或る断罪劇
しっかりざまあなシリアスです
「ユリエンヌ・ランカスター公爵令嬢! 貴方が公爵家と言う身分を笠に着て、我々のリリアナ嬢へのイジメの数々を扇動した事実をここに明らかにする。」
王立ウォルエント学園の卒業式典パーティで、エドワード様の後ろに庇われながら、私はユリエンヌ様を窺い見た。
これでやっと私へのイジメが無くなる。
ユリエンヌ様、美しい銀髪とアメジストの瞳を持つ公爵令嬢。
少し前まで平民だった男爵令嬢がエドワード様の側にいる事が婚約者として許せなかったのか、酷く陰湿なイジメを取巻きの令嬢達に行わせていた。
教科書をボロボロにされたり、ダンスレッスン用の稽古着を切り刻まれたり、足を引っ掛けて転ばされたり…。何よりも辛かったのは、物理的な攻撃ではなく、クラスメイトの女の子達から無視され、いない者とされていた事だ。
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私は王都の郊外にある孤児院で育った。孤児だった私の生活が変わったのは、今の養父母に引き取られた時からだ。
慈善事業で訪れたキーエンス男爵は、私のピンクブロンドの髪と薄緑の瞳に亡くなられた娘さんの面影を重ね、養女にしてくれた。
急に男爵令嬢と呼ばれ、今までと違う環境に驚いたけど、養父母は優しい上に、本を好きなだけ読める、勉強を教えてくれる家庭教師がいる、しかも小さい子の世話も家事もしなくて良い環境に、私は有頂天で貴族令嬢に相応しくなるように頑張った。
そして、養父から勧められ王立ウォルエント学園に入学した。
入学直後の2、3ヶ月はクラスの子達と普通に過ごし、友達と呼べそうな子も数人いた。
けれどあの日、エドワード様に出会ってから皆の様子がすっかり変わってしまった。
あの日は先生に頼まれた教材の片付けに、特別教室へ行こうとして学園内で迷ってしまい、自分の教室に戻れなくなった。
困ってウロウロしている所を、偶然、エドワード様と側近候補の方々に助けられ、それから気さくに声をかけてくれるようになった。
物語の王子様を体現した様な金髪碧眼のエドワード様。
側近の方も高位貴族や国の重役のご子息様達で、本当なら遠くから眺めるだけの方々だが、私の他愛ない話を笑顔で聞いてくれる優しい方々だった。
こんなお兄さんがいたらと、お昼をご一緒したり、勉強を教えてもらったり、一緒にいる時間が増えるようになった。
丁度その頃からだ、クラスメイトから話し掛けられなくなり、教科書や私物が無くなるようになったのは。
クラスの担任教諭にも訴えたが、証拠がない、気の所為では、と取り付く島もない。
誰も話を聞いてくれないのでエドワード様に相談すると、いつもの笑顔を曇らせ話してくれた。
「考えたくはないが、私の婚約者が関係しているかもしれない。」
エドワード様の婚約者は表面的には淑やかな令嬢だが、裏では悋気が酷く、エドワード様の側にいる女性を排除する為には何でもする怖い方らしい。
「今は証拠がない。私が卒業するまでには証拠を集めて断罪する。それ迄は私達となるべく一緒に行動しよう。一緒にいれば手出しさせない。」
嬉しかった。でも、エドワード様がいない所では相変わらずイジメは続いた。それも今日で終わる。
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「明らかにすると仰いましたが、どの様な事でしょうか?」
ユリエンヌ様は表情を変えずに答えた。
「下らぬ嫉妬心から、自分より身分の低い令嬢達を使って我々のリリアナ嬢を虐めていた事だ。証拠となる証言は我々の手にある。」
堂々としたエドワード様の追求に、ユリエンヌ様が改心、するはずだった....。
「それでどうなさるの?大衆小説の様に婚約破棄宣言?そもそも、わたくしはエドワード殿下と婚約した事などありませんわよね。関わりと言えば、公の場でご挨拶した事と、昔、婚約者候補に名前が挙がった事があるくらいですわよね。」
「え、婚約者じゃないってどういう事ですか?」
婚約者だから嫉妬したのではないの?前提がなくなり混乱した私は後ろにいるだけでいいと言われていたけれど、前に出てエドワード様に聞いた。
「こ、この女は婚約者候補のくせに悋気を起こ…」
「過去候補に挙がっただけですのに悋気とは?それに、わたくしは隣国の王太子殿下の婚約者、卒業後には嫁ぐ事が決まっています。王家の一員である殿下はご存知のはず。何故ご自分の婚約者の様な扱いをされるのでしょうか。わたくしの婚姻は国家の外交に関わる事ですのに。何が目的なのかしら。」
ユリエンヌ様は完全に抜け落ちた表情と光のないガラス玉の様な瞳でエドワード様を見下ろしながら、話を遮り話し続けた。
「殿下、卒業式典のパーティは例え王家とはいえ、貴方様のものではありません。わたくしに対する名誉毀損だけでなく、後ろにいらっしゃるリリアナ様の名誉の為にも場所を変えた方がよろしいのでは?」
ユリエンヌ様が手を上げると会場の警備兵の方々が私達を取り囲み、反論を許されず別室に移動させられた。
一体何が起きているの?婚約者ではないどころか関わりがないってどういう事?イジメを扇動していたのはユリエンヌ様がエドワード様の婚約者だからでしょう?
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半ば強制的に部屋に通されると、そこには新聞でしか見たことがない陛下と王妃様、そしてユリエンヌ様に似た銀髪の貴族然とした紳士、それにキーエンスの養父がいた。
え、何で何で?私は益々分からなくなった。
何か説明して欲しくてエドワード様を見たが、陛下の前に青い顔で俯いている。他の側近の方々も同じ様子で話せる状況ではない。視線をウロウロと彷徨わせるとユリエンヌ様と目があった。
ユリエンヌ様はアメジストの瞳に少しの懐かしさと悲しさが混じった色を宿して私を見ると、優しく話しはじめた。
「リリアナさん、貴方のイジメはそこにいるエドワード殿下が仕組んだ事なのよ。」
どういう事なのか理解できない。
「何でエドワード様がそんな事しなきゃいけないんですかっ」
私は不敬を承知でユリエンヌ様に詰め寄った。
「それは、孤立させて貴方を囲い込むためよ。」
囲い込む?ユリエンヌ様は続けた。
「下位貴族のクラスの中で元平民の貴方だけ目をかけ、妬まれるキッカケが出来たらいくつかのイジメを実行して、何をしてもいい存在だと認識させる。後は妬みの分だけ勝手に広がるだけ。殿下達が構えば構うほど妬まれ、イジメは酷くなる。
イジメで孤立すれば相談相手は自分達だけになる、そうやって依存させて囲い込むの。」
「え、何でそんな事知ってるの?」
言葉使いも忘れた私に、ユリエンヌ様は悲しそうに言った。
「これが初めてではないから……殿下達はこれ迄も下位貴族の令嬢をターゲットに様々な方法で囲い込み、最後に慰み者にして捨てる事を繰り返しているの。
被害者たちは泣き寝入りで、俗世を捨て修道女になったり、中には命を絶った子もいるわ。」
「王族に対して、な、何という侮辱! 我々がそのような事をする訳がない。何を以てそのような事をっ!」
初めて見るエドワード様の歪んだ顔と怒鳴り声に怖くなって側を離れた。
「そうね。貴方は表の顔は品行方正で美しい王子様、しかも権力を使って教師まで丸め込み、一切の証拠を残さず悪事を働いていたものね。」
「そもそも下位貴族がどうなろうと、お前に関係ないだろう!」
表情なく淡々と話すユリエンヌ様に対し、言葉づかいも崩れ喚き立てるエドワード様。一体私は何を見ているのだろうか。
ユリエンヌ様が私に向かい泣きそうな微笑みを浮かべた後、頭を下げた。え、な、何で?
「リリアナさん、貴方に起きた数々の災難の原因はわたくしにあるの。貴方を利用してごめんなさい。」
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ユリエンヌ様は私に優しく語り続けた。
「エドワード殿下は、王族という立場を悪用し、過去起きてしまった事の証拠は巧妙に揉み消されて手出しが出来なかったの。それで殿下達が好みそうな貴方を囮として学園に入学させ、ずっと貴方と殿下達の行動を監視していたの。イジメの扇動、そしてこの後に使う予定だった違法薬物の入手についても全て証拠が揃ったわ。
リリアナさん、卒業パーティ後にエドワード殿下の二次会の集まりとやらに誘われていたわよね。」
私は息を呑んだ。確かに誘われていたからだ。エドワード様の知り合いのお店でと内々にと言われていたけど、畏れ多くて、貴族としてはどうすればいいか分からなくて困っていた。
「パーティの場での三文芝居は、色々と調べているわたくしの評判を貶める事が目的だと思うけど、同時に何度も我々のリリアナ嬢と連呼して、エドワード様達の公娼という風に匂わせていたわね。
そうやって後で訴えても取り合ってもらえないように印象操作をしている所、本当に、奸知に長けて忌々しいっ。」
ユリエンヌ様は一転して抑えきれない感情を表し、吐き捨てる様に叫んだ。
「お、お前ごときが集めた証拠など証拠と言えるかっ。王族への不敬罪でうっ……」
「ここからは娘ではなく私から陛下への進言する事をお許し頂けますか。」
エドワード様の叫びを遮り、銀髪の紳士が陛下に声をかけた。娘と言っているのでユリエンヌ様のお父様、ランカスター公爵なのだろう。
「許す。」
陛下の声にエドワード様が慌てて叫ぶ。
「父上、これは私を陥れる為の冤罪……」
「お前はもう黙れ。」
エドワード様は黙るしかなく、唇を噛み締めている。
ランカスター公爵は飄々と語りだした。
「殿下のご友人の1人が最近国内で問題となっている違法薬物を取引していた現場を押さえました。しかも、現場は殿下がオーナーであるホテル、更にそこの裏帳簿に過去の取引記録が記されていることも確認できました。違法薬物の密輸入は重罪、議会への報告が義務ですが……… 王家の名誉を損なう様な事は、王の忠実なる臣下として本意ではありません。」
「何が言いたい。」
陛下は苦虫を噛み潰した様な表情で先を促した。
「そこで私からの提案ですが、表向きは病気療養という形で、殿下とご友人達に我がランカスター公爵家の管理している修道院にて神にお仕えいただくのはいかがでしょうか。」
「それで黙ってくれるのか。」
「はい、そして我々の管理している修道院での生活を一生を保証しましょう。」
ランカスター公爵の提案に陛下は目を瞑り頷いた。
「その方に任せる。」
「ち、父上………… 」
陛下の承諾の後、数名の兵士が項垂れた殿下達を捕え、部屋の外に連行していった。彼らが部屋の外に出る直前に、ユリエンヌ様がエドワード様に声をかけた。
「キーエンスという家名で何か気づかなかったんですか。」
「はぁ、そんな家名は知らん。どうせ下位貴族だろう。」
忌々しげに顔を歪めたエドワード様の答えにユリエンヌ様はつぶやいた。
「エイミーどころかリリアナさんの家名すら覚えていなかったのね。」
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隣国の王太子妃となる為の厳しい教育の中、放課後の短い時間に学園の図書室で読書をする事はわたくしの唯一の息抜きだった。そしてエイミーと知り合ったのはその図書室だった。
エイミー・キーエンス、ピンクブロンドの綿毛の様な髪の男爵令嬢。わたくし達は身分差があったが、図書室の中ではただの本好きの友人同士だった。
『本は読むだけで色々な世界へ連れて行ってくれるわ。これからはもっと色々な人に本を読んでもらう様に、本の販売をしたり、もしくは図書館に関わるような仕事をしたいの。』
エイミーはペリドットの瞳を輝かせ、くるくる変わる豊かな表情で未来を語ってくれた。未来を決められたわたくしにはそれは眩しく憧れだった。
ただいつからか、その瞳に淡い恋の色が加わり、別の憧れについても語るようになった。
『エドワード様は私の夢を応援してくれるって言ってくれたの。私の他愛ない話を優しく聞いてくれて、親身になってくださるの。身分に関係なく未来を切り開くことは素晴らしいって。』
エドワード殿下の良くない噂を聞いた事もあったが、その瞳に影を差したくなくて黙って話を聞いていた。それがあんな事になるなんて、わたくしが忠告していれば、エイミーはあんな目に遭う事もなかったかもしれない。人に好かれるために意見を誤魔化すわたくしの悪癖にも責任はあった。
その年の夏の休暇明け、いつも通り図書室に向かったがエイミーの姿はなく、かわりに学園である男爵令嬢が病死したという噂を聞いた。エイミーと関係ないと証明したくてキーエンス家へ赴き、真実を知った。
エイミーは夏の休暇中に、エドワード殿下に呼び出された場所で、殿下とその取り巻き達に陵辱され、自死を選んだのだ。
「“あなたの娘が殿下達に呼ばれて自ら出向いた事は事実だし、殿下の愛娼を狙っていたのではという噂もある。これ以上令嬢としての名誉を傷つけない為にも病死とした方がいい。“ と、王家の使いとやらから圧力をかけられて…………」
エイミーのお父様は身嗜みも忘れたやつれた姿で、声を絞り出し話してくれた。
エイミーはそんな軽率な娘じゃない。それに、王家からの誘いを男爵令嬢が断れる訳がない。エイミーはエドワード様を完全に信じていた。多分、少し恋心も混じってた…
『私の夢は本を読む人を増やすことなの。』
あの夢を語るペリドットの瞳をもう見ることはできない。
許さない。絶対に、絶対に許さない。エイミーの全てを踏み躙った獣達に同じ苦しみを味わわせねばならない。
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わたくしは隣国へ嫁ぐ前の最後のお願いとして、お父様に相談し、エドワード殿下の素行を調査した。
エドワード殿下の女癖の悪さは10代前半の頃から有名で、高位貴族達は軒並み婚約候補を辞退し、自分達の娘は関わらせないようにしていた。
その反動か、学園入学後から自分の外見と血筋を隠れ蓑に、王族や高位貴族に憧れる下位貴族や富豪の商人の娘などを狙って、エイミーにしたことを未遂も含め何度か行っていたらしい。
だが王家が全て揉み消しているため、過去に遡って証拠を集めることが出来なかった。
そこで、囮をたて、その囮に対する行動を監視し証拠を掴み、ランカスター公爵家が王家を直接揺さぶる作戦を立てた。
囮には、エイミーに似た娘を孤児院からキーエンス家が養女として引き取り、学園に入学させることにした。そう、それがリリアナさんだ。
キーエンス家の養女としたのは、エドワード殿下への警告だ。
計画通り、エドワード殿下はリリアナさんに接近し、囲い込みのためにイジメを先導した。出会いすら、教師を抱き込んで演出する、イジメもきっかけや煽りでコントロールする奸智に長けた下衆、人の皮を被った獣であることが明らかになった。
決め手となった違法薬物は、ターゲットに合わせて密輸していたようだ。
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ランカスター公爵家で預かり、一生保証するとは、死ぬまでランカスター家の管理下に置く、ということ。修道院で神に仕える、それは建前だ。
議会に報告し、法の元で裁かれた場合、王家のスキャンダルにはなるが、何年かの刑の後、身分は平民だが、解放される。
信じ憧れていた人に裏切られ、複数の男性に乱暴されたエイミーの無念はそんなことでは晴らせない。どんなに怖かっただろう、そして絶望の中で死を選んだ時も怖かったに違いない。なのにあの下衆にとっては、ちょっとした遊び、エイミーの家名も覚えていなかった。
キーエンスという家名で少しでも動揺する様だったら、法の裁きを受けさせても良かったかもしれない。
これから彼らは男性相手の男娼として、その見目を活かして働き、年老い男娼として使い物にならなくなったら鉱山労働者として一生を終えてもらう。途中で病死しようが、自死しようが勝手にすればいいが、生きて逃げ出すことは許さない。
エイミーと同じ苦しみを。
でも、恋心を抱き、信じていた人に裏切られる絶望だけは味わわせる事は出来ない。
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あの卒業パーティの後、私は貴族から平民に戻った。
キーエンス男爵にも頭を下げられ、このまま養女として一緒に暮らしてほしいとお願いされたけど、もう貴族の世界はうんざりだ。エドワード様の表と裏のギャップは余りにも酷くて恐怖しか感じないし、イジメをしていたのは結局下位貴族のお嬢様達だった訳で、そのまま男爵家にいて交流なんてしたくない。
ユリエンヌ様からは、隣国に嫁ぐ時に侍女として一緒に行かないかと誘われたけど、私を囮として利用した人を信じ切れるかというと、ちょっと難しいので丁重にお断りした。
それでも職がないと生きていけないので、隣国で有名な商会への就職を斡旋してもらった。実は完全に縁切りしたい所だけど、まぁ、その位はいいかなと思ってる。
思い返せば囮と言うなら、あのパーティ後に計画されていた恐ろしい二次会の現場を押さえた方が罪を暴くには確実だっただろう。けれど、そこまでやらなかったし、パーティでも私の評判を気にしてくれたのは、ギリギリの良心で守ってくれたのではないかと思う。
本が好きなので、本を扱う仕事をする為に商会に勤めたいと言ったら、ユリエンヌ様のアメジストの瞳が涙一杯になって、しばらく言葉を発せず静かに涙を流された。その瞳は私ではない別の誰かを見ていると気づいたが、何も言わずに抱きしめ、何となく私も一緒に泣いた。
その日を最後に、ユリエンヌ様にはお会いしていない。
多分、今後も会うことはないだろう。
先日、王太子の結婚パレードで遠くから拝見したユリエンヌ様は、そのアメジストの瞳に強い意志を宿し遥か前を見ているように見えた。
End
屈託ない男爵令嬢が公爵令嬢を魅了した悲しい話です。
誤字修正ありがとうございます。12/4




