。
(ええと……俺は32番だから、最後の試合か……)
大志は突然参加という形になっているため、最終試合に組み込まれていた。まだまだ先は長そうだ――そう判断した大志は、とりあえず寝ることにした。冷たいベンチに寝転がる。見上げた天井は薄暗く、ベンチも固い。それでもぼーっと待つよりは眠りたいという心境が勝り、彼は目を瞑る。そして、いつの間にか一人寝息を立て始めた。
他の参加者は、眠る大志を呆れるように見ていた。
◆ ◆ ◆
「――おおおおおおおおお!!!」
「――うおおおおおああああ!!!」
闘技場では、勇ましい男二人が剣をぶつけ合っていた。大歓声の中でも、刃と刃が衝突する金属音が鳴り響く。それは決してレベルの低いものではない。いやむしろ、かなり高いものと言えるだろう。
「………」
その光景を見つめるステラは、表情を硬くしていた。これほどレベルが高いものとは思っていなかった。今眼前で戦う二人も、並の兵士よりも強いことが分かる。こんなところに参加した彼は大丈夫だろうか……そう思わずにはいられなかった。
「――不安か?」
ふいに、隣に座るアルヴァが声を掛けてきた。一瞬だけ視線を送ったステラは、再び顔を伏せる。
「……はい」
「そうだろうな。この大会のレベルは意外と高いからな。だが、それでも大志の力なら大丈夫だろう」
ステラは一瞬動揺した。なぜアルヴァが大志の力を分かるのか。一度も戦ったことなどないはずなのに……だが、あからさまな動揺を見せては相手に何かを感付かれる。そう思ったステラは、あくまでも冷静に話をする。
「分かるんですか?」
「まあな。私も曲りなりにこの街の兵士長をしている。仕草や物腰を見れば、だいたいの力量くらい分かるさ」
「そう…ですか……」
「だがまあ、奴の深さは分からないな。底が知れない感じがする。さすが、アンタの護衛なだけはあるよ」
「いえ……」
ステラは表情を綻ばせた。大志が褒められると、なぜか自分も嬉しくなる。それがなぜか分からずに、彼女は照れる顔をフードで隠した。
そんな彼女を見たアルヴァは、一度頬を緩めた。そして視線を闘技場へ戻し、切り出した。
「……だからこそ気になるな。なぜあれ程の手練れであるアイツを連れたお前が、“こんなところにいるのか”がな」
「それは、巡礼のため……」
「ステラ、私の目は節穴じゃないよ。――“お前が誰か”……分かってるぞ」
「――――」
血が、凍った気がした。ステラの心は激しく動揺する。それを隠すために、更にフードを深く被った。そんな彼女に、アルヴァは視線を向けないまま続ける。
「大した度胸じゃないか。ここにいる人々も、まさかこんなところに“お前のような人物”がいるとは夢にも思わないだろう。私なら、この観客が全て“お前達”だと考えると、とても真似出来ないがな」
「………」
ステラは押し黙ることしか出来なかった。今下手に何かを言えば、捕えられる。いや、もしかしたら既に包囲されているのかもしれない。そして、大志は既に―――
震えるステラに、アルヴァは続ける。
「誤解するな。今気付いているのは、おそらく私だけだ。私も、今すぐにお前と大志を捕えようとは思っていない。お前達が、何のためにこんな天界の奥地にまでわざわざやって来たのかが知りたかったんだよ。……まあ、結局分からないがな」
「………」
「それにお前達は私が想像していた“モノ”とは少し違うようだ。とても好戦的とは思えない。それともう一つ、私が一番興味を持ってるのは、“アイツ”だ」
「……大志さん、ですか?」
ステラの言葉に、アルヴァは更に笑みを浮かべた。
「目が病気だってのは嘘なんだろ? 黒い瞳の男……なるほど、この世界ではお目にかかれない人物だな。確か、絶壁付近にいる部隊で噂が広がっていたな。――恐ろしい程の手練れの、雷使いがいる。その通り名は、“黒瞳の雷帝”。
奴の目を見て、すぐにピンと来た。まあ、最初はとてもそうは見えなかったがな」
「……私達を、どうするつもりですか?」
「さあ、まだ考えていない。それよりも、まずは大志の力が見たい。そして、ゆっくりと聞かせてもらおうじゃないか。お前達の目的を…な……」
「………」
二人の会話は、歓声と猛る男達の声に掻き消される。何も変わることなく、誰一人悟ることもなく、観客の興奮は更に高まっていった―――
◆ ◆ ◆
「―――きろ……起き……起きろ!!」
「んあ?」
待合室で寝ていた大志は、兵士の声で目を覚ます。寝ぼけたまま起き上がり、頭をかき周囲を見渡す。いつの間にか、室内には自分しかいなかった。
大志の姿を見た兵士は失笑する。ここまで緩い参加者はそうそういない―――呆れを通り越して、感心してしまっていた。
「……待たせてしまったようだが、ようやく出番だぞ」
「あ? もう?」
「そりゃ、寝てたらそうなるだろうけどな。とにかく、相手はもう準備が出来ているぞ。頑張って来い」
「へいへ~い」
ゆるりと立ち上がり、ノソノソと部屋を出ていく大志。歩きながら徐々に目を覚ましていく。そして闘技場の選手出入口の前に辿り着き、両手で自分の頬を叩く。高い音と共に、頬に鈍い痛みが走る。そして顔を上げた彼の目には、すでに眠さは見えなかった。
「―――よっしゃ! いっちょ行くか!」
背筋を伸ばして、大志は歩き出した。闘技場の歓声は、依然として地響きのように鳴り響いていた。




