食事と狩りとファン心理
子供が苛立っている時の対処法。
携帯通信端末を活用。
面倒見の良い友人召喚だ。
オープンカフェでランチを三つ。
がっつりメニューから。
鳥肉のクリーム和えランチ。
魔獣肉のハンバーグランチ。
唐揚げとリゾットのランチ。
を選択。
デザートはチョコケーキ、フルーツムース、チーズポテトパイ。
ドリンクはアイスティーにアイスカフェオレ、ホットコーヒー。
「サイドはどうしようかなー」
りゅういは大人しくメニューの表示されているボードを眺めていた。
文字は不思議と読めるらしく、そのあたりに不自由は感じていないようだった。
ただ料理の想像が付かないという言葉から俺が選んでいる。
食べられないものがあれば食べてやればいいし、改めて別のものを注文するのもいい。
料理がきた頃目的の相手がやって来た。
「やぁ。ちょうどいい感じかな?」
クロード・ロウェン。黒狼だ。
「ああ。いいタイミングじゃないかな」
料理の並んだテーブルを囲む。
お子様が好みそうという理由で、りゅういの前にはハンバーグランチ。
りゅういは不思議そうに俺を見てくる。
魔獣の肉を料理用に捌いたときに残る端肉を集め、卵やみじん切りした野菜を炒めたものと混ぜ固めて焼いた上に果実酒で蒸し焼いた料理。
使っている魔獣によって味が微妙に変わるので飽きない料理だ。
専門の料理店に行けばもちろん、味むらなどは格段に減るが、学内オープンカフェにそこまで望む者はいない。
というか、料理学科の生徒が実験的に作っているものが大半なので基本メニュー以外は、同じメニューと思っても違うことが多々だ。
「あれ? リューイ、縮んだ?」
そう言ってりゅういの頭を撫でる黒狼。
「だ、だれ?」
軽くその手を払いのけてりゅういは視線を黒狼に合わせる。
「みんなは黒狼ってよぶよ? なんて呼べばいいかな?」
にこにこと優しく言う黒狼。
女、子供にやたら好かれる黒狼の魅了が発揮される笑顔だ。
「……りゅうい……」
◆
その後合流したガレトをいれた四人で出かけることにした。
狙いは狩場。
「氷姫と付き合うだなんてなんて分不相応なっ!」
ガレトは竜人と呼ばれているドラゴン形態になることはできないがドラゴンの血を受継ぐドラゴン亜種だ。
反射神経や防御力の高さを誇る戦士系へと進路を選ぶことが多い。
具体的には治安機構職員や警備会社、冒険者。地方の町々が独自に雇う警備要員などだ。細かく分類すれば結構多岐にわたる。実力さえあれば職にあぶれることはない。
まぁ、問題行動が多ければ職を得れない事もあるが、竜人には魔力があるので食い扶持には困らない。
寿命としては200年から500年程度だろうか?
興奮し、腕を振り上げるガレトを物珍しげにりゅういが眺めている。
「いやぁ、付き合ってみようか。なんていわれるとやっぱり照れるね」
さわやかな笑顔で照れくさげに頬を掻く黒狼。
「一発受け入れろ!!」
みっともなく喚きながらコブシを振るうガレト。照れたままのらりくらりと黒狼は避ける。
「氷姫って?」
りゅういが聞いてきたのでじゃれあいは放置して答えておくことにした。
「この学都にいるアイドル学生の一人かな」
「あ、あいどる」
「そう、ファンクラブ持ちの学生のことを総称してアイドル学生って言うんだ」
まぁ、黒狼もファンクラブあったはずだからアイドル同士だな。
「げーのーじんとはちょっと違うんだ」
芸能人?
あー。
ニコラ・E・ガヴォード。
氷姫の渾名をもつ少女。愛称はニック。
成績優秀、気だるげな風情が人気。
神官、巫女系の家柄で冷ややかな雰囲気が特徴のハンサムガール。
ニックは巫女系で奉納舞とかもしてるはずだし、
「ニックは芸能人かなぁ?」
技芸、能力を重視する職業人だよな。
「公式のネットアイドルや、娯楽アイドルと氷姫を同列に並べんなーー!!」
ガレトのコブシがこっちに襲い掛かってくる。
というか、つばを飛ばすな。
「並べてないぞ?」
そういえばあっちを芸能人とも表現したっけ?
当たる直前で黒狼がガレトの左腕を掴み、支柱に使っていた足をその足元の土を抉る形でなぎ払う。
結果、きれいに回転して地面に叩きつけられた。
りゅういがいるからへたに反撃や回避はできないから助かった。
「対応できないリューイ・リトルがいるのにそっちに向かうのは感心できないぞ。ガレト」
先ほどまで照れながらじゃれていた黒狼が静かに見下ろし、告げる。
頭が冷えたのか立ち上がりつつ、気まずげな表情でりゅういを覗き込む。
「怖かったか? すまんな。リトル」
「別に平気」
ガレトの謝罪を興味なさげに受け入れるりゅうい。
その様にガレトは満面の笑みでりゅういの頭を撫でる。
「いい度胸だ! 狩場での俺様の活躍に期待しろよ!!」
子供は元気が一番とばかりに豪快な笑い。
りゅういは不満そうに、それでも大人しく撫でられていた。
携帯通信端末を使って学生課掲示板で募集依頼を確認する。
薬学科や医療学科、魔法学科からの植物採集募集依頼は今回省く。
選ぶのは魔獣討伐募集依頼。
地域情報、募集をかけてる学科の確認、内容が討伐か、部位採集かの条件確認。
どうせなら効率の良い単位確保をしたいものである。
「少し先にバレガル鳥の集団がいるな」
黒狼がまっすぐそちらを見据えながら言う。
近隣の村の農作物を食い荒らしては飛び去る鳥型の魔獣。
攻撃力は低いがおとりを使って逃亡するという習性をもつ面倒な奴だ。
「魔法使いか、技工士の参加も募るべきだったか?」
ガレトが面倒そうに言う。
バレガル鳥で依頼に検索をかける。
『治安保持・冒険学科から単位あり討伐依頼。討伐数三十以上。確認は計測器で行うのでONしておくこと。』
『料理学科よりバレガル鳥の肉募集依頼。処理によって報酬は変動。条件:食用可能肉であること。』
『技術学科よりバレガル鳥の飾り羽募集依頼。条件:傷が少ないこと』
掲示板をガレト、黒狼に見せる。
二人の手が俺のそれぞれの肩に乗せられる。
「まかせた」
ふっ
「任されたーーー」
「んじゃ、りゅういの保護、よろしくなー二人とも」
二人が力強く頷く。
「ハールって強いの?」
りゅういが心配そうに黒狼に尋ねている。
「見えないかもしれないけどね、強いよ。ガレトは捌きグッズの準備な」
黒狼、見えないって……
「まぁ、こんな格好で狩りに出向くやつらはそういないしな」
ガレトは笑いながら荷物を確認し、カウンターを俺に向けて投げてくる。
そう、この狩り参加者。全員軽装だ。
冒険学科の生徒や教官にばれたら叱られそうなぐらいに。
りゅういは長袖シャツに長ズボン、動きやすい革靴。
黒狼はハイネックのシャツにショートジャケット、ジーンズにロングブーツ。黒の長髪は背中で束ねている。荷物はウェストバッグに一まとめ。
俺はカジュアルスーツだし、少し狩り向きの格好をしているガレトだって半そでTシャツにダメージジーンズの上に皮防具をまとっているくらいだ。
目を瞑って聴覚を澄ます。
可聴域を広げることで獲物の位置を探る。
黒狼が感知した獲物だ。
あいつの嗅覚は半端なく鋭い。
そう、多少騒いでもまだまだ気づかれる距離ではないのだ。
パーティメンバーの心音、脈動音を聴覚から意識的にカットする。
重力魔法を行使し、一歩空中に足を踏み出す。
りゅういが息を呑むのが聞こえる。
「ちょっと行ってくるねー」
笑って手を振る。
黒狼とガレトが軽く腕を上げて送り出してくれる。
重力魔法で硬化させた空気の塊の上を走る。
バレガル鳥にばれるのは好ましくない。
視認可能範囲までそうやって走る。
風の音が軽く変わるので感知の危険はあるが、ヒト一人分の不自然さに感知できたときにはもう魔法領域だ。
『……イネルティ……』
手のひらに集めた魔力を合言葉と共に属性付け、そして眼下の鳥の群れに投げ込む。
空気が瞬間膨張し、爆風を巻き起こす。
髪が爆風に煽られ、乱れ舞う。
いまだ魔力の充満する地に下りる。
ぴくぴくとまだ生きているバレガル鳥を窒息させながら集めていく。
コレなら一切の傷は付かない。解体運搬時に気をつければいいだけだ。
◆
「氷姫って言うのはさー。もう言葉にできないくらいの美人さん。今、十五歳だったはずだ。凍てついた氷のように白い肌にさらりと作り物めいた銀髪。普段から物静かでクール。優雅かつ妖艶な仕草。まーさーに高嶺の花!」
ガレトがバレガル鳥を捌きながら気色悪くも身もだえする。
妖艶? 神聖清冽な印象はもってはいたけど。
色気、ねぇ?
「まぁ、美人で頭がよくて気さくな素敵な女の子だよ」
黒狼がにこにこと羽から血を落としながらりゅういに追加説明する。
付き合ってるわけだから間違いなく惚気だ。
りゅういも手伝って血を落とし終えた羽を一定数ごとに束ねている。
「けっ。どうせ長続きしないだろうがな! さっさとふられちまえ!」
ガレトが負け惜しみを言う。
まぁ、黒狼はよく付き合うかわりによくふられてもいるからなぁ。
「ガレトは氷姫のファンクラブに入ってるの?」
「おう!! いとしの氷姫を見守る会、会員ナンバー0208だぜ!」
ちなみに、俺が知る限りでも『見守る会』のほかに『称える会』『崇める会』『罵られ隊』が存在するのを知っている。
「会員特典は氷姫の取得授業情報や、隠し撮り写真の優先販売さ」
「犯罪集団?」
りゅういがこっちを見て不安げに瞳を揺らす。
もちろん、犯罪行為だ!
「犯罪者だなー。個人情報の保護規制線は守れよ?」
黒狼が軽く笑って言う。
「わかってるさ。見守る会はそのラインはきっちり守るんだ! 罵られ隊の連中とは違うさ」
いやぁ、あんまかわんねぇだろ?