第十話(最終話) Pretty vacant
車は御堂筋へと出て、梅田から南の本町の方へと進んでいく。
そこまできて、ようやく緊張が解けたのか、四人は爆笑した。
「何よー。みんな無茶苦茶じゃないっ!」
絢音がそう言うと、セイラは笑いながら答えた。
「やってみたかっただけー。何か逃走劇みたいで面白いじゃん?」
どうやらチャコに車を出してもらうことを計画したのはセイラのようだった。
「乃愛がねー、教えてくれたんだにゃ。あーやが枕しようとしてるけど、本心はめちゃくちゃ嫌がってるって。だからみんなで助けに行こうってなったんにゃ」
乃愛は前日の夜から絢音のマンションを張り込んでいたらしい。そしてずっと尾行して、梅田までついて行ったそうだ。
「髪の毛目立つからバレるんじゃって思ったけど、フード被ってたら案外バレなかったね」
「ついて来てるなんて思ってなかったから、周りもそんなに見てなかったよ」
そう言ってから、絢音は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「一晩中張ってたの?」
「うん。あーやが心配だったから」
乃愛はそう言って絢音の手をぎゅっと握った。
「男と寝るのは一瞬の出来事かもしれないけど、その記憶は一生残るから。好きになって抱かれたならまだ思い出になるだろうけど、好きでもない男と寝たらトラウマとして記憶されてしまう。あーやの心に傷が残るのは嫌」
絢音は乃愛の手をぎゅっと握り返した。
じんわりとした温もりが、少しずつ絢音の心の中に開いた穴を埋めていく。
「私ね。このバンド好きなの」
三人は黙って乃愛の話を聞いていた。
「だから作詞作曲の勉強してる。みんなが好きじゃなきゃ、そんなことしないよ。作詞は心の叫び。作曲は魂の旋律。それを他人であるみんなに代弁してもらうなんて、普通なら恥ずかしくて出来ないよ」
心を許しているから、それをして欲しいと望む。
バンドのみんなで、乃愛の感じたこと、思ったこと全部を表現してもらう。
「上っ面の良い、聞こえの良い言葉を並べることだって出来る。でも、それじゃ何も伝わらないよ。自分の心を搾り出した一滴の雫が音楽なんだと思う。だから私は曲を作りたい。詞を書きたい。そしてそれをみんなで表現して、聞いてくれる人に伝えて、心を揺さぶりたいの」
そのためならステージがどこだって構わないのだ。メジャーだろうが、インディーズだろうが、アングラだろうが。
「いいんじゃない? じゃあ私はみんなの心を代弁して歌い続けるよ」
「アタシは叩き続けるにゃ」
「じゃああたしも弾くよ。乃愛の旋律」
「ありがとう。私ものたうち回って弾き続けるね」
車は梅田から遥か南の阿部野橋に着いたところで、絢音と乃愛は車を降りた。
「それじゃ、また週末―」
セイラとチャコはそう言い残して北へと戻って行った。二人は阿部野橋から少し北の谷町に住んでいるのだ。
二人を乗せた車が去っていくのを見送ってから、絢音はそっと乃愛の手を取った。
「ねぇ、今日泊まっていく?」
乃愛はこくりと頷いた。
バンド内で付き合うのはリスクがある。
でも、乃愛の存在は絢音の中でとてつもなく大きなものになっている。
これを胸の中にしまったまま今後過ごしていくことは到底出来そうになかった。
絢音は乃愛の手をぎゅっと握り締めると、溢れる感情をそのまま口にした。
「あたし……乃愛と付き合いたい」
乃愛からの返事はなかった。
不安になってその顔を覗き込んでみる。
乃愛は顔を耳まで真っ赤にして、俯いていた。
そして消えそうな声で、一言呟いた。
「……いいよ」
絢音はようやく気付いた。
自分が乃愛に恋していたことに。
そして今、それが成った。
あれだけ埋まらなかった心の穴は、今や乃愛への愛で埋められていた。
絢音はスマホを開き、ラインを起動してミカのトークルームを開いた。
「何してるの?」
「んーん。ミカの連絡先消す前に一言言いたくて。何か気の利いた言葉ないかなって」
二人は少し考えていたが、乃愛がぽそっと呟いた。
「Fuck you, pretty vacant(くたばれ、中身のないバカ野郎)」
「それ、いいね」
伝説のパンクバンド、SEX PISTOLSの曲の題名を入れた決別の言葉は最高にロックに思えた。
絢音はそのまま送信すると、ミカの連絡先をようやく消せた。
こんにちは、結愛りりすです。
今回のお話はこれでおしまいです。
第十話と最終話は同時にupしました。
元々は漫画にしようとしている話で、同じ題名でいろんなバージョンを作ってますが、基本的には乃愛と絢音のラブストーリーです。
作者は百合ものが好きですが、男を絡めるのも結構好きです。
ただ、主人公には男に屈服しない強さを持たせています。
それが美しく、かっこいいと感じるから。
このシリーズはまた書くと思います。
小説として書くか、漫画として描くかは悩みどころですが。
では、また、別の作品でお会いしましょう。




