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第七話 それぞれの思い

 ふと気づくと、隣の乃愛がじっと自分の顔を見つめているのを見て余計に焦りが隠せなかった。しかし同時に知りたい気持ちも湧いてくる。自分と同じ立場になったら、みんなはどうするのだろう。自分と同じことを考えてくれる人が一人でもいたら……この罪悪感に似た焦燥感は幾分か軽くなるのだろうか……。



「でも、もしそうなきゃデビューできないって言われたらどうする?」



 思い切ってそう投げかけてみると、セイラはとんでもないと言うように首を横に振った。



「そんなのやーよ。したくない」



「でもそうすることがプロの洗礼で、しなきゃ一生デビュー出来ないって言われたら?」



 悩むセイラの横でチャコが口を開いた。



「それしかないならするかもにゃ。もちろんみんなには手を出させないけど」



 セイラが驚いた顔をした。



「え……チャコは大丈夫なの?」



「大丈夫じゃにゃいよ。したくにゃい。でもデビューはセイラの夢だからにゃ」



 セイラの夢を叶えるなら犠牲になる、と言うのである。



「えー、やだ。チャコにそんな思いしてほしくない」



 チャコは目を細めてセイラの頭をそっと撫でた。セイラは甘えるように頬をチャコの肩を預けて寄り添った。



「でもチャコ一人にそんな思いさせるなら、私もチャコと一緒に枕するよ」



 セイラとチャコの間には何者も入ることが出来ない絆がある。ミカと破局した絢音にはそれが何よりも眩しく、羨ましいものに思えた。



「じゃあ、セイラとチャコはしちゃうってことね」



「したい訳じゃにゃいよ」



「そういうあーやはどうなのよ?」



 突然、乃愛からの火の玉ストレートな質問に絢音は思わず言葉に詰まる。


 するとその代わりにセイラが答えた。



「あーやは女の子専門だからしないでしょ。ってか枕してるあーやとかあんま見たくない」



 当然でしょと言わんばかりのセイラを見ていると心が重くなり、ついつい曖昧な笑顔を浮かべてしまう。



「そうね、したくない……かな。でも、みんなの夢を背負うってなったら考えるかも。そういう意味ではチャコと一緒かなぁ」



「えー、意外。あーやはしないと思ってた」



 あはは、と無邪気に笑うセイラの横でチャコも笑っていたがその目は笑っていなかった。乃愛に至っては笑顔すら作っていない。


 二人の視線に気づいて絢音は慌てて話題を乃愛に振った。



「そ、それなら、乃愛はどうなの?」



 乃愛は無表情を崩さずに答えた。



「する訳ない」



「デビュー出来ないって言われても?」



「しない。気持ち悪い。それで成功しようという根性が」



 乃愛の拒絶は明快だった。








 夜十時を回り、その日の会合はお開きになった。



「ねぇ、乃愛」



 絢音は帰ろうとする乃愛を呼び止めた。



「何?」



「今日さ……うちに泊まっていかない?」



「……いいよ。でも着替えないから、一回帰る」



「遠くない?」



「遠くないよ。すぐそこだから」



 絢音は乃愛がそんな近くに住んでいるとは知らなかった。彼女が帰る時はいつも一人で夜の街の中に紛れていく。絢音はその後ろ姿しか知らない。



「ついて行っていい?」



 何となく離れたくなくて、絢音は思い切って言ってみた。今ここで彼女を帰してしまったら、もう来てくれないのではないかという不安がなぜか湧いた。



「いいけど」



 いつもなら人混みの中に消えていく乃愛が隣にいる。


 その事実が、絢音の細った心には不思議な安心感を与えてくれた。


 十五分ほど歩いた住宅街の一角に、古びたアパートが現れた。



「ここ」



 ワンルーム。六畳一間。乃愛はベースのセット一式と一週間用のキャリーケース一つに収まる荷物しか持っていない。だからこの小さな部屋でも不自由なく暮らしているようだった。



「私が勤めているカフェバーの借り上げ物件なの」



 要するに寮という訳だ。


 乃愛はスーツケースの中から下着だけ取り出すと、小さなトートバッグに詰めた。



「お待たせ。行こっか」



 この前のことがある。だから絢音が「誘う」ということの意味を、乃愛は十分に理解している。そう考えると絢音は堪らなくなった。


 絢音のマンションに向かう間、二人は終始無言だった。絢音は乃愛の手を引き、足早に進んだ。


 早く乃愛を抱きたかった。


 だから部屋に着くや否や、絢音は乃愛を抱き締めた。その唇を奪い、舌を絡め、服を脱がせようとした。



「待って……シャワー浴びたい」



 それすらもどかしく感じる。だが二人の夜はまだ長い。一旦落ち着くことにして、絢音は深呼吸を一つした。それでも片時も離れたくない気持ちがふつふつと湧いた。



「分かった。じゃ、一緒に入ろう?」



 乃愛は一瞬不思議そうな顔をしたが、別に断る理由も見つからなかったのか、すぐに頷いた。


 明日は土曜日。今夜は何の気兼ねもする必要ないな、と絢音は朧げに思った。


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