「あいつは男友達みたいなものだから」ですって? ずいぶん都合よく『女』に戻る男友達ですこと。
婚約者のアルベルト様が、別の女性を抱きしめていた。
王宮の夜会が始まって、まだ十分も経っていない。
わたくし、ヴィオレッタ・クラウゼンは、手にした扇子をそっと閉じた。
「リディア! 危ないだろう!」
「きゃっ! ごめん、アル!」
赤毛の女騎士リディア・バルツァー様が、アルベルト様の胸に飛び込んだ。
正確には、飛び込んだというより、助走をつけて突撃した。
あの勢いでよくアルベルト様の肋骨が無事だったものだ。さすが騎士。日頃の鍛錬は伊達ではない。
「もう、お前は昔からそそっかしいな」
「へへっ。アルが受け止めてくれるって信じてたから!」
リディア様はアルベルト様の首に両腕を回した。
そのまま、ぎゅう。
ぎゅううう。
……長い。
救助活動にしては、ずいぶん念入りな抱擁である。
遭難者でも、もう少し早く救助隊から離れるのではないだろうか。
「アルベルト様」
わたくしは微笑んだ。
「そちらの方は、もうお怪我の心配はございませんか?」
「ああ、ヴィオレッタ。大丈夫だ。リディアは昔からこうなんだよ」
「そうですか」
「気にするなよ。こいつは男みたいなものだから」
なるほど。
男。
男ですか。
わたくしは、アルベルト様の胸に頬を擦り寄せるリディア様を見た。
立派な胸部装甲である。
騎士団の男性諸君は、最近ずいぶん装備が充実したらしい。
「そうですわね」
わたくしは優雅に頷いた。
「お二人は、本当に仲がよろしいのですね」
「まあな。俺たちは戦友だから」
「そうそう! 女同士の面倒くさい嫉妬とか、私にはわかんないんだよね!」
リディア様が豪快に笑う。
ちなみに、その手はまだアルベルト様の腰に回されている。
女同士の嫉妬がわからない。
素晴らしい。
きっと嫉妬という概念が存在しない国からいらしたのだろう。
ただ、その国では他人の婚約者に抱きつくことが国民的挨拶らしい。
外交上の注意が必要だ。
「ヴィオレッタも、そんな顔するなって」
アルベルト様が苦笑した。
「そんな顔、とは?」
「ほら。嫉妬してるだろ?」
している。
もちろん、している。
婚約者が別の女性を抱きしめているのだから、多少は嫉妬する。
しかし、今わたくしの胸を占めている感情は、嫉妬よりも困惑に近い。
なぜ、この状況でわたくしが悪いことになっているのか。
誰か説明してほしい。
できれば図解付きで。
「大丈夫ですわ。お気になさらず」
そう答えると、アルベルト様は満足そうに笑った。
「そうだよな。お前は物分かりがいいから助かるよ」
物分かりがいい。
なんと便利な言葉だろう。
黙っている女には、何をしてもよいという意味らしい。
辞書の改訂を提案したい。
◇
わたくしとアルベルト・レイヴン様の婚約は、五年前に決まった。
当時、わたくしは十四歳。
アルベルト様は十六歳だった。
初めてお会いした日、彼は緊張していたわたくしに、庭園の薔薇を一輪くださった。
『ヴィオレッタ。君の名前は花の名前なんだってね』
『はい』
『俺は花には詳しくないけど、これから覚えるよ』
そう言って、照れくさそうに笑った。
あの笑顔が、好きだった。
彼は不器用だけれど優しい人だと思った。
剣術の稽古で怪我をすれば、わたくしが包帯を巻いた。
騎士団の試験に落ち込めば、励ましの手紙を書いた。
彼が初めて騎士として任務に出た日は、一晩中、無事を祈った。
彼も、かつてはわたくしを大切にしてくれた。
少なくとも、そう信じていた。
けれど、二年前。
幼馴染のリディア様が王都の騎士団に配属されてから、何かが変わった。
『リディアは女だけど、女じゃないんだ』
『あいつとは気を遣わずに話せる』
『お前もリディアみたいに、もう少し気楽にしてくれよ』
最初は、理解しようとした。
幼い頃からの友人なのだから、親しいのは当然だ。
騎士として同じ任務に就くのだから、二人きりで話すこともあるだろう。
ただ。
わたくしとの約束を破って、リディア様と遠乗りに出かける必要はあったのだろうか。
わたくしの誕生日に、リディア様の剣術大会の応援へ行く必要は?
婚約者であるわたくしを置いて、リディア様のために夜会を途中退席する必要は?
そのたびに、アルベルト様は言った。
『お前はわかってくれるだろ?』
わたくしは、わかってあげたかった。
だから、笑った。
何度も。
何度も。
……笑いすぎて、頬の筋肉だけが異様に発達した気がする。
そのうち、笑顔だけで胡桃を割れるようになるかもしれない。
そんなことを考えていなければ、泣いてしまいそうだった。
◇
「ヴィオレッタ!」
夜会の途中、リディア様がわたくしのところへやってきた。
アルベルト様は知人の騎士たちと話している。
わたくしは一人、壁際で休んでいた。
「ちょっといい?」
「何でしょう?」
「さっきのことなんだけどさ」
リディア様は腕を組んだ。
「アルと私が仲良くしてるの、気に入らないんでしょ?」
「そのようなことは」
「隠さなくていいって。女ってすぐ嫉妬するもんね」
おや。
また始まった。
女という生物に対する、リディア様の熱心な研究発表である。
ぜひ一度、学会で披露していただきたい。
ただし、研究対象がご本人を除く全女性という点については、査読で指摘されると思う。
「私さ、そういうの嫌いなんだよね。男に守ってもらうことしか考えてない女」
「そうですか」
「貴族のお嬢様って、剣も持てないくせに偉そうじゃない?」
「剣術は嗜んでおりませんので」
「でしょ? 私だったらアルと背中を預け合って戦えるけど、あなたは守られるだけじゃん」
わたくしは考えた。
確かに、わたくしは剣を持てない。
だが、リディア様も社交界の招待状を一枚書けないと聞いたことがある。
適材適所という言葉をご存じだろうか。
まさか王国の騎士団では、外交文書を剣先に刺して相手国へ届けているのか。
随分と物騒な郵便制度である。
「それにさ、アルって昔から私のこと大好きなんだよね」
リディア様が笑った。
「もちろん、恋愛とかじゃないよ? でも、私が泣いたら絶対に飛んできてくれるんだ」
「……そうですか」
「あなたも、もう少し努力したら?」
「努力、ですか?」
「そう。アルに愛される努力」
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
愛される努力。
わたくしは、してこなかったのだろうか。
彼の好きな本を読んだ。
騎士団の制度を学んだ。
彼の友人たちとも良好な関係を築いた。
将来、レイヴン子爵家を支えられるようにと、領地経営の勉強もした。
それでも、足りなかったのだろうか。
「……ご忠告、ありがとうございます」
わたくしが頭を下げると、リディア様は満足そうに笑った。
「わかればいいんだよ!」
そして、わたくしの耳元に顔を寄せた。
「でもさ。アルが最後に選ぶのは、私だと思うよ」
声が、変わった。
先ほどまでの豪快な調子ではない。
柔らかく、甘く、勝ち誇った声だった。
「だって、あいつ、私が泣くと何でもしてくれるもん」
わたくしは彼女を見つめた。
リディア様はにっこり笑った。
なるほど。
剣の腕だけでなく、涙腺の操作技術にも優れていらっしゃる。
騎士団の昇進試験には、ぜひそちらの実技も加えていただきたい。
「では、失礼いたします」
わたくしが立ち去ろうとした、そのときだった。
「あっ!」
リディア様が大きな声を上げた。
次の瞬間。
彼女は、自分から後ろへ倒れた。
実に見事な転倒だった。
舞台女優でも、あれほど美しく転べる者は少ないだろう。
しかも、倒れる直前にわたくしの袖を掴み、勢いよく引っ張った。
びり、と小さな音がした。
「痛っ……!」
リディア様が床に座り込む。
「ひどい……ヴィオレッタ……!」
わたくしは瞬きをした。
……え?
今のは、何だろう。
転倒?
演劇?
新手の求愛行動?
「どうした、リディア!」
アルベルト様が駆け寄ってきた。
早い。
騎士団の伝令より早い。
リディア様の悲鳴には、専用の召喚魔法でも仕込まれているのだろうか。
「アル……私……」
リディア様の目から、ぽろりと涙が落ちた。
「ヴィオレッタに……突き飛ばされて……」
お見事。
涙の発射まで三秒。
王国最速記録ではなかろうか。
「何だって?」
アルベルト様の顔が険しくなった。
「ヴィオレッタ。本当なのか?」
「いいえ。わたくしは何もしておりません」
「でも、リディアが泣いているじゃないか!」
……泣いている。
それは事実だ。
しかし、泣いていることと、発言が真実であることは、別問題ではないだろうか。
この理屈が成立するなら、裁判所は全員に玉葱を配ればよい。
司法制度が劇的に簡略化される。
「リディア様は、ご自分で転ばれました」
「そんなわけないだろう!」
「アル、もういいよ……」
リディア様が震える声で言った。
「私が悪いんだ。私が、女らしくないから……ヴィオレッタを怒らせちゃったんだよね……」
あら。
女らしくない方が、女らしい涙を流していらっしゃる。
性別の出張と帰還が激しい。
入国管理局も大忙しだろう。
「リディア、お前は悪くない!」
アルベルト様は彼女を抱き起こした。
そして、わたくしを睨んだ。
「謝れ、ヴィオレッタ」
胸が、冷たくなった。
「……何を、でしょうか」
「リディアを突き飛ばしたことだ!」
「しておりません」
「まだ言い張るのか!」
周囲の視線が集まっていた。
誰かが小さく囁く。
嫉妬した婚約者が、女騎士を突き飛ばしたらしい、と。
リディア様はアルベルト様の胸に顔を埋めた。
その肩が震えている。
泣いているのだろう。
あるいは、笑っているのかもしれない。
「ヴィオレッタ」
アルベルト様が低い声で言った。
「お前には失望した」
その言葉が、胸に刺さった。
五年間。
わたくしは、この人を愛していた。
彼が喜ぶことを考え、彼の未来を支えたいと願い、彼の言葉を信じてきた。
けれど。
わたくしの言葉は、たった一度も信じてもらえないのだ。
「……そうですか」
わたくしは静かに答えた。
「では、アルベルト様」
「何だ」
「婚約を解消いたしましょう」
彼が、目を見開いた。
「……は?」
「わたくしから、父に申し上げます」
「待てよ。何を言ってるんだ?」
「これ以上、あなたのご期待に沿うことはできそうにありませんので」
「ヴィオレッタ!」
彼が手を伸ばした。
けれど、わたくしは一歩下がった。
「どうぞ、リディア様をお大事になさってください」
そして、微笑んだ。
「男友達ですものね」
その場を離れるまで、背筋は伸ばしていた。
涙も見せなかった。
ただ、廊下に出た途端、足が止まった。
……ああ。
終わってしまった。
五年間、大切にしてきた恋が。
あんなにも、あっけなく。
「……馬鹿みたい」
声が震えた。
いつもなら、何か面白いことを考えられた。
けれど、今は何も浮かばなかった。
ただ、悲しかった。
◇
「馬鹿ではありませんよ」
背後から声がした。
振り返ると、黒髪の男性が立っていた。
アドリアン・ヴェルナー公爵。
二十三歳にして公爵家を継ぎ、王宮の財務改革にも携わる切れ者。
社交界では、笑顔のまま政敵を破滅させる恐ろしい男性として知られている。
ちなみに、わたくしは以前、彼が笑顔で三人の貴族を黙らせる場面を目撃したことがある。
恐ろしかった。
あの笑顔は、もはや凶器である。
「公爵閣下……」
「失礼。偶然、通りかかりまして」
偶然。
なるほど。
この方の偶然は、たいてい事前に計画されていると噂だ。
「先ほどの騒ぎは、私も見ていました」
「……お恥ずかしいところを」
「恥じる必要はありません。あなたは何も悪くない」
思わず、顔を上げた。
「……信じてくださるのですか?」
「ええ」
「ですが、リディア様は泣いて……」
「涙が証拠になるなら、王宮の裁判官は全員失業しますね」
わたくしは、固まった。
……あら。
同じことを考えている方がいらっしゃった。
「それに、あの女性は転ぶ直前、あなたの袖を引きました」
アドリアン様は、わたくしの右袖を見た。
布地の縫い目が、わずかに裂けている。
「転倒の勢いを作るためでしょう。実に大胆な手口です」
「ご覧になっていたのですね」
「ええ。あれほど不自然な転倒は初めて見ました。むしろ、なぜ誰も気づかなかったのか不思議です」
「……愛情というものは、ときに人の目を曇らせますので」
「なるほど。では、レイヴン卿は相当な重症ですね」
思わず、吹き出した。
慌てて口元を押さえる。
「も、申し訳ございません」
「なぜ謝るのです?」
「公爵閣下の前で、このような……」
「私は、あなたが笑ったことを喜んでいるのですが」
彼が微笑んだ。
先ほどまでの恐ろしい笑顔とは違う。
柔らかく、温かい笑みだった。
「ヴィオレッタ嬢」
「はい」
「あなたは、もう少し怒ってもよいと思いますよ」
「……怒る、ですか?」
「ええ。あれほど理不尽な扱いを受けたのですから」
わたくしは視線を落とした。
「怒っても……何も変わりませんもの」
「変わらなくても、怒ってよいのです」
静かな声だった。
「悲しいときに悲しむことも、腹が立ったときに怒ることも、あなたの権利です」
その言葉を聞いた瞬間。
目の奥が熱くなった。
「……困りました」
「何がです?」
「今、泣いてしまいそうで」
「それは困りましたね」
アドリアン様は胸元から清潔なハンカチを取り出した。
「私には、涙を三秒で止める技術がありません」
「……ふふっ」
「ですが、ハンカチを差し出す程度ならできます」
わたくしは受け取った。
そして、とうとう泣いてしまった。
五年間、愛した人の前では泣けなかったのに。
ほとんど話したこともない男性の前で。
なんとも不思議なものだ。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
アドリアン様は、わたくしが落ち着くまで、黙って隣に立っていてくださった。
◇
翌朝。
わたくしは父に婚約解消を申し出た。
父は驚いたが、事情を説明すると、静かに頷いた。
「お前がそこまで言うなら、わかった」
「……よろしいのですか?」
「よいも何も、お前の結婚だ。幸せになれない相手に嫁がせるつもりはない」
その言葉に、また泣きそうになった。
最近、涙腺が働きすぎである。
リディア様に対抗する気はないのだが。
父はレイヴン子爵家に正式な婚約解消の申し入れを送った。
ところが。
三日後。
アルベルト様が屋敷に押しかけてきた。
「ヴィオレッタ!」
応接室に入るなり、彼は怒鳴った。
「本気だったのか!?」
「はい」
「たかが、あんなことで婚約解消だなんて!」
たかが。
あんなこと。
……ほう。
わたくしの名誉を傷つけ、身に覚えのない罪を着せ、公衆の面前で謝罪を強要したことが。
たかが、あんなこと。
この方の辞書は、どうやらわたくしのものとは違うらしい。
出版元を確認したい。
「アルベルト様。わたくしは、もう決めました」
「リディアだって謝ってほしいなんて言ってない!」
「では、なおさら問題はありませんわね」
「何?」
「謝罪を必要とする方がいらっしゃらないのですから」
彼は口を開き、閉じた。
……おや。
初めて言葉に詰まっていらっしゃる。
貴重な現象だ。
王立博物館に展示したい。
「お前、そんな嫌味を言う女だったか?」
その一言に、胸が痛んだ。
「……そうですわね」
わたくしは微笑んだ。
「昔のわたくしは、もっと物分かりがよかったのでしょう」
「そうだよ!」
「あなたの約束が破られても、笑っていました」
「それは……」
「わたくしの誕生日を忘れられても、責めませんでした」
「リディアの大会があったんだから、仕方ないだろ」
「夜会で置き去りにされても、あなたの評判を守るために、体調不良だったと説明いたしました」
彼は黙った。
「ですが、アルベルト様」
わたくしは、まっすぐ彼を見た。
「わたくしにも、心があります」
「……ヴィオレッタ」
「あなたに大切にしてほしかったのです」
声が、少し震えた。
「わたくしは、あなたの婚約者でしたから」
彼は視線を逸らした。
しばらくして、低い声で言った。
「……リディアは、昔から一人で頑張ってきたんだ」
ああ。
まだ、彼女の話なのですね。
「女だからって馬鹿にされて、それでも剣を握って……俺は、あいつを守ってやりたいんだよ」
「そうですか」
「お前なら、わかってくれると思ってた」
わたくしは静かに頷いた。
「わかりました」
彼の表情が明るくなる。
「ヴィオレッタ!」
「あなたは、リディア様を守りたいのですね」
「ああ!」
「では、どうぞ」
わたくしは微笑んだ。
「わたくしは、わたくしを守ってくださる方を探します」
アルベルト様の笑顔が消えた。
「……どういう意味だ?」
「言葉のとおりですわ」
「お前、他に男がいるのか!?」
……あら。
今までわたくしがどれほど寂しい思いをしても平気だった方が。
他の男性の存在を想像した途端、この反応。
嫉妬というものは、男性にも搭載されているらしい。
新発見である。
「まだ、おりません」
「まだ?」
「ええ。これからのことですので」
彼は何か言いかけたが、結局何も言わなかった。
わたくしは立ち上がった。
「お帰りくださいませ、アルベルト様」
その日、彼は初めて、わたくしに引き止めてもらえないまま帰っていった。
◇
婚約解消の手続きが進む中、アドリアン様から手紙が届いた。
『先日の件について、お伝えしたいことがあります。よろしければ、明日の午後、お時間をいただけませんか』
わたくしは少し迷った。
公爵閣下と二人で会うなど、恐れ多い。
しかも、婚約解消の最中である。
妙な噂になっては困る。
そう考えていたところ、手紙の末尾に一文があった。
『なお、私は噂話をする人間より、噂話の題材になる人間のほうが好きです』
……先回りされた。
さすが策士。
こちらの思考が、すでに包囲されている。
わたくしは返事を書いた。
『では、明日の午後に。ですが、わたくしは面白い噂話の題材にはなれないと思います』
翌日。
公爵邸の庭園でお会いすると、アドリアン様は楽しそうに笑った。
「あなたからの返事を読んで、ますますお会いしたくなりました」
「なぜでしょう?」
「面白い方だと思いまして」
「……公爵閣下」
「はい」
「女性を口説く際に、面白いという評価は適切なのでしょうか」
「では、美しい、と申し上げましょうか」
……。
……おや?
今、何と?
「あなたは美しい。聡明で、優しくて、少し皮肉屋だ」
「……最後の一つは、褒め言葉でしょうか」
「もちろん」
彼は当然のように答えた。
「私は、あなたの皮肉が好きですよ」
困った。
この方は、わたくしの心の中に住んでいるのだろうか。
家賃を請求すべきかもしれない。
「ところで、先日の件ですが」
アドリアン様は表情を改めた。
「リディア・バルツァー嬢の行動について、証言を得ました」
「証言?」
「ええ。あの夜、あなた方の近くにいた給仕と、王宮警備の騎士です」
わたくしは目を見開いた。
「給仕の方が?」
「はい。リディア嬢があなたの袖を掴み、自分から後ろへ倒れたところを見ています」
「……ですが、なぜ今になって」
「当日は、騎士団関係者の揉め事に巻き込まれたくなかったのでしょう。彼らの身分では、証言するにも勇気が要ります」
アドリアン様は静かに続けた。
「ですから、私の名で証言の保護を約束しました」
「……そこまでしてくださったのですか」
「ええ」
「どうして?」
彼は、少しだけ目を細めた。
「あなたが、泣いていたからです」
胸が跳ねた。
「……それだけで?」
「それだけでは、足りませんか?」
わたくしは答えられなかった。
アドリアン様は続けた。
「あなたがあの場で何も言い返せなかったのは、弱かったからではありません。大切な人に信じてもらえなかったからでしょう」
心の奥に、そっと触れられた気がした。
「私は、あなたが正しいと知っていました。だから、できることをしただけです」
……困りました。
いつもの皮肉が、一つも思いつかない。
代わりに、胸の奥が温かくなった。
「ありがとうございます」
わたくしが頭を下げると、彼は微笑んだ。
「どういたしまして。ですが、一つお願いがあります」
「何でしょう?」
「私のことは、アドリアンと呼んでいただけませんか」
「……公爵閣下」
「アドリアンです」
「……アドリアン様」
「はい」
彼は、とても嬉しそうに笑った。
……ずるい。
そんな顔をされたら。
もう一度、呼びたくなってしまうではないか。
◇
それから数日後。
王宮で開かれた騎士団の功労者を称える祝宴に、わたくしは父と出席した。
アドリアン様から、リディア様の件について正式な説明が行われると聞いていたからだ。
わたくしとしては、できれば静かに終わってほしかった。
けれど。
世の中には、静かに終わらせることができない方がいる。
「ヴィオレッタ!」
会場に入った途端、リディア様が駆け寄ってきた。
隣にはアルベルト様。
……あら。
本日も二人一組でのご来場。
王宮の招待状は、いつから騎士団の二人三脚競技になったのだろう。
「聞いたわよ! 公爵様に取り入ったんですってね!」
リディア様が大きな声を上げた。
周囲の貴族たちが振り返る。
「アルとの婚約が駄目になったからって、今度は公爵様? さすが貴族のお嬢様ね!」
「リディア様」
「何よ!」
「もう少し、お声を落としていただけますか」
「都合が悪いからでしょ!」
なるほど。
声量が大きいほど、主張の正当性も増すという理論らしい。
ならば王国の議会は、全員に拡声器を配ればよい。
政策論争が非常に騒がしくなる。
「ヴィオレッタ」
アルベルト様が険しい顔で言った。
「お前、公爵閣下にリディアの悪口を吹き込んだそうだな」
「事実をお伝えしただけです」
「リディアが嘘をつくわけないだろ!」
……まだ、そこですか。
この方の時間は、三日前から止まっているのだろうか。
時計職人を呼ぶべきかもしれない。
「アル、もういいよ……」
リディア様が彼の腕を掴んだ。
「私が悪いんだよね。女らしくないから……ヴィオレッタに嫌われちゃったんだ……」
ぽろり。
涙が落ちた。
おお。
本日も絶好調。
涙腺の整備が行き届いている。
「リディア!」
アルベルト様が彼女を抱き寄せた。
そして、わたくしを睨む。
「お前は本当に変わったな!」
「そうでしょうか」
「昔はもっと優しかった!」
わたくしは、静かに息を吐いた。
「アルベルト様」
「何だ!」
「わたくしは、昔から同じ人間です」
彼は眉をひそめた。
「ただ、あなたのために我慢するのをやめただけですわ」
「……っ」
「それを変わったとおっしゃるなら、そうなのでしょうね」
リディア様が鼻をすすった。
「アル……私、怖い……」
あら。
剣を持って魔物と戦う女騎士様が、扇子を持った伯爵令嬢を怖がっていらっしゃる。
わたくしの扇子は、どうやら伝説級の魔剣だったらしい。
「大丈夫だ、リディア」
アルベルト様が彼女の肩を抱く。
そのときだった。
「随分と賑やかですね」
低く、落ち着いた声が響いた。
アドリアン様だった。
黒い礼服をまとい、穏やかな笑みを浮かべている。
……あ。
あの笑顔。
以前、三人の貴族を黙らせたときと同じだ。
危険。
非常に危険。
誰か、避難誘導を。
「ヴェルナー公爵閣下!」
アルベルト様が慌てて頭を下げた。
リディア様も姿勢を正す。
「ちょうどよかった! 閣下、この女が――」
「リディア・バルツァー嬢」
アドリアン様が、静かに名前を呼んだ。
「あなたに確認したいことがあります」
「……はい?」
「先日の夜会で、ヴィオレッタ嬢に突き飛ばされたと主張しましたね」
「そ、そうです! この人が!」
「では、あなたは自分から転倒したわけではない、と」
「当たり前です!」
「そうですか」
アドリアン様は微笑んだ。
「では、こちらの証言について、ご説明いただけますか」
彼の合図で、二人の人物が進み出た。
一人は王宮の給仕。
もう一人は警備を担当していた騎士だった。
給仕の男性が、緊張した様子で口を開く。
「私は、あの日、近くで飲み物を運んでおりました。バルツァー様がクラウゼン様の袖を掴み、自分から後ろへ倒れたところを見ています」
「なっ……!」
リディア様の顔色が変わった。
「嘘よ!」
警備の騎士も続けた。
「私も同じ場面を目撃しました。クラウゼン様は手を出しておりません」
「そんな……!」
リディア様はアルベルト様を見た。
「アル! この人たち、嘘をついてる!」
アルベルト様は困惑していた。
「リディア……でも、二人とも……」
「私を信じてくれないの!?」
ぽろり。
また涙。
……素晴らしい。
もはや涙が出るまでの時間を測定する必要すらない。
呼吸と同じくらい自然な動作になっている。
「リディア嬢」
アドリアン様が穏やかに言った。
「証言者は二人とも、王宮の正式な職員です。加えて、ヴィオレッタ嬢の袖には、あなたが掴んだ際に生じた損傷が残っています」
「そ、それは……!」
「なお、当日の警備記録にも、あなたが転倒する直前の動きが記されています」
アドリアン様は一枚の書類を取り出した。
「記録を担当した騎士は、あなたの所属部隊とは別の部隊の人間です。口裏を合わせる理由もありません」
リディア様の顔が青ざめた。
「……私、そんなつもりじゃ……」
「では、どのようなつもりだったのですか?」
「だって……!」
彼女は唇を噛んだ。
「ヴィオレッタが……私とアルの仲を邪魔するから……!」
会場が静まり返った。
……あら。
とうとう本音が出た。
長い旅だった。
男友達という国から出発して、女の涙という海を渡り、ついに本音の大陸へ到着である。
「リディア……?」
アルベルト様が呆然と呟いた。
「お前、何を……」
「だって、アルは私のことが一番大事なんでしょ!?」
リディア様が叫んだ。
「昔からそうだったじゃない! 私が泣けば、絶対に来てくれた! 私が困れば、何でもしてくれた!」
「それは……幼馴染だから……」
「じゃあ、なんであんな女と結婚するのよ!」
彼女はわたくしを指差した。
「あんな、剣も持てない、何もできないお嬢様と!」
……。
わたくしは扇子を閉じた。
「リディア様」
「何よ!」
「あなたは、剣を持てる女性が優れているとお考えなのですね」
「そうよ!」
「では、剣を持てない女性は、誰かに愛される資格がないと?」
「そんなこと――」
「わたくしは、剣を持てません」
静かに続けた。
「ですが、領地経営を学び、社交を学び、家を支えるために努力してまいりました」
リディア様は黙った。
「あなたが騎士として努力なさったことは、素晴らしいと思います」
「……っ」
「ですが、あなたの努力は、他の女性を見下すためのものではないはずです」
会場の空気が変わった。
「それに」
わたくしは、少しだけ首を傾げた。
「女らしさを嫌う方が、なぜ男性の前でだけ、あれほど見事に泣けるのでしょう?」
リディア様が固まった。
「……なっ!」
「わたくし、ずっと不思議でしたの」
にっこり微笑む。
「騎士団では男勝り。アルベルト様の前では、か弱い乙女。ずいぶんお忙しいのですね」
誰かが、ぷっと吹き出した。
「どちらもあなたの一面なのでしょう。それ自体は悪いことではありませんわ」
わたくしは続けた。
「ただ、女らしさを軽蔑するふりをして、それを誰より利用するのは、少々不誠実ではありませんか?」
「……うるさい!」
リディア様が顔を真っ赤にした。
「お前なんかに、何がわかる!」
彼女が一歩踏み出した。
わたくしは動かなかった。
アドリアン様が、静かに前に出る。
「そこまでです」
その声は、驚くほど冷たかった。
「王宮で虚偽の告発を行い、他家の令嬢の名誉を傷つけた。その事実は、騎士団にも正式に報告します」
「そんな……!」
「あなたの剣の腕前は、今回の問題とは関係ありません」
アドリアン様は微笑んだ。
「騎士に必要なのは、剣の技術だけではありませんから」
リディア様は何も言えなかった。
アルベルト様も、顔を青くしていた。
「ヴィオレッタ……」
彼が、わたくしを見た。
「俺は……」
「アルベルト様」
わたくしは静かに告げた。
「もう、よろしいのです」
「……っ」
「あなたは、リディア様を信じました」
彼の顔が歪んだ。
「わたくしは、あなたに信じていただけませんでした」
「違う! 俺は……!」
「何が違うのでしょう?」
声は、不思議なくらい穏やかだった。
「あなたが選んだことですわ」
彼は、何も言えなくなった。
わたくしは頭を下げた。
「どうぞ、お元気で」
そして、アドリアン様の差し出した手を取った。
今度は、振り返らなかった。
◇
祝宴の翌日、リディア様の虚偽の告発は騎士団の調査対象となった。
後日、正式な処分が決まり、彼女は一定期間の職務停止を命じられたという。
剣の腕が優れていても、信用を失えば騎士としての任務は任せられない。
当然の結果だった。
アルベルト様からは、何通も手紙が届いた。
『俺が間違っていた』
『もう一度、話をしたい』
『君がいなくなって、初めてわかった』
わたくしは、最後の一通だけ読んだ。
『リディアとは距離を置く。だから、もう一度やり直してほしい』
……。
なるほど。
リディア様と距離を置けば、すべて元どおりになるとお考えらしい。
残念ながら、恋愛は家具の配置換えではない。
邪魔な椅子を移動したからといって、壊れた信頼が元に戻るわけではないのだ。
わたくしは、短い返事を書いた。
『どうか、ご自身の選択を大切になさってください。わたくしも、そういたします』
それで終わりにした。
五年間の恋は、確かに大切だった。
けれど、もう戻りたいとは思わなかった。
◇
「ヴィオレッタ嬢」
アドリアン様に名前を呼ばれ、わたくしは顔を上げた。
公爵邸の庭園。
秋の薔薇が咲き始めている。
婚約解消が正式に成立してから、一か月が経っていた。
その間、アドリアン様は何度もわたくしを誘ってくださった。
劇場へ。
美術館へ。
王都の古書店へ。
彼は、わたくしの話をよく聞いてくださる。
政治の話も、文学の話も、くだらない冗談も。
何より。
わたくしが何か言うと、楽しそうに笑う。
まるで、わたくしの言葉を一つも聞き逃したくないかのように。
「今日は、少し大切なお話があります」
「……何でしょう?」
アドリアン様が、わたくしの前に立った。
「ヴィオレッタ」
いつもより、低い声。
胸が跳ねた。
「私は、あなたが好きです」
……。
……え?
「最初にあなたを見かけたのは、二年前の王宮の舞踏会でした」
「二年前……?」
「ええ。ある貴族が給仕の失敗を責め立てていたとき、あなたはさりげなく間に入り、場を収めた」
覚えている。
給仕の少女が、飲み物をこぼしてしまったのだ。
わたくしは、たまたま近くにいただけだった。
「あのとき、あなたはその貴族に言いましたね。『床は拭けば綺麗になりますけれど、皆様の記憶はなかなか消せませんわ』と」
……言った。
確かに、言った。
思わず本音が出てしまったのだ。
「私は、笑いを堪えるのに苦労しました」
「……お恥ずかしい」
「いいえ。素敵でした」
アドリアン様が、わたくしの手を取った。
「それから、何度もあなたを目で追っていました」
「……ですが、わたくしには婚約者が」
「ええ。だから、何もしませんでした」
彼は微笑んだ。
「あなたが幸せなら、それでよいと思っていました」
胸が、きゅっと締めつけられた。
「ですが、あの夜」
彼の指が、わたくしの手を優しく包む。
「あなたが泣いているのを見て、もう黙っていられなくなりました」
「……アドリアン様」
「あなたに、幸せになってほしい」
彼は、まっすぐわたくしを見た。
「できれば、私の隣で」
……。
……困った。
本当に、困った。
頭の中が真っ白である。
いつもなら、何か気の利いた皮肉の一つも浮かぶのに。
今は、何も出てこない。
わたくしの頭脳は、どうやら休暇に入ったらしい。
しかも、無断で。
「……わたくしは」
声が震えた。
「それほど、素敵な女性ではありません」
「知っています」
……え?
「時々、意地悪なことを考えるでしょう」
「……はい」
「怒ると、少し口が悪くなる」
「……はい」
「そして、好きな相手には、驚くほど不器用だ」
彼が笑った。
「全部、好きですよ」
胸の奥が、熱くなった。
「……ずるいですわ」
「何がです?」
「そんなふうに言われたら……」
わたくしは、彼の手を握り返した。
「好きになってしまうではありませんか」
アドリアン様が、目を見開いた。
初めて見る表情だった。
いつも余裕たっぷりの公爵様が。
驚いている。
……あら。
これは、なかなか。
可愛らしい。
「……ヴィオレッタ」
「はい」
「今の言葉、もう一度お願いできますか」
「嫌です」
「なぜ?」
「恥ずかしいからです」
「では、私から何度でも申し上げましょう」
彼は、わたくしの手を持ち上げた。
「好きです」
「……っ」
「愛しています」
「ア、アドリアン様!」
「あなたが望むなら、毎日でも」
……いけない。
この方は危険だ。
非常に危険。
わたくしの心臓が、持たない。
「……もう、十分です」
「そうですか?」
「はい」
「では、最後に一つだけ」
彼が、そっと顔を近づけた。
「キスをしても?」
……。
……。
…………。
わたくしの頭の中で、何かが爆発した。
王都の花火大会でも、これほど盛大には打ち上がらないだろう。
「……はい」
小さく答えると、アドリアン様は優しく微笑んだ。
そして。
そっと、唇が重なった。
温かくて。
柔らかくて。
胸が、いっぱいになった。
離れたあと、わたくしは顔を上げられなかった。
「ヴィオレッタ」
「……はい」
「顔を見せてください」
「嫌です」
「どうして?」
「……今、きっと、ひどい顔をしております」
「私は、見たいのですが」
「……意地悪ですわ」
「ええ。よく言われます」
彼が楽しそうに笑った。
「ですが、あなたにだけは、少し優しくしたいと思っています」
「……少し、ですか?」
「かなり、かもしれません」
わたくしは、思わず笑った。
彼も笑った。
そして、もう一度、唇が重なった。
◇
それから、三か月。
わたくしは、アドリアン様と正式に婚約した。
公爵家の使用人たちは、驚くほど温かく迎えてくれた。
アドリアン様は相変わらず忙しい。
けれど、どれほど仕事が立て込んでいても、わたくしとの約束を忘れない。
ある日、彼が執務室で書類を確認しているときのこと。
「ヴィオレッタ」
「はい?」
「少し、こちらへ」
呼ばれて近づくと、彼はわたくしの手を取った。
「……アドリアン様?」
「疲れました」
「まあ」
「慰めてください」
……。
……おや?
この方。
以前は、王宮の政敵を笑顔で追い詰める恐ろしい公爵様だったはず。
いつの間に、こんなに甘え上手になったのだろう。
「……公爵閣下」
「アドリアンです」
「アドリアン様」
「はい」
「お仕事をなさってください」
「冷たいですね」
「書類が山積みですもの」
「では、これを終えたら、褒めていただけますか」
……。
まさか。
公爵家の執務に、婚約者の褒め言葉という報酬制度が導入されるとは。
財務改革の専門家が聞いたら、頭を抱えるだろう。
「……仕方ありませんわね」
わたくしが微笑むと、アドリアン様は嬉しそうに笑った。
そして、わたくしの手の甲に口づけた。
「愛しています、ヴィオレッタ」
……ああ。
困った。
やっぱり、この方には敵わない。
けれど。
今は、それがとても幸せだった。
◇
後日、社交界でアルベルト様とリディア様の噂を耳にした。
リディア様は処分が解けたものの、以前のように騎士団で振る舞うことはできなくなったらしい。
アルベルト様も、彼女とは距離を置いているという。
そして、わたくしの婚約を知った彼は、ひどく落ち込んでいるそうだ。
けれど。
もう、わたくしには関係のないことだった。
「ヴィオレッタ」
隣で、アドリアン様が微笑む。
「何を考えているのです?」
「少し、昔のことを」
「……そうですか」
彼は、わたくしの手を握った。
「まだ、悲しいですか?」
わたくしは少し考えた。
五年間の恋。
大切だった思い出。
傷ついた言葉。
すべて、消えたわけではない。
けれど。
「いいえ」
わたくしは微笑んだ。
「今は、とても幸せです」
アドリアン様が、嬉しそうに笑った。
「それは、よかった」
そして、わたくしの額に口づける。
「これからも、幸せにします」
……。
……本当に。
この方は。
人の心臓を何だと思っているのだろう。
おそらく、毎日鍛えれば強くなる筋肉だと考えているに違いない。
確かに、心臓は筋肉である。
だが、限度というものがある。
「……アドリアン様」
「はい?」
「わたくしの心臓が止まったら、責任を取ってくださいませ」
彼は一瞬きょとんとして。
それから、声を上げて笑った。
「もちろんです」
そして、わたくしを抱き寄せた。
「一生、責任を取りますよ」
……ああ。
また、負けた。
わたくしは彼の胸に顔を埋めた。
けれど、今度は。
負けても、少しも悔しくなかった。
だって。
この人の隣では、もう我慢して笑う必要がないのだから。
わたくしは、心から笑った。
そして、そっと彼の背中に腕を回した。
――おしまい。
前回の男友達ものってあれでよかったのか、わからなくなって
かきました。
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