時空操作学科と都市破砕級魔法
時空操作学科。
学都ゲネアティカにのみ存在する学科。
時間と空間に関する学問を実地実験学習する学科である。
他の学習施設では転移術学科、予言学科となるが、人数の多いゲネアティカにおいては有能力対象者が多いので1学科にまとめられ、複合研究が進められている。
作成公開されているレポートを読むことでも随分楽しめる。
「ハール。ありがとう。俺だけじゃ無理だったよー。まじリューイひでぇよー」
ふわりとした短い茶髪。
少し緑がかった明るい茶色の目には感謝が見える。
寮の同じフロアに住むグラント兄弟。
泣き言をこぼしているのは弟の方でリョーイ。
兄のマイペースに巻き込まれる担当らしい。
あと、体力に難のある兄のフォロー。
「…………感じ悪りぃの……」
ポツリとこの場にいたもう一人がこぼした。
ふんわり甘い茶髪に空と海が混じったような青の瞳はつまらなさげに冷めている。
現在、この部屋にいるのはヘルプに呼ばれた俺、愛称ハール・マクレーン。
部屋の住人の一人リョーイ・グラント。
そして、『りゅうい』の三人だ。
もう一人の部屋の住人リューイはいない。
「ぅあう。ごめん。りゅういに言ったんじゃないからね」
リョーイが慌てて謝る。
リョーイより見たところ5才くらい年下だろうか。
「ま、ここはりゅういの世界からずれたパラレルワールドみたいなもんだな。わかる? パラレルワールド」
軽く説明するとりゅういは一瞬だけ目を見開いて小さく頷く。
「平行世界?」
りゅういの世界にもそういう考え方が存在したというのがありがたい。
説明が楽になる。
リューイが残していったと言う書類。ご丁寧に紙媒体を使ってある。
「この世界には『時空操作』ということを研究する学問と実行する術をもつヒトが存在する。ここにいるリョーイはタンカン転移を得意としている」
「たんかんてんい?」
不思議そうに首を傾げるりゅうい。
「どんなイメージをもったのか教えてくれるかな?」
「短距離転移?」
「ハズレ。単一空間転移。異世界に転移とかはできず、同じ世界の離れた場所にのみ転移可能な能力だ。知っている場所にならどこにでもいける能力強度だからかなり有能といえるかな」
「ふぅーん」
興味なさそうな声で得意気なリョーイを挫くりゅうい。
「そしてここにはいないが、リューイ、このリョーイの双子の兄は分岐未来予測と特殊無効空間という能力を得意としている」
「むこーくうかん?」
「魔法は使えるんだけどね、その定められた空間の中ではリョーイの単間転移も無効化される。そういう生来系能力の無効化能力のことだね。特殊と付くのは無効化させたその能力をその空間内という制限は付くが、自在に使うことができるから。対能力者には非常に有効」
「ただ未来予測にしても無効空間にしても、やたら生命力を使う。未来予測が暴走すれば三日ぐらいこん睡状態で精神感応が得意なしかも特定の受信能力のある者にしか受け取れない予知。しかも起きたとき当人覚えてないような状況とか、無効空間の場合その中心地から動けないとかペナルティ多すぎで実用的ではないんだよなー」
「使えねっ」
俺の説明時点で、ちょっと「すげぇ」とでも言い出しそうなふうだったのがリョーイの暴露で一気に冷める。
今使えない双子認定受けたのに気がついてるのかリョーイよ!
「さて、本題だ」
神妙な表情で子供が二人頷く。
「この書類によると、」
ばさり
「並行世界転移実験を実行したらしい」
頷く二人。
「だから、りゅういは入れ替わりでこっちに来たってことらしいね。この書類によるとそういう想定が立てられている」
「ナニソレ。メーワクすぎね?」
りゅういが言う。
そーだね。
もっともな意見だと思うよ?
「まぁリューイだしなー」
リョーイがリューイをフォローするような言葉をぼやく姿にりゅういが微妙そうな表情を浮かべる。
「無作為に入れ替わり?」
「いいや。魂や存在値の近い相手を対象に入れ替わりらしい。条件が幾つかあるみたいだし、リューイにはちゃんと帰ってくる気もあるようだしね」
りゅういの疑問に答える。
問題はどうやって帰ってくるかだけどな。
そのことについては書き置きには何も記されていない。
ただ入れ替わりで来た子供の保護を頼むと記されてはいた。
少なくとも子供が訪れることは把握していたのだろう。
もしかしたらミズノリエの書いた論文がここにかかってくるのかもしれない。
「まーったく。リューイってばわっがままー。しょーがねーんだからなー」
ぶぅぶぅと当たり前に受け入れつつ不満を口に乗せるリョーイ。
りゅういの不審そうな眼差しにりゅういの頭を撫でる。
「リューイは帰ってくる時にりゅういも帰れるんだと思うぞ?」
妙に威張ってすらいる。
「ところでさーりゅういんとこって危ないコトとかないよな? リューイは体力ないしさ、ちょっと心配なんだー。行き倒れてねぇか超不安」
「チャラい不良に見られたらどうなるかなんてわかんねーな。身元不明の不審人物だろ?」
「リューイは不良じゃないぞ?」
いやぁリョーイ。
お前がチャラい不良って言われてるんだって。
りゅういがこっちを見てくる。
「まぁリューイはぱっと見て軽いとかっていわれるタイプじゃないから」
「だって、双子だろう?」
不思議そうなりゅうい。
りゅういの言葉に首を傾げるリョーイ。
情報通信端末を起動し、立体映像記録を出す。
先日の両手に花。状態のリューイの動画だ。
「似てない……」
黒髪にどこか静かな雰囲気の青年と、目の前のやんちゃ青少年は確かに似ていない。
どこかショックを受けたりゅういの口調に俺とリョーイは首を傾げつつも何も聞かなかった。
少しお茶を飲ませたり、食事を取らせたりしてから、気分転換に場所を移す。
「すごい!」
興奮する子供の声。
そこは寮の屋上。
広がる大空。正面に広がる森。木々の合間から伸びる建築物に水の流れ。
森の向こうにはそびえる山も見える。
この学都ゲネアティカは内陸にある都市だ。
学術と芸術の都ゲネアティカ。
総合建築学科が立案した都市計画に基づいて伸びる建築物はかなりデザイン性機能性に拘りをもっているらしい。
「こんな光景、アニメや映画以外で見たことないよ!」
手摺に掴まって身を乗り出す。
襟首を捕まえて引き戻す。
「危ないから」
りゅういは軽く首を傾げてから頷く。
「落ちると危ないよね」
いや、どっちかって言うと。
「教官に見つかると注意やペナルティが煩くて煩わしいんだ」
「あ。それ面倒」
「そうゆうこと」
納得されたのでおとなしく肯定しておく。
面倒くさいんだよ。本当に。
「まぁ、すぐ帰れるってわけでもないから、俺の受ける授業についてきてみるか? 退屈かもしれないけどな」
「いい、の?」
不安げな空気を感じる。
「んー。どうせ、俺かリョーイの観察下にいてもらわないと困るしなー」
「監視」
「ああ。死なれても困るし」
魔獣幻獣魔物に霊獣そこらで起こる魔法使用の突発喧嘩。学内トラブルははんぱない。
元からこの世界で生まれ育ったならある程度の防衛手段や危機回避能力というものがあるがりゅういは違う。
おそらくこの世界より安全な世界から予期せずにこの世界へと呼び出された被害者。
状況を知る者なら正しくそう相対せねばならない相手だ。
「そっか。……ねぇ! ハールは魔法とかって使えんのか?!」
きらきらした好奇心に微笑ましくなる。その前に一瞬感じたあきらめめいた感情の色については軽く記憶に掛けておくだけにする。
「もちろん! 都市破砕級の魔法ぐらいならキャパペナルティ無しでぶっ放せるぜ!」
「いや、そんなのは面倒だからイラナイ」
えー。そんな一気にテンション下げなくてもいいじゃん。りゅういってノリが悪いー?