第七話 リャモロンちゃんとこの世界の美術館巡り楽しみます♪
桜子の異世界生活五日目。
コリル達が通う学校へ向かったあと、幼稚園に向かう前に、
「おはようリャモロンちゃん、昨日おもちゃ屋さんでリャモロンちゃんグッズ見かけたから衝動買いしちゃったよ」
リャモロンのもとへ向かい、例のグッズを見せつける。
「ありがとう。でも、恥ずかしいから、学校では、使わないで欲しいな。おウチで使ってね」
リャモロンは頬をほんのり赤らめて言う。
「確かにみんなの前で使われたら恥ずかしいよね。私もグッズ化されてたし」
桜子はてへっと笑う。
「やっぱりもうなってるのね。この街で有名になった人は瞬く間にグッズ化されるのがこの街の文化だから。あの、桜子さん、今日の放課後、いっしょに美術館に行きませんか?」
「いいねぇ。この世界の美術館、どんな作品が展示されてるのかすごく楽しみ♪」
そんなわけで、ギムナジウムの授業が終わったあと、桜子とリャモロンは近くにある王立美術館へと向かったのであった。
「凄過ぎる! 写真で見たことがあるルーヴル美術館よりも、豪華な感じがするよ」
バロック建築の壮大な外観に圧倒され、わくわく気分で館内へ。
「あら、リャモロン様に、謎の国日本からやって来たという桜子様。当館にお越し下さり誠にありがとうございます。お二人なら絵の芸術家として有名ですから、無料でも構いませんよ」
チケット売り場の普通耳なお姉さんから歓迎される。
「いえいえ、お支払いしますよ。無料だなんて申し訳ないです」
「そうです。あたしと桜子さん、ここで学ばせてもらうために来たんですから、お金払わせて下さい」
桜子とリャモロンは、学生の正規料金五〇〇ララシャを支払い、展示室へ。
順路に従って絵画の展示室から巡っていく。
「すっごぉい! 人物画や魔物の絵が、異世界もののアニメやラノベや漫画に出て来そうな感じだよ。私よりもずっと上手いね」
「あたしと桜子さん、この街では絵が上手い、上手いって持て囃されてるけど、それはアイドル的な要素もあってのことだと思うし、この美術館に展示されてる世界の超一流の画家さん達のレベルには、足元にも及ばないってことがよく分かったでしょ」
「うん、私のいた世界の有名な画家さんの作品ほどではないけど、それでも私にはこんな凄い絵描けないよ。この画家さん達のレベルに少しでも近づけるように、もっともっと絵の練習をして上手くなれるように精進しようって気にさせてくれるね」
「あたしもこの美術館の作品を眺めると、やる気が高まってくるわ」
「……なんか、エッチな絵もいっぱいあるね」
獣耳や尻尾、エルフ耳、桜子のいた世界と同じようなタイプの人間の女性達が裸で水浴びをしたり、ベッドで寝そべったり抱き合っていたりしている作品群を眺め、桜子は思わず目を背けてしまう。
「こういう女の人の裸が描かれた絵って、子ども達に大人気なのよ。漫画だと十八歳未満は閲覧禁止になっちゃうようないかがわしい絵の表現でも、芸術作品として認められると誰でも閲覧出来るようになるからね。子どもはおっぱいも好きだし」
リャモロンは苦笑いで伝える。
「そっか。私のいた世界でもエッチだけど年齢制限なく見れる美術作品は多いよ。『ヴィーナスの誕生』とか『裸のマハ』とか『ウルビーノのヴィーナス』とか」
「それがどんな絵なのかちょっと気になっちゃうな」
一通り観賞し終えると、彫刻の展示室へ。
「いろんな種族の人や魔物さんの彫刻、私のいた世界にはないタイプだから新鮮♪ 彫刻のレベルは私のいた世界以上かも」
「桜子さんの出身地では、どんな彫刻が有名なの?」
「『ミロのヴィーナス』とか、『ダビデ像』とか『考える人』とかが有名だな。作者は古代ギリシャやイタリアやフランスの人だけど。日本の有名な彫刻だと……奈良の東大寺南大門の『金剛力士像』とか、唐招提寺の『鑑真和上坐像』とか、興福寺の『阿修羅像』とか、京都の六波羅蜜寺の『空也上人立像』とかが有名だな」
「いろいろあるのね。すごい気になっちゃう」
さらに版画や工芸品の展示も観賞した。
「版画や工芸品のレベルも私のいた世界以上かも。私、彫刻や版画や工芸は苦手だから、美術の成績は5段階評価で5を取れたことってほとんどないんだ。ほぼ4だったな」
「あたしも絵だけが得意でそういうのは苦手だから、美術全体の成績としてはそれほどでもないわよ。お互いよく似てるわね」
「そうだね」
共通項もあって、二人に笑みが浮かぶ。
「ところで、どうしてロブレンティアが街をあげて芸術活動に力を入れているか知ってる?」
「うーん、どうしてだろう?」
「まあ、外国のお方でリーチェ王国史習ってないと難しいよね」
「この街で、昔どんなことがあったの?」
桜子が問いかけるとリャモロンは、少し暗い表情を浮かべて語り出した。
「ロブレンティアは今はとても平和だけど、十年くらい前まで戦争をしていて、この中心地の辺り一帯火の海にされたのよ。罪の無い人々も大勢殺されたりしたわ。あたしのお父さんや、コリルちゃんのお父さんもね。幼い子も含めて一家全滅させられたおウチも。ロブレンティア市民を皆殺しにするなんて声も聞こえて来て……あたしは幼稚園児の頃だったけどあの悲惨な光景よく覚えてるわ」
「この街、そんな悲しい歴史もあったんだ」
桜子の目にぽろりと涙が浮かぶ。リャモロンの目も少し潤んでいた。
「戦争が起きたきっかけは農地や水産資源の争いとか、政治への不満とか、本当にくだらない理由よ。ドラゴンが無理やり調教されて空爆させられたり、地上からも施設やお店や民家を破壊させられたりして、大人しい魔物も可哀そうな思いをさせられてた。そんな状況の中で、街に住む芸術家さん達が中心地の広場とか焼け跡とかで演劇や歌、絵を描くところを披露したりしていくうちに、参戦していた人々が惹きつけられて、今までなんてバカげたことをしていたんだって気付かされて、終戦に向かっていったの」
「そうなんだ」
「だからロブレンティアでは、絵とか彫刻とか手工芸とか、文学とか歌とか、演奏とか演劇とか、芸術活動に携わる人々はもの凄ぉく歓迎されて重宝されてるのよ。あの、悲しいお話聞かせちゃってごめんね。このお話をするのは、いろいろ思い出しちゃってとってもつらいんだけど、どうしても、伝えておかなくちゃって思って……」
「ううん、つらいのに、伝えてくれてありがとう。この街で暮らしていくには、知っておかなきゃいけない大切なことだよね」
「桜子さん……うっ……」
「リャモロンちゃん、悲しい時は思いっ切り泣いてもいいからね」
桜子は、涙をぽろぽろ流しながら泣いているリャモロンを、優しく抱き締めてあげた。
「ありがとう、桜子さんのおかげで、癒されたわ。ロブレンティアの惨劇を二度と繰り返してはならない教訓を伝えるために、破壊された街並みや戦時下の人々の様子を描いた作品も、リーチェ王国のいろんな街の美術館や、外国でも巡回展が行われてるの。世界中の人々にその思いが伝わるといいな。桜子さん、ロブレンティアが、リーチェ王国全体が未来永劫平和な状態が維持出来るように、ゆくゆくは世界全体が平和になるように、これからもいっしょに芸術活動頑張りましょ」
「うん、そうだね!」
そんな約束も誓い合った二人、美術館の庭園でいっしょに平和の鐘を鳴らしたのであった。
そのすぐ側には、『芸術は世の中を平和にする』『あのような悲惨な戦争を二度と起こしてはならない』と、この国の文字で刻まれた石碑があった。
三時間ほど滞在し、美術館の敷地から外へ出た頃にはすっかり夜に。
「コスヤさんも戦争を終わらせるために大貢献してくれたお方で、かわいいぬいぐるみをたくさん作って人々の心を和ませたの。あたしもいっぱいプレゼントしてもらったわ。この街一番のぬいぐるみ職人さんなのよ。今もね」
「そうだったんだ! いいこと聞けたよ」
「あとね、コリルちゃんは戦火の中で生まれたんだけど、赤ちゃんだったコリルちゃんの可愛らしさに人々の心が癒されたことが、終戦の決定打になったとも言われてるのよ。だからコリルちゃんのことは“ロブレンティアを平和に導いた天使”だとか、“ロブレンティアに希望に満ち溢れた明るい未来をもたらす女神”だとかって呼ばれてたのよ」
「それはますますいいお話だねぇ」
リャモロンからそんなお話も聞けて和んだ桜子、
「この街は芸術活動以外にも、スポーツやお祭り、芸能活動、アミューズメント施設といった人々を楽しませるエンタメ産業にも力を入れてて、イベントも多いから、いろいろ楽しんでね」
「うん、とっても楽しみにしてるよ」
リャモロン宅所有のドラゴンに乗せてもらい、家路に就いた。
※
「コスヤさん、そんな偉大な芸術家さんだったなんて、初めて知りました。感激です」
「いやいや、全然そんなことないのよ。わたくしより凄腕のぬいぐるみ職人さんはこの街にたくさんいるから」
「ママの謙虚な性格なところ、桜子お姉ちゃんとそっくりだね」
コリルは朗らかな気分で二人の会話を眺めていたのだった。そんな彼女も桜子からリャモロンから聞かされたあのお話を伝えられると、
「そのお話、もう数え切れないほど聞かされてるけどわたしは全然覚えてないから、すごく照れくさいな。全然たいしたことじゃないよ。他にも同じように呼ばれてた子はいっぱいいたみたいだし」
「ふふふ。コリルちゃんも同じだね」
謙虚な性格が現れるのだった。




