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双極世界の黒い瞳の魔王様  作者: 井平カイ
第一章【異世界に飛んだ男】
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プロローグ

 須藤大志は、自宅アパートの玄関で立ち尽くしていた。


「……なんだよ、これ……」


 彼の視線は、部屋の中に注がれる。そこに広がる光景は、彼の心を容赦なく押し潰す。家具は壊され、布団は切り刻まれ、まるで部屋の中で竜巻が起こったかのような惨状だった。

 立ち尽くしていた大志は、力一杯に手を握り締める。口からはギリギリと音が鳴り、歯を削るように噛み締めていた。


(……これも、あいつの仕業か……!!)


 “これも”……大志の言葉には、理由があった。彼はこの日、会社をクビになっていた。

 勤務態度もよく、営業の成績も上々。上司、同僚に恵まれ、十九才の若者は、順調な人生を歩み始めていた。

 にも関わらず、会社から退職を勧告される。その理由は、とても納得出来るものではなかった。企画書の中にある言い回し……それが、相手企業を怒らせたと聞いていた。だが、その企画書自体、彼は直接関係していない。むしろ、相手企業に営業した時は好印象だったくらいだ。

 それでもクビになったことについて、大志には心当たりがあった。それこそ、彼の言う“あいつ”である。


「――ちくしょおおおお!!!」


 大志は怒りに震える声で叫び、ある場所を目指した。そこは、高校以来一度も行ってない場所……いや、一度も帰らなかった場所と言った方がいいだろう。


 それは、大志の実家。高級住宅街の中にある一際大きな家。西洋風の外見と広い庭は、傍から見ればすぐに裕福な家族が住んでいることが分かる。そこで大志は過ごしたのだが……そこでの生活は、大志にとって決していいものではなかった。

 まずは彼の家族について説明しよう。父親は会社を経営している。それも、世間一般的に知られる、とある大企業の代表取締役をしているのだ。父親は昔から失敗を知らない。小学生のころから常に成績はトップ。中学卒業後、全国屈指の名門高校に入学し、そこでも常にトップを維持していた。大学も全国最難関と呼ばれる学校に進学し、そこをも首席で卒業。大学を卒業後は会社を興し、業績は鰻登り、瞬く間に業界最大手の会社へと上り詰めた。

 そして母親。母親は会社役員の家に生まれる。小中高一貫教育の学校を卒業し、有名女子大学に進学。親が務める会社に就職。そこで実力を表し、会社役員に昇進。その後も会社に多大な利益をもたらし、見合い結婚をする。

 最後は兄。大志には三つ歳が離れた兄がいる。兄は生まれた時から将来の父親の後釜として期待され、見事その期待に応え続ける。まるで父親の再臨のように、名門高校、最難関大学を経て、父親の会社に就職。七光と陰で言われながらも、その類稀なる経営術を駆使し、すぐに会社の重役として抜擢された。

 このように、大志の家族は全員がエリートと呼ばれる人種であった。無論、大志もまた、両親から大きな期待を寄せられていた。小さな頃から塾に通わされ、友人と遊ぶことすら許されない。毎日勉強勉強の日々。大志は、幼いながらにそんな自分の状況を受け入れることが出来なかった。事あるごとに両親に反発し、その度にゴミだのクズだの罵倒を受けた。極端な不良行為に走ったわけではない。友人と遊んだり、軽いイタズラをしたりと、極普通の少年の生活を送っただけである。にも関わらず、両親、兄は、彼を罵倒し続けた。しかしそれは周囲に知られることはない。世間体を気にする家族は、家という極限られた空間の中で、人知れず大志を責め続けた。高校も県立の高校に進学。成績は鳴かず飛ばず。彼はたくさんの友人に恵まれたが、成績しか評価の対象としない両親は、彼に見切りをつけ放置し、兄は彼を見下すような言動を繰り返す。

 そんな家庭で生活した大志は、その行き過ぎたエリート主義に嫌気が差し、高校卒業後、半ば家出の状態で一人暮らしを始めた。

 生活は決して楽なものではなかった。安い賃金で毎月ギリギリの生活を送り、残業、日曜出勤も当たり前だった。それでも、彼は初めて得た自由な生活が楽しくて仕方がなかった。彼の毎日が充実したような態度は、見ている者をも幸せにし、自然と彼の周りには人が集まっていた。


 ……しかし、その生活すら奪われた。大志は怒り心頭のまま、その実家を目指した。




 ◆  ◆  ◆




「――親父!! 兄貴!!」


 大志は怒鳴り声を上げながら、実家の玄関を勢いよく開けた。彼の声を受けたにも関わらず、家の中からは何一つ返事がない。


「――――ッ」


 大志は怒りで顔を歪めながら、家の奥へと進む。時刻は夕食時。おそらくは、家のダイニングで全員が食事を食べているだろう。そこにいれば当然大志の声は聞こえているはずである。だが、誰も返事をしない。

 ダイニングの扉の前に来た大志は、ドアが壊れるような力でドアノブを押す。そこには、大きな机で食事をする両親、兄の三人がいた。コース料理のような豪華な食事を、ナイフとフォークを使い上品に食べる三人。誰一人、大志に視線を送ろうとしない。

 そんな三人に、大志は更に苛立ちを覚えた。ツカツカと詰め寄り、テーブルに力一杯に両手をつく。


「何のつもりだよ!!」


 彼の言葉に、ようやく父親が口を開く。だが、視線はやはり合わせない。


「……騒々しいぞ。少し静かにしろ。……それで、今更何しに来たんだ?」


「とぼけんなよ!! 俺の会社のことと、家のことだよ!!」


「会社? ……ああ、あの小さな会社か。それがどうかしたか?」


「裏でコソコソ根を回しやがって!! どういうつもりだよ!!」


「さっきから何を言ってるんだ……」


「――父さん、僕だよ」


 大志と父親の会話に、兄が口を挟む。


「僕が“彼”の会社に連絡しただけだよ。……“家族の面汚し”を、これ以上働かさないでくれってね」


「……テメエ……!!!」


 大志はテーブルに置いた手を強く握り締めた。


「……まったく、余計なことを。“コイツ”など、もはや家族ですらないだろうに……」


「でも、“須藤”の苗字を名乗ってるんだ。それだけで不愉快だと言うのに、僕達の顔に泥を塗り続けるなんて許せなかったんだよ」


「ふん……まあいい……」


 兄と父親は、二人だけで会話を終わらせ、食事を再開させた。それを見た大志は、再びテーブルを強く殴り付ける。


「ざけんな!! 目障りならほっとけよ!! 俺はお前らの家族でも何でもないんだろ!? 何で一々ちょっかい出すんだよ!!」


「――黙れよ大志」


 兄はナイフとフォークを止め、視線を向ける。だがその視線は、およそ弟に向けるようなものではなかった。まるで汚物でも見るかのように、とても冷たいものだった。


「お前がどこで野垂れ死のうが知ったことじゃない。だがな、お前が目立てば、それだけ僕の社会的評価が下がるんだよ。お前は分かってるのか? 会社の部下は口々に噂してるよ。“弟は小さな中小企業にいる”ってね」


「だから何だよ……!!」


「目障りなんだよ。お前の存在そのものが。なぜお前は僕の弟なんだ? なぜお前はゴミなんだ? お前には失望を通り越して憎悪さえ感じているよ。……いや、憎悪しかないと言えるだろうな。

 分かったか? お前という存在こそが、僕の人生の癌なんだよ。ゴミはゴミらしく、日の当たらないところで惨めに生きて……そして、死ね」


「き、貴様あああああ!!!」


「――いい加減にしろ!!!」


 大志と兄の間に、父親の激が飛ぶ。だが、当然父親は大志の擁護に回ることはない。


「……大志、二度とこの家の敷居を跨ぐな。貴様は“須藤家”の人間ではない。お前とは二度と関わらん。関わりたくもない。だから、今すぐ出て行け。食事の邪魔だ」


 その言葉を最後に、三人は再び食事を始める。まるで大志の存在がそこにはないように、優雅にナイフとフォークを使う。


「―――そうかよ……!!」


 大志はダイニングを出ようとする。


「――大志」


 そんな彼に、母親は声をかけた。大志は足を止め、ゆっくりと顔だけを母親に向けた。


「どうでもいいけど、貴方、ドアは静かに閉めてよね。埃が舞うじゃない」


「―――」


 僅かでも期待を抱いた大志は、そのことを後悔した。母親すらも、大志など見てはいない。母親だけじゃない。父も、兄も、親族であるはずの三人が、大志をゴミのように扱った。大志の心は締め付けられた。まだ十九という若者は、この世で孤独になったことを理解した。ふと、大志は兄の表情に気付く。スープを飲みながら、その顔はほくそ笑んでいた。


「―――ッ!!!」


 大使は再び勢いよく扉を開け、逃げるように家を後にした。




 ◆  ◆  ◆




 家を出た大志は、近くにある公園のベンチに座っていた。時刻は既に深夜に近い。空には雲が立ち込め、ゴロゴロと雷が走る音が聞こえ始めていた。大志の頬には雨粒が落ちる。粒はゆっくりと頬を伝い、地面に垂れる。それでも大志はただ座っていた。


「………」


 大志は何一つ口にしようとしない。彼の中は、痛みが走っていた。家族に見捨てられた痛み。順風な生活を奪われた痛み。そして、ゴミと呼ばれた痛み。再び言うなら、彼は極普通に生活していただけである。誰にも迷惑をかけたこともない。……いや、彼の生活自体が、彼の兄にとっては迷惑だと言われていた。それについて、当然ながら大志自身に非はない。あるはずがない。それでも、彼は責められた。罵声を浴びせられた。理不尽……その言葉が一番合うだろう。思えば皮肉な話である。世界で唯一無二の味方になるはずの家族が、彼の人生の中では最大の障害となっていた。しかしながら、それでも彼は両親を想っていた。自分の肉親。大切な両親。どれだけ罵倒されようが、罵られようが、蔑んだ目で見られようが、彼にとっては二人しかいない親だった。だからこそ、彼の心は押し潰されそうになっていた。


 気が付けば、空からは大量の雨が降りしきっていた。大志は、それでもベンチから動けない。動く気力すらない。まるで自分の心の様子を具現したかのような空模様は、彼を濡らし続けた。大量に浴びる雨は、大志の頭を、顔を、体を、四肢を濡らす。その中で、大志の頬には熱い別の水滴が流れていた。


「………くそ………」


 か細く呟いた大志の声は、誰の耳に届くこともない。その場には彼しかいない。だからこそ、彼はここにいる。


 しばらく雨に打たれた大志は、ふらりとベンチを立つ。その足取りは覚束(おぼつか)ないものであり、今にも転倒しそうだった。


「………」


 大志はただただ公園の出口を目指す。その先にあるものは、彼には見えない。今の彼の頭には、そこまで考える余裕はなかった。


 ふと、大志は空を見上げた。深夜の公園は、その上空にある黒い雲で更なる深い闇に沈んでいる。それは絶望の色にも似ていた。その漆黒の中に、小さく光る一本の筋が見えた。それは横に走る雷のように見える。だが、そんな雷など見たことがない。


「……なんだ?」


 大志はようやく言葉らしい言葉を口にした。


 ――その瞬間だった。


 空から光の柱が猛烈な勢いで降りてきた。それは轟音を響かせ、一直線に大志を目指す。


「――――ッ!!??」


 言葉を発する間もなく、光は大志の体を包む。極太の光の柱。それは、途方もなく巨大な雷の柱だった。周囲に爆音が響く。中にいる大志は叫び声を上げるが、雷のけたたましい音に阻まれ、声が響くことはない。


 やがて雷は収束する。雷が大地に落ちたことで、公園周辺の家は広範囲に渡り停電した。ただでさえ暗い街は、完全なる常闇に落ちた。

 公園近辺に住む住民は、寝間着のまま懐中電灯を片手に公園に向かう。光で照らされた公園の地面には、巨大な黒い焦げ跡があり、電気の筋が所々走っていた。


 ――そして、そこには大志の姿はなかった。


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