第四話 待ち合わせ
翌日の夕方、Oops TriCKの面子が集まった。乃愛も今日はお店が定休日とのことだった。
「メジャーデビュー?」
そのワードに一番目を輝かせたのは、案の定セイラこと大塚聖蘭だった。
「ミカがそんな話を持ってきたの?」
彼女の中でもミカは裏切り者であったが、それを差し引いてもこの話は魅力的な話なのだろう。
「それでとりあえず話まとまったら連絡くれって言われたんだけど……みんなどうするかなって思って」
「ミカの罪滅ぼしって感じなのかな」
セイラのミカに対する評価はもう軟化し始めている。こういうところ、彼女は少しお人好しだ。この態度を見る限り、セイラは賛成に一票だろう。
「チャコは?」
チャコこと、八ツ橋千代子は頭につけた猫耳カチューシャの位置を微調整しながら小首を傾げた。
「無条件って訳じゃないと思うんだけどにゃ」
猫の生まれ変わりを自称するキャラで売っているチャコは、オフの時でも猫耳カチューシャをつけ、「にゃ」を語尾につける。髪色もロリポップな桃色で、水色のメッシュを横髪と前髪の一部に入れている。よくよく考えてみれば乃愛よりもこっちの方がよっぽど不思議ちゃんであるが、意外に物事を見ていて、人並み以上に懐疑的に考える力を持っている。
騙されやすそうなセイラといいコンビだった。
「まぁ、そうだろうね」
「条件の内容によるにゃ」
懐疑的な頭を持つチャコもプロ志向ではある。一応賛成に一票だろう。
「乃愛はどう思う?」
話し合いの輪に加わらず、一人で黙々とベースの練習している乃愛に絢音は声をかけた。乃愛は肩を軽くすくめて、短く言い放った。
「どっちでもいい」
「それって反対ってこと?」
ショッキングピンクとアクアブルーに分かれた頭が左右に振られる。
「やりたきゃやればいいし、やりたくなきゃやらなきゃいいと思う。私は音楽が出来れば場所は関係ない」
なるほどね、と絢音は小さな声で呟いた。
乃愛には自分のやりたい音楽があって、それをみんなで奏でられたら幸せなのだろう。小さなライブハウスだろうが武道館だろうが関係はないのだ。ある意味乃愛らしい答えに思えた。
ふふっとチャコが笑った。
「ロックだにゃあ」
自分の芯を貫き通す。
このバンドの中で誰よりもロック魂を持っているのは乃愛のように思えた。
翌日、絢音は阪急梅田のビッグマン前にいた。ビッグマンは二百インチの巨大モニターである。今でこそこのサイズのモニターは珍しいものではなくなったが、出来た当時は珍しかったこともあって、待ち合わせ場所としてよく利用されていた。そしてそれは今でも受け継がれている。
「お待たせ」
ミカと待ち合わせるなんていつぐらいぶりだろう。
絢音は洋メタルが流れ出ているイヤホンを耳から外してケースにしまった。
「待ってないよ。さっき来たとこだし」
ミカはそっと絢音の腕に自分の腕を絡ませた。
「こうして一緒に歩くのも久しぶりだね」
「そうね」
ふと半年ほど前に言われた「さよなら」は嘘だったんじゃないかと思ってしまう。
ミカは今でも自分の彼女で、今は少し同棲を解消しているだけで、そのうちひょっこり戻って来るのではないか。そんな気分にさせられる。
だけどあの時、ミカは確かに言った。「私はもうあーやとやっていけない」、と。
当初は音楽の方向性で口論しただけであったが、それが価値観の差に繋がり、お互いを認め合うことが出来なくなり、ことあるごとに衝突するようになった。
だからもうやり直したくてもやり直せないのだ。
「今日のプロデューサーってどんな人?」
絢音はミカとの思い出を封印して、話を戻した。
今日はプロデューサーに会うのが目的だ。ミカとのデートではない。
「浜ミュージックっていう新しい会社のプロデューサーさんだよ。PTAsって知ってる?」
「パンクバンドの?」
「そう。あのPTAsもプロデュースしてる人だよ。凄くない?」
「確かにね」
絢音は少し引っ掛かりを覚えた。
プロデューサーの話をする時のミカはどこかテンションが高く、違和感を覚えた。
別れてからそんなに時間も経っていないのに、全く知らないミカがそこにいるような気がした。
「今日はそのPTAsの高木慎吾さんも来てくれるらしいよ」
高木慎吾はギター・ボーカルのフロントマンだ。絢音はPTAsのファンという訳ではないが、それでもバンドをやっていれば一度や二度は彼の名前は聞く。
「わざわざ?」
「うん。あーやに会ってみたいって」
「そうなんだ」
ミカに連れられてやってきたのは小洒落たイタリアンのお店だった。
そして店の片隅にある個室に通されると、そこに二人の男性がいた。




