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ポンポン  作者: 両角忘夜
2/2

9〜15

 ◯9〇

 下水道のねばついた壁には、鼠やゴキブリ、カマドウマやウジムシなどが、それぞれ活動していた。

 ぼくの隣を腐った林檎が流れている。彼らは林檎に群がったが、ぼくには関心ないみたいだ。

 いったいどれほど時間が経ったのか。ずいぶん流された気がする。幾つかの流れが合流する地点で、懐かしい奴と再会した。昔、渋谷のショップで一緒に並べられていた仲間のポンポンだ。ぼく以上に汚れ、ナイフで切られたような傷まである。

 腐った林檎、それに二つのポンポンが並んで流れていく。



 △10△

 ゴキブリたちはやがて交尾し、子孫を残す。林檎も実のなかに種を宿し、地面に植われば木となれたはずだ。しかし彼は、もはや林檎としての目的を失っている。

 ぼくはどうか。

 少女の手から離れ、野球のボールでさえなくなったぼくは、腐った林檎と同じなのか。

 答えはNOだ。

「ポンポン」という商品だとか、そんなのは人が勝手に決めた役割だ。元々ぼくには目的もなく、何かに依存したこともない。



 ◎11◎

 死とは何だろう。いなくなることだ。

 生とは何だろう。いるだけのことだ。

 愛や憎しみって何。周りへの期待や執着なら、ぼくには関係ない感情だ。

 抱きしめられれば温かいし、投げつけられたらホントは痛い。でも、そんなことで気持ちは揺れない。この先何があっても、ぼくは平気だ。

 悲しくなんかない。



 □12□

 けれど、この先なんてなかった。

 流れの途中で柵があり、たくさんの浮遊物がせき止められ、かったるそうに溜まっていた。いつか清掃員に回収されるまで、浮かんでいるんだろう。

 空き缶やペットボトル、木の枝や魚の死骸、その腐乱した姿には未練があり、水が揺れるたび、ざわざわと騒ぎ立つ。



 〇13〇

 あるとき一枚のゴム手袋が流れてきた。彼は言った。

「なんて惨めだ。なんて悔しい存在なんだ。捨てられた俺たち。この地獄を、この怨みを、清潔無害な消費文化に耽る奴らに見せてやりたい」

 手袋の言葉はゴミたちを揺るがした。ざわめきが広がる。

「俺は約束しよう。君たちを必ず救済してみせる!」。手袋は力強く宣言した。

 気がつくと、もう一個のポンポンがいない。ナイフの傷から水を吸い、重たくなって沈んだのだろうか。

 腐った林檎は周りに同調して揺らぎ、こすれあいながら、ときどきキュリ、キュリ音を出す。

 ぼくは静かに浮かんでいるだけだ。



 △14△

 それから日が経ったが、手袋は何もできなかった。ゴミたちはふやけ、明らかに不満そうだ。

 あるとき手袋はこう言った。「これより濁流を遡り、マンホールから噴出して、人間どもを急襲する。目にもの見せてやろうじゃないか」

 だけど、誰もそんなことはできなかった。

 別の日に、手袋は言った。「神様がいるなら、こんな我らを見捨てるはずない。みんなで祈れば、奇跡が起こり、大願成就となるであろう」

 だけど誰も祈らないし、何も起こらなかった。

 それから手袋は沈黙し、ゴミたちは虚脱した。



 〇15〇

 ある日気がつくと、ぼくは水面から三十センチくらいのところを浮かび、醜くひしめくゴミたちの群れを見下ろしていた。

 そのなかには、すっかり腐って水膨れしたぼくの死体もあった。もはや丸くもなく、軽さもない溺死体である。

 ぼくは飛んだ。地面をすり抜け、空に飛び出す。

 天国ってあるのかな。それとも、やがて消えてしまうのか。




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