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ポンポン  作者: 両角忘夜
1/2

1〜8

 ◯1○

 ぼくは丸い。ふわふわとして、空間を漂っていた。その空間は風もなく重力もない。寒くも温かくもなく、そんな何処かを、ぼくは目的もなく、ただ浮かんだり流されたりしていた。

 ぼくには自身の軽さや丸さがすべてで、世界というものがわからないし、興味もない。

 苦しみも悲しみもない。ただ、ぼくの中心の奥深いところに、静かな気持ちだけがあるだけだ。



 △2△

 そんな丸いだけのぼくだったが、いったいどういう経緯か、気がつくと捕獲され、渋谷のショップで売られていた。

 でもそれが悲しいのではない。ああそうか、と気づくまで、時間がかかったということだ。

 それまで、ぼくには名前がなかった。しかし店頭に並べられたぼくたちには、「ポンポン」という商品名がつけられていた。丸くて軽いからポンポン。つまり、そういうことらしい。



 ◎3◎

 ぼくたちはそれまで、お互いのことをまるで知らなかった。ただ丸く、漂う状態に充足して、他者には興味がなかったのである。

 まあしかし、興味は今も大してない。ぼくは、複数になるとぼくたちでもあるという事実を知ったに過ぎない。そして、商品名「ポンポン」でもあるという事実を。

 けどそれが、何だというのか。ぼくはけっきょく、丸いだけのぼくである。



 □4□

 そのショップには、お洒落な少女たちが通う。ぼくたちポンポンを見て、指でいじくり、「やわらかぁい」などと嬌声をあげる。なかには「かわいい」と言ったり、「癒される」なんて言う者までいる。イヤサレルって何だろう。

 少女たちはひとしきりぼくらを触って、もっとも指にフィットしたものを買っていく。

 ちなみに、ぼくたちの値段は五百円だった。高いのか安いのか。そんな評価が何になるのか、ぼくにはさっぱりわからない。



 ◯5◯

 ある日、ぼくは一人の少女に気に入られ、買い取られて行った。

 それから少女はいつもぼくをそばに置き、時間があると触るのだった。

 朝起きて撫で、登校前に頬ずりする。帰宅して宿題するときも、テレビを見る時間も、眠る前も、思い出すとぼくを触った。そして、うっとりした表情で「気持ちいい」なんて言う。

 ぼくにはどうでもよかった。少女に買われ、愛玩されるようになったからって、ぼくは変わらない。ぼくなのだ。



 △6△

 いつからか、少女はぼくに向かって独り言を呟くようになった。親のこと、学校のこと、友達や彼氏のことなど。

 話してから、「馬鹿だなァ、あたし。こんなボールに愚痴言っても仕方ないのに」と反省する。それから溜息をついたり、涙を流すことさえあった。

 けれど、ぼくには関心がない。突然激高した彼女が、ぼくを壁に叩きつけたときも、ただバウンドして転がっただけだ。

 しばらくすると、「ごめんね。ごめんなさい」と泣きじゃくり、ぼくを拾い、抱きしめたりする。

 少女なんて、つくづく多感な生物である。



 ◎7◎

 親は無理解、学校はイヤ、友達は意地悪で、彼氏は冷たい、というのが彼女の言い分だった。

 しかしまあ、どうしてこんなに他人のことが気になるのか。

 誰かの感情でいちいち揺らいでたら、愛玩されたり投げ捨てられたりするぼくはどうすればいいのか。くたびれちゃうよ。



 □8□

 けっきょく冷たい男とは別れ、新しい彼氏ができると、少女はぼくのことなど、どうでもよくなったみたいだ。

 捨てられたぼくは、近所の子供たちにもらわれ、野球ボールとして再利用された。

 泥がついてガサガサになり、頬ずりされることももはやない。

 ある日、ホームランを打たれたぼくは遠くに飛ばされ、マンションの外壁にバウンドして、深い溝にボチャンと落ちた。そのままどんぶらこ、どんぶらこと流され、暗渠に吸い込まれていった。




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