曲芸飛行と海
欠落した夢。
痛みを痛みと理解できなかった子供はどう育つのだろう。
リューイが何を思ってりゅういをこちら側にうつしたのかわからない。
ただ、黒狼とミズノリエは俺とガレトとは違う見方・認識をした。
りゅういをみてあくまでリューイだと。
黒狼は笑って『匂いが同じすぎる』と言い、ミズノリエは『器が変わったわけではないのだから、リューイを傷つけようなど許さぬ』と毒に濡れた切っ先を突きつけてきた。
それはわざわざ、幼い姿を何らかの手法で維持してると言うことで。
わけがわからなくて首をかしげる。
「むこうで、なんかしてんのかね?」
「ここには海はないの?」
りゅういがリョーイにへばりつきながらこっちに尋ねてくる。
ソファに座っているリョーイの後ろから首もとに巻きついてじゃれてる形だ。
「海?」
「うん。海」
テーブルに並んでいるサンドウィッチとサラダ。スープはりゅういのお手製。
青い瞳は好奇心にきらきら輝いている。
「もちろん、あるよ。少しばかり距離はあるが。見たい?」
すっと身を乗り出してきた時に少しリョーイの首を絞めているがリョーイはほほえましげに黙っている。
「見たい!」
「えー。俺極寒の氷海とかなら行ったことあるけどなぁ」
渋るリョーイ。
行ったことのある場所なら転移できるが行ったことのない場所は無理なのだろう。
もしくは知ってる相手がいなければ。
氷海は美しいが子供を連れて行くのに適した場所かと問われればないと答えよう。
「リョーイはりゅういによさそうな防寒着を、三十分後屋上に集合だ」
そう提案し、いったん自室に戻る。
どうせ行くなら暖かな景色のよい海。
軽く検索をかける。
あまり人はいないほうがいい。
つまり、狩りや漁のシーズンオフ。もしくは強敵が出没しすぎて人の入らない奥地。
目的地を決め、急いで屋上に向かう。
手にするのはジャケット一枚だけだ。
「何で屋上なんだよ! 夜なんだから冷えるじゃねぇか。りゅーが風邪ひいたらどうすんだよ!」
親鳥気取りのリョーイがさえずる。
それを静かにさせてりゅういを撫でる。
「もっと、高い景色を見せてやるぞ」
「うまく転移して来いよ?」
そう言って笑うと首を傾げつつリョーイは頷く。
手すりに跳び上がる。
本来なら視認不可領域まで一気に行くのだが今回はそうもいかない。
「すげぇ!! ドラゴンだ!」
背中からそんな声が聞こえる。
この世界で過したことはこの子にとって夢に終わるのかもしれない。
それならば少しでも楽しい夢を過して欲しい。
少しでも俺が思う、子供らしさを引き出してやりたい。
「かっけぇ」
いやリョーイ、お前は地道にフォローに回れよ?
体を傾けて旋回してやるとりゅういはパタパタと鱗を叩く。
「すっげぇかっこいい! きもちいい!」
嬉しくなって加速と減速ターンを繰り返す。
海に付く頃には飽きられてしまった。
くそう。
下りたとたんりゅういが言ったのは「眠い」だった。