第四話 ドラゴンに乗って街の中心地に来たら、テレビもネットもないのに私がもう有名人になっちゃってた!
「……やっぱ、昨日の出来事は、夢じゃなかったんだね」
翌朝。桜子は目を覚ますと、苦笑いでこんな一声を発する。
あのお部屋のままだったわけだ。
「こうなったら、異世界生活をとことん楽しんじゃおっと♪」
現実的に考えて起こり得ない不測の事態でも、冷静な気持ちでいようとした。
「ファンタジーって感じの風貌したかわいい猫さんもいるし、RPGの中の世界にいるみたいで、最高だな♪ 周りの建物の外観もコルマール感あって芸術的で素敵だね」
窓から外の風景を眺めたのち、一階へ。
コリルとコスヤさんは台所で朝食準備を進めていた。
「おはようございます。今日は良いお天気ですね」
桜子は元気よく大声で挨拶する。
「おはよう桜子ちゃん、よく眠れたかしら?」
「はい。熟睡出来て疲れも取れました」
「それは良かったわ。朝ご飯よ」
「どれも美味しそうですね」
桜子のいた世界でもあるような目玉焼きやバターの塗られたトーストの他、魔物の腕らしき部分と、日本では見たことのない果物もあった。
桜子は躊躇いなく頬張る。
「果物もめちゃくちゃ美味しいです♪」
「この国の果物は栄養満点だよ。今日は日曜で学校お休みだから、桜子お姉ちゃんを街案内してあげるね」
「それは楽しみだなぁ」
「桜子ちゃんのお洋服も用意してあるわよ。わたくしが学生の頃よく着てたお古で悪いけど」
「いえいえ、普段着までご用意して下さるなんて、ありがた過ぎです。素敵なデザインですね」
花柄の可愛らしいセーターとスカートであった。
朝食後、桜子は大喜びでパジャマからその服へと着替え、
「お母さん、お手伝いします」
「あらあら。お客様なのに悪いわね」
「いえいえ。泊めていただいたお礼をするのは日本では当たり前ですから」
桶に溜められていた水と、灰と擦るための藁を使って食器洗いをしていたコスヤさんをお手伝い。
そのあとはタライを使ってのお洗濯や、竹帚で廊下などのお掃除もしてあげ、コスヤさんとコリルに大喜びしてもらえた。
「生ゴミは肥料にするんですね。エコですね」
食事作りのさいに出た卵の殻や果物の皮やへた、魔物の不可食部の生ゴミは、家庭菜園横のコンポストのような容器に入れた。
こうして家事を一通り済ませ、桜子とコリルはわくわく気分でこの家のお外へ。
「ロブレンティアの中心地までは、ここから歩いて三〇分くらいだよ」
「歩いて三〇分くらいだと、自転車ならすぐなんだけどなぁ」
「わたし、遠い所に行く時はいつもこれに乗るんだ」
コリルはそう伝えて、フルートのような笛を取り出してピィィィーッと吹いた。
するとまもなく、
「うわっ! この子、昨日私を襲おうとしたドラゴンだ」
桜子が昨日見たドラゴンが二人の側に降り立った。
「この子は大人しい魔物さんだから人は襲わないよ。桜子お姉ちゃんも乗って大丈夫だよ」
コリルは躊躇いなくそいつの背中に乗っかる。
「なんか怖いなぁ」
桜子は恐る恐る乗っかって、そいつの背中にしがみ付いた。
すると、
ドラゴンは、翼を広げて上空に勢いよく舞い上がる。
「振り落とされないか心配かも」
「大丈夫だよ、桜子お姉ちゃん」
普段から乗り慣れているコリルは楽しげな気分だ。
☆
あっという間にこの街で一番賑わう中心地へ。
「ドラゴンちゃん、ありがとう。お礼にイラストあげるね」
桜子はこのドラゴンのイラストを背中に貼ってあげた。
キュピピ♪
ドラゴンは可愛らしい鳴き声をあげる。
「喜んでるみたいだよ。ありがとうドラちゃん、またね」
二人を降したドラゴンは、嬉しそうに翼を広げて空高く舞い上がっていった。
「アーチに何か文字が書いてあるね」
「あれは『グルメと芸術と科学と温泉の街、ロブレンティアへようこそ!』って書いてあるんだ。世界中から観光客も桜子お姉ちゃんみたいな旅人もいっぱい来るよ」
「素敵な街だね。それにしても、街中なのに車も電車もバスもバイクも自転車も走ってないのは新鮮だなぁ。電線もないし」
「日本にはそんな名前の乗り物も走ってるんだね。どんなのか気になるな」
「じゃあ、見せてあげるよ」
桜子はそう言うと、手提げ鞄からスマホを取り出し電源を入れた。
しかしほどなく、
「あっ、もうすぐ充電が切れそうだよ」
保存してあったそれらの乗り物の写真を見せる前に、バッテリー残量が0%になり強制的に電源が切れてしまった。
「あらら、切れちゃったかぁ」
桜子は苦笑いする。
「すぐに真っ暗になっちゃったけど、日本にはすごい発明品があるんだね」
「確かにすごい発明品だけど、電気がないとただの板なんだよね」
桜子は嘆き声で伝える。
ともあれ、二人はすぐ目の前の市民憩いの公園へ。
「騎士さんもいる! さすがファンタジーな世界だね」
銀色の鎧を身に纏い、槍のような武器を持った騎士も何人か見かけ、桜子は食い入るように眺めてしまう。
広場では大道芸や、歌、楽器演奏、絵描きなどをしている様々な種族の人々の姿も見受けられた。
「のどかな感じでいい雰囲気だなぁ」
桜子が楽しそうに眺めていると、
「あーっ! 桜子ちゃんだぁ!」
「絵の上手なお姉ちゃん、おはよう!」
地元の子ども達が彼女のもとへ駆け寄って来て声を掛けてくる。
「桜子お姉ちゃん、一夜にして人気者だね」
コリルはフフッと微笑む。
「テレビもネットもない世界なのに、私の噂広がるの早過ぎだよ」
「今日の新聞にも大きく出てたからね」
犬耳と尻尾の付いた十歳くらいの可愛らしい少年が新聞を手渡して来た。
一面に、桜子がお料理のイラストを描いている様子の写真、ではなくカラーイラストがでかでかと掲載されていたのだ。
「【謎の国、日本からやって来た謎の芸術家少女 桜子 『ラムエリオ』に来店】だって」
コリルは記事の見出しをにこにこ笑いながら読み上げる。
「昨日あのレストランに新聞記者さんもいたんだね。このイラスト描いた人も絵がめちゃくちゃ上手。私そっくり」
桜子は苦笑い。
「桜子お姉ちゃん、せっかくだし、絵を描くところ、披露してあげなよ。気に入れたら観客からお金も貰えるし」
「えっ! ここでやるの?」
「みんなーっ、今から桜子お姉ちゃんのイラスト描写お披露目会やるよーっ。みんな見に来てーっ!」
コリルが大声で園内にいる人々に伝えると、
「おう、桜子のイラスト芸が生で見れるのか」
「楽しみだなぁ」
「新聞のイラストそっくりでリアルもかわいい♪」
興味を持ったいろんな種族の人々が老若男女問わず集まってくる。
「アタシの似顔絵描いて下さい」
そしてスケッチブックを手渡してくる人も。
家族連れ、カップル、日本でいう小中高生くらいのお友達同士や、お一人様も。
ざっと見渡してみると、獣っぽい耳や尻尾の付いた人が約半数、エルフ耳が三割、桜子のいた世界と同じタイプの人間が残りの二割といった感じだった。桜子のいた世界では普通な耳やエルフ耳に尻尾が生えていたり、獣耳で尻尾がなかったりな異種族ハーフも。
「こんなに人が集まって来るなんて、すごく緊張するよ」
桜子は鞄から取り出した愛用のペンを使って、お客さん達の似顔絵イラストを描写していく。
パチパチパチパチッと拍手喝采も。
チャリンチャリンチャリンと小銭も大量に投げられた。
札束も何枚か。
一攫千金だ。
「皆さん、どうもありがとうございます!」
桜子は応援して下さったお客様に向かって、深々とお辞儀。
「桜子ちゃん最高!」
「桜子ならこの国でも偉大な芸術家になれるぞ」
「コリルちゃん、素晴らしい芸術家さん連れて来たね」
桜子とコリルがこの場から立ち去る時も、盛大な拍手で見送られたのだった。
「私、日本ではこんな大勢からこんなに褒められたことないから、すごく嬉しいよ。私の絵なんかでVtuberへの投げ銭みたいなことしてくれたお客さんもたくさんいたし、ちょっと罪悪感もあるよ。日本じゃお金貰えるような絵のレベルには程遠いし」
「この街では桜子お姉ちゃんは芸術家として認められてるから、貰っとかないとかえって失礼だよ」
「それもそっか。あっ、あそこで猿まわしもやってるね」
「お猿さんが芸をするやつ、日本では猿まわしって言うんだね。あのお猿さんはラムカオっていう芸も覚える賢い魔物さんなんだ。山に棲んでる躾のされてない野生のは凶暴だけどね」
「ニホンザルみたいなものかぁ。あ〇森のデ〇ーになんとなく似てる」
桜子とコリルが眺めていると、
「あっ、あなたは今日の新聞に出てた芸術家の桜子さんじゃないですか。カシタ君はこれからお絵描きも披露するんですけど、桜子さんもいっしょに対決してみませんか?」
お猿の芸のお姉さんが気付いて近寄ってくる。
「なんか楽しそう。やってみます」
桜子は乗り気だ。
「「「「「おうううううううう!」」」」」
「「「「「桜子ちゃんも、カシタ君も頑張れー」」」」」
パチパチパチパチパチパチパチッ!
観客からも拍手喝采。
ウキキッ♪
ラムカオのカシタ君は二本足で立ち上がり、嬉しそうに桜子と向かい合う。
桜子と同じくらいの背丈だった。
「はじめまして、カシタ君」
桜子がカシタ君の目を見つめながら微笑みかけると、
ウキャ♪
照れ笑いしているかのような表情に変わった。
「カシタ君、照れてますねー♪ それでは、カシタ君には桜子ちゃんの似顔絵描いてもらいましょうか? 桜子ちゃんは、カシタ君の似顔絵描いてくれませんか?」
「分かりました。私、動物さんの似顔絵得意です」
こうして、似顔絵勝負開始。
桜子は普段から愛用している濃い目の鉛筆、カシタ君はこの国で広く流通していると思われる羽ペンを手に持ち、スケッチブックに描いていく。
数分後、仕上がった似顔絵を見せ合う。
「どちらもとってもお上手♪」
お猿の芸のお姉さんは褒め称える。
ウッキキウッキキ♪
カシタ君、大喜びで桜子に握手を求めた。
「喜んでもらえて嬉しいな♪ カシタ君の絵も私にけっこう似てるよ」
桜子は快く応じる。
パチパチパチパチパチッ!
観客からも拍手喝采が送られた。
お金ももちろん。
「皆さん、ご声援ありがとうございます! とっても楽しかったったです」
桜子は照れ笑い。
「桜子お姉ちゃんありがとう。臨時のお小遣いだよ。欲しかったおもちゃや本が買える」
コリルの顔はにやける。
「一応、私が稼いだお金だけど、コリルちゃんに助けてもらったし、自由に使っていいよ」
「やったぁ!」
桜子から爽やか笑顔で言われ、コリルは大喜び。
※
「ところでコリルちゃん、新聞や本があるってことは、そういうのが出来る印刷屋さんもあるってことだよね?」
「あるよ」
「印刷してるところ、見学してみたいんだけど、出来るかな?」
「出来るよ。この近くに国内最大規模の印刷屋さんがあって、観光名所にもなってるよ」
「それは良かったよ」
公園をあとにした二人は続いてその場所へ。
「この国で出版されてる本や新聞や雑誌の多くは、ここで刷られてるんだ。誰でも自由に見学出来るようになってるよ」
赤煉瓦造りの瀟洒な建物だった。
「活版印刷の作業してるとこ、中世ヨーロッパ感が漂ってて新鮮だったな。日本ではレーザープリンターで超カラフルなのとか、3Dプリンターで立体的な物の印刷も出来るよ」
「それがどんなのかよく分からないけど、日本の印刷技術は凄いんだね」
見学したあとは、二人は図書館兼本屋さんへ。
「すっごぉーい! とっても立派。日本の本屋さんよりも豪華!」
ゴシック建築の外観に、中も広々としてファンタジー感満ち溢れ、桜子は大興奮。
「魔導書とかもありそうな雰囲気だけど、まず文字が読めないことには読書も楽しめないからなぁ。この世界の文字の読み方、勉強出来る本はないかなぁ?」
「幼稚園児が習う文字の本がおススメだよ。はじめての文字ってタイトルの」
「それ買って勉強してみよっかな。話し言葉は同じだから、文字さえ読み書き出来ればもうこの世界で困ることはないだろうし」
桜子はコリルが勧めてくれた可愛らしい魔物のイラストも描かれたそれを500ララシャで購入。
続いて武器屋さんへ。
「うわぁっ! 恰好いい! RPGの世界そのままじゃん。この魔法が使えそうな杖、欲しいなぁ」
桜子は子どものように目をキラキラ輝かせ、展示品を眺める。
「魔物ハンターや騎士が使う本物はもちろん、仮装で使うおもちゃのまで揃ってるよ」
コリルは伝える。様々なデザインの剣、槍、斧、杖、弓、鞭なんかが並べられていた。
「これ、記念に買っちゃおっと♪ 魔法使い気分味わえそう」
桜子は長さ一メートルくらいのおもちゃの杖を一本購入した。
「よくお似合いだよ」
魔法が使えそうな風貌の白髭お爺さん店主から朗らかな表情でそう言われ、
「えへへ♪」
桜子は面々の笑みで嬉しがるのだった。
「コリルちゃん、そろそろお昼ご飯が食べたいんだけど、この辺りに美味しいお店あるかな?」
「うん、『ダマイ』っていうお店が、お魚料理が美味しいって評判だよ」
コリルおススメのお店では、
「この世界、お魚さんのお顔も凄いね。私がいた世界の深海魚以上だよ」
ホオジロザメなんかより遥かにおどろおどろしい容貌をした魚や、イカやタコ風の魔物もあったが、
「最っ高♪ 今まで食べたことがあるどんな魚料理よりも美味しいよ♪」
桜子は大満足。
午後からは、
「おおおおおおおう! ベルサイユ宮殿よりも豪華な感じだね」
バロック建築の王宮の外観を眺め、
そのあとは市場へ立ち寄ると、
「おう、あなたが噂の絵がとっても上手なお嬢さんかい」
「いやぁ、私、そこまででもないと思いますけど」
店員の様々な種族のおばちゃん達がおまけでいろんな食材を譲ってくれた。
引き続き市場を回っていると、
「お猿さんの肉も売ってるの!?」
ラムカオの頭や足、腕が解体されて売られているのを見つけ、桜子はびっくり仰天。
「野生の凶暴なやつは食用にされてるんだ。太もものお肉は特に美味しいよ♪」
コリルは爽やかな表情で言う。
「なんか、情が移っちゃって私は食べれないなぁ」
桜子は苦い表情で伝える。
そしてこんな質問も。
「ところで、この街ってケットシーみたいな可愛らしい猫さんもけっこう見かけるけど、それも、食用になってたりとか?」
「猫さんは食用にはしないよ。犬さんもね。犬と猫は大昔から人々と共に過ごして来た歴史があって、神の使いって信じられてるからね」
コリルが爽やかな笑顔で答えると、
「それ聞いて安心したよ」
桜子はホッと胸を撫で下ろしたのだった。
「同じく神の使いのドラゴンは、食用にされる種もあるけどね」
「私のいた世界だと、牛さんや鶏さんみたいな扱いかぁ」
他にもいろいろお店を巡って、
「とっても大きな卵もあるね。恐竜かドラゴンの卵?」
「ドラゴンの卵だよ。今日の朝食で出てた鶏の卵みたいに、生でも食べれるし、目玉焼きにしてもオムレツにしても美味しいよ」
「じゃあ、買って帰ろう!」
「うん、ママに明日の朝食にしてもらうね」
「楽しみ過ぎるよ♪」
夕飯の材料も揃い、桜子とコリルはあのドラゴンに乗せてもらい、おウチへ戻って来た。
「すみませんコスヤさん、今晩もお世話になります」
「桜子ちゃん、ずっとここにいていいのよ」
「いやぁ。さすがにそれはちょっと、悪いかなぁ」
「桜子お姉ちゃん、ずっとわたしんちに住んでぇ~」
「ずっとお世話になるのも悪いですし、それに私、この世界もいろいろ観て回りたいですから、まだしばらくはお世話にならせてもらおうと思いますが、いずれは旅立とうかと思います」
「そっか。それも桜子ちゃんの夢なのね」
「残念だけど、いつかお別れの時が来ちゃうのは仕方ないね」
コリルはちょっぴり寂しそうな表情。
「はじめまして、絵のとてもお上手なお姉様がこの街にやって来て、コリルちゃんちでお世話になっていると聞いて、会いに来ちゃいました」
「桜子画伯、アタシも絵を描くのが趣味なので不束者ですがよろしくお願いします」
「おじゃましまーす」
「ますます賑やかだね」
ともあれ桜子は、今夜もお風呂に入る時にコリルと、さらに何人か増えたお友達に入り込まれ、似顔絵のイラストをお願いされたのだった。
お風呂のあとは、コリルの自室で、
「この国の文字は五十音と『ぱ』とか『だ』とかの音を示す記号で表されてて、全部で七一文字あるの。はじめの行は『あいうえお』って読むの。次の行は『かきくけこ』だよ」
「一覧表の並びが日本語そっくりだね。すぐにマスター出来そう」
コリルから文字の読み方を五十音順に一通り教わったのだった。
こうして、桜子の異世界生活二日目の夜も静かに更けていった。




