転生
キョクチ・ソウマは見慣れない空間に閉じ込められていた。
果てしなく広い、大きな何かが俺の視界を覆った。
空…ではなさそうだ。
空にしては濁りすぎているような感じがする。
うまく言えないが。
一体、俺はこんなところで何をしているんだ。
今日はいつも通り朝から家を出て
学校に向かっていた。
いつものようにうるさい集団に追いつかれないように、必死にチャリを漕いだ。
待て、その後は?
思い出せない…
「やっと目が覚めたようだ。」
その時突然どこからか声が聞こえた。
「誰かいるのか?」
不思議なことに声の源がどこなのか分からなかった。
まるで靄のかかったような声だ。
「その質問は愚直と言えよう。」
失礼なやつだな。
「まぁ良い、ここはあの世とこの世の狭間…のようなものだ。」
何を言っているのだこいつは。
まるで俺が死んでしまったみたいな事を…
「そのまさかだ。君は死んだのだ」
そうだ思い出した。
俺は死んだ、そう死んだのだ。
電車に轢かれて死んだのだ。
「運が悪いな。お前も。自分の不注意でも何でもない、脱線によって道路に突っ込んだ車両の下敷きになるなんて。」
そうだ…そうだった。
残念ながら夢じゃない。
「悲しくないのか。」
悲しいさ。
悲しい。
「本来ならここで泣いてしまうんだろうな。」
だが涙を流す程ではない…というよりかは妙に冷静だった。
「まぁ、そんなこと私としては一向にどうでもよいのだが。」
「俺はこのままあの世に行くのか?」
「違うが。」
なにが違うのだ。
死んだらあの世に行くのがセオリーだろう。
まさか地獄とか言ったりしないよな。
冗談じゃない。
冗談じゃないぞ。
「何か…勘違いをしているようだな。」
自身のことを神と名乗るそれは、俺の方に近づいてこう言った。
「貴様の魂は別の世界に転生という形で再利用させてもらう。」
一体何を言い出すのかと思えば。
転生ね、転生。
「え、まじ?」
「…だから言ってるだろ、将来的には農園を経営して、豊かな土地で放牧もしながらのんびり暮らすんだ。空気が澄んで…綺麗な丘で恋人と…」
「くどいわっ!!」
おっとつい夢中になってしまった。
どうやら転生後の人生は多少の変更ぐらい融通が効くらしい。
そう言うものだから今世で味わえなかった『すろうらいふ』とやらを味わってみたい、と気が付いたら少々情熱的にあれやこれや熱弁していた。
「もういいだろう…私も忙しい、さっさと転生させるぞ。」
野暮ったいやつだな、転生してしまえば俺が俺じゃなくなるというのに…
「最後まで横着しなくちゃならんのかね…」
来世の俺には是非、今世で成し得なかった夢を成し遂げて欲しい。
それだけで十分だ。
「無理だぞ。」
何のことを言っているのだこいつは。
「一体何のことを……」
その問いに対する返答を聞くには。
すこし遅かったようだ。
少しずつ崩れてきていた俺の体は気づけばもうほとんど残っていない。
突然感じた。
頬に何かが滴るような感覚。
なんだよ。
やっぱ未練たらたらじゃないか。
もう少し上手く生きていれば…
温かい…
なんだこの感触は。
うっすらと視界に移る何かが俺の方をじっと見ている。
声が聞こえる。
何を話しているんだ。
待て。
嘘だろう。
嘘だと言ってくれ。
俺は異世界で赤ん坊として生まれ変わっていた。
まず最初に言っておこう。
俺はれっきとした青年だ。
学校にも通っていた。
このような醜態を晒してはいるが仕方がないのだ。
まだ赤ん坊なのだから。
妙な感覚だ。
自分のおむつを変えてもらうなんて。
この状況に情けなさすら感じる。
俺はてっきり転生後は記憶が無くなるものだと勝手に勘違いしていた。
まぁそれに関しては僥倖だと言えよう。
俺には母と父、そして4つ上の兄がいるようだ。
俺が立てるようになる頃には兄は既に遠い街の学校へと進学してしまった。
俺はと言うと。
特にすることもないのでずっと両親の様子を見ている。
母のミリアは真面目な性格だった。
家事は完璧にこなし、子には優しく、旦那には誠実だ。
その旦那はまるで逆だった。
すぐに物を落とすし、失くす、どんくさい。
だがやはり父としての偉大さは感じられた。
憲兵に所属しているから余計そう感じたのかもしれない。
そして俺がこの世界に生まれ落ちて何より驚いたのが、「魔法」の存在である。
彼らは当然のような日常的に魔法を使い、生活に活用している。
母は植物系の魔法をよく使う。
撒いた種が数日で実になるなんてざらだ。
父曰く
「市場が崩壊しかねないから家だけで使うようにしている」
らしい
どうやらなかなか魔術の腕が良いらしい。
そして俺はこの事実に歓喜した。
無論、転生モノのセオリーと言えば魔法だからだ。
ただ、俺は魔法をどうこうして面倒な事をするつもりはない。
あくまで「スローライフ」ついでに不労所得を目指し、人生を謳歌するのが目的だ。
そのためには今からでもこの世界について十分に知っておく必要がある。
この世界の学校はどうやら一部の人間しか入れないらしく、兄はその人選基準を満たしていたようだ。
母が兄は魔術の才能がどうとか言っていたような気がする。
立派なことだ。
俺には今のところそのような才能が芽生えそうな予兆すらない。
7歳になり、大体のことは自分で出来るようになった。
この世界の言語は日本語とはまるで違ったものだが、流石子供の脳みそだ。すぐに習得することが出来た。
最近になってようやく基礎的な生活魔法を中心とした、初級魔術を習得した。
まぁ簡単な風や火などを起こせる程度だが。
最近の趣味はもっぱら俺が住んでる村の散策である。
この村…カリオ村の人口は大体100人程度。
しかし意外と子供が多い。
ちなみに俺に友人は居ない。
「アルガン!アルガーン!!」
この声は……
「ミノ…今日は一人にさせてくれと昨日言ったばっかじゃないか。」
この鬱陶しいのは、俺と同い年くらいの男だ。しょうもないきっかけで最近俺に絡んでくるようになった。ドワーフと人間の混血らしい。
ちなみにアルガンとはこの世界における俺の名前だ。
「なんの用だよ。」
「何でも良いだろ!別に!暇なんだよ!チョーゼツ暇。」
これだから子供というやつは…
「ん、それ何?」
珍しくミノが本を手に持っていた。
やけに古びているようだ。
「あっ!これね、難しい文字が多くてあんまし読めないから、アルガンに読んでもらおうと思って。」
「なにが書いてあるんだ?」
表紙が擦れていてなにが書いてあるのか分からない。
「んー、なんか、魔法?とかの話」
魔法?あぁ、なるほど。
「これは魔導書だな。」
「マドウショ?」
「まぁ、魔法の植物図鑑みたいなもんだよ。」
「へー、アルガン読めそう?」
読めるには読めるのだが…
見たところ大分高度な魔術が記されているようだ。
上級かそれ以上…
「…っと、『深紅に染まりし螺旋に宿されし火炎よ、我が魔力に呼応し、彼の者を焼き払え』」
『ファルムード』
まさにその瞬間だった。
詠唱直後に出現した複数の火柱が、眼前に広がっていた草原に向かって伸びていった。
『ドォォォオン!!!!!!!!』
轟音と共に周囲に熱風が走る。
砂埃で前が見えない。
「ミノ…お前、大丈夫か…?」
「う、うん、平気…」
良かった、怪我もしてないみたいだ。
いや、そんなことより…
先刻まで青く茂っていた広大な草原が、朽ち果て、焦土と化していた。




