夜間飛行と双子
流血を伴う捕食描写があります。
夜
寮の屋上で空を見上げる。
猫も高いところは好きだろうけど、俺も実は高いところは大好きだ。
手すりの上に足をかけて軽く飛び上がる。
幅2.5センチくらいの手すりは金属製。
その上に立ってほんのりと歩く。
月や星がとても近く、生ぬるい空気だけが不愉快だ。
寮の空調から吐き出される生ぬるい空気を冷却魔法で涼やかなモノと入れ替える。
魔法学科校舎の屋上にはチラチラと魔力を帯びた灯りが煌めいている。
今日は月の加減も星並びもかなりいい日だし納得。
そして、
この俺にとっては最良の飛行日和。
魔力をもって手すりを軽く蹴って上昇。
人の視界や魔力検知のはずれるあたりまで一気に上がる。
凍てつくほどの空気。
濃密な空の魔力。
静けさと魔力のざわつき。
俺は本来の姿を解き放つ。
大きく大気が揺れる。
淡めの琥珀色の翼が視界の端によぎる。
気分 爽快。
夜間飛行は月の満ちたこんな日に限るよね。
ほんのひとはばたきで学舎の敷地から離れ、誰のテリトリーでもない狩場の上空まで達する。
誰のテリトリーでもない狩場。
学都で学び中の幻獣系の共有狩場とも言う。
ゆえに、狩る相手が生徒かどうかも見極めが必要。
まぁ、自己責任だけど、書類作成が待っているんだよね。生徒狩っちゃって食べたりしちゃうと。
ペナルティあるし。
一声かける。
「 お ぉ ぅ」
人の耳には咆哮と聞える音の反響に返答はない。
今日の狩場は独り占めらしい。
獲物を見つけ次第の急降下、容易く捉えた魔獣の腹を裂き、咀嚼する。
じんわりと咥内にひろがる甘い内臓の喉ごしと筋の噛みごたえ。
鮮度の良い温かなうちだけがこの魔獣の食い時。
冷えた肉は食えたものじゃない。
内臓を引きずり出し、一飲みにする。口の端から筋やこぼれた血が滑り落ちる。
いまいちみっともよくないので一気に啜り上げ、飲み干す。
顔のまわりを舐めとって清浄魔法でトドメをかける。
周囲に様子を伺う気配を感じ始めた。
そろそろ潮時だろう。
大きく羽ばたき、獲物はそのままに一気に上昇。
視界の端に置き去りにした獲物に群がるケモノたちが見える。
おそらく、朝には何の痕跡も残っていないだろう。
そのまま寮まで飛行する。
「おはよう」
屋上に人型で降りた途端声をかけられた。
足場は手摺。
「おはよう。早いな」
挨拶を返すと黒髪の彼は笑った。
「血の匂いがする。落としておいた方が良いと思うな。今日の出会いのためにも」
?
リューイ・グラント。
寮の隣の部屋に住んでいる双子の片割れだ。
それなりに交流はあるが相変わらず突拍子もなくよくわからない。つかみにくい相手だ。
。。。。
まぁ、それよりも
「朝食はバターたっぷりスフレオムレツとコーンブレッドにオニオンスープ?」
リューイはにっこり頷く。
いやぁ
すっげ〜いい匂い。
「コーンブレッドくらいならお裾分けしようか? 弟たちと食べるには焼きすぎてるから」
紫の目は預言者の瞳。
民間呪術授業でそんな項目もあったっけ。ほぼ迷信だけど。
リューイの目はほぼ漆黒に近い。
ただ、時折、深く禍々しい紫を帯びる瞬間があるのも事実。
「食後だからいらないかな?」
軽い穏やかな口調。
「ん〜、いただけるモノはいただくね。おいしい朝食を分けてもらえて光栄だ」
「じゃあ、準備しておこう」
「ああ、よろしく」
和やかに交渉成立。時々調味料をわけてくれって来ることもあるしな。
「あ、そうだ」
行きかけてリューイは振り返る。
?
「早く手すりから降りることをお勧めするよ。そこは下から見上げれば見える」
俺は慌てて床に飛び降りた。
猫の二の舞はごめんだ。
お互いに名前は知ってる、話もする。
だけど、リューイとはなぜか名を呼びあった記憶がない。
呼びかけたことも呼びかけられた事もあるんだけどちょっと不思議。
部屋に戻ってシャワーを浴び、奴の部屋をノックする。
「おっは〜」
でてきたのはコーンブレッドの袋を手に下げた茶髪。
リューイの双子の片割れでリョーイ。
少し緑がかった明るい茶色の目。
その色彩とチャラさでリューイと双子とは到底思えない。
クンクンと犬のような仕草で俺を嗅ぐと、
「ハーツレッツ社のシトラスV5?」
使用ボディソープを当てられた。
頷きつつ、渡す気があるのかないのかわからなかった袋をかっぱらう。
日向の匂いというモノがあるのならこの袋はそれに満ちている。
今朝はちょっと本格的にハーブティーを淹れ、袋を大きく開ける。
まだ湯気の立つコーンブレッド。
美味しくいただきました。
同室の魔法使い、ミ・スト・ヴァー・ゼンもいつの間にか食ってたけどそこはご愛嬌。
「マクレーン、お茶が渋い」
「ヴァーゼン用に淹れたお茶じゃないから。俺にはちょうどいい」
ブツブツ言いながらパンを口いっぱいに頬張る。
1メートルそこそこの身長。基本的に骨ばった細い体系。
頭からかぶった茶色いローブ。
頬張っている姿はどこか齧歯類を思わせる。
在庫にあったはずのオレンジジャムの瓶を棚から出して渡す。
今日の出会いはこいつじゃないんだろうなとか思いつつそのことは忘れていった。